第6話「災害指定」
「それで……、拙者の処理した依頼書はどうなるでござるか?」
モルクワさんが静かに問う。声を荒げるということもないのだけど、確実に怒っている。
「それは狼頭狂王のことがあるので、見直しということに……」
「それはまったく大変なことでござるなあ。あ! 拙者は手伝わないでござるよ」
「それはもちろんでござる……」
モルクワさんはぷりぷり怒りながら出ていった。どうやら今日はオフらしく、「呑まなきゃやってられるか」、と朝から“一人打ち上げ”に行ったのだった。酒場はこの時間でも商機を逃すものかと、夜勤明けの人間をターゲットにしっかり営業中だ。
俺の机の上はいつもの通り書類の山だ。なんだかやる気が出ない。仕事を止めて、扉を少し開けて広間を覗いてみるといつも以上に冒険者で溢れていた。
狼頭狂王の騒動で依頼が絞られているのが原因だ。有効な依頼の取り合いの様相を示している。なんだかみんなピリピリしてるな。
「協会は何やってるんだ!」
冒険者の怒号が飛ぶ。俺は慌てて扉を閉めた。今は出ていかない方がよさそうだ。仕方ないので仕事に戻る。
しかし、広間から漏れてくる苦情の声のせいでなかなか集中できない。
まったく冒険者どもときたら……。
気持ちはわからなくもないが、狼頭狂王の出現は協会のせいじゃない。しかも依頼の制限は冒険者の安全性を考慮した結果なのだ。
まったく好き勝手いいやがって。一言文句いってやる、と扉に手を掛けたところでわあっと歓声が上がる。
「おい、冒険者共! 特大の案件を持ってきてやったぞ!今回の任務は狼頭狂王の討伐だ。3班まで報酬を出す」
テリンベクタールの声が響いてくる。それにしても凄い盛り上がりだ。この分なら今日明日にでも討伐が完了するんじゃないだろうか。
ほとぼりが冷めたところで執務室から出ると、テリンベクタールと、昨日出会った三人が話合っていた。
テリンベクタールが持ってきた討伐依頼にはチェリマの仲間たちの遺体回収が含まれていたようで、依頼主であるテリンベクタールにお礼を言っていたのだった。
「こんちは! いらっしゃい」
「ああ、アラン君。どうも」
チェリマの兄ヘレンドが頭を下げる。
「今日は協会に何のようで?」
「いつまでフイタルミナスにいるかは決めかねてるんですが……。それでも、とりあえずお金を稼ぐために冒険者登録しようかと思いまして……」
「ああ、なるほど。やっぱりあの宿は高かったですか?」
「ええ。悪いところではないですが、びっくりしました」
フイタルミナス新市街は建設中ということもあり、モノ不足の状態が続いている。そのため物価が高いのだ。しかし、その分ここでお金を稼ぐのはそんなに難しいことじゃない。
「ヘレンドさんとクンドさんはいいとして、まさかチェリマも登録するの?」
「冒険は無理かもしれませんけど、私も働きます。これからお仕事を探してみようと思ってるんですけど、よろしければ協会のお仕事を手伝わせていただけませんか?」
「協会の仕事ねー。協会は慢性的に人手不足ではあるけど、さすがにチェリマにできる仕事は何かあるかなー?」
「部長、私が受付にいる間は医務室を受け持っていただいたらどうでしょうか?」
受付からエシアさんが声を掛けてくる。
「ああ、それがいいかもね」
チェリマは治癒魔法が使えるのでぴったりかもしれない。もしもの時のためにエシアさんの魔力は温存しておきたい。
「じゃあ、チェリマのことはお願い」
エシアさんはチェリマを連れて医務室に向かった。
受付は暇そうにしていたヒーナに任せて、俺はヘレンドたちの冒険者登録の手続きを行う。
「じゃあ規則なんで、まず協会の説明からしますね。協会の主な業務は依頼人と冒険者の仲介です。
依頼人は信用できる冒険者が欲しい。冒険者も同様に報酬を踏み倒そうとしない依頼人を求めている。
つまりお互いの信用保証ですね。協会が存在する理由はそこにあります。
とはいえ協会は基本的に冒険者の互助会です。ですから、トラブルがあった場合、基本的には冒険者側の立場で動くことになります。ここまで良いですか?」
「堅苦しいなあ、おい」
説明を横で聴いていたテリンベクタールが口を挟んでくる。
「どうせこいつらも当座の生活費を稼ぐだけだろ? 臨時の仮登録とか、そんなので済ませちゃえよ」
「おっさん、これも俺の仕事なんだから邪魔するなよ」
「へいへい」
テリンベクタールはそう言いつつも、この場を立ち去ろうとはしない。暇人め。
「質問があるのだが良いだろうか」
ヘレンドが訊いてくる。
「昨日話した通り、私たちはわけあって素性を明かせないのだが……」
「ああ、偽名登録でも構いませんよ。協会が必要としているのは依頼達成に関する信用情報だけなので、特に細かい素性はいらないです。信用情報もフイタルミナスで留めておきますか?」
「あ、そうしてもらえるとありがたいです」
「フイタルミナス以外で協会を利用しようと思ったら再登録になりますけど」
「構わない」
「えっと……、それで登録ですが、ヘレンドさんたちはまずCランクの冒険者として登録されます。これはランクとしては最低ですけど、最初は誰もがCランクですし、ランクが低いからといって劣っているわけでもありませんから気にしないでくださいね」
「俺もCランクだしな」
「専業冒険者保護の観点から、軍属等の兼業の方はCランク固定となっております」
邪魔すんな!の意味を込めてテリンベクタールを睨み付けたが、テリンベクタールは涼しげな顔をしている。
「ランクによって受けることができる依頼が制限されますが、まあランクの違いなんてそんなもんです」
“ランクの違いなんてそんなもん”とは言ったが、むしろそれがすべてである。というか、本当は冒険者のランクよりも依頼のランクの方が先にあるのだ。
Cランクの依頼とは協会支部のある街、もしくはその支部単独の管轄内で済む依頼である。こういう依頼は、依頼を出された支部で勝手に判断し、遂行する冒険者を選ぶことができる。
それに対してBランクは複数の支部に出される依頼である。
依頼が出された支部と実際に遂行する冒険者が所属する支部が違う。つまり、これは依頼を回した支部も誰が依頼を遂行するかわからないということを意味する。
当然のことながら依頼が回ってきた支部としても、いい加減な冒険者を割り当てるわけにはいかない。そこで、Bランク依頼を受ける冒険者にはそれなりの信用が必要とされる。
つまり、冒険者のランクとは信用なのだ。Bランク冒険者というのはBランクの依頼を受ける資格がある、という意味でしかない。
もちろん、戦闘力という意味でもBランク依頼を受けるだけの実力が要求される。しかしCランクだから弱いということもないのだ。
ちなみにAランクに関しては、支部では考慮しなくてもよいことになっている。
なぜなら、Aランク依頼は協会支部ではなく、本部で受け付けることになっているからだ。
Aランク依頼は国家的な依頼だ。例えば、場所が国境近くで軍を動かすことができないとか、とにかくスピードが要求されるとか、そういう微妙な依頼がAランク依頼として扱われる。
Aランク冒険者も基本的には員数外扱いだ。Aランク冒険者は大陸全土でも170人前後しかおらず、そのほとんどが本部所属だからだ。
大陸全土でおよそ25万人程度の冒険者がいると言われている。そのうちBランクは20万人程度。Aランカーはプロの冒険者の中でも千人に一人いるかいないか、0.1%以下の化物たちだ。そんなのを当てにして協会運営はできない。
そんな雑談も交え、二人に協会について説明していく。
その後、依頼の受け方、報酬の受け取り方等細かいことをレクチャーする。職業の方は、二人とも戦士を選択した。
「わかりました。二人とも戦士で登録しておきます。登録タグを渡しておきます。フイタルミナス以外の支部では使えないので、もし他の支部で依頼を受けたければ、そこでも登録手続きを行ってくださいね」
「了解した」
ヘレンドとクンドは早速依頼を受けるようで、掲示板を見にいくのだった。
残されるチェリマのことを考えると危ない依頼を受けてほしくはないのだが、Cランクならそこまで危険な依頼はない。多分大丈夫だろう。
俺は執務室に戻ると依頼書の検収を始めた。ヘレンドたちの冒険者登録をする前のイライラした気持ちは、いつの間にか消えていた。
この仕事が彼らの命に関わるものだと思えば、文句など言っていられない。
そして次の日、協会と冒険者に衝撃が走る。
いつものように仕事をしていると、ヒーナがノックもなしに執務室に飛び込んでくる。
「兄貴、大変です! 旧市街入り口見張りのハラド軍から連絡がありました。複数の冒険者グループにアクシデントがあったようです。重傷者が多数出たみたいで、テリンベクタール将軍から受け入れ態勢の構築を依頼されました」
「何があった……、じゃなかった。それを聞く前にまずするべきことを済ませておくか。各所に連絡は?」
「将軍からの依頼なので攻略軍は知ってます。それから治癒院には緊急事態であることを知らせておきました! 細かいことはわかんないですけど、重傷者が多数出たことだけは……」
「一応錬金術師組合にも連絡しておいてくれ。薬瓶の用意があると助かる」
「了解っす!」
ヒーナは執務室から矢のような速さで走っていった。
俺も執務室を出る。
受付にいたエシアさんに医務室で待機するように指示すると、広間にいる冒険者に声をかける。
「すいませーん。依頼の受付を停止しまーす!」
その瞬間激しいブーイングが起るが、その後に続けた言葉でしんとなる。
「作戦中の班に問題が起きたようで、多数の怪我人が運ばれてきます! 治癒系魔法使いの方は協力お願いします。また、薬瓶をお持ちの方は協会で買い取りします。事情を知らない冒険者の知り合いがいたら、お声かけお願いします!」
広間にいた冒険者は協会を出ていく。残っている2名は魔法使いだろう。
一人は協会の医務室に、もう一人を治癒院へ向かわせる。
俺は受付で冒険者名簿を引っ張り出す。しかし、ちょっと見てうんざりする。
名簿にあるのはランクと職業だ。情報が少なすぎる。
戦士系はまだいい。獲物が両手持ちの大剣だろうと短剣だろうと、大してやることに変わりはない。
ところが、魔法使いは習得魔法から行動様式まで違いが大き過ぎる。
たとえば大別するだけでも魔法には攻撃系、治癒系、支援系の三種があり、さらに術者によって使える魔法が異なる。
これでは名簿を見ても誰を指名すれば良いのかわからない。
特に俺はつるむ冒険者を制限しているので、能力どころか顔見知りすら少ないのだ。
いや、これは俺のせいじゃない。内容が薄い名簿が悪い! いつか改善してやる! そう思いながらエシアさんに当てを訊きに行こうかと思う。
とはいえヒーナは使いに出してしまったし、俺が協会を離れるわけにもいかない。
治癒院にも支援の術者を派遣した。俺のすることはもうないと思い返し、広間をぶらぶらするのだった。
やがてハラド軍兵士が担架に怪我人を載せて協会にやってきた。
どうやら転移魔法で旧市街入り口から飛んできたらしい。
「アラン君、将軍が緊急に話がしたいらしい。攻略軍の事務所まで来てもらえないか」
ハラド軍兵士が俺に話しかけてくる。
「えーと、わかりました。でも……どうしようかな。協会を開けっ放しにしておくわけにもいかないし……」
まったく、フイタルミナス支部は緊急時に弱いということを露呈してしまっている。
いくらなんでもこの支部は人手が無さ過ぎた。冒険者でなくても良いから人を増やすべきかもしれない。
「留守番ならこちらでしよう」
「あと少しするとヒーナが戻ってくると思うので、それまでお願いします」
俺は厩舎に寄って、ロクウェン爺さんにも会議に参加してもらうように頼んだ。ロクウェン爺さんは馬丁だが、各所に顔が効く大物でもある。
こういう会議があるときは立ち会ってもらうことにしているのだ。
攻略軍事務所につくと、会議室に案内される。
室内にはテリンベクタールとハラド軍兵士、そして攻略軍副指令のリアンテとアンヌーンの兵士も列席していた。
「おう、坊主。来たな」
「おっさん、お疲れ。それから、冒険者の救護ありがとう」
テリンベクタールは手を上げて応える。横では俯いたリアンテが何かブツブツと呟いていた。
「それで……、その件の話なんだよな? 一体何があったんだ?」
「まあ、まずは座れよ。それで……、何があったか……か、まずはその話からだな。どこまで知ってる?」
「冒険者に多数の怪我人が出た。旧市街の入り口で見張りが保護ってとこまで」
「そうか……。単刀直入に言おう。多数の怪我人……ってのは、狼頭狂王討伐に向かっていた3班の連中だ」
「そんなまさか! ヘレンドたちを襲った奴か!?」
俺は声を荒げる。
「確かに狼頭狂王は雑魚じゃない。でもBランクが3班も揃っていて壊滅状態になったっていうのか?」
「ああ、そういうことになるな」
テリンベクタールは軽傷の冒険者から聞いた話を説明した。
“狼頭狂王討伐”の依頼を受けた冒険者は班ごとに樹海の探索を開始、そのうちの1班が狼頭を引き連れた狂王を発見した。
3班合流したところで戦闘を開始、狂王配下の狼頭を減らしていく。
狼頭狂王は配下の攻撃性を高める特殊能力を持っている。そのため、先に配下の方を片付けるというのが定跡だ。
つまり冒険者の行動に間違いはなかった。
ところがここでアクシデントが起る。順当に狼頭の数を減らしていったところで、3班は新たな群れの奇襲を受けたのだという。
「狼頭狂王は2体いたんだよ」
「同じ縄張りに2体の狂王……、聞いたことないな」
「ああ、あいつらは基本的に縄張りの外には出ないからな……。で、だ。その2体目の狼頭狂王なんだが、戦闘中に特殊能力を発動した。
その結果、配下の狼頭の群れと共に、最初に戦っていた狂王までが凶暴化状態になったらしい」
なるほど……。狼頭狂王自体の凶暴化か……。
そんな事例は聞いたこともないが、とてつもなく危険なのは想像できる。
「治癒系魔法使いが負傷した時点で逃走、現場が近かった旧市街の入り口に逃げてきたってわけだ。旧市街入り口まで狼頭が何匹か追ってきてたらしいが、それはうちのが倒した。起きた事はこんなとこだ
「わかった。さしあたって今急いで何かやらなきゃいけないほどの緊急事態ではなさそうだな」
「ああ、そうだな」
「おい、そっちの黒いのは大丈夫なのか……」
ロクウェン爺さんが口を挟む。ロクウェン爺さんの視線を追うと、リアンテが爪を噛みながらぶるぶると震えている。
「ご心配かけてすいません、副指令は今、情緒不安定でして……」
アンヌーンの兵士が申し訳なさそうに言う。
「黙れ……。あんたらいつまでもごちゃごちゃと……、どうでもいいことばかり話過ぎなのよ」
かすれるような声でぼそぼそと呟くと、リアンテは前髪の奥からギロリとこちらを睨む。
「それで……、殺るの? 殺らないの?」
「副指令……、それじゃさすがに坊主も何言ってるのかわからないだろ」
テリンベクタールは苦笑いしている。
「ちょっと、ここからは真面目な話だ、メリル支部長。俺もハラドの代表として話させてもらう」
と、テリンベクタールは俺のことを名前と役職で呼んだ。
「こういう事態は今回が初めてだから今まで話すタイミングがなかったが、まあ、今日がそれなんだろう。
実は今回の事態に対して、協会が<災害指定>を宣言するかどうか大きな問題になっている。
これが他の街なら<災害指定>の宣言も問題はないんだが、ここフイタルミナスではセンシティブな政治問題になりかねない」
依頼及び冒険者にはA~Cのランクがある。同様に魔物もランク付けされている。
魔物のランクは<注意指定>、<危険指定>、<災害指定>の三つだ。人によっては<災禍級>魔物、<大変異級>魔物なんてことを言ったりするが、単なる言葉遊びに過ぎない。
公的なランク付けとしては前述の三つになる。
このうち<注意指定>、<危険指定>の二つが冒険者協会で扱うランクの魔物だ。協会が<災害指定>を宣言した場合、対象の討伐は協会の扱う範囲を外れる。
ある程度の規模を持つ公的機関、つまり軍の管轄になるのだ。
「協会の仕事は無理にアランに放り投げたようなもんだからな。あらためて背景から説明させてもらおう」
フイタルミナス攻略プロジェクトは、ハラドとアンヌーンの休戦後、記念行事としてぶち上げられたものだ。
その狙いは商業路の開拓と北からの侵略に対する干渉地帯の構築だ。
プロジェクトが成功したところで、ハラドとアンヌーンのみではいずれフイタルミナスの利権を巡って争いが勃発するのは目に見えていた。
そこで中立性を保つために、冒険者協会を始めとするいくつかの民間組織がプロジェクトに参加している。
「ここでハラドやアンヌーンの軍が出ると、バランスが崩れる可能性がある。いや、違うな……。ここでは何も変わらないかもしれない。だが本国で利権争いをしている連中が同じように思うかどうかは別だ」
それを聞いたリアンテが机をドンドンと叩きながら怒鳴る。
「本国のッ! 連中のッ! ことなんかッ! 知るかッ! 前線にいるのは我々だ!」
「リアンテ将軍の言う通り、まわりくどいぞおっさん。<災害指定>を宣言するなってことか?」
「そこまでは言わないさ。ただ、最終的に決める権限を持ってるのはお前さんだ。そういうことも考慮して決めてくれ、とそういいたいだけだ。うちとしては出撃の用意をしておく。明日の朝までにどうするか決めてもらえると助かる」
会議を終え、協会に戻るとヒーナが声を掛けてくる。
「お帰りなさい、兄貴。大変なことになったねー」
「ああ、そうだな」
「自分も話を聞いたんだけど、狂王が2体同時に現れたって……。それから……、言い難いんだけど……」
「どうした?」
「治癒院の方で……、死者が出たって……」
「クソッ!」
狼頭狂王討伐は、テリンベクタールが協会を通さず、直接冒険者に出した依頼だ。
だから、俺にも協会にも非はない。しかし、依頼を受けた冒険者の自己責任だと切って捨てることは、俺にはできなかった。
並行して、「なろうで小説を書こうかな」というエッセイを連載しています。
エッセイを読んでいる方はわかると思いますが、順調に本作プロット作成時にはないエピソードが増えていっています。