第107話 仲間
その後は特に何事もなく、城門を出ることができた。
1等街区を抜け、2等街区への門を抜ける頃、ジルボアが聞いてきた。
「ケンジよ、あれは断って良かったのか。それなりに利益がありそうな提案だったが」
ロロの出して来た条件は、なかなかに美味しい話に見えた。
貴族向けということで単価は高く、外反母趾の治療用という新しい用途も期待でき、貴族へのコネクションも期待できる。それに、ロロを敵に回すこともなかった。
「ジルボア、剣牙の兵団は報酬のためなら山賊を退治するか?」
俺は逆に質問を返した。
「しないな。山賊退治は、あれでなかなか厄介な仕事だ。山賊の行動に関する情報収集、連中の拠点を探す隠密偵察力、強襲し逃亡を許さない機動力が必要だ。防御力と打撃力を長所とする剣牙の兵団の編成とは相性が悪い。それに、山賊を討っても英雄にはなれん」
ジルボアは立て板に水を流すように、編成と戦闘方針について語る。
これだから、俺はこいつを出世させたいのだ。
俺は、ジルボアに説明する。
「守護の靴作りも同じだ。これは病人を治療するお貴族様のための靴じゃない。俺は、こいつを戦う人間のための靴として作った。だから、その評判を守りたい。個別性の高い貴族向け商品は、量産性を高くしたいうちの工房の生産方式と相性が悪い」
それに、と付け加える。
「貴族に守護の靴を売っても、冒険者は救われない」
ジルボアは愉快そう笑う。
「ははは、ケンジよ、お前の頑迷さもなかなかのものだな!」
「もう少し利口なら、こんな商売してねえよ」
実際、冒険者ギルドの隅でサラとノンビリ、駆け出し連中向けに小銭を数えていたって良かったのだ。
それで十二分に豊かに暮らせたし、10年もすれば、サラの望むよりも大きな農家と農園を買って、家畜と畑を人に世話をさせる豪農として引退できただろう。
だが、商売のために記録をつけていて気付いた、駆け出し冒険者の死傷率の数字を見てしまった。
農村から食えないから出てきて、ほんの1年で数割が死んだり、不具になったりする、あの現実を見て、アドバイスだけして、後は知らないふりなどできないじゃないか。
貧乏でムサくて汚い連中だが、俺が冒険者ギルドに行くと目を輝かせて仰ぎ見るのだ。
彼らから見ると、俺は輝かしい成功者だ。
今の危うい橋を渡り続けるのも、あの目が、俺に逃げをうつことを許さないからだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
剣牙の兵団の事務所に戻ると、剣牙の兵団は団員の多くが武装し、物々しい雰囲気を漂わせていた。
そして、スイベリーとサラだけでなく、工房からはゴルゴゴ、広告宣伝を担当するアンヌ、護衛のキリクまで、会社の幹部連中が勢揃いしており、姿を見せた俺達に歓声をあげて駆け寄ってきた。
「ケンジ、良かった!無事に戻って来た!」とサラが飛び込んでくる。
彼女の温かい体の勢いによろけながら支えつつ、全員に尋ねる。
「いったい、なんの騒ぎだ?」
スイベリーが代表して簡潔に答える。
「団長たちが捕まった場合の作戦を練ってたのさ」
話を聞くと、ジルボアと俺が城から夜までに戻ってこなかった場合、剣牙の兵団の全軍で談判し、取り返すつもりだったという。なんて連中だ。
そのために盾と矢を完全に補充し、あと少ししたら、全団員に非常呼集をかけるところだったそうだ。
「まあ、我々にかかれば城の兵士など相手にならんからな。城に突入するまでは問題ない。問題は、団長はともかく、ケンジが人質に取られた場合の対応を練っていたのだ」
いや、城への突入とか問題は大ありだろ。それに団長はともかくってのはなんだ。まあ、確かにジルボアが人質になる場面など想像もつかないが。
だが、実際、近隣の強い怪物を狩りつくしてしまった剣牙の兵団の武力なら、その程度のことは可能なのだろう。
ロロが最終的には折れたのも、原始的な暴力の恐ろしさを、ジルボアを通じて感じたからに違いない。
「なにしろ、ケンジは腕がからっきしだからな!仲間は守ってやらんとな!」
スイベリーが言うと、団員達も、工房の連中も大声で笑う。
仲間、か。
まったく、困った連中だ。
そう思いながらも、俺は口元が緩むのを止められなかった。
明日も18:00と22:00に投稿します。
トップページの「今日の一冊」にて本作が紹介されております。
よろしければご覧ください。
(この文章は次の本が紹介されるまで約1週間、続けさせていただきます)
 




