第114話 サラの自覚
サラはよく我慢した。
冒険者ギルドを出て、ゴルゴゴ工房の事務室に入るまで、顔を赤くし、拳を握りしめて黙っていた。
それが、爆発した。
サラは手にしていた書類を叩きつけて、怒りのあまり泣き出した。
「なんなの!あいつら!」
俺は書類を拾いつつ、サラのことを抱きしめる。
サラの怒りは収まらない。
腕の中で暴れながら泣き叫ぶ。
「あたしが!お金なくて、お腹を空かせて賤貨を数えてたときも!矢が足りなくなって、ゴブリン退治で死にそうになってたのも!それに、キンバリー達が死んじゃったのだって!あいつらにとっては、どうでもいいことだったの!?ゆるせない!
あたしたちは、あんな連中を食わせるのに命張って頑張ってたんじゃない!!」
サラも、つい最近まで冒険者をして銅貨を稼いでいた。
女一人で冒険者になるのには、一言では表せない事情があったのだろうし、冒険者になってからもしばらく、金銭的には苦労をしていた。
その苦労は、冒険者ギルドの管理職達にとっては、どうでもいいことである、とわかってしまったのがショックだったのだろう。
普段、搾取の構造というものは、階級差や距離、業務や担当者の壁などに阻まれて、巧妙に見えないようになっている。
冒険者ギルドで言えば、窓口担当者は大抵が経験が浅い商家出身者なので、冒険者が買取や依頼について何か文句を言ったとしても、何も変わらない。担当者を責めても仕方がないので、冒険者は途中で諦める。怠惰な管理職に、その声が届くことはない。
農村には徴税役人が来るが、彼らは公平、厳格で人情も備えた人物を選んで派遣されてくる。
農民も命がかかっているのだから、出来の悪いのを送り込むと、農民たちに反抗されて大変なことになる。
裏で貴族たちは税金を浪費しているかもしれないが、農民たちには伺い知ることしかできない。ただ、農村にくるお役人様も立派な人で、大変そうだから唇を噛んで重税に耐えているのだ。
サラは、農村出身で冒険者になったが、たまたま俺の仕事を手伝い、必要な教育を受け、事業の相談に参加しているうちに、この世界の農民としては、ものが見えすぎるようになっていたのかもしれない。
そういう下地があったところに、今日、貴族階級の怠惰な部分を寄せ集めてできたような、冒険者ギルドの管理職達を見て、その声を聞いて、自分達の苦しみが、ただ運が悪かっただけでなく、貴族階級の怠惰のためであった、という不条理と構造に気がついてしまったのだろう。
貴族階級が、教育の機会を制限するわけだ、と俺は思う。
自分達だってモノを食う人間だ!というサラの叫びと自覚は尊い。だが、それだけに気をつけなければいけない。
この世界で平民の命は軽い。サラが貴族階級や冒険者ギルドを敵視して命を危険にさらすことがないように、話し合う必要がある。
俺は、サラが落ち着くのを待って、まず話を聞くことにした。
話し合うときには、相手の話を聞くことから始めないといけない。
自分の話を聞いてくれない人間の言うことを、きちんと聞いてくれるわけがないからだ。
それに俺は、サラが何を思い、何を感じているのか、今はただ知りたいのだ。
「おかしい!おかしいよケンジ!あんな奴が、ご飯をいっぱい食べて、いいもの着て、いい暮らししてて・・・!」
「そうだな、おかしいな」
俺はこの世界の常識を知らない。だから、俺も心の底から、おかしいと思う。
サラは、俺の返答に口先だけの同意でない響きを感じたのか、腕の中で少し身じろぎして、顔を覗き込んできた。
「ほんとにおかしいと思う?」
「ああ、思ってるさ」
それは、自信を持って言える。今、苦労して事業を立ち上げたり、冒険者ギルドと関係を築こうと試みているのも、今の駆け出し冒険者が犠牲になる世の中の仕組みがおかしいと思っているからなのだ。
「そっか・・・」
サラは、俺の答えに何を感じたのか、叫ぶことはなくなった。
ただ、しばらくの間、腕の中で声を殺して泣いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらくして、サラはポツリポツリと話始めた。
それは、農村で生まれ異族の血が混じった少女が冒険者になるまでの物語。
「あたしね、元々はこの街の北の森の近くの農村で生まれてね・・・」
本日は18:00にも更新できると思います。
トップページの「今日の一冊」にて本作が紹介されております。
よろしければご覧ください。
(この文章は次の本が紹介されるまで約1週間、続けさせていただきます)




