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恒例のメンテナンス

 ダウィが戻って来た事で、ユトは通常業務に戻っていった。

 最近の彼は殆どの時間を神殿で過ごしているようだ。とはいえ、同じ宿舎で寝起きしているから食堂で雑談を交わす程度の交流は続いている。今朝も、近々予定されている「播種の祈り」とかいう行事の愚痴を聞かされてきた所だ。年越しの祈りの麦と違って野菜の種は粒が小さく「面倒」なんだとかなんとか。

 ジアードはといえば、以前と同じようにダウィの仕事を手伝いながら事務室の片隅でコツコツと勉強の日々だ。


「あはははは。ジアード。考えすぎだよ」

 正月の出来事を報告したら、ダウィに笑われた。

「でもよ」

「同じ辺境騎士団でも、本部とウォーゼル支部とイーカル支部ではそれぞれ求められるものが違うでしょ。それと同じ」

 ウォーゼル王城を外から眺めた話から、どうしてこんな話になったのだったか。

 そう、城壁の修復痕や攻城兵器についてエンシオに質問したという話だ。

 エンシオだって自分と同じ元軍人のはずだが、自分とはずいぶん感覚が違って驚いたのだ。未知の兵器に対し、いざという時のために知識を得ておきたいというのは『普通』の感覚ではないのだろうか。それともイーカル王国の独特な考え方だったのだろうか――と、どちらの国の事情も知っているであろうダウィに尋ねたら、一笑に伏された。

「一言に『軍』と言っても、イーカル王国軍とアスリア=ソメイク軍では求められるものの順位が違う。だから君の考え自体はイーカル王国的にとても正しい。

 君がイーカル支部に行ったらイーカル王国軍と行動することも少なくないはずだ。それなら軍人と同じ知識・認識を有している方が話は早い。だから君は君のままであれば良い。

 一方で、アスリア=ソメイク軍にとっての外的脅威は他国よりも魔族を始めとする異界の生き物なんだ。だからエンシオ達は人間の兵器よりも魔族に対する対策を重視してる。リソースに限りがあることを考慮するなら彼らの選択も間違っていない」

 ただ、と一度言葉を切って金色の双眸を空に向ける。

「軍人でありながら攻城戦が知識だけっていうのは少し問題だな。必要のない時代が長すぎた」

 平和が一番ではあるんだけどと言いながら、ダウィはペンをくるくる回した。


 雑談がちょうど一区切りついた所に、エンシオが現れた。

 偽金事件が一段落したからか目の下のクマは薄くなったが、相変わらず忙しそうに動き回っている。そんな彼が今日は紙をひらひらと揺らしながら持ってきた。

「今年も来たぜ、恒例の」

 差し出されたそれをダウィが受け取る。ちらりと見えたその書式は依頼書のようだ。

「恒例の――ああ、魔術師連盟か。今年は誰が行く? 相性が良いのは俺だけど、今年はジアードの指導があるから支部に任せても……」

「それがな」

 エンシオが困惑したような視線をこちらに向ける。

「先方はジアードをご指名だ」

「俺?」

「野営できる程度の用意しておけよー」



   * * *



 老女は「よっこらせ」ともらしながら馬に跨った。

 前にフアナと来た事のある貸馬屋での事だ。

「ところで婆さん。今日の目的なんだが――」

 フアナとそっくりな色の眼が不快げにジアードを映した。

「あんたの婆さんじゃないよ。ソユーだ。名前で呼びな」

「ソユー。今日はどこへ何しに行くんだ? 配達か?」

「この国とアスリア=ソメイク王国の国境にね、竜が住んでるんだよ」

 聞き間違いでなければ、今『竜』と言った。

 ジアードはソユーの隣に馬を寄せ、確認する。

「――竜ってあの?」

 あきれたような視線が返ってきた。

「あんたの言ってるのがどの竜か知らないけどね。斑竜(まだらりゅう)ってのが私たちの呼んでいる名前だ」

 まだらりゅう、と口の中で繰り返したところで、後ろから馬を進めてきたダウィが横に並んだ。タイは馬に蹴られないようにか今日は少し離れたところをついてきている。

「ジアードが見たことのある海竜よりは小柄で、名前の通り斑模様の綺麗な竜だよ」

「小柄ったって私らからすりゃ小山さ。

 今日はその竜の棲み処に張ってある結界のメンテナンスだ。その場所の一番近くの村まではここから南東にまっすぐ。――昼前には着くだろ」



 ソユーの言う通り、その村に着いたのは太陽が真上に来るより少し前だった。

 村の入り口付近の柵には馬が繋がれている。その数は十数頭。馬房ではなく柵に、ということは客人か。こんな普通の村にそんなに大勢の客人があるとは、と首を傾げた。

「あれは魔術師連盟の若いのだよ」

「あんなに大勢?」

「結界設備のメンテナンスはね、若手にゃ良い勉強になるんだ。フアナもどこかにいるよ」

 ソユーは他の馬と並べるように自らの馬の手綱を柵に括り付けた。

「だけど私らは別行動さ。

 そこに山が見えるだろ。その中央に一基。それから山を囲うように二十基くらいの結界設備が設置されてるんだ。フアナ達の仕事は山の下の二十基の方のメンテナンスだ。残った中央の一基を、私がやる」

「つまり、あの山に登るってことだな」

 そんなに高い山じゃない。日が暮れるまでには登頂できるだろうと目算する。

「そうさ、そこの森を抜けてあの山の上まで。あんた達は道中の護衛だ。よろしく頼むよ」


 足を踏み入れた森は薄暗い。しかし、冬で下草が少ないので思ったよりは歩きやすい。なんとなくではあるが道もあるようだ。

 いつものようにタイとダウィが先に立って歩き、その後ろをソユーとジアードが続く。ソユーの年齢を考慮してか、少しゆっくりとしたペースだ。

「斑竜ってのは危ないのか?」

「いいや。大人しくて賢い竜さ。無駄に暴れたりはしないよ。それどころか、こいつは殆ど寝床から出てこない。一日の大半を寝て過ごして、時々思い出したように住処の山を散歩するくらいのもんだ。

 ただねぇ――竜の餌って何か知ってるかい?」

「……肉?」

「魔力だよ」

 食い物じゃなかった。人間を食われても困るが。

「別に肉から魔力を得たってかまわないんだろうけどね。肉じゃあの巨体を支えるだけの魔力なんてそうそう手に入らない。

 だから竜は自然に魔力の溜まる場所に住みつく。それがこの山なんだ」

 遠くで鳥が鳴いた。

 小さな音を立てて、足の下で枯れ枝が折れた。

 視界の端で茂みが揺れた、気がした。

「私らの仕事は、竜の住処の結界を整備しに行く事だと言ったろう?

 封じるだけなら私一人で十分なんだよ。ただ、そこまでの道が魔力を求めて集まってくる奴らで危険なのさ。

 ――ほら」


 ソユーが顔を上げた瞬間、シュタッと軽い音を立ててタイが飛び退く。

 ほぼ同時に、前方の藪から暗い色をした何かが飛び出してきてジアードの腕を掠めた。


「うわっ!」


 振り返ると灰褐色の毛に覆われた何か。

 それが大きな獣だと認識する前に、ソレは再びこちらに飛び掛かってくる。

 ジアードの脇をすり抜けるようにして――狙いはタイか。

 タイはそれをひらりと避けて離れた場所で牙を剥いた。

 対する暗褐色の毛を持つその獣は、大きな耳が特徴か。尖ったマズルからは肉食獣らしい鋭い牙が覗いている。ジアードの知る獣に当てはめるならジャッカルが近い。大きさは二回りほども大きいけれど。

「魔族だね。ジアード、頑張って」

「は?」

「ほら、新しい剣の試し切り」

 ダウィが晴れやかな笑顔でジアードの肩を叩く。

 そして自分は手を出す気がないとばかりにソユーと共に一歩下がった。


「くそっ――!」


 ジアードは抜刀して駆け出した。

 四つ足で踏ん張り唸り声をあげる()()とタイの間に割り込み、姿勢を低く構える。


 ()()はジアードを敵と認識したらしい。牙をむいて飛び掛かってきた。


 喉元を狙って跳躍する獣を盾ではじき返す。

 獣は中空で一回転してまた前足を土に食い込ませ、いつでも飛び掛かれる姿勢をとる。


「狩りなんてしたことねえぞ!」


 だが、首を狙うという事はこいつの弱点も首である可能性が高い。無意識のうちに自分にとって一番攻撃されると嫌な所を攻撃しがちだからだ。これは接客業をしていた幼馴染の受け売りで、悪口の法則だかなんだかだったが。


「そりゃ、獣なら首だよな」


 柄を握る右手に力を籠める。

 新品のその剣は、しかし以前のものと()()()()大きさ、()()()()重さなので取り回しに不都合は無い。むしろ腕の延長のようによく馴染んだ。

 獣から目をそらす事なく静かに息を吐き切る。


「――ほお」

 ソユーの思わず漏れたというような声がした気がした。

 再度喉元に飛び込んできたソレを、今度は盾ではじく事なく右手の剣を一閃させる。

 暗い色の体液をまき散らしながら倒れこむソレにのしかかり、真上から貫いた。


「余裕だねー」


 のんびりと拍手をするダウィに舌打ちする。

 試し切りを言い訳に面倒な仕事を押し付けられたとしか思えない。

「この先もこんな低級魔族がいっぱい出てくるだろうから頑張って」

「ああ?」

「魔力を求めて集まってくる魔族にとって、タイは良い餌らしくてね。タイを狙ってどんどん襲ってくるから。――ほら、その右の藪」

 タイに向かって飛び掛かってくる黒い影を盾で防ぐ。

「今度はサルかよ!」

「サルは賢いよー。ほら、石」

「痛ぇ!」

 目の前に次々飛んで来る石から身を守るため、とっさに盾の陰に隠れると死角から爪でひっかかれた。

「時々毒持ちもいるから気を付けて」

「毒だあ?」

 脇の下辺りを横なぎにした。

 真っ二つにする気持ちでいったのだが、深手を負わせる程度のものだった。

「硬えよ!」

 怒りを込めて袈裟懸けにした。



 三匹目以降はダウィも加勢してくれたものの、慣れない獣相手に剣を振るい続け、悪路を歩き続けでは、さすがに息が上がってきた。

 高齢であるソユーもそろそろ限界だろう。しかし、

「休憩は無理そうだ――な!」

 盾をたたきつけるようにして、木の上から飛んできた何かを叩き落す。逆手に持った剣で貫いたそれは子犬ほどの大きさのネズミ型の魔族だった。

 暗い色の血を振り払いながら老婆の顔色をうかがう。

「水くらい飲んでおくか?」

「いいや、それよりここを抜けてしまいたい」

 やつれた様子のソユーを気にしながら歩を進めることになった。

 ここまではほぼ平坦だったが、次第に足元が傾斜になってきた。

 こんな場所で襲われたら戦いづらくて仕方がない。そう思って周囲への警戒を強めていた時の事だ。

「もう少しで森の中心部だよ」

 皺だらけの指が斜面の上の方を指す。

 木々に隠れて見づらいが、この先斜度はどんどん上がり、大岩が露出している場所まであるようだ。

「これを登るのか」

「私みたいな婆だって登れるんだ。あんたなら余裕だろ」

「行けねえとは言ってねえ」

 本当に老婆が登れるのかどうかの方の心配だ。

 いざという時には支えられる距離を保ちながら、彼女の後ろにつく。


 やがて前方の木々の途絶えているところが見えてきた。

「さあ、あとひと踏ん張りだよ。これを登ったら目的地だ」

 彼女の示す先は両手をつかなければ登れないくらいの岩場だった。

「――さすがに、ここで襲われたら洒落になんねえな」

「足を滑らせたら危ないね」

「魔物は」

 ダウィは空を見上げた。

「まさか」

「見通しの良い場所に出たら襲ってきそうだね」

 岩場の上空を大きな鳥が円を描くように飛んでいる。今までに襲ってきた魔物の中でもダントツに大きい。

「どうする?」

「出来るだけ安定した足場の場所を確保して――」

「私がやるよ」

 老婆は袖をまくり、肩を回した。

「やるって、婆さん戦えるのか」

「馬鹿をお言いでないよ。戦闘魔術が使えるんなら最初っからあんた達に護衛なんて頼まないさ」

 そう言うとソユーは両手を組み、呼吸を整える。

 乾いた唇の隙間から異国語のような言葉が漏れ始めた。呪文なんだろう。フアナが使っていた言葉とそっくりだ。

 やがてソユーの組んだ手の隙間に薄赤い燐光が宿り、その光が強くなっていく。

 光はドーム状に広がり、小部屋ほどの大きさになった。

「お入り。これは結界だよ。多少ぶつかったくらいじゃ壊れない。あの鳥くらいならなんとかなるさ。

 上につくまで絶対にはみ出すんじゃないよ」

 促されるまま結界の中へと足を踏み入れる。光に触れた瞬間に温泉に入った時のようにまとわりつくような熱が頬をなでた。

 ダウィはすぐ後から入って来たが、飼い犬の方はついて来る様子がない。そのまま、ついと鼻先を斜面へ向けた。

 人間の言葉は分かっているようなので入りたくないという意思表示なのだろう。

「良いのか」

「タイだけなら駆け抜けた方が早いから」

 飼い主の言葉通り、たっと地を蹴った白犬はすぐに岩場を駆け上っていく。

 上空から大きな影が急降下してきた。

「おい、あれ――!」

 タイはひらりと身を翻し、攻撃をかわした。

 思ったよりもでかい。

 鳥だというのにタイの体の二倍くらいに見えた。翼までいれたらもっとだ。

 しかも足には大きな爪がある。あれにひっかけられたらひとたまりもない。

 はらはらと見守るジアードを後目に、タイは岩の隙間を縫うように駆けて、あっという間に中腹の岩陰に消えていった。

「さあ、タイが囮になっている間に俺たちも行こうか」

 ダウィが先に立ち、ソユーとジアードがその後ろに続く。

 老婆では足が上がらないような急すぎる場所ではダウィと交互に手を貸しながら登る。見た目以上にきつい岩場だった。


 そのうちにタイを追っていた巨鳥が諦めたのか上空に戻っていった。

 と思ったのもつかの間、今度はこちらをめがけて降下してくる。

「おい!」

「大丈夫。ソユーの結界はこの国で一番だよ」

 ダウィは泰然自若と笑うが、結界なんてただの光の壁じゃないか。ジアードは剣を握り直し、空を睨んだ。

 幸い大きな岩の上に立っているので足場は悪くないが、立ち回りを繰り広げるほどの空間はない。

 みるみる迫ってくる影。がさついた足の皮膚や鋭い爪まではっきりと見える。


 鉤爪はすぐ眼前に迫っていた――

 

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