第8話「出陣」
投稿が空いてしまってすいません。
ひとしきりチェリマの説教を受けたところで、俺たちは酒場に戻った。
三下君が料理を滅茶苦茶にしてしまったため、注文しなおす。
エシアさんとチェリマも同じテーブルにつく。そして何故か三下君とテリンベクタールがそれに続くのだった。
「おい、お前ヨルグとかいったっけ? 何どさくさに紛れて、エシアさんの隣に座ってんだ。ぶっ殺々するぞ」
また喧嘩ですか! とチェリマが睨んでくる。
「まあまあ、いいじゃねえか坊主。ちょうどいい機会だから、こいつに協会のことを教えてやれよ」
「知るか! こんなヤツ除名だ、除名。協会の人間に喧嘩売るとかあり得ないだろ」
三下君の顔から血の気が引く。
「……と言いたいところだけど、今回は勘弁してやるよ」
フイタルミナス所属の冒険者は職員含めても200名いない。ただでさえ殉死者が出ているこの状況で、無駄に冒険者の数を減らすわけにはいかなかった。
「勘弁してやるけど、他の支部だったら普通に除名処分だから勘違いするなよ」
いやそれどころか強制労働などの懲役刑になってもおかしくない。未遂に終わったとはいえ、この馬鹿は野次馬どもに対して攻撃魔法を行使しようとしたのだから。
「っていうかお前、台無しにした食事代弁償しろよ!」
俺は三下君からきっちりお金を取り立てる。こちとら腐っても盗賊だ。金銭的な問題に泣き寝入りはあり得ない。
ヒーナの分も含めて食事代をきっちり取り立てると、俺は三下君に狼頭狂王討伐に関する説明を行ったのだった。
そもそも狼頭狂王討伐の依頼は協会を通したものじゃない。テリンベクタールから冒険者に直接出された依頼だ。
だから依頼遂行中に如何なる事故が起きようと、それは依頼を受けた冒険者の自己責任なのだ。協会に非はない。
そりゃ班の仲間が死んだのなら、残念なことだと思う。しかし、その怒りを協会にぶつけるのは筋違いだ。八つ当たりに他ならない。
協会を通した依頼でないため、遂行失敗による信用情報のマイナス点も違約金の発生もない。しかし、協会の治療費の保険も適用されない。俺はそこらへんを三下君にこんこんと説いて聞かせる。
「それにしても坊主、さっきの決闘はまた盛大にキレてたな」
「うっせーよ、おっさん。まったく余計なことやらせやがって。こんなの俺のスタイルじゃないっての」
「やらせるもなにも、お前さんが売られた喧嘩だろ」
テリンベクタールが嫌らしい笑みを浮かべながら言う。
「それにしても坊主がキレるのを見るのは久しぶりだな。攻略戦のとき以来じゃないか。いやぁ、懐かしいな。あのときはキレまくってて、お前には本当に手を焼いたもんだぜ」
「アランさんがキレまくってたんですか」
チェリマが意外そうな声で問う。
「キレテナイッスヨ」
「表情には出してなかったけどな。内心ぶちギレ状態なのがまるわかりだったぜ」
「えー、そうなんですか!アランさんの昔の話、もっと訊きたいです!」
「その辺にしておけよ、おっさん。チェリマも俺の話が訊きたかったら、自分のことも話さないと筋が通らないぞ」
「むぅ、アランさんはイジワルです」
チェリマは不満そうに口を尖らせながら、そういうのだった。
攻略戦のことを話そうとすると、どうしたって俺の呪いについて言及しないわけにはいかない。そしてそれは酒場で話す内容ではないのだ。
「なになに?何の話?」
ピアネッテが話に割り込んでくる。ピアネッテはいくらか呑んでいるのだろう。顔が赤らんでいる。
ピアネッテの後では一番隊の連中がニヤニヤしながらこちらを見ている。そしてこれみよがしに賭けの払い戻しの金貨をちらちらと見せつけてくるのだった。
人のトラブルで金を稼ぎやがって。いつか回収してやると心に誓うのだった。
「よお、チョロイン。お前さんが坊主にデレたときの話だ」
「はあっ!? なにそれ! チョロくなんかないし……」
「嬢ちゃんがアランにデレた? ああ攻略戦の話か」
一番隊のメンバーがしたり顔をする。
「デレてないし! ないし!」
ピアネッテは悔しげに地団駄を踏む。しかし、「不死魔術師の後だろ?デレたな」、「ああ、デレたデレた」、「デレたでござる」と、一番隊の面々は一同にデレた、デレたと賛同するのだった。
「ふ、ふふふっ」
ピアネッテはうつむくと、リアンテのようなくぐもった笑い声を上げる。あ、これはマズイ……。
「みんなボクのデレの本当の恐ろしさをわかってないようだ……」
ピアネッテは顔を上げると、俺に向かってビシィッと指を突きつける。
「部長、覚悟しておけよ! ボクの本気のデレを見て、後で泣きを見ても知らないからね!」
「え、俺!? 飛んだトバッチリだ!」
囃し立てていた一番隊の連中を睨むが、奴らはニヤニヤするばかりだった。
ピアネッテはハイテンションになって、高笑いを上げながらそこら中の客の背を叩きまわる
「モルクワさん、この酔っぱらいをなんとかしてくれ!」
前から思っていたことだが、冒険者のアイドル様は酒癖があまりよろしくないようだ。
一番隊の連中がピアネッテを連れて酒場を出て行く。俺たちもしばらく飲み食いした後、その場を解散したのだった。
ピアネッテの奴、本気のデレとか言ってたが一体何をやらかすつもりなんだか……。
それにしても、アイツの周りはいつも陽気で笑いが絶えない。そしてそれに釣られて人が集まってくる。
なんというか主人公体質の持ち主なのだ。もし何かでかいことを起こすとしたら、案外ああいう奴が中心になるのかもしれないな、と思う。
ピアネッテを見ていると、胸の奥が痛く、切なくなることがある。
その理由は、自分の手からこぼれ落ちたものをピアネッテが持っているように見えるからだった。
この業界、誰しもが仲間の死を看取り、そのたびに心の中の何かをすり減らしている。しかし最初は誰にでも“それ”はあったはずなのだ。
冒険者に成り立てで明日も知れない。それでも初めての班の仲間と過ごす、ひたすらはしゃいだ日々。夢は叶うんだという根拠のない夢想……。死と隣り合わせの厳しい現実に直面し、ほとんどの人間が喪ったもの。ピアネッテはBランクとなった今でも、そういうものをまるで失っていないように振舞う。いや、もしかしたら本当に失っていないのかもしれない。
その陽気なオーラにあやかりたい、自分も仲間になりたい。そう思うやつが集まったのが、一番隊、二番隊の連中だ。
逆にその眩しさに耐えられないと感じ、離れていく人間もいる。俺は後者の方だった。
ピアネッテの方も俺に何か思うところがあったのだろう。それだけに出会ったばかりの頃はそれはもう険悪な仲で、まさに一触即発という雰囲気だった……。
それにしても、今日は大変な日だった。
狼頭狂王討伐失敗、負傷者の受け入れ、テリンベクタールにフイタルミナス攻略プロジェクトの政治的問題を聞いた後、酒場で売られた喧嘩、暴れまわるピアネッテ……。
最後のはともかくとして、三下君との決闘が無事に終わってよかった。もし、俺が敗れるようなことになっていたら、協会の権威は丸つぶれだ。
そのとき、嫌な考えが頭に浮かぶ。
テリンベクタールがやけに俺を煽っていたが、協会の権威を落とすことを狙っていたのだろうか。
協会の権威が失墜すれば、それが故に俺は<災害指定>を出さざるを得なくなる。その結果、フイタルミナスに関わる政治的バランスが一方に傾く。そういう思惑があっても不思議じゃない。
しかし、先ほどの会議ではテリンベクタールは<災害指定>を出して欲しくないように見えた。むしろ副指令のリアンテの方が政治的バランスを考慮しなければいけないことにぶち切れていた。
まあ、今となってはどちらでもよかった。なぜなら俺の腹は既に決まっているからだ。
ヒントはテリンベクタールに貰った。
今回の問題が新市街全体の問題であるなら、責任だって新市街全体で取るべきだ。冒険者だけで何とかする問題じゃない。
<災害指定>は出さない。狼頭狂王は本来<危険指定>ですらない、<注意指定>の魔物だ。そんな魔物に<災害指定>とかお笑い種だ。<災害指定>は出さないが攻略軍には動いてもらう。
そして両将軍には悪いが、手柄は協会のものだ。
次の日、会議の場で俺は<災害指定>を出さないことを宣言した。
「それで……? 協会だけでどうにかできるのか?」
「いや、あんた達も動くんだ。今回は誰が責任を取るとかそういうこと言ってられる事態じゃないだろ。<はらどぐん>と<前衛魔術師>の2班に、協会から指名依頼を出させてもらう。まさか依頼を断ったりはしないよな、おっさん」
<はらどぐん>はテリンベクタールがリーダーを務めるハラド軍兵士の班、<前衛魔術師>はリアンテを中心とするアンヌーンの班だ。どちらも軍属であるためCランク冒険者の班だが、別にCランクを指名をしてはいけないということもないのだ。
「なるほどそうきたか。坊主、攻略軍を再編成するつもりなのか」
「選抜メンバーだけ見ればそう見えるかもな」
「まあ、俺たちを指名するのはいいが指名料は大丈夫なのか? 俺たちが簡単に動くと思うなよ」
テリンベクタールがまるで脅すかのように凄んでみせる。
「いや、そういう茶番はいいから……。おっさん、昨晩はずっとこの案のヒントを出し続けてただろ?」
テリンベクタールはチェリマに攻略軍の話をこれみよがしにしていた。しかしそれはただの雑談ではなかった。要は攻略戦と同じようにすれば良いという、俺に対するヒントだったのだ。
「指名料? そんなもん知るか。開拓プロジェクトが出す金の三分の一をそれぞれ<はらどぐん>と<前衛魔術師>に払う。具体的にそれがいくらかは開拓プロジェクトの責任者に訊いてくれ」
「言うねえ。自分の価値は自分で決めろってか? 副指令はどう思う? 落とし所としては悪くないと思うんだが」
「……」
リアンテは何やらぼそぼそと呟く。
「え、なんだって?」
「テリンベクタール! あんた回りくどいのよ!」
リアンテは激高して机をバンバンと叩く。
「狼頭狂王程度で時間をかけ過ぎ。こんなのさっと行って、さっと屠ってくればいいでしょう。こんな会議も時間の無駄。<前衛魔術師>は昼には準備が済むから。私は行く」
リアンテは性急に会議室を出て行った。一緒に会議に参加していたアンヌーンの兵士が後を追う
「やれやれ、せっかちな人間だ。これもお国柄って奴なのかね」
テリンベクタールがため息をつく。
テリンベクタールは王制国家の男爵、リアンテは民主国家の官僚だ。リアンテから見ると、テリンベクタールの行動はあまりにも形式ばって見えるのかもしれない。しかしハラド王国の貴族社会において、迂遠に見える根回しを怠ればそのツケが後で回ってくることもある。どちらが正しいとも言えないのだ。
「それで……、俺たちを動かして、お前さんは一体何をするつもりなんだ?」
「俺は総指揮を取らせてもらう。後ろで見ているから、頑張って戦ってくれ」
「え!? 坊主、お前さん前線に出ないのか?」
「前線に出ないっていうか、だから指揮するんだって」
テリンベクタールは相変わらず俺を表舞台に出して目立たせようとする。
「昨日の決闘だって、うちの連中は見れなかったことを残念がってたぜ」
「昨日のことこそ何やらせてるんだよって感じだ。そもそも俺は戦うのが苦手だっての」
「それにしてはなかなかの動きだったけどな」
「あんなの半分ズルみたいなもんだろ? あの喧嘩を売ってきた馬鹿、ヨルグとか言ったっけ。あのナリで魔法使いだとは思わなかったけどな。それこそ俺が初見の魔法使いと戦って負けるわけがない」
三下君とは決闘というかたちで正面から討ち合った。だが、そもそも正面から討ち合う時点で単独冒険者としては失格だ。
単独行動で生き残るためにはとにかく戦わないことだ。戦うにしても奇襲を中心とした戦法を取る。
先日の異界穴の事案じゃないが、たとえ敵が子鬼程度だったとしても、たとえ負った傷がかすり傷だっとしても、実戦では死に繋がる可能性がある。
正面から戦うのは戦力が勝っている際の戦法だ。まともに正面から戦って生き残れるほど、単独行動というのは甘くない。
だからヒーナもそうだが、単独冒険者は優秀な部類であっても意外と戦闘が苦手な者が多い。
彼らが……、俺が得意なのは戦うことじゃない。
殺すことだけだ。
「今回の狂王がどうこうって話じゃないんだ。多分、今後もこういうことは起きるだろ? 俺はおっさんと違って、人を動かすやり方を知らないからさ。今回はいい機会だから学ばせてもらうよ。ま、俺の指示が変だったら、勝手に動いてくれて構わないから」
「なるほど……。了解だ」
会議を終えた俺は受付嬢であるエシアさんに手伝ってもらって、狼頭狂王討伐のメンバー選定を行った。
こういうときにエシアさんの優秀さに救われる。事情があるとはいえ、俺は所属冒険者のことを知らな過ぎたかもしれない。
たまには俺も受付に立つべきだろうか。
結局、討伐メンバーに選んだのは総勢24名。フイタルミナス所属の全冒険者の実に1割を越える員数だった。
狼頭狂王ごときには破格のメンバーだった。しかし狂王が2体存在すること、また舞台が迷宮の固定敵ではなく、彷徨う敵であることを考慮した結果だった。
昼過ぎ、新市街の入り口で討伐メンバー総勢が集う。
「あー、皆さん、今日は急な指名にも関わらず、集まってもらいありがとうございます。今回総指揮をとるアラン・メリルです」
挨拶を始めたところで、リアンテがこちらをじろりと睨む。
これくらいの前置きは許してほしいもんだぜ。アンヌーンの将軍様はまったく血の気が多すぎる。
「状況を説明します。ご存知の方も多いと思いますが、今回の標的は狼頭狂王です。昨日、協会所属の冒険者が樹海において狼頭狂王に接触、配下の狼頭をほぼ殲滅しました。しかし、狂王と戦闘を始めたところで2体目の狂王が出現。討伐隊は逃走し、殉死者1名が出ました……」
作戦は以下の通りである。
まず討伐メンバーを本隊と斥侯に分ける。本隊は街道で待機、斥侯は樹海の探索を行う。
狼頭狂王は2体は存在する。3体目がいる可能性は考慮しない。
狼頭狂王は配下の群れを率いているのが普通だ。1体の狼頭狂王は昨日の討伐で配下を殲滅している。
斥侯が探すのはもう1体。配下を引き連れた方だ。
狼頭狂王は配下を凶暴化させる技能を持つため、配下をまず減らす必要がある。
今回も狂王が2体いるとはいえ、やることは変わらない。
斥侯が敵を発見できない場合は、1時間ごとに本隊に報告し、別の地域の探索に戻る。
標的を発見した場合、斥侯が全員本隊に合流後、本隊を標的にぶつける。
戦術としては定跡通り、配下の数を削りながら後退する。
これは戦場を樹海から街道に移すためだ。
樹海では獲物は振りにくいし、何より使用不可の魔法も多い。
「それから、樹海では炎系統の魔法は控えてくださいね。火事になったらちょっと洒落にならないんで」
一同は大型の乗合馬車に乗り込む。討伐隊の人数が多いため、個々の馬ではなく乗合馬車を使う。
向かう現場は先日の異界穴の件でチェリマと出会った場所だ。
馬車を発車させようとすると「待ってくれ」という声が外から掛かった。
「頼む。俺も連れていってくれ! 報酬はいらねえ。」
馬車の脇に三下君、ヨルグが立っていた。
「頼む、俺も討伐隊に入れてくれ」
俺はため息をつく。
「ダメだ」
「頼むよ。どうしてもあの魔物を倒したいんだ。頼む、頼む、頼む……」
三下君は土下座でもしそうな勢いだった。その表情は打倒狂王の決意に引き締まっている。
しかし、その眼には暗い炎が宿っていた。
死の兆し。
俺はその炎を何度も見てきた。戦死する冒険者は、眼にその炎を宿していることが多かった。
「あのさあ、今回はちょっとシリアスな場面だから余計な人間を連れて行く余裕はない。悪いが諦めてくれ。それからな、あんた死相が出てる。死んだ仲間の仇討ちなんて考えているならやめといたほうがいい。そういうのは冒険者のやることじゃない。わかるだろ? あんた達が討伐に失敗したのも昨日の今日だ。少し休んで頭を冷やせよ」
「部長、昨日のことを怒ってるなら謝る。俺が全面的に悪かった。だから頼むよ……」
「あー、面倒くせーなー。だからそういうことじゃないんだって! 今回は、最初から死ぬつもりで討伐に参加するような馬鹿を連れて行く余裕がないんだっての! いいか? 今回は単に魔物を倒すとか倒さないとかのレベルじゃないんだよ。俺たちの後ろには多くの人の生活が掛かってるの! そりゃ仲間を失ったことは気の毒だと思うよ。でもそういう個人の問題を斟酌するような事態じゃないんだよ。理解しろ!」
テリンベクタールに言わせれば、多くの人の生活……どころか、国家間の政治的バランスにも繋がってるらしいがな。
三下君の顔が怒りで歪む。
「あんたがそういうなら良いさ。俺は馬車にしがみついてでもついて行くからな」
あー、なんか先日のチェリマを思い出した。多くの仲間を失ったチェリマもこんな風に駄々をこねていたっけ。でもチェリマの方がもう少し聞き分けが良かったと思う。
と、そのとき、馬車の中からリアンテが現れると、唐突に三下君をぶん殴った。ふらついている三下君を引きずり上げるとそのまま馬車の中に放り投げた。
そして、誰にともなく呟くのだった。「議論する時間が無駄」と。