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夏の事件

「違法薬物だけならまだしも、国宝強奪だとか魔族だとか、超絶面倒くさい案件じゃないですかー。だから嫌だって言ったんですよー」

 フェンテス中佐や憲兵達が出て行った会議室で、ユトは机につっぷした。

 その隣でエンシオまでも机に頭を打ち付ける。

「こうなると思ったから黙ってろって言ったんだろうが。後でうまく纏めて話つけるつもりだったのに」

「そうやって丸め込もうとするから下から反感食らうんですよ。隊長代行」

「都合の良い時だけ部下のフリしてんじゃねえよ」

「事実部下ですー」

「なら最後まで上官命令聞いとけって。あの腹黒に喧嘩売るなって言ったよな」

「上官の威厳が足りないから命令が通らないんですー」

「向き不向きってあんだよ、うるせえ」

 ぐだぐだと言い合う二人の横で、ジアードは心底困っていた。

 一応解散という事にはなったらしいが、一番下っ端のジアードがこの二人を置いて部屋を出る訳にはいかない。だが、かける言葉も見当たらない。

 手持無沙汰に片付けなぞしてみたが、それすらすぐに終わってしまった。後は二人の突っ伏している机だけだ。

「あー……なんだ。とりあえず机や椅子はしまったんだが……」

「悪いな、ジアード」

 エンシオも立ち上がり、今まで自分の使っていた椅子を片付け始めた。

 ピクリとも動かないユトをどうしたものかと思いながら、ふと窓の方へ目をやった。大通りを行く人は皆早足だ。商業区の方から住宅街へ向かう者が多い。手にパンを抱えていたり、鞄から野菜が頭をのぞかせていたり。空の荷車を引いている男は、今日の商品が全部さばけたのだろう。清々しい顔をしている。

「待たせたな。何見てんだ?」

「外」

「何かあったか?」

「いや、何も」

 エンシオもつられたように外を覗き、目を細める。町はすっかり夕焼けの色に染まっていた。

「もうこんな時間か。少し早いが飯でも食いに行こうぜ」

 言うが早いが、彼はさっさと扉を開けて部屋を出て行ってしまう。ジアードも慌てて荷物を抱え、後を追った。

「ユトは」

「すぐ復活すんだろ」



  * * *



「最短ストレートで問題を解決する派なんだよ、あいつ」

 エンシオは食堂のカウンターでシチューを受け取りながらため息をついた。会議室に置いてきたユトの話だ。

「駆け引きは面倒くさい。根回しも面倒くさい。壁があれば叩き壊して進む」

 なるほど。確かにその『面倒くさい』は、この数日で何度も聞いた。彼の口癖だ。

「性格自体はクソが付くほど真面目だから、任せた仕事は文句を言いながらでも全部きっちりやるし、仕事も早い。ほら、お前の面倒もちゃんと見てるだろ?

 ただ、あのフェンテス中佐とは相性最悪でさ。あっちは、ユトの大っ嫌いな根回しや裏工作のプロだから仕方ねえんだけど。

 いつもならダウィがなんとかすんのに、今回はあいつ居ねえし。っていうか自分で事件拾ってきておきながら全部押し付けて休暇とかあり得ねえし」

 愚痴の続きを垂れ流しながら、エンシオは丸パンを三つ皿に盛り、更にその横にパスタを並べた。主食ばかりだ。栄養が偏っているように感じるが良いのだろうか。


 ――案の定、料理人の中で一番偉そうなおっさんに野菜の肉詰めを押し付けられていた。


 不満そうな顔でナイフを操り、一口大になった肉詰めをフォークで口へと運ぶエンシオ。貴族出身というだけあって綺麗な所作だ。とても真似できそうにないので、ジアードはパンを割って肉詰めを挟んだ。

 赤っぽい野菜の汁と肉汁とが混じってじゅわりと染みる。大口を開けてかぶりついた所で調理場のおっさんと目が合ったので、親指を立てておいた。


「で? 違法薬物がどうとかって言ってたよな。麻薬の類か?」

「ああ……」

 エンシオはきょろりと視線を周囲にめぐらせた。

 食堂はまだ空いている。たまたま端の席を選んだこともあって、聞き耳を立てたって聞こえる者はないだろう。聞こえたとしても、ここに入れるのは辺境騎士団関係者だけだ。

 それでもエンシオは警戒の姿勢を見せたまま声を潜めて話しだした。

「最初は夏の初めに起きた国宝強奪事件。

 ――これから話す事は極秘事項だから他言無用ってやつだ。いいな」

 ジアードはパンを一度皿に戻してから頷いた。


「この国じゃ毎年夏にでっかい行事があるんだ。国中、どころかあっちこっちの国からお偉いさんや商人たちが集まる祭りだな。

 その会場で公開されるはずだった国宝が移送中に奪われた」

 深夜、少人数で国宝を運んでいる所を襲撃されたそうだ。

 なぜ深夜なのかと問えば、魔術的な対策をせずに触ると触った本人は勿論周囲に居る人間まで死に至るような危険な物なのだという。だから、事故を恐れて通行人の少ない時間を選んだのだとか。

 国宝、それもそんな危険な呪いのアイテムを奪われただなんて警備担当は相当な処分を受けたのだろう。軍人時代の記憶と重ね合わせて身を震わせた。

 しかも、エンシオの話じゃ、警備の中にはあの『腹黒』フェンテス中佐も居たという。

「滅多に失敗しねえ奴だから堪えたろうな」

「降格? 謹慎?」

「知らねえ。その前も中佐だったし、謹慎か減俸かね」

 あまり興味がなさそうに言って飲み物に手を伸ばした。 

 その先は話しづらい事らしい。しばらく水面を弄ぶようにカップを揺らし、言葉を選んでいた。

「この件自体は、数日で国宝を無事取り返す事が出来たから、それで解決した。そのはずだった。

 主犯は二人組のサザニア人の男――という事になっている。だが、これが二人とも人族じゃなかった」

「人じゃないってえと、魔族か、冥族か」

「魔族だ。――ああ、ジアードも会ったんだってな。歪な魔族に」

「歪?」

「一見すると普通の人間なんだが、牙や尻尾が生えていたり肌が鱗みたいなやつ」

「ああ。フアナをウクバの森へ送る途中で何匹か見た」

「そういうやつだ。

 国宝強奪事件の犯人の場合は、服から出ている部分は普通の人間だったそうだ。肩や背中、あとは腕だったか。普段は見えない部分が濁った色の鱗で覆われていたと報告書にあった」

「その犯人は捕まえたのか」

「捕縛されそうになると魔術を駆使して抵抗、のちに魔力不足で死亡」

 犯人死亡。それは真実を抱えたまま冥界に渡ってしまったという事。だから細かい部分が曖昧なのか。

 本当に(・・・)サザニア人であると証明されれば責任追及の方向性も定まっただろうに。


「魔族ってのはな、二種類いるんだ」

「人っぽいのとそうじゃないのだっけか。人型をしてると魔術が使えて、異形は魔術を使えない代わりにすっげー固い?

 いや、そうなると、俺がウクバの森で戦ったヤツはどっちだ……? 尻尾や鱗が生えてたが、魔術も使ってたぞ」

「それだ。最近、異形の癖に魔術を使うヤツが確認されている。それも全てサザニア帝国絡みの事件でだ」

「……その、国宝強奪事件の犯人も?」

「ああ。出自は不明だが、おそらく人間と魔族の合いの子だ」

「そういえば、『魔術師の森』でセガルとかいう偉そうな魔術師がそんな事を言っていたな、混血がどうとか」

「国境を越えた恋愛みたいに軽く言ってくれるな。

 人種どころか種族すら超えてるんだ。普通に子が成せると思うか」

「つまり、どういう?」

 エンシオは倦んだ眼でジアードを見つめた。

「お前、異形に欲情するか? 抱けるか? 蜥蜴や鰐を受け入れる女がいるか?

 頭がぶっ飛んだ状態じゃなきゃ、まあ無理だろうな」

「――違法薬物」

 頷くエンシオを見て、ぞわっと肌が泡立った。

「そこにつながるのか……」 

「国家がらみの拉致監禁もしくは人身売買がくっついてくる可能性もあるな。

 ユトじゃねえが、『面倒臭え』案件だ」

 エンシオは肉詰めにフォークを突き立てた。

「胸糞悪ぃ……」

「……ああ」



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