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廃都の冒険者協会  作者: 霧加羅 衛
第一章「問題を抱えた日常」
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第4話「書神ゴベンナス」

 額にチリッとした感覚が走る。チェリマが解毒魔法の呪文詠唱を行ったのだ。しかし、俺にチェリマの魔法は効かない(・・・・)”。


抵抗(レジスト)!? どうして!」

 チェリマは再び解毒魔法を掛けようと詠唱を開始する。しかし効果を発するまでには至らない。精神を上手く集中できていないようだ。

 よくない兆候だった。恐慌(アフレイド)を起こしかけている。


「落ち着け。大丈夫だ……」

 軽い麻痺症状だったのが幸いした。俺は全神経を振り絞って腕を動かすと、薬を取り出す。

 もしこれが麻痺(パラライズ)ではなく、石化(ストーンド)と呼ばれる硬直状態だったら身動き一つできなかっただろう。

 抗麻痺薬を飲んでから数秒後、全身が麻痺から回復するチクチクとした痛みに襲われる。軽い痺れはあるものの、何とか立ち上がれるようになった。

 その間、前衛組は順調に小鬼(ゴブリン)を減らしたようで、この調子なら俺が参戦するまでもないだろう。


「ふぅ、酷い目にあった」

 ひしっと抱きついてきたチェリマを前に、俺はできるだけ何でもなかったかのように振る舞う。

 とその時、額にチリッとした感覚が走る。チェリマが、ガバッと顔を上げる。


「やっぱり魔法が効いてない!」

 俺は苦笑してしまう。

 この状況で好奇心に任せて、俺に何らかの魔法を掛けようとしたらしい。

「抵抗!? ううん、違う。私の魔法が吸いとられたような……」

「魔法が効かない体質なんだ」

 バレてしまったのなら仕方ない。俺は素直に秘密を打ち明けた。


 俺の額にはいくつかの図形を組み合わせた紋様が刻まれている。これは厳密には違うが、ざっくり言ってしまえば対魔法の術式呪印だ。この呪印は俺の体から数センチ以内の魔法素子(マナ)を乱し、効果の種別、力の大きさに関係なく吸収してしまう。

 まあ、簡単に言うと、俺には魔法が効かないし、俺自身も魔法が使えなくなる呪いだ。

 この呪印は常時(パッシブ)発動しており、解くことはできない。なぜなら解呪(ディスペル)すら分解して、吸収してしまうからだ。


 この呪いは一見すると、対魔法戦闘では完全防御のように思えるが、実際のところそうでもない。

 例えば念動能力(サイコキネシス)で岩を飛ばしたとする。岩を持ち上げ、射出する。ここまでは魔法の力だ。しかし、それ以降は慣性なり、引力なりの力学による運動だ。

 こういった魔法素子に依らないエネルギーに対して、この呪印は何の効果も及ぼさない。だから、この呪印は魔法防御の用途としては不完全にも程があるのだ。


 致命的なのが治癒魔法すら無効化してしまうという点だ。世界広しと言えども、治癒魔法の恩恵を受けたことのない冒険者など、俺くらいのものだろう。

 この呪いは、異界穴(フェレグ)の閉鎖のような用途には無類の強さを発揮する。しかし、トータルで見れば俺にとって大きな弱点に他ならない。他の冒険者なら治癒魔法で回復可能な負傷であっても、俺にとっては冒険者生命の終わりに繋がる致命傷になりかねないからだ。


 全ての冒険者が清廉潔白というわけではなく、ときには野盗崩れの冒険者と敵対することもある。そのため、自分の弱点はなるべく隠しておきたい。しかし、この呪いはやたらとバレやすいのだ。現にチェリマにはバレてしまっている。

 だから、俺は攻略戦(コンクエスト)に参加するまで基本的に単独行動者(ソリスト)として活動してきたし、現在も本当に信頼できる人間としか班を組まない。


「このことは他言無用で頼む」

「わかりました。内緒にします。これでクンドが乗っていったお馬さんの貸し賃にしてください」

 チェリマは笑いながら言うが、クンドが乗っていった馬は俺の所有物ではなく協会(ユニオン)のものだ。本当に秘密にしてもらえるなら、借りはむしろ俺の方にあるだろう。


 そうこうしているうちに、小鬼(ゴブリン)を殲滅した二人が戻ってきた。

「お疲れさまー」

「お疲れ、ピアネッテ。また腕を上げたんじゃないか?」

 ピアネッテは先ほどの戦闘でも危なげない動きで、「よいしょー」とか訳のわからない掛け声を掛けながら楽しそうに長柄斧(ポールアックス)を振っていた。

「部長と違って、毎日鍛えてるからね。部長も引きこもってばかりいないで、たまには外に出て働かないと!」

 そういうピアネッテは胸を反らし超ドヤ顔だ。別に俺はヒキコモリではないんだが……。


「なんかへこむなー。おっさんはともかく、ピアネッテにまで差をつけられるなんて……」

「そりゃ、坊主が自分のスタイルに合わないことをやってるからだよ」

テリンベクタールが声を掛けてくる。

「そもそも盗賊(シーフ)(パーティ)あってのものだろう? 盗賊が単独行動に向いてないとは言わないが、それは一人で何でもできる技能があってこそだ」

「でもアランさんには、さっきの凄いんだか凄くないんだか、よくわからない力がありますよね!」

 チェリマがぐっと拳を握り締めて言う。

 チェリマ……、それフォローになってないから……。


「それも含めて……だな。あの力は組織の中で役割分担した上こそ生きてくる能力だからな」

「だからハラド軍に入れ、か? だからそれはお断りだって言ってるだろ」

 俺はテリンベクタールが言おうとしてることを先回りして、釘を刺しておく。


 以前からちょくちょく誘われてはいたのだが、俺は断り続けていたのだ。冒険者から軍に転職するという例もないわけじゃないが、あまりうまくいったって話も聞かないしね。


「うちに入ってくれるんならもちろんありがたいんだが、坊主のためでもあるさ。俺のところが嫌なら副指令のところでもいいんじゃないか? あいつも坊主がお気に入りだからな。たっぷり甘やかしてもらえるぞ」

「それこそ遠慮するよ。リアンテ将軍のところに行ったら、大事にされすぎて外に出してもらえなくなりそうだ」

 リアンテは何というか、部下に甘過ぎるところがあって、とにかく前線に部下を出したがらないのだ。本人は指揮官かつ魔法使い(メイジ)のくせに、戦闘となると部下を置いて一番に突撃する武闘派だ。


「それに俺が軍に入ったら支部は誰が面倒見るんだ? おっさんが支部長をやるのか?」

「ノー、サンキュー」

 テリンベクタールはとんでもないことを言われたかのような顔をして断る。

「そもそも俺がフイタルミナスに来たのも、この呪いを解く手段がここにならあるかもしれないと思ったからだしね。こいつを生かすために軍に入るなんて、本末転倒もいいところだよ」

「部長、まさか情報を得るために協会の中の人になったの?」

 当たりだ。協会には旧市街の情報が集まるからな。まさかテリンベクタールの悪巧みで支部長にされるとは思いもしなかったが……。


「なんかずっこーい。職権濫用だ!」

「それなら、ピアネッテがやるか、依頼書仕分け……」

 ピアネッテがブンブンと頭を横に振る。よっぽど嫌なのだろう。小麦色のツインテールが顔にぺちぺち当たっている。


「支部長はエシアにやらせてもよかったんだけどな。エシアなら文句を言う奴もいないだろ?」

「エシアさんは受付嬢以外ありえないだろうが!」

「うお! びっくりした! 坊主、キレポイントそこかよ」

 思わず怒鳴ってしまった……。エシアさんは殺伐とした廃都に降り立った天使なのだ。中身は悪魔だけど……。

 もし、エシアさんを受付嬢から外そうものなら、フイタルミナスの男性冒険者が暴動を起こすことになるだろう。俺主導で……。

「まあ、結局坊主が支部長として適任だったんだろうさ」

 テリンベクタールは強引にそうまとめた。


「さて、ひとまずは異界穴は片付いたがどうする? 8番地区の方も行ってみるか?」

 テリンベクタールが訊いてくる。このおっさんは連戦の後だというのに全然体力気力ともに消耗してないようだった。

「いや、クンド達のことも気になるし、この娘も限界だ。新市街に戻るのがいいと思う」

 俺たちは新市街に戻ることにした。馬をつないだところに戻るとピアネッテが俺の手を取った。

「まだ痺れが残ってる?」

 俺が麻痺を食らったことは口にしていないが、しっかり気付かれていたらしい。

「今の部長に手綱を握るらせるわけにはいかないから」

 ピアネッテはそう言うとリンティエーのところに向かった。


 往きはともかくとして、帰りは急ぐ必要もない。というか、溜まった依頼書のことを考えると急ぎたくない。

 馬が石畳で足を滑らせないようにということもあって、俺たちはゆっくりと歩を進めていた。

「坊主、新市街に戻る前に神様のところに寄ろう。せっかくここまで来たんだ。お嬢ちゃんに神様に合わせてやろうじゃないか」

 テリンベクタールが声を掛けてくる。


 テリンベクタールの言う神様とは、主神六柱の一、書物と歴史の神“ゴベンナス”だ。書神ゴベンナスは旧市街3番地区の一つに居を構えている。

 神というと気難しそうな気がするし、実際そういう神々も多いのだが、書神は割合とフレンドリーで気が向いた時には神託をくれることもあるので参拝者が絶えない。もっとも一般にはその存在を知られていないため、参拝者といってもフイタルミナスの冒険者だけなのだが……。

「“神に見棄てられた地フォーセイクン・シティ”なのに、神様がいらっしゃるのですか?」

「そうだよ。ボクもよく会うけど、気さくないい人だよ」

「おっさん、ピアネッテ、一応ゴベンナス神の存在は機密事項なんだけどな。チェリマも強制はできないけど、厄介事に巻き込まれたくなければ秘密にしておいた方がいいからね」


 基本的に協会のスタンスは冒険者有志による互助会だ。

 依頼の報酬から会費は徴収するが、それ以外冒険者に対して何の強制力もない。いくつか決まりごとはあるが、破っても最悪退会処分になるぐらいだ。

 協会に属さないフリーの冒険者もいないわけじゃない。だから、機密扱いといったところで、あまり効果は望めない。

 ただ、神の存在はあまりに大事なので、冒険者のみんなには努力義務くらいのニュアンスで秘密にしてもらっているのだ。

 ハラド、アンヌーン両国には将軍経由で知られてるんだと思うが、神罰を畏れているのか、今まで両国から神絡みの件で何らかのちょっかいを出されたことはない。


 しばらく歩いて、3番地区にある廃墟につく。

「チェリマ、見た目にはただの廃墟にみえるでしょ? ここに神様が住んでるんだよ!」

ピアネッテが笑いながら、一軒の廃屋の扉を叩く。


「神様ー、来たよー!」

「来たよー、じゃねー! ピアネッテ! 日に2度も3度も来やがって。うちは休憩所じゃないんだぞ!」

 扉が開き、ゴベンナス神が現れる。その姿は髪の毛ボサボサの中年男に見える。だが神だ……。


「だって、将軍が神様のところに行こうって言うから……」

 ピアネッテはテリンベクタールに責任を押し付ける。自分もノリノリだった癖に……。


「ゴベンナス様、申し訳ない。この娘にあなたを紹介したかったもので……」

「テリンベクタール、俺を観光名所にでもするつもりか?」

「あ、あの……。私はチェリマと申します」

 機嫌が悪そうな神に対しておずおずとだが、チェリマが名を名乗る。


「チェリマ、この神様は機嫌が悪そうだけど、いつもこんなもんだ。別に怒ってるわけじゃないから、そんなに構えなくても大丈夫だよ」

 俺はチェリマに説明するが、チェリマは緊張しているようだった。


「おっさん! 休憩どころか、この娘にとって精神的プレッシャーになってるみたいだぞ」

「坊主は優しいな。別に命の危険があるわけじゃないんだから、少々固くなるくらい問題ないだろ」

 俺とテリンベクタールのやり取りを見てゴベンナス神がため息をついた。

「まあ、入れ。茶ぐらい出してやる」

 書神はそう言うと俺たちを招き入れた。廃屋の中には地下に続く階段があり、そこを抜けると書神の仕事場である大図書館が現れる。


「わあ!」

 チェリマが感嘆の声を上げる。それもそのはずだ。四方が高さ5メートル級の本棚に囲まれた大部屋、それが神の書斎だ。見たことはないが、さらに地下にも同様の部屋がいくつもあるらしい。

 神の居場所ということもあるが、今までの人生で見たことのがないほど大量の本が積み上げられた様は、それだけで荘厳な雰囲気がある。

 俺たちも神の存在を知ったときには驚愕したが、まさか廃墟の地下にこんな場所があるとは誰も思わないだろう。

「ここはいつ来ても圧倒されるな」

 テリンベクタールが上方を見渡しながら言う。


「あの……、あなたが神様って……、本物なんですか?」

 チェリマがふいに発した問いに神様が吹き出した。

「我の真偽を問うか。定命の者よ」

 神の存在感が急激に増していく。そこにいるのは、もはやただの中年男ではなかった。人ではありえない、威圧に近いほどの圧倒的存在感を放っている。そして、ボサボサだった髪の毛もサラッサラヘアーになっている。


 俺の呪いはまったく反応しない。だから、これは魔法による偽装(フェイク)ではない。

 ゴベンナス神はチェリマに対して、どうやら神様モードで対応するようだ。

「幼いながら神を前にして、その堂々たる態度。気に入った。よかろう、娘よ。我が書庫の閲覧は人の身には許されてはおらぬ故、我自らが応えよう」

 そう言うと、神の存在感がすうっと薄れる。

「ああ、疲れた。で、何だっけ?」

 神様モード終了らしい。おい神様、もうちょっと頑張れよ!

 チェリマは神様の言動にびっくりしたのか、目をぱちくりさせている。


「神様って、なんかこう……光とかそういう感じだと思ってました」

「それはロマンだな……」

 ゴベンナス神は苦笑する。

「お前の言う通り、この姿は本物じゃない。この姿はネルデーアに降臨するときの化身(アヴァタール)だ。だが、ロマンを壊して悪いが、本物の姿も光……とかそういうのとはかけ離れてるぞ。定命の者は我々を神と呼ぶが、我々は自分のことを神竜(ウィルム)と称している。(ドラゴン)の上位種だからな。だから本物の姿も竜に近い」

「どらごん……て何ですか?」

「そうか……。ネルデーアでは竜はあまり見なかったな。お前のわかる言葉で説明すると、精霊の一種で、形は翼の生えた蜥蜴(トカゲ)と言ったところだ」

 なにそれキモい、とピアネッテが呟く。しかし、俺もこれは初耳だった。今まで神は凄い能力を持った人、くらいのイメージだったが、まさか姿形が違うとは……。

「アラン、形だけではないぞ」

 ゴベンナス神は俺の方を見て言う。どうやってかは知らないが俺の心を読んだのだろう。俺の呪印が何の反応も示さない以上、魔法じゃないのは確かなんだが……。神は何でもありなのだろうか。


「まずサイズが違う。六柱でいうと、一番でかい星神エレナスは新市街を覆い隠すほどのサイズがあるな」

 でかっ!! ちなみに星神は星の流れと時間を司る神で、農業や漁業等の第一次産業に信仰する者が多い。


「だから、神竜が人の世界で活動する場合は化身を使う。それがこの姿だ」

「ゴベンナス様、その髪の毛がボサボサだったりサラッサラだったりするのは、化身としてどういう意味があるのですか?」

「意味なんかねーよ!」

 なかったらしい……。


「執筆が進まなくて頭をかきむしっただけだ」

 ゴベンナス神の仕事は歴史書の執筆だ。この図書館にある本はネルデーア大陸の歴史で、すべてゴベンナス神の手によるものだ。

 この図書館には今まで起きたあらゆることが本として記録されている。だから、ここになら俺の呪いを解く方法があるのかもしれない。残念ながら、閲覧は許されていないが……。

 とはいえ、俺は盗賊(シーフ)だ。呪いを解く方法が見つからなければ、いつか盗み入って読んでやろうかと思っている。


 それから俺たちは、雑談混じりにゴベンナス神からネルデーア大陸の歴史についての講義を受けた。

「お前らなー、誰を相手にしてると思ってるんだ? 少しは勉強しておけよ。特にピアネッテ! 歴史を知らない吟遊詩人なんて聞いたことねーぞ」

 書物と歴史の神ゴベンナスはそう文句を言いながらも、応えられることは応えてくれた。


 今より300年ほど前……、大変異(プレスター)と呼ばれる災害が起きるまで、この世界は現在の水準を遥かに超える高度魔法文明に支配されていた。

 当時のフイタルミナスはネルデーア大陸中央に位置するという地の利を生かし、物流のハブとして栄華を誇っていたのだそうだ。

 大変異後、フイタルミナスは放棄され、廃都となった。

 その理由は、フイタルミナスこそが大変異の爆心地であり、後遺症ともいうべき状態である、異界穴の異常発生が起きるようになったからだった。


 また、大変異の際にはゴベンナス神を含む六柱の神が同時にネルデーアに降臨し、フイタルミナスに対する加護の放棄を宣言したのだという。以降、フイタルミナスは別名“神に見棄てられた地”と呼ばれるようになった。実際には、神どころか人からも見棄てられたわけだが……。

 それはともかく、降臨した神々はフイタルミナスの放棄と、世界の魔法物理法則の変更を宣言した。

 魔法物理の変更は神々によって注意深く行われた。それでも大陸全土で数億人が死亡した。人によっては、フイタルミナスの災害ではなく、神々による魔法物理の変更の方を大変異と呼ぶこともある。

 魔法物理の変更による高度魔法文明の衰退、体制の崩壊と戦乱期への突入を経て、ネルデーア大陸はいまの国家群のかたちに落ち着くこととなる。


 その間、大陸中央に位置するという地理的条件に加えて、力による奪い合いの時代が続いたにも関わらず、フイタルミナスに手を出す者はおらず、打ち捨てられたままとなっていた。

 なぜなら、フイタルミナスを判図に組み入れる作業は、どの国にとっても負担が大きすぎたのだ。

 フイタルミナスは地理上、各国と国境を接するため国境防衛だけでも膨大な兵力が必要とされる。それに加えて、内側は異界穴が猛威を振るうのだ。どの国もフイタルミナス侵攻、維持にかかる負担を別に振り分ける方が得策と判断したのだろう。

 その結果、大変異の爆心地という事実からすると逆接的だが、フイタルミナスは旧世紀の建造物を多く残す巨大な遺跡になっていたのだった。


 旧世紀の手付かずの遺跡……、それは俺たち冒険者にとっては宝の山を意味する。それでもこの地に人類が拠点を築いたのはわずか半年前のことだ。

 大変異から300年間、フイタルミナスは戦闘を生業とする冒険者にとってすら未踏の地であり続けたのだ。

 逆にいえば、300年経て人類がフイタルミナスにちょっかいをかけるだけのゆとりが生まれた……、その程度に人類の文明が復興したともいえる。


「はあ、なんか歴史って凄いねー」

 ピアネッテがため息をついた。

「加護を止めたのに、なんで神様はここにいらっしゃるんですか?」

「これのためだ」

 ゴベンナス神はチェリマに水晶球を指し示す。


「この遺物(アーティファクト)を使えば、この部屋に居たままネルデーア中を“視る”ことができる。これがあれば取材が超楽になる。だが、これは大変異以降使えなくなった。俺たちが行った魔法物理法則の変更の影響だな」

 なんか墓穴を掘ってるなあ。神様……。


「ここフイタルミナスは我々が管理することを止めた地だ。それ故、ここは魔法物理法則の変更が適用されていない。そういうわけでここでならこの“ティアンの宝珠(オーブ)”が使えるわけだ」

 こんな辺鄙なところでしか仕事ができないなんて、神様も意外と楽じゃないようだ。俺たち冒険者が言えたことではないだろうが……。


 帰る段になって、ゴベンナス神は「また聞きたいことがあれば来るがよい」とチェリマに言った。チェリマもゴベンナスに気に入られたようでよかった。会わせた甲斐がある。

「ボクもまた来るからね!」

「お前はしばらく来んな!」

 多分、ピアネッテはまたすぐここに来るのだろうし、ゴベンナス神もわかっていてそう言ったようだ。多分、お約束のやりとりなのだろう。


「アラン、少し待て」

 ピアネッテたちに続いて出て行こうとする俺を、ゴベンナス神は引き止めた。

「勇者ゴルロールの記憶はまだ残っているか? それとも長き時の果てに失われてしまったのか?」

 俺は扉の向こうを気にした。ピアネッテたちには気づかれていないようだ。

「ゴベンナス様、こちらの立場も少しは考慮してくださいよ。今はメリルを名乗ってるんですから。ピアネッテたちは仲間であっても、何でもかんでも明かすわけにはいかないんですよ!」

「大丈夫だ。ここでの話が漏れることはない」

「はあ、それならいいんですけどね。それで先ほどの話ですけど……、ご先祖様が六柱神(あなたたち)と共に何をしたのか、言い伝えは残ってますよ。自分は仮にもその呪いを引き継いだ身ですから、知らないわけがない」

「そうか……、歴史の神である俺が言うのもなんだが、もし過去の出来事が忘れ去られているなら借りを踏み倒せると思ったんだがな……」

 ゴベンナスは苦笑しながら言う。


「アラン、お前は協会に篭ってばかりいないで、たまには顔を見せろ」

 ゴベンナス神はぶっきらぼうに、そして少しだけ寂しそうに言った。

「お前に神託をやろう。“望まぬことにも可能性はある”」

 含蓄のある言葉だが……、皮肉かよ!


 ゴベンナス神の図書館を出た後、チェリマはじっと何かを考え込んでいた。

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