第2話「異界穴出現」
プロローグ追加と第一話改訂しています、
この際、4話くらいまで投稿しちゃおうかと。
「よお! 邪魔するぜ坊主。エシアは今日も艶っぽいね。今度二人で呑みに行こうぜ! ピアネッテは相変わらず細いな! おいモルクワ! もっとこいつに肉食わせろ! 肉!」
豪快に高笑いしながら、おっさんが執務室に入ってくる。
この人はフイタルミナス攻略戦で総指揮を執ったハラド王国のテリンベクタールだ。
本職はハラド王国軍の将軍であり、Cランク冒険者でもある。
一応、男爵なのだが、貴族然としたところが全くない。二メートル近い身長に、分厚い筋肉をごてごてと張りつけたような体躯は、まさに天賦の才に恵まれた戦士のそれだ。
性格の方はどうかといえば、豪放磊落で天衣無縫。冒険者以上に豪快な性格だ。それでいて普段大規模な集団を組んだことのない冒険者をまとめ上げ、攻略戦を成功させた手腕は将軍たるに相応しいものだった。
俺とは「おっさん」、「坊主」と呼び合う仲で通させてもらっている。一応、現在のフイタルミナスの中で一番偉い人ではあるのだが、俺はハラド軍人ではないし、テリンベクタール将軍と上下関係はないのだ。
「まるで恋人たちがじゃれ合うようで……、とっても楽しそう……。死ねばいいのに……」
俺とピアネッテのやり取りを見て、ぼそっと呟く声が聴こえる。
テリンベクタールの横に立っているのは、対称的に陰のある雰囲気の女性だった。ローブ姿に杖と、それ自体は典型的な魔法使いスタイルなのだが、とにかく目を引かれる異様さがある。
漆黒のローブに、髪も鴉の濡れ羽のような黒。前髪に隠れて表情を窺うことはできない。ただぎょろりとした眼のみがこちらを凝視している。
最大の特徴が蜘蛛のように細くて長い腕だった。黒ずくめのローブから出るその腕は、白を通り越して青白く、まるで幽霊か亡霊のようだった。
彼女は拠点攻略戦の副指令を勤めたアンヌーン共和国の女将軍リアンテさんだ。
テリンベクタールと同じく攻略戦で面識を持ったのだか、はじめて会ったときは、「こいつはヤバイ奴だ」と戦慄した。
実際に付き合ってみれば、意外と面倒見のよく、味のある人なのだが……。ただ、普段からぶつぶつと呪詛の念を呟いているので、気味悪がる冒険者も多い。
「まったくでござる。もげればいいでござる」
後からも呟かれたが、こいつは無視しておこう。
「坊主、忙しいところ悪いんだが、解呪持ちを含む班を大至急編成してくれ」
先ほどとはうってかわって、テリンベクタールが真面目な顔をする。
「解呪……、というと“異界穴”案件か? おっさん」
「ああ、旧市街7番だ。まだ小さいが、急激に拡大する恐れがある」
「7番地区……? 近いな。エシアさん……」
エシアさんは俺が声をかける前に、受付から所属冒険者名簿を持って戻ってくる。
「“遺跡調査団”が待機中ですが……」
「事後報告で悪いが、“遺跡調査団”には8番地区の“異界穴”に対応してもらってるところだ。協会を通さずに直接依頼を出させてもらった」
「8番地区……? 同時に二箇所に異界穴が現れたのか?」
「そうなるな……」
「残りの解呪持ちは“一番隊”のモルクワさんと……」
「あー、駄目でござる。今朝の探索で拙者の魔力はわずかでござる。“異界穴”を閉じるのは無理でござる」
モルクワさんは無理無理と手を振った。
「……、と部長です」
エシアさんが期待に満ちた目でこちらを見つめる。
この人は俺に仕事を振るときはやけに楽しそうだ。きっとあれだな。仕事で治癒系魔法使いとかやってると、反動でプライベートでは加虐的になるのかもしれない。
「坊主か……。となると、班メンバーが大分制限されるな」
俺は班を組む、というかつるむ人間を制限している。他人から見ればとんだ人見知りだが、こちらにはこちらで切実な理由があるのだ。
「仕方ねーな。坊主! 久しぶりに俺たちで出るか! ピアネッテ、お前も来い」
ピアネッテは打ち上げがまだ……、と呟いていたが、獲物を取りに打ち上げ会場に戻った。冒険者なのでここらへんの切り替えは早い。
「あとは回復役か……。」
「私も出ますか?」
「いやエシアはいい。必ずしも戦闘になるとは限らんし、現場も近い。エシアは最後の砦として残そう。副指令も何かあったときのために待機していてくれ」
「どうせ私は除け者……、誰もが私を置いて逝く……」
逝かねえよ! まったく縁起でもない……。リアンテ将軍はとことんぶれない人だ。
「この期に及んでエシアさんに絡んでくる馬鹿がいたら、遠慮なくぶっ飛ばしていいから。お願いします、リアンテさん」
「待て待て坊主! 副指令が協会で暴れたりしたら、政治問題になっちまうだろうが。お手柔らかに頼むぜ」
「ふん……、何処でなりと朽ち果てればいいんだわ」
判りづらいが、リアンテは居残りを承諾してくれたようだった。
俺も自分の部屋に戻って、装備を整えることにした。
これまでも暇さえあれば探索を行っていたものだが、ここ最近は協会の仕事が忙しくてそれもできないでいた。シリアスな事態だが、久しぶりの現場に俺は浮き足だっていた。
俺の職業は盗賊と呼ばれている。
なんだか物騒に聞こえる職業だが、これは歴史的経緯による通称であって、別に俺が犯罪者というわけではない。
協会における職業の登録の種別は3種に大別される。“戦士”、“魔法使い”、そしてそれ以外である“盗賊”だ。
協会ができた当初、盗賊組合所属の冒険者が『それ以外』の職業に多かったらしい。
そのため、なし崩し的に『それ以外』は“盗賊”と呼称されるようになった。なんだかいい加減な話だ。
昔は『それ以外』に相応しく、特に盗賊の職能というのはなかったようだ。しかし、現在では専門職として職能は確立化されている。
盗賊の役割は戦闘よりも、その前後に重きが置かれることが多い。
斥候で隠れた敵や罠を見抜いたり、遺跡の宝物庫や宝箱を発見、解錠し、班の武装向上や金銭的バックアップを行う。それが盗賊に求められる職能だ。
また、戦闘においても主力ではないとはいえ、臨機応変に前衛を勤めたり、後衛を勤めたりと割とオールラウンドな行動が求められる。
俺はフイタルミナス攻略戦に参加するまで、班を組まず単独行動者として活動していた。
単独行動のなかで作り上げた戦闘スタイルは、戦士というより盗賊に近いものだった。そのため、協会には盗賊として登録している。
俺の装備は目的によらず、大体同じだ。防具の類はチュニックに薄めの胸当て、レギンス、ブーツだけだ。
手が塞がる盾、解錠に邪魔になる籠手はつけない。隠密性を高めるために脛当てもつけない。
武器は一通りのものは使えるが、敏捷性を考慮して短剣を持つことが多い。弓も使うが、あまり得意ではないので主力としては使わない。
まあ、典型的な敏捷性特化型の盗賊武装だ。
今回も同様の装備でいいだろう。緊急の対応だから、野営の用意も必要ない。俺はウェストポーチ内のアイテムだけは入念に確認した後、簡単に装備を整えて待ち合わせ場所に向かった。
フイタルミナス新市街は大陸の他の都市に較べて異様な活気に満ちている。
攻略戦から半年、まさに建造中の町であり、人口の半数が建築、土木の従事者だ。残り3割を商人や各種職人が占める。冒険者の割合は人口比2割と、他の都市に較べて異常に高い。
新市街は地面も舗装されていないし、テントや仮設住宅暮らしの人間も多い。まだまだ産まれたばかりの町なのだ。
だがこの町も開拓期を乗り切ることができれば、人口比も段々と他の都市のようになっていくのだろう。まあ、それも遥か未来の話だ。
俺が待ち合わせ場所である新市街の門の前についたときには、すでにテリンベクタールとピアネッテが待っていた。テリンベクタールはハラド軍支給の板金鎧に両手持ちの大剣、ピアネッテは鱗鎧に長柄斧といつもの武装だ。
「おう、坊主! 来たか」
「待たせたな! おっさん、ピアネッテ」
「悪いが急ぐぞ。作戦は現場に向かいながら話そう」
俺たちは早速厩舎に向かった。冒険者は依頼遂行時、迷宮攻略でもない限り、馬を連れていく。また、協会もそれを推奨している。馬は最悪の事態に陥ったときの生命線ともなりえるからだ。
新市街から今回の現場までは徒歩でも1時間かからない。それでも重症を負ってしまえば、徒歩では新市街に戻る前に行き倒れるかもしれないのだ。自分の命がかかっている以上、用心のし過ぎということはない。
フイタルミナスでは、旧市街向けに定期的に乗り合い馬車も出しているが、生憎今は時間が合わない。
新市街は入口が一つしかないこともあり、厩舎は一ヶ所に纏められている。そのために非常に大きな施設となっている。面積だけで見れば、新市街で一番大きな建築物だ。しかも新市街で最初期に造られた建造物でもある。あくまで厩舎ではあるのだが、いまだにテント暮らしの冒険者がいることを鑑みるに、屋根があるだけでも馬は随分優遇されている。それだけ大事にされているということでもある。
厩舎につくと、協会所属の馬丁であるロクウェンじいさんが俺の愛馬のリンティエーに鞍をつけてくれていた。
「じいさん、リンティエーの調子はどうだい?」
「自分の馬の調子を他人に訊くんじゃねえよ、あほんだら!」
じいさんは超口悪い。しかも元冒険者だけあって腕っぷしも強いときている。協会上層部にもお世話になった人が多いらしく、やたらと顔が広い。厩舎を最初に作らせたのも、じいさんの功績だったりする。攻略戦後の馬の扱いを見たじいさんはかんかんになって、協会本部に怒鳴り込んだのだ。
「ねえ部長、ボクのロシーラは今朝の依頼で疲れてるから、協会の馬を貸してよ」
じいさんがこちらをじろりと見るが、俺がお願いしますと手を合わせると代わりの馬を連れてきてくれた。
テリンベクタールの馬は軍馬だ。俺やピアネッテの騎馬よりも一回りでかい。板金鎧を着たテリンベクタールを乗せて戦場を駆ける馬だ。これくらいの体躯は必要なのだろう。
「よし、それじゃあ旧市街に向かうとするか。おっさん、班のリーダーを頼む」
「ああ、わかった。」
テリンベクタールはそう応えると馬を進める。
「今回の目的は異界穴の対処だ。俺とピアネッテで前衛と坊主の護衛を、坊主は殿だが後方から敵が現れたらピアネッテと交代。戦闘が始まったら後方で状況判断を頼む」
「なんか部長ばっか楽してない?」
「まあそう言うな。この中では坊主しか解呪できないんだから仕方ないだろ」
「いや、戦闘になったら俺も出るよ?」
久しぶりの現場だ。俺も剣を振り回したい。
「状況を見てそうしてくれ。続けるぞ。現場到着次第、坊主が異界穴の対処、俺たちは警戒体制だ」
「すでに侵入者がいたら?」
ピアネッテが訊く。
「制圧できそうならそうする。無理そうなら退却だな。改めてハラドかアンヌーン軍で部隊編成して対処にあたる……かな? いや、協会に改めて依頼を出すかもしれないが、今はちょっとわからん。今回は様子見を兼ねて、対処できそうならするぐらいの感じだ。穴の位置が新市街に近すぎるからな。完全に穴が開ききる前に何とかしたいのが本音だが、無理するつもりはないぜ?」
まあ、いくら緊急とはいえ、たった3人の班だ。そこまで“本気”ではないのだろう。
「了解したよ。ところで部長、この任務ってちゃんと報酬出るんだよね?」
「部長なんて名前の人間は知らないなあ」
俺はとぼける。もちろん報酬が出ないなんてことはない。だが、ここは部長と呼ぶのを止めさせるチャンスだ。
「なんだ坊主、ピアネッテに名前で呼んでほしいのか?」
「ちょっ……!? 誤解を招くようなことを言うな、おっさん!」
「部長……、なんかキモいんですけど!」
ピアネッテがこちらをじと目で見る。
「くそ!おっさん、報酬はきっちり耳を揃えて払ってもらうぞ!俺とピアネッテの指名料も含めてだ!」
「ハハハハッ! 任せておけ!」
テリンベクタールは豪快に笑うのだった。
新市街と旧市街の間には数キロに渡って森林……というよりもはや樹海と呼ぶべき森が広がっている。人の手によって、馬が並んで走れる程度の道は切り開かれているが、道を少しでも外れるとそこは人外の魔境だ。
俺とテリンベクタールとピアネッテ、三騎で駆けるその道は木漏れ日も美しく、一見すると牧歌的ですらある。だが、もちろんこれはハイキングではない。
最初に気付いたのは俺だった。かすかな剣戟と悲鳴が聴こえる。どこかで戦闘が行われている……。
「おっさん……」
俺が声をかけたときには、二人とも気付いていたようだ。
「坊主、ピアネッテ! 加勢するぞ!」
そう言うと、テリンベクタールは馬の速度を上げる。
班の行動はリーダーが独裁的に決定することになっている。
班の行動に関してリーダーと意見が異なったとしても、その場は従う。文句を言うのは依頼完遂後だ。
それが冒険者の不文律となっている
任務中の判断はとにかくスピードが命だ。
もちろん、時間を掛け、民主的に議論すれば正確な判断ができるかもしれない。だが、その時間がない場合が多いのだ。
あらかじめリーダーの判断に従うと決めておく方が迷いなく迅速に行動できる。
もちろん、リーダーが優柔不断では意味がないが、テリンベクタールの決断は早い。しかも信頼に値するので安心して指示に従うことができるのだ。
戦闘は道を外れた樹海の中で行われていた。
一人の戦士と数体の狼のような頭を持つ人型魔物“狼頭”が向かい合っていた。
狼頭は知能のある魔物で、どこから拾ってきたのか武器防具で武装している。とはいえ、その程度は錆びた短剣に朽ちた木の盾、腐りかけの革鎧がせいぜいだ。それでも知能を持つ魔物はやっかいな相手だ。
辺りには狼頭の死体が累々と積まれ、凄惨な光景となっている。よく見ると立っている戦士と同じ鎧の者も幾人か倒れている。
そして……、年の頃は12、13だろうか。一人の少女が倒れている戦士にすがり付いて泣き叫んでいた。
「ピアネッテ! 使うか!」
俺は短剣を掲げてみせる。樹海の中ではピアネッテの長柄斧は使い難いだろうと思ったのだ。だがピアネッテは「いらない!」と応えると、テリンベクタールに続いて馬を降りると走り出す。
テリンベクタールは雄叫びを上げ、狼頭の意識を自分に向けると狼頭の前に躍り出た。
テリンベクタールに気を取られた一体の狼頭が手に持つ棍棒を振り下ろしたが、テリンベクタールは気にせず狼頭の方に踏み込む。
それは恐るべき速さだった。
棍棒の方が先に振り下ろし始めたにも関わらず、テリンベクタールが横薙ぎに払った剣は先に狼頭の鎧を断ち、胴体を真っ二つにする。テリンベクタールは勢いを止めずにジグザグに突進すると、そのまま返す刀で2体目、3体目と敵を屠っていく。
続いてピアネッテが長柄斧を振り上げる。俺なら、あと2歩は踏み込む距離から、ピアネッテは斧を振り下ろす。
その重量と遠心力で恐るべき破壊力となった戦斧は、狼頭が掲げた盾を文字通り粉砕して腕ごと斬り落としてしまう。ピアネッテは長柄斧を回転させながら引き、さらに距離を詰めると石突きの部分で狼頭の胴を突いた。狼頭は5メートル以上飛ぶと樹にぶち当たって絶命する。
まったく樹海の中とは思えないほどの獲物捌きだった。あっという間に4体を屠った二人は残りの狼頭に立ち向かう。
一方、俺は泣き叫ぶ少女のもとに駆け寄ると肩を掴んで強引に立たせた。
「ここは危ない。退却するぞ」
「離してください! 私に触らないで!」
少女は俺の手を振り払うとこちらを睨んでくる。
「まだ助けられる者もいるかもしれません! 彼らを置いていけません!」
少女は泣きそうになりながら叫ぶ。あー、もう! 面倒臭い!。
今現在、死と隣り合わせの戦闘中なのだ。言うことを聞かないなら、殴ってでも連れていくか見捨てるしかない。
「狼頭は自分から襲いかかることは少ないが、縄張りに入られたら敵と見なして襲いかかってくるんだ」
怒鳴りつけたくなるのを抑えながら、俺は話し掛ける。
「おそらくここは奴らの縄張りの内だ。本格的な追っ手に追撃されたら、俺たちだけじゃ対処できない。こんな状況じゃ、負傷者の救助もできない。お前が動かないなら置いていくしかない。そうなれば、お前を守って死んだ者も犬死にになる。俺の言う意味がわかるな?」
少女は絶望し、泣き始める。
「でも……、この人ははまだ生きてるんです!……この人だけでも助けて!……お、お願いします! 大切な人なんです!」
少女は嗚咽を漏らしながら懇願する。
俺はため息をつくと倒れている戦士の様子を調べることにした。決断を悩むより、即行動。冒険者としての鉄則が、自然と俺を動かしていた。
いや、誤魔化すのは止めよう。俺も昔、身近な人間を同じように失ったことがある。だから少女の味わっている悔しさを、ガキの頃の自分に重ねて見てしまっていたのだ。
俺は倒れている戦士を診る。意識はない。鎧を脱がそうと思ったが止めることにする。傷の具合を見たところで、俺に治療の術はない。俺はポーチから回復薬の小瓶を取り出すと、倒れている戦士の兜の面頬を上げ、強引に飲ませる。どうやら薬を飲み込む体力は残っていたらしい。
俺が倒れている戦士を背負うところに、残りの狼頭を倒したテリンベクタールとピアネッテがやってきた。
テリンベクタールは最後まで立っていた戦士に肩を貸している。
俺たちはひとまず安全なところまで退避した。