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休日の温泉

「お。お前明日休みじゃん」

 エンシオが予定表を指先でトントンと叩く。

 その日はジアードだけでなく、エンシオもユトも休みになっていた。このところ贋金騒動で忙しかった事もあって、揃って休みなど初めてかもしれない。

「前に温泉行こうぜって言ってたの覚えてるか? 明日にしねえ?」

「ああ。ユトも誘うか」

「あいつは、来ねえだろうなあ……人前で服を脱ぐのが嫌なんだと」

「なら仕方ねえ。二人で――」


「俺も行く」


 突然背後から割り込んできた声に思わず肩を揺らした。

 視界の隅で金色の髪が揺れ、隣に並ぶ。

「ダウィ! 帰ってたのか」

 年をまたいだとはいえ、会ってなかったのはほんの数週間。特に変わった様子もない、いつものダウィがそこに居た。

 勿論、飼い犬も一緒だ。げっそりとした表情で飼い主の足にもたれかかるように立っているが、これは多分船酔いが抜けていないからだろう。いつぞやの旅の最中に何度も目にした様子なので多分心配はいらない。

「ついさっき戻ってきたんだ。休日はまだ残っているから俺も行くよ。あ、これお土産」

 ポンと手渡されたのはシロップ漬けの果実だろうか。瓶に液体と黄色い何かが詰まっている。

「お前も来るのか?」

「駄目?」

「いや、お前も人前で脱ぐのが嫌なたちなのかと」

「そんなことないけど、なんで?」

「いつも人の居ねえ時間を狙って風呂に行くからてっきり」

 騎士団の浴場は清掃時間以外自由に使えるが、ダウィはいつも人目を避けるように深夜に一人で入る。だから肌を見られたくない方の人間かと思ってた。

「ああ。あれはタイを入れるためだよ」

 腰の辺りで揺れる白い毛をぽんぽんと叩いた。

 確かに犬を洗うのに人の多い時間は迷惑か。

「温泉に行くなら置いていくから大丈夫。明日だったらタイはまだ体調が戻らないって言って寝てるだろうしね」

「じゃあ、明日は朝一の乗り合いで出発な」



   * * *



「……ふむ」

「何」

 困惑の表情でこちらを見る、半裸の男。

 腕に巻きついたままのシャツを取ろうとした、その姿勢のままでじっとこちらをうかがっている。

 何も倒錯的な状況じゃない。ここは脱衣所。反対側ではエンシオもボタンに手をかけた所だった。

「服を着てると優男風なんだがなあ」

「着やせするんだよ」

「――みたいだな。意外と筋肉がついてる」

「ムキムキなジアードに言われたくない。腹筋割れてるし」

 ダウィは自分の腹部を撫でた。

「……俺だって、力を入れれば薄っすら出るんだけどねー」

 筋肉がつきにくい体質というのは確かにあるが、そういう体質でも騎士や軍人といった職業に就けばある程度ついてくるのが普通だ。

 だが、ダウィは腹に限らず首や腰も職業の割には細い。肩や腕も。

 あばらが浮いているというほどじゃない。一般的に「良い体」に分類される程度には鍛えられている。だが、あの長剣を息も切らさず振り回す膂力があるようには見えない。 

 それに、


「綺麗過ぎるよなあ」


「――えっ」

 思わず漏らした言葉に、ダウィとエンシオが全力で距離を取った。

「……ジアード……君、そのケがあったっけ」

「ねえよ」

 その手の店へ行けばモテる方だが、ジアード自身は絶対に女が良い。どんなに綺麗なオカマでも食指が動かなかったのだから、根本的に何かが違うのだろう。どことは言わないが、締まっていて柔らかいのがいい。

「変な意味じゃない。ダウィの身体、傷跡がねえなと思ってよ」

 話しながら自らもシャツを脱ぐ。

 古傷に塗れた、綺麗という言葉から程遠い身体だ。

「そういう意味か。ジアードは傷だらけだね。よく生き残ったなってくらい」

 ダウィの指が二の腕の縫合痕を辿る。反対側に立ったエンシオは脇腹の抉れた部分を見て頬を引き攣らせていた。

「西や南の戦いじゃ前線にやられる事が多かったからな」

「激しい戦場ばかりだったね。最初に会った時なんて完全に包囲されてるところだったし」

「そうだ。あの時の傷も残ってる。深夜の奇襲の時のも、山道の防衛線の時のも。なのに、同じ戦場に居たダウィにゃ傷がねえってのは面白いもんだと思ってな」

 ダウィと出会ったのは戦場だった。正規兵と傭兵。立場や所属は違ったが、幾度も同じ戦場を駆けた仲だ。同じくらい傷が残っていてもおかしくない。

「正面からぶつかり合うジアードとは戦い方が違うからね。でも、怪我がないって訳でもないよ。ほら」

 ダウィは左腕を上げて脇腹を見せてきた。

 女性のように滑らかな肌にうっすらと引きつった痕がある。骨盤の少し上、やや後ろ側。大きく切り裂いたようだ。刃物だろう。

「古そうだな」

「確か七歳の時――だったかな。内臓までいかなかったけど死にかけたよ。この痕だけは消えなかったんだよね」

 エンシオが驚いた顔でのぞき込む。

「マジだ。俺も知らなかった」

「あー。あいつら、緘口令を布いてたんだっけ。忘れてた」

「……また身内の恥か」

「こんな子供にまで手を出すなんてってね。まあ、もう時効でしょ」

 笑いながらダウィはズボンも脱ぎ去る。下半身にも傷がない。そういえば、民族的な何かで怪我が治りやすい体質だとも言っていたか。羨ましい事だ。

 ついでに反対側へ目をやれば――

「エンシオもあまり傷はなさそうだな」

「俺はただ戦場経験が無いだけー。討伐任務でも弓は後方だから、怪我らしい怪我はしたことない。

 そういや、確か――野営の時に飯作っててナイフで切った痕が……あれ、どこだ?」

 平和な国で何よりだ。 

 ジアードは頷いて浴室へ続く扉を開けた。


 長方形に切り出した石が整然と並ぶ浴室は、前にローラク国で入った温泉とはまったく違う。

 湯の色すら違うように思えた。

「――ん? そういや、臭くねえ」

「前に行ったところは硫黄泉が売りだからね。ここは色も匂いもないし、ほら」

 ダウィは浴槽にぽちゃんと手をつける。

 すると肌にまとわりつくようにたくさんの泡がついた。

「熱くないのか?」

「沸騰してるんじゃなくて、炭酸――空気が溶け込んでるんだよ」

「へえ」

 おそるおそる足をつけてみる。瞬間、たくさんの小さな泡が足一面にはりついた。

「うぉ! ――おぉー……あー……思ったより、普通の水だ」

 背後でエンシオが吹き出した。

「そりゃ水だろ」

「なんか別もんかと」

 神妙な顔で返すと余計に面白がってケラケラと笑う。

「そっちの国じゃ炭酸水とか飲まねえの?」

「見たことがない。飲めるのか、これ」

「外で売ってるぜ。俺は甘くしたのが好きー」

 そんな事を話しながらエンシオはジアードの隣に腰を下ろし、ばしゃりと顔に湯をかけた。

 そして、両目を抑えながら深く息を吐く。

「あー……気持ちいー……もうさあ、小さい字見過ぎて目が痛えし、右手は腱鞘炎になりそうだし」

「お疲れさまー」

 向かいに浸かったダウィがねぎらうと、エンシオはそんな彼をきっと睨みつけた。

「お前が仕事残して国に帰っちまうからだろ!」

「あ、俺のせいか。ごめんごめん」

 一応謝罪の言葉を口にしたが、あまりに軽い調子で謝るので余計に機嫌を損ねたようだ。

「お前さ、いっつも絶妙なタイミングで厄介な案件ばっかり俺に振るのなんなの」

「エンシオなら大丈夫だろうと思って」

「何そのいらない信頼」

「今回もなんとかなったでしょ」

 機嫌が良さそうな笑みに、エンシオは思いっきりお湯をかけた。

「――わっ! ひどいなー」 

「どっちがだ!」



   * * *



 一足先に風呂から上がり、脱衣所で身体を拭いていると、エンシオが隣にやってきた。

 あちー、と言いながらタオルを腰に巻き、別のタオルで頭をガシガシとこする。

 普段は上げている前髪が顔にかかっているからか、いつもとだいぶ印象が違う。大陸東岸地域の人間は童顔だというけれど、確かに少年っぽさを感じる顔立ちだ。


「――慣れてきたかー?」

 不意に問われた質問の意味が分からず、ジアードは首をかしげる。

「うん?」

「辺境騎士団には、もう慣れたかって」

「ああ、まあな」

「あいつとも上手くやれてるか」

 あいつ、と言ってエンシオは浴室の方に視線を送った。ダウィはまだあちらに居るのだろう。

「……上手くやれてる、と思う」

 問題も不満も特にない。だが――

「正直、あいつの事は良くわからない」

 答えながら、『上司の面談みたいだ』と思ったが、そう言えば真実エンシオは隊長代行という名の上司だった。

「そっか。難しいヤツだからな」

 エンシオは濡れた前髪をかきあげながらジアードの顔を見上げ、そしてにやりと口元を歪ませる。

「最初にお前を見た時さ、『ダウィの嫌いなタイプが来た!』と思った」

「は?」

「あいつってコンプレックスの塊だろ」

「ダウィが? コンプレックス?」

 剣が使えて、難しい本を読めて、キレーな顔してる。持てる者と持たざる者に分けるなら、確実にダウィは前者だ。

 そう言えば、エンシオはケラケラ笑う。

「って、思うだろ? あれな、劣等感を糊塗する為に必死になった結果なんだと。それでも見た目ばっかりはどうにもならなくて、いつまでもぐだぐだしてたらしいぜ」

「見た目なあ……」

「ダウィは子供の頃、妖精みたいに可愛かったらしい」

「聞いた事があるな。よく女に間違われたとか」

「そうそう。ウチの一族って成長期が遅いから、同年代の子供より小さかったっていうのも理由なんだと思うんだけどさ。『とにかく可愛かった』『どう見ても美少女』って、おっさん連中が口を揃えて言ってる」

「そりゃ、見てみたかったな」

「でもさ、本人はそれがすっげー嫌だったらしくて、男らしく見えるように涙ぐましい努力をしたらしい」

「努力って――筋トレとか?」

「そういうの。ただ、いくら鍛えても筋肉が増えないって――それは今でも愚痴ってるな。

 あとは背が伸びるって聞いて顔顰めながら毎日チーズ食ってたとか。ああ、あいつ乳製品苦手なんだよ。隠してるけど。

 他にも、低い声で話す練習をしたとか、髭を生やしたくて顔に毛生え薬ぬったとか、胸毛を生やす方法聞いて回ったとか……そうそう、体毛が暗い色だったらすね毛が目立つはずって言って染め粉を」

 ジアードは耐え切れず吹きだした。ダウィの『男らしい』男性像はまるで子供の発想だ。いや、子供の頃の話だったか。

「そういう話を聞いてたから、それを全部持ってるお前はあいつの嫉妬心をくすぐるんじゃねえかってな」

「全部持っている……?」

 先ほどの持てる者と持たざる者の話なら、ジアードは確実に後者だ。後者だと思っていた。

 そう言うと、エンシオはバシバシとジアードの背中をたたく。

「俺だってな。あいつほどのコンプレックスはないけどジアードを羨ましいって思う事あるぜ?

 デカくて強いし。で、共通語の他にイーカル語とヨシュア語が話せるんだろ。なによりさ、歴戦の覇者って感じの筋肉、すっげー良いじゃねえか」

「そう……か」

 褒められるとくすぐったいものだ。言語もこの肉体もすべて必要に迫られて身に着けたものでしかないのだが。

 ごつごつとして傷だらけの己の体と、湯上りでつるりと輝く彼の体を見比べる。

「エンシオは――意外と胸板厚いな」

「弓やってると上半身はそれなりにな。家系的に筋肉が付きにくいのは俺も」

 エンシオは太腿を叩いてみせた。締まっているが太くはない。だが、その脚にも腹にも贅肉がなく、かっちりと割れている。そういえば弓は想像以上に体幹が重要なんだったか。知り合いの弓使いが言っていた。

「弓はいつから」

「物心ついた頃。小さい頃は剣や槍も少し習ったけど、弓が一番面白くて、一日中射場で矢を放ってるような子供だった。

 で、それが高じて軍に入ったんだ。これでも元士官よ、俺」

「へー。昔話?」

「ダウィ。あがったのか」

 劣等感の塊だと評された男は、女受けしそうな身体を惜しみなくさらし、水の滴る髪をかきあげた。

「さすがに上せそうだよ――で、何? エンシオの武勇伝?」

「ねえよ」

「呑ませて語らせようか」

「下戸だっつの」

 エンシオが唇を尖らせた。

 わかりきっていた事らしく、ダウィは気にするでもなくタオルを手に取り体を拭き始めた。

「ところで、この後どうする? 昼ご飯食べて……男同士だと温泉の後は花街に流れる事も多いらしいけど――ジアードは行きたい?」

「あ?」

「せっかくの休日だから、行ってきていいよ。俺たちはその辺で時間潰してるし」

「人待たせて一人で花街ってのも違うだろ」

「エンシオ行けたっけ?」

「無理。言わせんな」

 意外な返答に目を瞬かせる。

 既婚者のダウィは嫁に気を使ってその手の店に行かないのだろうと想像ができるが――

「エンシオも結婚してたっけか」

「いいや。居ねえなあ。嫁も彼女も。

 俺、プロのお姉さんじゃ使い物にならねえんだ。魔力が多い方だからな」

 使い物にならない、というのは所謂不能というやつだろうか。それは、男として不憫に思う。心底同情する。しかしそれと魔力と何の関係があるのか。

 理解していないと気が付いたダウィが口を挟んだ。

「魔力が多いと、性的な事に興味が薄くなる上に魔力相性が良い相手以外抱けなくなるんだよ。魔術師がなかなか生まれない理由の一つだね。

 ちなみに、この辺りの国で貴族が政略結婚できないのも、後宮制度がないのも同じ理由。

 エンシオは古い民の血を引いてるから余計に相手を選ぶんじゃないかな」

「他人事みてえに言うけど、ダウィだって」

「そういう店はまったく駄目だったね」

 さらっと口にするダウィにエンシオがひいた。

「話振っておいてなんだけど、行ったことあるのか」

「十代の頃に『試してみろよ』ってゼアに連れていかれたのが最初」

 なんとなく聞き覚えのある名前に、誰だったかと記憶を探る。

 行き当たったのはここへ来たばかりの頃の記憶だ。確か辺境騎士団長の名前が「ゼア=クローヴィル」と言っていた。

 お堅そうな人物だと思っていたが、そういう店に行ったりもするのか――そんなことを考えてていたら、隣ではエンシオはがっくりと首を落とした。

「……お前といると憧れの人のイメージが音を立てて崩れていくんだが」

「どこにでもいる普通の兄ちゃんだったよ? 余裕のある時にはここの温泉にもよく来てたし、風呂上りには必ず全裸で――」

「あーあーあー! そういうの聞きたくねー!!!」

 彼は大声でダウィの言葉を遮った。

「とりあえず、ここを出たら飯! 飯でいいな!」



  * * *



 店先で焼かれる肉の焦げる匂いが通りに漂っている。

 小鼻をひくひくとさせ、匂いをたどれば串焼き店にたどり着く。エンシオのおすすめだという店がそこだった。

 竈の脇を通って案内された店内は奥に長く、テラス席も含めて結構な席数を備えた店だった。

 真冬でなければテラスも悪くなかったのだろうが、さすがに湯冷めしそうだと手前のテーブル席に陣取った。

 昼の微妙な時間の今は自分たちを含めても客は三組しかおらず、店員ものんびりしていてとても長閑だ。

「とりあえず、乾杯」

 ダウィが差し出すグラスに琥珀色の麦酒が揺れる。

 グラスの縁ではしゅわしゅわと泡がはじけていた。

「……これも炭酸か?」

 口に含む前に光にかざして確認する。

 温泉で見た泡にそっくりだ。

「さっきのお湯とは少し違うけど、これも炭酸だね。おいしいよ」

 そう言ってグラスに口をつけるダウィに倣い、ジアードもおそるおそるそれを口に含んだ。

 途端に舌の上ではじける泡。

 思わず目を見開いた。

「なんだこれ」

「どう?」

「――嫌いではない」

 慣れぬからか口内に不思議な感覚が残るが、味自体は悪くない。微かな苦みとハーブの香りは、きっと肉との相性が良いのだろうと思う。

 微妙な顔をしているのが伝わったのか、向かいの席でエンシオがケラケラと笑った。

 彼は下戸の宣言通り、酒ではない何かを飲んでいる。桃色のそれは果実水に見えるが、グラスの表面に炭酸の泡がついているようだからそれも炭酸水の何かなのだろう。


「俺が休んでいる間に何か変わったことはあった?」

 ダウィの何気ない言葉に、エンシオは半眼になって答えた。

「お前に()()()()()()()仕事以外にゃ特に」

「そっちは報告書を読んだよ。ジアードが大活躍だったって?」

 嫌味はいつもの笑顔でスルーされ、話の矛先はこちらに向いた。

 大活躍、というほど何かをした覚えもないが、証拠となる略綬をもぎ取れたことは手柄と言えるかもしれない。

「だが、逃がした」

「例の混血だったんでしょ。仕方ないよ」

 誰もがそういうが、それでも。最初から相手が魔族だとわかって対峙できていれば、何らかの対処ができたのではないかと思ってしまう。

 そんな悔しさもきっとダウィにはバレているのだろう。そう思わせる表情で慰めるように微笑んだ。

「次は勝てるよ」

「――次がありゃあな」

 頭をがりがりと搔きながら考える。

 冷静になって思えば、腕力やなんかは人間に勝てる力じゃなかったが、それゆえだろう。武術を修めたものの動きではなかった。がむしゃらに手足を動かしているだけの素人だ。きっとやりようはある。

 セオリー通りに関節を捉えて押し留めることは難しかったが、例えば面でなら。盾を使えば。半身だけでも押さえ込む事ができれば――

「いける、でしょ?」 

 確信を持った声で言われるので思わず頷いた。

 なんとかなる気がしてきた。


 店員が頼んでいた料理を運んできた。

 数本の串焼きと炒り豆と見慣れぬ色をしたパンだ。

「他に何かあった?」

「そうだなー」

 エンシオはフォークを操り、器用に串から肉を外していく。

 この国じゃそういうマナーなのかと思ってこっそり別のテーブルの客の方をうかがうと、妙齢の女性客がそのまま串焼きにかぶりついている。ほっとした。

 

「ああ、本部(ウチ)の仕事じゃねえんだけど」

 思い出したように言って、エンシオはフォークを置いた。

「支部の方でならなんかあったっぽい」

 声を潜めて告げる言葉に、ジアードも串焼きに伸ばしかけた手を止めた。

「何かって?」

「――バラバラ殺人」

「憲兵の仕事じゃないの?」

「死体の様子が尋常じゃねえってんで支部が出張る事になるかもって――まだ噂の域をでない話で詳しい事は知らねえ」

 あくまで支部の話で俺たちは関係ないけどな、と言ってエンシオは改めてナイフとフォークを手に食事を再開する。

 ジアードも肉と赤い野菜が交互に刺さった串に、思い切りかぶりついた。

 肉汁の溢れる良い肉だ。一緒に焼かれた野菜もほのかに甘くて。

「旨い」

「だろ」

 エンシオはにんまりと笑った。

「そういや、もう一個あったわ。ダウィの留守中にあった変わった事。

 ――寮の裏に棲み着いてる野良犬が子供を産んだらしい」

「帰ったらすぐ見に行く」

 即答したダウィはやっぱり犬好きだったようだ。

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