第3話「フイタルミナス旧市街」
「加勢のみならず、怪我人の救助までしていただき感謝する。我らは……」
テリンベクタールに肩を借りて立っている戦士は、そこまで言って少女の方をちらりと見る。名前を明かせないのだろうか?
まあ、わけありなんだろう。
少女の方は治癒魔法が使えるようで、負傷している戦士を治療している。だが、さすがに子供の使う術だ。程度は知れている。
「命の恩人にこんな態度を取ることを許してください。しかし事情があって、身元を明かすわけにはいかないんです」
少女は治療の手を止めるとこちらに向き合う。
戦闘中に泣き叫んでいたところは年相応だと思ったが、随分と大人びている。おそらくこちらが素なのだろう。よくよく見れば、衣服も高級品でどことなく高貴な雰囲気がある。貴族のお嬢様とお付きの護衛といったところか。
しかし、なぜ子供がこんなところに……。わけありはともかく厄介事は勘弁してほしい。
「私はチェリマ・コットといいます。こちらは……」
「護衛のクンドだ。」
おっさんに肩を借りている戦士クンドが頭を下げた。
俺たちも自己紹介する。
「俺はハラド王国のテリンベクタール将軍だ。こっちは冒険者のアラン・メリルとピアネッテ・カリナだ」
「テリンベクタール将軍……」
テリンベクタールが意外な大物だとわかって、チェリマは驚いているようだった。
「悪いがこちらは作戦行動中だ。あんたらに付き合ってる時間の余裕はないんだ。馬を貸すから街までは自分たちだけで向かってくれ。坊主、協会の馬を借りるぞ?」
俺は逡巡する。まあ、貸すのは構わない。負傷者を抱えて馬泥棒もないだろう。どの道、ここから行ける街なんて新市街しか存在しない。
「あー、まあいいけど。一人は子供とはいえ、一頭に3人は無理じゃないか、おっさん」
不可能ではないだろうが、そんな乗せ方をしたらロクウェンじいさんにこっぴどく叱られるだろう。
……とすると、怪我人二人を馬に乗せて無傷の少女は徒歩か? それはそれで、じいさんに叱られそうな気がする。
「何言ってるの部長? 怪我人優先に決まってるでしょ」
俺の考えていることがわかったのか、ピアネッテが口を挟んでくる。何か「部長サイテー」とでも言いたげな口振りだ。
「そういうことだな。お嬢ちゃん、馬を貸す代わりにお嬢ちゃんにはしばらく人質になってもらう。構わないな?」
「はい、構いません。お気遣い感謝いたします」
無論、人質と言うのは冗談だ。異界穴対処の任務は継続するが、チェリマの護衛も引き継ぐ。テリンベクタールはそう言っていた。
チェリマには通じたようだ。頭の回転も速い。
正直なところ、子守りをしながらの任務遂行なんて御免被りたい。だがリーダーの決定だ。仕方がない。
ピアネッテは自分の乗っていた馬をクンドに渡すと、俺の後ろに跨った。
「リンティエー、重いかもしれないが少しの間だ。我慢してくれ」
後ろから頭を叩かれた。
チェリマはテリンベクタールの後にちょこんと座っていた。
騎乗の心得もあるようで、ある程度の速度で馬を駆っても何の問題もないようだった。
俺はチェリマが治癒魔法を使っていたのを思い出す。筋は悪くない……、と思う。おそらく我流ではなく、ちゃんとした魔法使いに師事しているのだろう。
もし将来冒険者を目指すのなら、結構いいところまでいくんじゃないだろうか。
「ねえ、部長!あの娘のこと、気になるの?」
自分でも意識していなかったが、テリンベクタールの馬の方をじっと見てしまっていたようだ。ピアネッテがそれに気づいて声を掛けてくる。
「ああ、一体どういう素性の娘なんだろうな」
「それも気になるけど、ボクが言ってるのはそういうことじゃないよ!」
ピアネッテがため息をつく。
「部長、自分で気づいてないの? 部長って、初対面の魔法使いと班を組むと、決まっておかしくなるよ」
「魔法使いって、あの娘はまだ子供で……」
「子供だから余計にだよ! 言いたくないなら過去に何があったのかは訊かないけどさ。今は切り替えて!」
ピアネッテのその言葉は、思いもよらず、俺の魂の深い部分を突いた。
あまりにも図星過ぎて、苦笑すらしてしまう。ピアネッテの言う通り、俺は魔法使いに複雑な思いがあるのだ。
攻略戦のときもそれで随分揉めた。
「大丈夫だ、ピアネッテ。お前の言う通りあの娘のことは少し気になる。だけどわきまえてるさ」
俺はできるだけ明るく聴こえるように言う。
「じゃあさ、教えてあげるよ。あの娘のことはわからないけど、クンドの着けてた鎧……、あれ、紋章は削り取られてたけど、フォロスタール帝国の正規兵の鎧だよ」
「帝国!?」
フォロスタール帝国は大陸の北部を占める大国家だ。軍事国家であり、大抵の荒事は軍が引き受けてしまうため、広大な割に設置された冒険者協会はそんなになかったはずだ。そのため、俺はフォロスタールのことをよく知らない。
フイタルミナスの開拓はハラド軍、アンヌーン軍、そして協会を含む幾つかの民間団体の合同事業だ。
フォロスタールを排斥するつもりはないが、帝国兵がこんなところで何をしてるんだ? それに紋章を削り取られてるって? 身元を隠すためか? だが、それなら何故帝国兵の鎧なんて着ける? 誰から身元を隠すつもりなんだ? ううむ。わからん。
「将軍は当然気づいてる。だから面倒なことになりそうなら、将軍に任せちゃえばいいよ」
「そうだな。冒険者じゃないなら、協会が面倒見る必要もないしな。しかし、ピアネッテ。お前、帝国兵の鎧とか、そっち方面詳しいの?」
「そういう訳じゃないけど、ボク、フォロスタール出身だもん」
「そうか、ピアネッテは北の方の出だったのか。肌とか白くて綺麗だもんな!」
その瞬間、俺の腰に回された腕が強烈に締まる。
「アダダダ! ピアネッテ! 腕が……」
「部長、何言ってんの! 白くて、き、綺麗とかないし!」
さすが近接戦闘職の女戦士だ。照れ方まで凶悪だ。今度、ピアネッテと班を組むときは胴周りもガードしておこう。
しばらく移動したところで樹海を抜ける。フイタルミナス旧市街だ。ここから先は地面が石畳で舗装されていることもあり、馬を降りる。
一歩、足を踏み入れただけで、空気が変わるのがわかる。旧市街と呼ばれてはいるが、実際は世界最大の旧世紀遺跡、地上の大迷宮だ。
300年前に滅んだ廃墟ではあるが、とてもそうは思えない荒廃具合だ。
旧世紀の魔法による自己修復機能、それが建築物の荒廃を防いでいる。これのおかげで旧市街は樹海の侵食すら阻んでいるのだ。
現在では考えられないほど複雑な魔法が、中層階級の民家にすら使われている。大変異以前の魔法文明が、如何に高度であったかを如実に示していた。
事実、当時であればありふれた日常品だったであろう遺物も、現在ではとんでもない高値がつくことが多いのだ。
旧市街入り口近辺は探索が済んでいるため、めぼしいものは残ってないだろうが、中心部にはまだまだお宝が眠っているはずだ。
まあ、今回は探索じゃなくて、異界穴の対処が任務だ。現場も近いし、早く終わらせて新市街に戻ろう。依頼書の山も待ってるしね。
「さて、ここが“神に見棄てられた地”、フイタルミナス旧市街だ。お嬢ちゃんは旧市街に踏み入れた史上最年少の探索者だ! 感想はどうだい?」
テリンベクタールに言われて気づく。確かにチェリマは史上最年少だ。この年でこんなところに来てしまったら、その後の世界観が変わってしまうのではないだろうか。
「その……、怖いです」
そりゃそうだろうな。ただでさえ、あんなことがあったすぐ後だからな。
「これから、この4人で異界穴を閉じる任務に向かう。俺とこのお姉ちゃんで前を歩くから、お嬢ちゃんは坊主と一緒に後から着いてきてくれ」
小さなメンバーは加わったが、概ね新市街での打ち合わせ通りで行くようだ。
「もし戦闘になったら坊主はお嬢ちゃんの護衛。前に出るときは必ずピアネッテと交代しろ」
「了解」
「さて、じゃあ行くか! 連戦にならないことを祈ろう」
テリンベクタールとピアネッテが3メートルほど離れて前衛を務める。俺とチェリマは、テリンベクタール、ピアネッテと丁度正三角形の頂点になる位置で並んで歩く。
チェリマの表情は固い。張り詰めたままでは、体力、精神力の消耗も激しい。
「まだ怖い?」
「はい」
緊張を解きほぐそうとする意図が伝わったのだろうか。チェリマの表情が少しだけ和らぐ。いい傾向だ。
「大丈夫だ。例え魔物が現れても、あの二人がやっつけてくれるさ。あの二人の強さはさっき見ただろ?」
「はい……」
狼頭に襲われたときのことを思い出したのだろうか。一瞬チェリマの顔が強張る。あちゃー。まずったか。
「どうしても怖くなったら、目をつむって、耳を塞いでいればいい。パニックを起こされるとこちらも困る」
「あの……、将軍とピアネッテさんが強いのはわかりましたけど、アランさんはどうなんですか?」
チェリマはいたずらを思い付いたかのような笑みを浮かべながら訊いてくる。良かった。それほどのダメージにはなってないようだ。
「俺? 俺は盗賊だもん。あの二人には全然敵わないよ。俺は逃げるの専門!」
「でもさっき将軍がアランさんは攻略戦の英雄だって……」
「おい、おっさん! いたいけな少女に適当なこと吹き込むな!」
「だって本当のことだろう?」
テリンベクタールが振り向きもせず、声を掛けてくる。
「本当なわけがあるか!」
攻略戦の後のことだ。本当はテリンベクタールが協会の支部長を兼任するはずだった。
だがこの不良中年はそれが面倒だったらしく、俺を攻略戦の英雄というわけのわからないものに仕立てあげた挙げ句、支部長職をこちらにおっかぶせてきたのだのだ。ハラド王国将軍が支部長を務めるのも、民間団体としてはあまり良くないことだったらしく、俺は渡りに舟とばかりに支部長にさせられてしまったのだ。
チェリマは俺たちのやり取りにつられて笑っていたが、ふと真面目な表情になる。
「……先ほどの話なんですけど……」
「なんだ?」
「私があの場に留まっているなら、亡くなった者たちは犬死にになるって……」
そのとき、俺の心の中に昔の記憶が蘇る。
(どうしてお前はまだ生きているんだ……)
「アランさん……?」
いかんいかん。どうもこの娘と自分の過去を重ねてしまう。
「ん? 確かにそう言ったな。言葉は悪かったかもしれないけど、彼らを侮辱するつもりはないよ」
「ええ、それはわかってるんですが……、結局彼らの死は意味のあることだったんでしょうか? 犬死にじゃないって……」
「それはこれからのチェリマ次第じゃないのか?」
「私次第……」
「もしチェリマが将来何か凄いことを為し遂げるんだとしたら、彼らも命を掛けてチェリマを守った甲斐がある。そう思うんじゃないかな」
俺だってまだまだ未熟だ。青いことを言っているのかもしれない。だけど、冒険者として少なくない仲間の死を看取ってきた今、俺はそう考えている。
「私が為すこと……。そうですね。彼らに顔向けできないような生き方はしません」
チェリマの目には涙が溜まっていた。しかし、そこには悔いだけではない光が宿っている。きっとこの娘は大丈夫だ……。俺は確信した。
「アランさん、意外と優しいんですね。私、アランさんに嫌われてるんだと思ってました。だって私のこと、ずっと睨んでましたよね」
睨んでいたつもりはないのだが、チェリマの方を見ていたのは気付かれていたようだ。俺は先行する二人に聴こえないように声を落とす。
「俺さ、本当は盗賊じゃなくて、魔法使いになりたかったんだよ。だからその若さで治癒魔法を使えるチェリマを見て嫉妬しちゃったんだよ。恥ずかしいからあの二人には内緒な」
ピアネッテには、ばれているのかも知れないが……。
「そろそろ現場に到着するぞ」
テリンベクタールが声を掛けてくる。
まだ人の住んでいた時代、旧市街がどのように区画分けされ、どのように呼ばれていたのかはわからない。
だが俺たちは便宜的に旧市街入り口から開始して、およそ100メートル四方の単位で区画分けして呼称している。
つまり現場である7番地区は入り口から600メートルほどの距離である。
道が分岐して、同距離に複数の地区がある場合は数字に加えて、ABC……と文字を末尾に加えて区別している。
現場は旧市街入り口から直線距離で300メートルほどだが、潰れていて通ることのできない道も多いため、随分と遠回りになる。
ここら辺はまだ入り口から近いこともあり、冒険者が協力しあって地図作成を完了させている。そのため現場までの最短経路を選択できるわけだが、それでもここまで一度も魔物に遭遇していないのは僥倖と言ってよかった。
僥倖と言える理由、それが今回の任務遂行対象である異界穴だ。
この世界の大気中には、人の意思に反応して運動する魔法素子という微粒子が存在する。
その名の通り、魔法に関連する……、というか、魔法行使の際に使用される燃料というべきものだ。
この粒子は大気中に均等に存在するわけではなく、まれに魔法素子溜まりが発生することがある。そして魔法素子溜まりは空間に穴を開ける。これが異界穴の正体だ。
魔獣、魔物の類いは異界穴を通ってこの世界に侵入するため対処が必要なのだが、普通はあまり問題視されることがない。異界穴はまれにしか発生せず、発生したところでその寿命は長くないからだ。
ところが、ここフイタルミナスでは事情が大きく異なる。旧世紀文明を滅ぼした大変異の爆心地たるフイタルミナスは、常に魔法素子の状態が不安定で、異界穴ができやすくなっているのだ。しかも、一度できてしまうと、長時間消えずに残存する。そのせいでフイタルミナスはいつまで経っても制圧完遂できない。
もし一度に数メートルでも制圧が可能なら、時間はかかるだろうが、いつかフイタルミナス全土を開拓することができるだろう。しかし、今のままでは現状が精一杯だ。
探索が深くなればなるほど、戦闘の回数が増えていく。この問題に対して打てる手は今のところ俺たちにはない。冒険者の間で地図情報を共有し、最短経路を探るぐらいが精々だ。
フイタルミナス攻略戦も異界穴の湧き潰しに終始したと言っても過言ではない。そのため、今も新市街近くに現れた異界穴は最優先対処事項となっている。
異界穴の対処の原理は単純だ。異界穴の原因が魔法素子溜まりなら、それを消し去ってしまえばいい。解呪は魔法素子を消滅させるため、これが使えれば対処は可能だ。
問題は、異界穴に近づくことすらできない場合があるという点だ。異界穴の出現は魔物を伴うことが多いため、対処にある程度の戦闘力は必須だ。
また、解呪自体あまり汎用性のある能力ではないため、習得者が少ないのも問題だ。
「異界穴がみつかったのは、この角を曲がってすぐだ」
テリンベクタールが声を潜める。
「俺とピアネッテが先行する。坊主は声を掛けたら来てくれ。後方注意を怠るなよ」
俺は声を出さずに頷く。
おっさんはピアネッテとタイミングを合わせるために5本の指を立てる。
5……4……3……2……1……GO!!
テリンベクタールとピアネッテが角を曲がると走り出す。
「侵入者!!」
ピアネッテの声が響く。これは異界穴から魔物が出てきたことを知らせるための掛け声だ。残念ながら異界穴は開ききってしまったようだ。
すぐに戦闘音が聞こえてくる。音からして角を曲がっておよそ20メートルといったところだろう。これだけの距離があれば、チェリマを護るのも容易だろう。俺はチェリマを連れて、角を曲がった。
そこにいたのはチェリマと同じくらいの背丈の人型魔物“小鬼”だった。
奇襲が成功したようで、すでに数体の死体が転がっている。
そしてその奥に黝く燃え上がる炎が見えた。異界穴だ。
小鬼は狼頭と同様に知能がある魔物だ。それが20体以上いる。
「ピアネッテ、小鬼を半分に減らしたら俺と交代! おっさん! 3秒引き付けておいてくれ」
俺がそう言う間にも二人は小鬼を片付けていく。
ピアネッテは同時に5体くらいの小鬼を相手にする実力がある。一対一なら30体でも完勝するだろう。そのピアネッテが小鬼集団を回り込むように移動する。
囲まれないように移動しながら、集団外側の小鬼を一体ずつ確実に屠っていく。
一方、テリンベクタールは対照的に集団の中心に突っ込んでいくと、鎧袖一触といった感じで小鬼どもを文字通り粉砕していく。初めてではないといえ、二人のコンビネーションはぴったりと息が合っている。
「凄い……」
横にいるチェリマが呟く。
「いや、まずいかも知れない」
さすがに数が多過ぎる。状況判断は俺に任されている……。一瞬だけ退却指示が脳裏によぎる。この子鬼の数は微妙なラインだ。
軽傷であっても、誰かが負傷したら退却指示を出すことを決意した。
と、そのとき、数体の小鬼の動きが目に見えて悪くなった。それは魔法による精神攻撃を受けた状態に酷似している。横を見るとチェリマが催眠魔法の詠唱を終えたところだった。
チェリマの魔法攻撃は小鬼を昏倒させるまでには至らないが、確かに足止めをしている。そして、それは対多数戦闘における魔法使いの正しい在り方だった。
「嘘だろ……!?」
俺は驚愕して呟いた。この娘、マジでいいセンスしてる。
前衛組の二人は動作の鈍った小鬼を見逃すはずもなく、瞬時に屠っていく。
これならいける!と思ったそのとき、小鬼集団の後方で黝く燃えていた異界穴が急激に膨張する。それは異界穴を通って魔物が現れる兆候だった。
「侵入者! おっさん、敵の新手だ!」
何が現れようとしているのかはわからない。しかし、敵の出現を許してしまえば、この任務の成功は遠ざかる。
「ピアネッテ! 少し早いが交代だ!」
ピアネッテは長柄斧を大降りして小鬼を牽制するとこちらに向かって走り出す。
それを確認したところで、俺も小鬼集団に向かう。狙いはテリンベクタールが小鬼集団に抉じ開けた小さな穴だ。
俺は一歩目から限りなくトップスピードに近い速さを出して走り始める。
俺は敢えて足音を殺さずに走る。本来なら、声を掛けて連携をとりたいところだが、さすがにこの全力疾走状態では大声を上げるのは無理だ。テリンベクタールなら、足音だけでもある程度の連携が可能だと信じる。
「おおおおっ!」
俺が集団に辿り着くと同時にテリンベクタールが咆哮を上げる。それは魔力を含んだ威圧の咆哮だった。
咆哮を食らった小鬼どもはビクンと震え、一瞬だけその動きを止める。だが俺の疾走は止まらない。額にチリっとした感覚を感じる。魔法を無効化したときに感じる俺特有の感覚だ。俺に威圧の咆哮は“効かない”。
それにしても、さすがテリンベクタール将軍だ。足音だけでこちらの動きに合わせた完璧な連携を取っている。やはり歴戦の戦士と組むのはやり易い。
テリンベクタールやピアネッテ、それから先ほどのチェリマの催眠魔法を見たときにも感じたが、剣技や魔法に依らない連携の強さというものを思い知らされる。
それは、ずっと単独行動者として冒険者生活を送ってきた俺にとって、苦手な分野の技術だった。
テリンベクタールの咆哮で小鬼が動きを止めたのは一瞬だったがそれでも構わない。俺はテリンベクタールの開けた穴を強引に抉じ開けると異界穴の前に飛び出る。
俺は異界穴を閉じるために手を伸ばす。異界穴は見た目には巨大な炎の玉のように見えるが、熱さはない。
異界穴に触れようとした瞬間、小鬼の腕が炎の中から現れ、それに握られた短剣が俺の腕をかすめた。俺はそれに構わず異界穴に触れる、と同時に異界穴は音もなく消滅した。
後に残された小鬼の腕がボトリと落ちる。
「おっさん、閉じたぞ! ピアネッテ、後を頼む!」
俺とピアネッテは再び交代し、チェリマのもとに戻る。
後は状況を見て殲滅か、撤退か判断すればいい。任務は完了だ……、俺はそんな風に思ってしまっていた。やはり久しぶりの実戦で感覚が鈍っていたのだろう。違和感を認識するのが遅すぎた。
体中を冷たいものが走るのを感じる。
「クソッ! 毒だ!」
小鬼の短剣に毒が塗られていたのだろう。腕をかすめたときに食らってしまったようだ。
俺はポーチから解毒薬の小瓶を取り出そうとするが、その前に膝から崩れ落ちてしまう。
最悪だ……。それは体力を奪うだけの毒とは別の症状、運動能力を阻害される“麻痺”と呼ばれる状態だった。