第101話 身を捨ててこそ
夜になって、少しは情報が集まってきた。
まず、ジルボアの知り合いの紋章官の言うには、羊皮紙と印章は本物らしい。
だが、筆跡については本人のものでない可能性が高い、とのことだ。
とはいえ、普段書類を書いている祐筆が何かの理由で不在のため、別人が書いたとの可能性もある。
疑わしいが、それだけで直ちに文書が無効かどうかは、法的に難しいところだ。
伯爵側でも偽文書を出したとなれば政治的に大きな問題となるので、正面から問うと却って本物であるとのお墨付きを与えてしまいかねない。
スイベリーの義父の大商人からは、自分と敵対する商人は多いが、今の時期に攻撃を仕掛けて来る相手に心当たりはない、との回答があった。
そもそも、商人達の総意として剣牙の兵団と敵対したくはない。それに靴の事業のような小銭しか稼いでいない事業を狙う理由がない、とのことだ。
小銭か。言ってくれるね。
そうなると伯爵の部下の誰かということになるだろうか。
道具を取りに行ったサラと護衛のキリクが言うのには、ただちに工房の事業を接収ということはないようだ。
特にそれらしい人員は見当たらなかったという。
工房は革通りの奥にあるので、怪しげな人員の出入りがあれば、すぐにわかる。
意外と、手下や動員力のない人間がしかけているのか。
それとも、本当に対価を出して穏便に買い取る気があるのか。
貴族の権力や行動原理がわからない俺達は、情勢に振り回されるばかりだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日が経った。
自称ルンド伯爵様の文書が送られてから、何も先方から動きはない。
だが、工房は停止するし、俺は事務所に戻ることもできない。
事業はすっかり停滞してしまっている。
これが敵の狙いだろうか。
相手にはルールがわかっていて、こちらにはルールがわからない。
相手からは好きな時にこちらを攻撃できて、こちらから攻撃することはできない。
この戦い方は、良くない。
戦い方のルールを変えなければならない。
翌日、俺はジルボアとグールジン、ゴルゴゴの3人の株主を剣牙の兵団の事務所に呼んで話し合うことにした。
事業の進退に関わる重要な話だからだ。
「伯爵のところに行こうと思う」
俺は切り出した。
「ほう」とジルボア。
「なにいっ!」とグールジン。
「げっ!」とゴルゴゴ。
3人は三様の態度で驚きを示したが、いち早く立ち直ったのは、やはりジルボアだった。
「それで、どうするつもりなんだ」
「そう、そうだ!伯爵のところに乗り込んでどうするんだ!」
「お貴族様のところなんかに行ったら、帰ってこれねえぞ!」
俺はニヤリと笑って答えた。
「事業を売ってくれ、というなら売ってやるまでさ。とびっきりの高値でな」
守ってばかりでは展望が開けない。
攻めて、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、というじゃないか。
俺がその場で3人に計画を話すと、3人は渋々ながら了承した。
俺だって、こんな身を切るような危うい賭けをしたくはないが、仕方ない。
ジルボアとスイベリーの義父の手配を以って伯爵家への訪問が叶うまで、それから数日の時間が必要だったので、こちらも準備を整えることができた。
本日の更新はここまでです。
次の展開との都合があるので、ここで切っています。
明日も12:00と18:00に更新します。




