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運び屋の仕事

 乗客よりも荷物の方が多い乗合馬車に乗り、丘を三つ超えたあたりから景色が変わっていった。

 地面の色は黒から赤茶けた色に、そこに生える植物も肉厚の葉を持つ背の低い草が増えていく。

「こりゃイーカルの荒地と変わらねえな」

 故郷の景色と重ねてジアードが呟くと、ダウィが頷いた。

「この辺はイーカル東部の荒地とちょっと似てるよね。この先には砂砂漠もあるよ。そこは馬車を使えないから通らないで行くけど。

 ほら、街が見えてきたでしょ。あそこから出てる乗合馬車か貸し馬車を使って行く予定」

「貸し馬車って高いですよ」

 口を挟んだのはフアナだ。

「依頼人からどれくらい交通費を貰ってるの?」

「経費はいくらでも出すと言ってますけど……」

「太っ腹ー」

「でもそこまで甘えたくもないので、乗合馬車で」

 どこにでもいる街娘に見える彼女だが、一人で仕事を任されるだけあって、見た目よりしっかりしているのかもしれない。



 砂漠の手前の町というだけあって、日干し煉瓦を用いた建物が並ぶ町並み。それを差し込む夕日が真っ赤に照らしていた。

 宿の窓から外を眺めていたジアードが呟いた。

「すぐ側なのにさっきのウルス=フィリアとは大違いだな」

 先ほどの街は運河や水路が町中に張り巡らされていた。船で商売をする人も多かったし、一般市民も船を使って移動しているようだった。

 そこからたった半日。

 ここまで来るとすっかり砂漠のようである。

 荷物を整理する手を止めて、ダウィもジアードの隣から街を見渡した。

 屋根の形も色も、先ほどまでとまったく違う。砂漠の町に長く住んでいたジアードにとってはむしろ郷愁を覚える景色だが、ダウィにとっては少し違うらしい。

「ここは外国みたいだよね。窓が小さいのが特徴かなあ……うん、でも多分、ウルス=フィリアもスーゼルク川が無かったらきっとこんな感じだったんだろうね。あそこも降水量は少ないし。

 ――さてと、明日は食料を買い込んで出発するよ。お風呂と夕飯を済ませたら早めに寝よう」

「おう」

「次に水浴びが出来そうな所まで四日間は砂漠を行くから、特にお風呂ね。

 じゃあ――」

 

「きゃあぁぁぁぁっ!!」


 突然響いた、女の悲鳴。

「なんだ?!」

「隣! フアナだ!」

 二人は弾かれたように廊下に飛び出し、フアナの部屋の扉を叩いた。

 返事を待たずノブを回すと、なんなく開く。

「フアナ?!」

 室内になだれ込むと、旅装を解いたフアナが部屋の隅でへたり込んでいた。

「大丈夫?」

「荷物――」

 怯えた顔でジアードとダウィの顔を交互に見つめ、ぽそりと呟いた。

「荷物、取られた」

 ダウィがしゃがみこんでどういうことかと問うと、重たげに右手をあげ窓の方を指差す。

「あそこから羽の生えたトカゲがはいってきて、持ってったの」

 即座にジアードが窓から身を乗り出し、周囲を確認する。もうだいぶ暗くなって辺りには殆ど人通りもなく、怪しい影も見当たらない。

 その間も、ダウィは震える背中を撫でながら、更に問いを重ねていた。

「荷物ってどっち? 大きい方? 小さい方?」

「小さい方」

「じゃあ、また来るかもしれないな――タイ!」

 呼び声に答えて犬がのそりと入ってきた。

「ここでフアナの見張り!」

 どうやら人間の言葉を理解できるらしい犬は、フアナに寄り添うように座り、伏せをした。

「ジアードもフアナを見てて。もしまた変なのが来たら――大声で俺を呼べ」

 そう言うと、ダウィは窓から飛び出した。黄金色の髪の毛がすっと落ちていく。

「おい、ここ二階――!」

 ジアードは慌てて窓の下を見た。

 かなりの高さだ。その上砂漠地帯ゆえ地面はカチカチだろう。

 しかし、ダウィは平気な様子で駆け出し、やがて金色の影は夕闇の中へ消えていった。


 とりあえず窓と扉をしめ、へたり込んだままのフアナの前にしゃがむ。

「平気か?」

「うん」

「……羽の生えたトカゲってのはなんだ?」

「わかんない……私の背の半分も無いような大きさで、黒っぽくて変なにおいがして……

 魔族……かもしれない」

 フアナは小刻みに震えていた。

 ジアードはあまり女の扱いが得意な方ではない。特にこんな怯えた少女の落ち着かせ方などわからなかった。おろおろと周囲を見回し、先ほどダウィがやっていたように小さな背中を撫でてみる。


 困った。


 まず魔族というのがまったく現実感が無い。

 昔話や神話の中で聞いた事があるが、ジアードの母国には殆ど現れない物でまったく想像がつかない。

 そして想像がつかないからこそ、どう言葉をかけて良いかわからない。

 途方にくれていると、くいくいと袖をひっぱる気配がする。

 振り返ると、タイが肘の辺りを咥えていた。賢い犬はすぐに口を離し、鼻先でサイドテーブルにおいてあった水差しをつついた。


 これを飲ませろということか。

 

 犬に指示されるほど気の回らない自分に少し呆れながら、側にあったグラスに水を注いだ。 

 フアナは差し出したグラスを両手で包むようにもち、それを少しづつ口に含んだ。

「あー……落ち着いたか」

 震えが収まったのを見て問うと、フアナはこくりと頷いた。

 まだ話す気力は無いらしく、片手でタイの背中を撫でながら空になったグラスをじっと見つめていた。

 気の利いた言葉でもかけようと思ったが、何も浮かんでこず、ただ向かいに座っている事しかできなかった。

「これ、大したものじゃないはずなのに」

 不意にフアナが呟いた。

 少し上ずった、小さな声だった。

「運んでいる商品のことか?」

 出来る範囲で優しい声を出す。それにどれだけの効果があったか知らないが、フアナは黙って頷いた。

 そして足元に置いてあった大きな鞄をそっと引き寄せた。

「ん? 取られた方の鞄に入ってるんじゃなかったっけか」

「あれはダミーなの……。

 外で商品の話をする時には小さい鞄に入ってるって説明して、そっちを大事そうに持ち歩けっておばあちゃんに言われてて……ほら、旅していれば強盗なんかに遭う事もあり得るから、そういう時に本物が取られないように」

「なるほど」

「取られた方はタオルと下着と小銭要れくらいしか入れてないの」

 話をしているうちに少しづつ声が落ち着いてきた。

 


 ダウィが戻ってきたのはその少し後のことだった。

「鞄はあったよ。裏通りに中身が散らばった状態で投げ捨てられてた。全部拾ってきたつもりだけど、一応確認してくれる?」

 見覚えのある布の鞄からフアナが荷物を取り出していく。

 下着を出す時には少し困った顔をして、タオルに包んで隠していたので、ジアードはそっと目を逸らした。

「うん――全部ある」

 荷物の確認が終わって、全て元に戻された。

 その間、ダウィはじっと動かず考え込んでいるようだった。

「ダミーの鞄を取ってったってことは、魔族にしても竜種にしても大して上位の奴じゃないな。上位の奴なら魔力の匂いをかぎつけてそっちの鞄を持っていったはずだ」

 フアナが頷く。

「そうだね。見た目も……気持ち悪かったけど、そんなに強そうじゃなかった」

「……フアナ。最初に会った時に『大した品物じゃない』って言ってたけど、本当にそうなの?」

「魔術的な意味では大した物じゃないけど、芸術品としての価値はそれなりにあるわ。見てみる?」

 鞄から取り出されたのは、油紙と布で厳重に包まれたもの。その一番上には魔法陣らしきものが描かれた紙が貼ってある。


 フアナはそれを躊躇いもせず剥ぎ取った。


 思わぬ行為に慌てたのはジアードだ。

 そう言った物を不用意に剥がして呪われるという昔話とも怪奇譚ともつかない話を聞いた事があったからだ。

「大丈夫なのか」

「これは魔力を停滞・増強させるための物で、絶対無いといけないっていうのじゃないから平気」

 そう言いながら、その下の包装も一枚一枚丁寧に剥がしていった。

 最後に現れたのは皮製の立派な装丁の本。

「封印がされているから皆は触らないでね」

 そう言ってフアナは何か呪文を唱えながらページをめくって見せた。

 そこに描かれていたのは自然豊かな深い森。

 誰も目に留めないような小さな花が咲き、小鳥が歌い、小鹿が蝶と戯れるような――

「これって絵本か?」

 画集と言わず絵本と言ったのは、ページの隅に絵に溶け込むような美しい飾り文字で文章が書かれているからだ。

 見慣れない共通語の飾り文字は読みづらくて仕方ないが、鹿に新しい友達ができたとかそう言った事が書かれているように思う。 

「アルヴィン・ローリーって知ってる?」

 フアナの出した名前に心当たりは無かった。

 首を傾げるジアードと違い、博識なダウィはその名を知っているようだった。

「画家の?」

「うん。百年くらい前の人らしいんだけど」

「ローラク人で、政治犯として国を追われてウォーゼルに流れ着いたんだっけか。死んだという話は聞かないけどさすがにもう生きてないよね?」

「ある日突然行方をくらましてそれっきり、と調べた記録には書いてあったわ。

 これは、その人の書いた絵本なの」

「絵本なんて書いていたんだ」

「この一冊きりよ。それも、これは一点もの。複製も存在しないわ」

「ああ。芸術品としての価値はあるって、そういう意味」

 フアナがページを一枚ずつめくっていく。

 美しい森の絵は最初の二枚だけで、後はどの場面も白い。白いのに、暗い。

 これは何を表しているのだろう。何か哲学的な意味でもあるのだろうかと考えているとダウィがぽつりと言った。

「雪……だね」

 ジアードの故郷には雪が降らない。遠くに見える高い山の白い頂には溶けない雪があるというが、そこまで行った事は無い。


 ――これが、雪。


 何もかもが覆われて何も見えなくなるほど、圧倒的な白。


 ぞっとするほど――不気味だ。

 

 最後のページで雪に呑まれ消えていく鹿の姿を撫でながら、フアナの話は続く。

「雪の中で探し物をする鹿の話らしいわ。ウォーゼルのあるお屋敷で発見されたんだけど――」

「変なのがついてる?」

「ええ、人手に渡ってからは、持ち主が変な夢を見たり、朝起きると家中水浸しになっていたりしたの。

 それでおばあちゃんが本を一旦封印して、ここに憑いている子を元の場所に返してから、これを新しい所有者に届けることになったんだけど……」

 会話が次第に気味の悪いものに代わっていく。

「それって、死霊ってヤツか?」

 今まで、見たという奴の話は信じてこなかったが、目に見えない力を操る魔術師が言うなら、そういう物も本当にあるのだろう。まして犬と会話してしまうフアナの言葉だから、それは嘘ではないと思った。


 だが嘘でないなら……


 ジアードは思わず身を震わせた。

 人間や獣なら怖くない。魔族も――おぞましいし敵対したくないが、生き物である以上対処の方法はあるだろう。

 だが、存在するのかしないのかすらはっきりしない、「生きていないもの」が目の前に現れた時、どうすれば良いのだろう。

 フアナはそんなモノを平気な顔で「この子」と呼ぶ。


「この子は死霊じゃなくてつよい思念、かな」

「どう違うんだ?」

「死霊は死んだ後転生できずにこの世界に留まった魂の事で、この子は……この絵に籠められた思い……エネルギーが、生命みたいになったもの。魔力の塊と言ってもいいわ。後は精霊とかが近いかな」

「あんたはそういうのが見えるのか」

「見えるっていうか……『わかる』?

 こういう、物に籠められた魔力の正体を見極めて、封印した後安全に輸送するのが私達『運び屋』の仕事なの」

 そんな会話の間、ダウィは何かを考えていたようだが、やがてフアナの顔を見て言った。

「……魔族をただの空き巣や強盗に使うっていうのは聞いた事が無い。フアナが見たという魔族らしきモノはやっぱりこの本を狙っていたんだろうな」

「うん。私には見向きもしないで鞄だけ取っていったもの」

「そうか。それじゃ、明日は朝一で本部と魔術師連盟に連絡を入れて、何事も無ければ貸し馬車で出発かな」

「乗合馬車じゃなくて?」

「旅先でまた襲われたら一般人に迷惑がかかるだろ。それに、フアナ一人なら守りきれる自信があるけど、他に十人もいたら対処しきれない」

「……わかった」

「それから、今晩はタイをこの部屋に泊まらせてもいいかな」

 名前を呼ばれたのに気づいたのか、タイが耳をぴくりと動かした。

「私は誰かいてくれると心強いけど、この子が嫌がってるよ? 『オレは男だぞ!』って」

「犬だから大丈夫」

 珍しくタイが唸り声を上げるが、ダウィはそれを完全に無視した。

「もしまた魔族が現れたら吠えて知らせるんだ。噛み付いても構わない」


 最後に、ダウィはジアードを見た。

「ジアードは俺と交代で廊下で見張ろう」

「お、おう」


 ――死霊も魔族も、出ないで欲しい。


 ジアードの長い夜が始まった。



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