第1話「デスクワーク」
ルビ振るの楽しい……
ピアネッテの吟遊詩人設定を追加しました。
コンコン……、と控えめなノックの後、音もなく扉が開くと女性が部屋に入ってきた。
とびっきりの美人だ。亜麻色の髪は結い上げられ、眼鏡の奥で瞳が怪しく煌く……。
タイトスカートに深く刻まれたスリットからは艶かしい肢体がのぞき、無駄にセクシー過ぎる有能秘書といった風情。
冒険者協会フイタルミナス支部の美人受付嬢エシア・フォルメンヤさんだ。
「部長、ちょっとよろしいでしょうか?」
エシアさんが俺に声にかけてきた。
その声は耳をくすぐるようなハスキーボイスで、俺の鼓膜から脳髄にかけて、謎の癒し物質が分泌される。
だが、俺は知っている。エシアさんの本質は受付嬢というより悪魔だ。それもサディスクティックな……。
「依頼書の整理の方は進んでいますか?」
俺は机を指差す。
「しんどい……。疲れた……。でも大分片付いたと思わない? それから俺を部長と呼ばないでね」
俺の机の上……、そこには書類が山と詰まれている。それは俺の仕事の種、協会に寄せられた依頼書の束だ。俺に課せられたタスクはこの書類の山を整理することだった。
よくもまあ、これだけ依頼があるもんだと思う。だが、俺が先ほど言った通り、これでも片付いた方なのだ。
「さすが部長! 部長のおかげで人類はこの“神に見棄てられた地”に留まっていられます。これからもよろしくお願いしますね」
エシアさんはそういうと胸に抱えていた書類を目の前の山に積み上げる。
俺は呻き声を上げる。またか……、また増えるのか!
やはりこの人は悪魔だ。この俺は書類の山という名の迷宮に日々潜り続ける冒険者だ。たまには美味しい目に合っても罰はあたらないと思う。だがこのエシアさん……、優しいのは言葉だけで俺に仕事を振るのに容赦がない。書類討伐班に加わるどころか、微笑を浮かべながら迷宮に新たな魔物を召喚するのだ。
「エシアさんのことは常々悪魔だと思っていたが……、実は悪の迷宮支配者だったのか……」
俺が迷宮を完全制覇する日はくるのだろうか?
「おい、口より手と頭を動かせ、クソ部長! こんなんじゃいつまでたっても終わんないよ!」
隣の席から罵声が飛ぶ。
横を見ると少女がこちらを睨んでいる。
癖のない端正な目鼻立ち、無造作に二つに結ばれた髪は流れるように肩にかかっている。男の視線を気にしないが故の超ミニからはすらりとした脚が伸び、椅子の上で縦膝を突いた姿勢のせいで下着が見えそうになっていた。
こいつはピアネッテ・カリナ。俺と同齢の17歳。協会の正規職員ではなく、協会に所属する冒険者だ。そして、兼業吟遊詩人と自称している。
こいつは自らを装飾することにはあまり興味がないようだが、素材の良さだけで魅力が引き立っている。いや、素材だけじゃなく磨かれたものもあるんだろう。なんせ、こいつはことあるごとに酒場でコンサートと称する乱痴気騒ぎを起こしているからな。
で、その美少女様が今は凶悪な形相でこちらを睨んでいるわけだ。
まあ、ピアネッテが俺を睨むのもわかるし、非は全面的に俺にある。
少しの罪悪感とともに溜息をついた。
こいつがなぜ協会で書類整理をしているかというと……、「一日だけ手伝ってくれ!」と無理に連れてきて、仕事を手伝わせていたのだ。結局一日では済まず、騙したことになってしまったが……。
いや、当初は騙すつもりはなかった。本当に一日だけ手伝ってもらう予定だったのだ。ところが予想外に書類が増え、結局徹夜させてしまった上に、もしかすると二徹も?という事態におちいってしまっていたのだ。
ピアネッテは冒険者とは思えないほどの細身だが、その容姿に反して、実はとても優秀な冒険者だ。どんな苦境にあっても失われない天真爛漫な笑顔と、魔物を前にして臆することのない度胸で、冒険者内でもアイドル的な人気がある。フイタルミナス支部では美人受付嬢エシアさんと人気を二分するほどなのだ。
こいつとはフイタルミナス拠点攻略戦に参加したときに出会った。年齢が同じだからだろうか、知り合った頃はやたらとつっかかってきたが、今は仲良くさせてもらっている……、と思いたい。
「ピアネッテ……、俺をクソ部長と呼ばないでくれ!」
「黙れ! この詐欺師部長! こんな時にお上品になんてやってられるわけないでしょ! この依頼書を見てよ! なんだよ、希望要件の“Bランク冒険者希望”って! うちの協会はBランクしかいないよ! 希望がざっくり過ぎなんだよ! これでどう仕分けるんだよ!」
ピアネッテが頭をかきむしりながら絶叫する。アイドル様のその醜態は貴重と言ってしまえば貴重だが、むしろ美少女の無駄遣いに他ならない。だが、まあ冒険者らしいっちゃ、らしいか。
「悪かった! 悪かったよピアネッテ……。手伝ってもらって助かったよ。後はこっちでやるから、もう上がってくれ。それから俺のことを詐欺師部長と呼ばないでね」
ピアネッテは思わず叫んでしまったことに恥じたのか、顔を赤くしていた。
「怒鳴ってゴメン。ボクもあとちょっとだけ手伝うよ。エシアの言う通り、ここが廃都の最前線だもんね。それに部長はいつもこれを一人でこなしてるわけだし」
そうはいうが、ピアネッテの疲労が限界に達しているのは一目瞭然だった。
普段は自分の身長以上の長柄斧を軽々と振り回す戦士職として活躍する彼女だが、デスクワークで使われる体力はそれとはまったく別物なのだ。へへへ……と声を出して笑っているが、その眼は死んでいた。
「いや、俺も今日は上がるよ。エシアさんも遅くまでお疲れさん。鍵閉めはこちらでやっておくから先に上がって……。ピアネッテ、悪いけどエシアさんを家まで送ってもらえる?」
「それはいいんだけどさ……、部長、大丈夫なの? この後一人で仕事とかしないよね?」
そうなのですか? とエシアさんも首をかしげる。
「いや、本当に上がるよ」
「本当に無理しないでよね! ボクたち冒険者はさ……、部長が部長だから協会を任せてるんだよ。部長が降りるのも、部長以外が部長をするのも許さないから」
実はもうちょっとだけ書類をかたづけておくか? とも思っていたが、ピアネッテにそこまで心配されてしまうと、これ以上は気が引けた。
俺はピアネッテたちを見送ると執務室を振り返る。度重なる超過勤務に関わらず、ここ数日依頼書の仕分けが進んでいない。なんとか増加は食い止めてはいるが、減っているともいい難い。俺の机の上は相変わらずの依頼書の山だ。
臨時で俺の隣に設けた机の上がどうかといえば……、ピアネッテが仕分けた依頼書が綺麗に整理されていた。
「ピアネッテの奴……。俺を部長と呼ぶなと言ってるのに……」
アラン・メリルという名前があるんだが……。
エシアさんもピアネッテも俺を部長と呼ぶ。冒険者協会フイタルミナス支部、その支部長だからだ。
だが、俺は部長と呼ばれるのが好きじゃない。この役職は本来やるべき人間から押し付けられたものだし、もっと経験豊富な大人がやるべきものだろう。支部長として自分が未熟なのは日々痛感している。
冒険者の皆が俺の仕事を信頼してくれるのは素直にうれしい。さきほどのピアネッテの言葉には少し感動してしまったくらいだ……。
だが、今のままでは協会の運営に支障をきたしてしまう。もう、俺一人ががんばってどうにかするレベルを超えている。やり方を変えなければ協会は崩壊するだろう。
そして、それは人類のフイタルミナスからの撤退を意味する。何らかの方策が必要だ。だが、それも明日考えよう。俺は家路についた。今は眠りたい
翌日、俺は少し遅めに出勤することにした。
本当は休んでもよかったのだけど、特にやることもない。
休んでいる間にせっかく減らした未仕分けの依頼書が増えるのも何だか悔しい。
そういうわけで休みと出勤の間をとって重役出勤という中途半端なところに落ち着いたのだった。
俺はしばらく新市街をぶらついた後、協会に向かった。
協会の職員と異なり、冒険者には定時という概念がない。依頼に合わせて行動開始するため、夜中に出発し、朝方現場に到着する、なんていうこともざらにある。とはいえ多くの冒険者にとって、生活のリズムを崩したくないというのが本音だ。
もちろん早朝だろうと深夜だろうと冒険者の体は最高の状態で動くように訓練されている。しかし意味もなくそんなことをする必要はないし、自分の命がかかっているので、なおさら精神的負荷を増やすようなことはしたくない。
そんな理由から依頼の都合が許す限り、冒険者は自然と朝型になるのだ。俺が協会に着いたときも、大広間は多くの冒険者でごった返していた。支部長という役職柄、見知った顔も多い。遠くの方で少女が何か叫びながらぴょんぴょんと跳びはねていた。小麦色のツインテールが少女に合わせて揺れている。
「よお、ピアネッテ! これから探索か?」
ピアネッテの格好はさすがに昨日のようなミニスカートとはいかず、革製のレギンスに鱗鎧という重装備の戦士スタイルとなっている。
鱗鎧というのは鉄板を鱗状に重ね合わせて作られた鎧のことで、名前から想像されるものとは違ってめちゃくちゃ重い。
あのクソ重い鎧を着用して金属音一つ立てないで飛び跳ねるあたり、ピアネッテの練度の高さが伺える。
「あ、部長! 来んのおそーい! これから行くんじゃなくて、ボクたち一仕事済ませてきたところだよ!」
ピアネッテはにやにやしながらいう。
「これは部長殿、この度はこのような依頼を我等にまわして頂き、ありがたき所存」
声をかけてきたのはピアネッテを含む班“一番隊”のリーダーである魔法使いのモルクワさんだった。
“一番隊”は支部設立時から存在する古参の班だ。正式名称は『ピアネッテちゃんファンクラブ“一番隊”』というらしいが、協会への登録時に、長いのと何故かイラっときたので『ピアネッテちゃんファンクラブ』の部分を削らせた過去がある。
支部設立の時点で“ニ番隊”まで存在し、今なおメンバーは増加をたどっているのだという。こいつらはいったい何処を目指しているのだろう。
「お前らなー、俺のことを部長と呼ぶなって……、え? 依頼をまわしたってドユコト?」
“一番隊”に指名依頼を出した記憶はないんだが……
「実は昨日部長の仕事を手伝ったときに、おいしい依頼をキープしておいたんだよねー」
「ねー、じゃねーよ! ピアネッテ、おいコラ!」
俺はツッコミを入れた。だがその程度は職権乱用ともいえないだろう。俺も似たようなことをしてるしね。依頼の達成数を増やしてもらえるだけでも、協会としてはありがたい。
「モルクワさん、まあ、そういうわけで手柄はピアネッテだな。じゃあ何? 君たち、もしかして暇なの? 暇なら……」
「暇ジャナイデス。ボクタチハコレカラ打チ上ゲヲヤルノデス」
ピアネッテはなぜかカタコトになっていた。
「ちょっ……、え? ピアネッテ殿? どうしたでござるか!」
「ナノデ部長ノ手伝イハデキナイノデス」
「部長殿! ピアネッテ殿が! ピアネッテ殿が壊れたでござる!」
ピアネッテは俺が仕事の手伝いをさせようとしていると思ったのだろう。
まあ、実際その通りなのだが、言葉がカタコトになっているあたり、どうやら昨日の手伝いが相当なトラウマになってしまったようだ。
「いや、別にピアネッテじゃなくても“一番隊”の誰かに……」
「モルクワくん!」
あ、戻った。
「モルクワくんは部長を手伝うように!」
「そんな! ピアネッテ殿、打ち上げは……」
「大丈夫、ダイジョーブ! モルクワくんの分までボクが盛り上げておくから!」
「そんな、殺生な!」
「依頼遂行直後だってのに、協会に協力までしてくれるとは、まったくモルクワさんはできた冒険者だなあ。さすが“一番隊”のリーダーだ!」
モルクワさんが逃げ出さないように、すかさずガッと両肩を掴む。
「もう誰も……、主に俺を……、傷つけさせたりなんてしない! もうこの手を離さない!」
「キメ顔でなにアホなことをいってるでござるか」
横を見るとピアネッテが腹を抱えている。
「じゃあ、頑張ってね。あとで差し入れ持ってくから」
ピアネッテは手をひらひらと振りながら協会を出ていった。そして、俺はがっくりとうなだれた臨時職員を連れて、執務室に入るのだった
協会に持ち込まれる依頼は多岐に渡る。探索、魔物の討伐、隊商護衛や輸送任務そのものなどだ。
それら種別に加えて遂行難度、期限、報酬などを考慮しながら、冒険者とのマッチングのための仕分け作業を行う。これは協会の部長としての俺の仕事の一部だ。
冒険者は俺の仕分けを元に引き受ける依頼を決めることになる。
依頼遂行に最適な班があれば、報酬にイロをつけて、協会が指名することもある。
どちらにしても、冒険者にとってはこの依頼書が生活の糧になり、同時に自分の命を賭ける所以となるものだ。それだけにこの仕分け作業の責任は非常に重い
当然、この作業は誰にでもできるわけではなく、熟練した冒険者の経験が必要とされる。そういう意味ではモルクワさんは文句なしに資格がある。俺より冒険者生活は長いし、その分潜り抜けた修羅場の数も多いのだ。
それでも数時間仕分け作業をすると、うんざりしたよう呻き声を漏らすのだった。
さらさらと紙擦れの音だけが聴こえる中、モルクワさんが声をかけてくる。
「部長殿……」
「何でござるか、モルクワ殿」
「同じような依頼書ばかりみていたら、違いがわからなくなってきたでござる」
「ああ……、あるある……」
俺は依頼書を片付けながら応える。
「モルクワさん……」
「何でござるか、部長殿?」
「その椅子、昨日ピアネッテが座ってた椅子だぞ」
「部長殿、誰が座ろうと椅子は椅子でござる」
お、おう。これは予想外の反応だ。狂喜乱舞とまではいかなくとも、それなりの反応をすると思っていたのだが……。
「部長殿、拙者とピアネッテ殿は班を組んでいる仲でござるよ。今さら変な幻想は持ってないでござる」
「幻想を持ってないって……、何だか淡白なファンクラブだな」
「そんなことはないでござるよ。ありのままのピアネッテ殿に惹かれて、我らは集まっているのでござる」
「ありのままねえ……」
「ピアネッテ殿はまっすぐな、いい娘でござるよ」
「知ってるよ……」
見ていて眩しいほど、ピアネッテはまっすぐだ。
いろんなしがらみに囚われて動けない俺からすると、本当にうらやましい。そういうものから逃れるためにフイタルミナスにきたというのに……。
「全然わかってないでござるよ。ピアネッテ殿も先が思いやられるでござる……」
モルクワさんが呟いた。
しばらく仕事を続けているとエシアさんが追加の依頼書とお茶を持って入ってくる。
昨日はできる秘書風だったが、今日はゆるふわ癒し系のエシアさんだった。
「モルクワさんも部長もあまり根を詰めないで、適度に休憩を取ってくださいね。お茶とクッキーもありますから」
エシアさんはそういいながら、モルクワさんの前に追加の依頼書を積み重ねていく。
臨時職員に対しても相変わらずの容赦のなさだが、エシアさんのその行為よりもモルクワさんの言動が俺を震撼させる。
「エシア殿、拙者両手が塞がっているでござる。申し訳ないのでござるが、口を開けるのでクッキーを入れてもらえぬでござろうか?」
なにそれ!? モルクワさん、あなたは天才か!?
「エシアさん! それ俺も! 俺にもやって!」
「なにやってるんだ! このヘンタイども!」
ブフォッとモルクワさんがクッキーを噴出す。。
モルクワさんの視線を追って入り口を見ると……、そこにはピアネッテが仁王立ちでこちらを睨んでいた。
「まったく男ときたら……、ボクが見てないと、すぐエシアに鼻の下を伸ばすんだから……。エシアもこんなバカ相手にしないこと! それからモルクワくん、ボクに何かいうことあるんじゃない?」
「拙者を協会に売り渡したピアネッテ殿にいうことなんて、別にないでござるよ」
どうやら根に持っていたらしい。
「へー、モルクワくん、そういうこというんだ? せっかく差し入れを持ってきたのにいらないんだ? そうだよね、モルクワくんはボクの差し入れなんかより、エシアのクッキーの方がいいんだよね」
「何ですと! ピアネッテ殿の代わりに身を粉にして働く拙者のことを、そんな風に思っていたでござるか! ピアネッテ殿こそ適当な理由をつけて、部長に会いにき……」
ズシンという音とともに支部が揺れる。ピアネッテが執務室の壁を横殴りにしたのだ。
「それ以上いったら、ぶっ殺す!」
「ピアネッテ! やめろ!」
支部が倒壊しちゃう! まったく、あの細腕のどこにあんな力があるのだろう。
しかし、アイドルがファンに向かって「ぶっ殺す」とか、どんだけ殺伐としたファンクラブだよ!
「いやあ、俺たちちょうど休憩するところだったんだよね。差し入れはありがたいなあ。どれどれ……、えっと……、クッキーかよ! 思いっきりかぶってんな……、じゃなかった。ちょうどクッキーが食べたい気分だったんだよ! モルクワさんもそうだよね!」
「いや、拙者は別に……」
「空気読めよ、コンチクショー! 俺のフォローが台無しでござるよ!」
「これは内輪の問題だから部長は黙ってて!」
「そうでござる! 部長殿は引っ込むでござるよ!」
仲良しかよ! 息がぴったりじゃねーか!
「内輪の問題なわけあるか! 支部が倒壊するかどうかの瀬戸際だ!」
主にピアネッテの暴力で……。
「とにかくアイドルとファンがそんな風に険悪なのもしまらないだろ? ほら、二人とも仲直りの握手、握手」
俺は二人の手をとると、強引に握手させる。こうして二人は固い握手を交わしたのだった……、ってか、固いな! 見ると、二人とも歯をくいしばって握り競べをしていた。
駄目だ、こりゃ。俺は二人を放置して自分の席に戻った。
「モルクワくん……、モルクワくんはボク一筋だよね」
「如何にも。拙者のピアネッテ殿への愛情は誰にも負けないでござる。そしてピアネッテ殿は純粋に拙者らの労いにきただけでござる」
二人は、何か俺にはわからない符丁で話していたが、どうやら交渉成立したらしい。ピアネッテがぴょんぴょんと俺の方に向かってくる。その表情はなぜか満面の笑み。
「部長はボクのクッキーが食べたい気分って……、さっき言ってたよね!」
「ああ……、まあ、そうだな」
「両手が塞がってるね。これじゃあ、クッキーが持てないね」
「いや、そんなことは……」
「はい、アーン」
ピアネッテは微笑しているが、なぜかそこには威圧感にも似たオーラが感じられた。
「え……、ちょっ……」
「アーン!!(怒)」
わかった……。
何がわかったかというと、こいつの発する威圧感の正体だ。
目だ。表情は笑っているが、目が笑っていない。むしろ……、怒ってる?
俺が口を開けると、「ねえ、おいしい? おいしい?」と聞きながらクッキーを放り込んでくる。
口の中のものを飲み込む前にどんどんクッキーを放り込んでくるものだから、すぐに口の中が一杯になってしまう。それでもピアネッテはクッキーを入れるのをやめようとしない。
そんな俺の姿を見て、エシアさんのサディスティックな部分に火がついてしまったのだろうか? エシアさんがうずうずしている様子が目に映った。
エシアさんはニコニコしながら、特大のクッキーを手に取る。
やめて! そんな大きいの入らない!
「なんだか楽しそうなことやっているな」
ブフォッ!
先ほどのモルクワさんのように俺はクッキーを噴出す。そこにはフイタルミナスのツートップ……、つまり一番偉い人と二番目に偉い人が立っていた。