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破魔石の剣

「容疑者の一人は金髪の若い女性、とエンシオさんは言っていましたが……」

 市場の真ん中でユトが小声で囁く。予定通りジアードの剣を受け取りに地人の工房へ向かう途中だ。

 彼はさりげなく周囲に視線をやりながら、ため息交じりにこぼした。


「たくさん居ますねー」


 これには苦笑いで返すしかない。

 多くの街道の交わる商業国の王都だけあって、この町には様々な民族が行き交っている。髪の色も目の色も肌の色も様々だが、その中で『金髪』に括られるような髪は二割くらいか。年齢や性別を考慮しても数十人に一人は容疑者に該当してしまう。これは特徴というほどの特徴ではない。

「だが……この辺じゃサザニア語もサザニア訛りも聞こえねえな」

「君はサザニア語を話せるんですか」

「いいや。でも長い事敵国だったからな。戦場で聞く機会はあったし捕虜と話した事もある。『サザニア語っぽさ』ってのはなんとなくわかるな」

「それはすごい。僕にはサザニア語とイーカル語の区別もつかないです」

「そういうもんかね」

 雑踏から聞こえる声になんとなく耳をそばだてつつ、市場を抜ける。大通りから一本奥に入った所にある武器屋。それが地人のいる工房の入り口だ。

 帳簿をつけていた店員に要件を告げると、話は通っていたのかすぐに奥へ通された。


 工房との仕切りは『布一枚』。それを脇に除けた途端、むっとする蒸気に襲われた。

 そして鼻をつく金属の臭いに、鉄を打つ大きな音。

 繰り返すが、これらを遮っていたのは『布一枚』。

 外に音も臭いも熱すらも漏らさないとはどんな仕組みになっているのか。思わずぴらぴらとめくってみる。異国風の柄が織りこまれた普通の布だ。

 呆れた様子のユトに背中をつつかれ、工房の中へ足を踏み入れた。


 中では数人の職人が忙し気に動き回っていた。地人の鍛冶師はそれらを指導する立場らしく、作業の様子を見ながら大声で何か喋っている。何を話しているかまでは聞きとれない。それくらいに大きな音が間断無く工房中に響いていた。

 地人は二人に気が付くと、小さな足をせかせか動かしながら駆け寄ってきた。

「おお、ヨシュア人! よく来た! よく来たな!」

 その言葉にユトが怪訝な顔をしてジアードを見上げる。 

「……ヨシュア人? イーカルから来たのではなかったですか」

「生まれはヨシュアとイーカルの国境辺りなんだ」

「大地の神官! 大地の神官も一緒か。珍しいな。友達か。仲良しか」

「知り合ったばかりの同僚です」

「そうか。仲間が増えるのは良いな! 良い事だ! で、大地の神官。大地の神官の武器は――ああ、あれか。調子はどうだ。歪んでないか? 緩んでないか? 調整が必要か? 調整するか?」

「お陰様でいつも絶好調です。調整も不要です。それよりジアードの」

「ああ、あのでっかい剣な。出来ている。出来ているぞ」

 今日もマイペースな地人は、二人をテーブルにつかせるとちょこちょこと奥の部屋に消えていった。



「これがヨシュア人の剣だ」

 小さな体でよっこらしょと机に置かれたのが、ジアードの新しい剣。形状は使い慣れた母国の剣とほぼ同じ。違うのは鍔と鞘に辺境騎士団の紋章が刻まれている所だけだ。

「鞘を造った職人がな、すっごく驚いていたんだ。これを振り回すのかってな。振り回せるのかってな。

 どんな体をしているのかって聞くから『熊みたいだ!』と言ったら興味を持っていたぞ。いつか会ってやってくれ。会ってやって欲しい」

「……ああ、まあ」

 熊みたいだと言われて興味を持たれても――と思ったが、ユトはジアードを上から下までまじまじと見て深く頷いた。

「成程、熊」

「おい」

「――彼女、帰っているのですか?」

「帰ってきたぞ。帰ってきた。今回は良い素材に会えたと言っていた」

「そうですか。では、この後伺います」

「うん? 用事か? 呼ぶか?」

「こちらから足を運びます。彼の防具も造らないといけないのですが、ずっと留守だったようで。『彼女が帰って来たらジアードを連れていくように』と言われていたのです」

「なるほど、なるほどな。夏の終わりから南を回ってたと言っていた。素材探しに行っていたと言っていた。ヨシュア人とは入れ違いか」


 二人の会話に耳を傾けながら、新しい剣を持ち上げた。

 右手に持ち、両手で持ち、軽く振ってから鞘を払った。やや色味の暗い剣身が現れる。

「前に持ってきた剣とそっくり同じに造ったが、どうだ」

 地人の鍛冶師はエッジが反射する鈍い光に目を細めた。愛嬌のある顔が職人の表情になった。

 少し緊張しながらグリップを握る。反対の手で剣身に触れると、金属とは違うあの破魔石独特のほの温かさを感じた。

 違いはそこだけだ。

 熟練の職人がそっくり同じと胸を張るだけあって、大きさも重さも厚みも重心も、使い込み手に馴染んだグリップの感触まで本当にまったく『同じ』だ。

「……なんだこれ」

 一度しか触っていないはずなのにここまで出来るものなのか。

 ジアードは小さな鍛冶師を見直した。

「取り合えず振ってみろ。振ってみなくちゃわかんねえ。そっから中庭にでられる。中庭なら安心だ。試し斬りの藁人形も置いてある」

 背中を押されながら案内された中庭で、ゆっくりと型をなぞった。

 おかしなくらい違和感がない。初めて持つ剣だとは思えない。


 一通り動いた後、藁人形に正対した。

 大きく振り上げ、斜めに落とす。


 ザッ!と重い音がひとつして、続けてドサッという音と共に土埃が舞った。

 

「――は?」


 ジアードの武器は、重い。

 それは本来その重さと遠心力で、叩き折ったり潰したりするための武器だからだ。刃もついてはいるが切れ味にはそう期待していない。

 だから、いつもの剣でこの太さの藁人形に打ち込んだとしたら、刃が藁を切るのは精々厚みの四分の一程だろう。その先は重さと力でへし折るしかない。斬れる訳がない。


 なのに、スパンと斬れた。


 中心にある支えの木まで真っ二つだ。

 断面をなぞりながら感嘆する。

「すげえ――!」

 破魔石を使った剣は切れ味が良くなるとは聞いていたが、まさかこれほどまでとは思わなかった。

 興奮交じりに振り返る。 

 しかし、地人は難しい顔をしていた。

「……そうか、ヨシュア人は盾を使うのか」

 盾で攻撃を受け止め、剣で斬る。それがジアードの基本的な戦い方だ。

 型を見てそれに気が付いたらしい地人はしばらく考えた。

「見たことある。見たことあるぞ。変な形の盾だ。殴るための盾だ」

 認識は少し違う気もするが、大きく間違ってはいない。

「ヨシュア人。盾も造るか? 盾を造るか? 破魔石を使うとかなり値段もはるが、造ってみても良い」

 地人の小さな指を折って示した金額は、ジアードの今の収入の数年分。

 正直言えば興味はものすごくあったが、来年にはこの国を去る予定の身で工面できる金額ではない。

「いや――それに、どうせ剣で止めをさすからそこまでは」

「そうか……」

 小さな鍛冶師はしょんぼりと肩を落とした。挑戦してみたかったのかもしれない。

 

 

  * * *

 

 

 続けて二人は、地人の工房の裏にある防具屋へ向かった。

 看板も出ていない、小さな店だった。

「ここは特殊装備の専門店です。知る人ぞ知ると言いますか。ちょっと入りづらい外観ですが、腕は確かです。

 ちなみに、辺境騎士団の装備はほぼ全てここで製作しています」

「特殊装備ってのは?」

「破魔石の剣と似たようなものですね。魔族対策に通常の防具とは違う素材で作っているそうです。

 素材も珍しいものですし、オーダーメイドですから値も張りますけれど」

「そんなところも破魔石と一緒か」

「お金は本部から出ますから気にしないで下さい。それに、軽くて動きやすいですよ」

 そんな話をしながらユトは両開きの扉を押し開けた。

「こんにちは。エッダは居ますか?」

「居るよー。今いくー!」

 声は店の奥の階段から聞こえた。地下へ続く階段だ。タンタンと軽い足音がして小柄な女が現れた。

「ユトじゃない! 久しぶりね。どうしたの?」

「辺境騎士団の新人を連れてきました。防具を作って欲しいそうです」

「あー! もしかして熊の人⁉」

 失礼な事を言いながら女はジアードの頭の先から爪先までじろじろと観察した。

「いやぁ、大きいねー。親方が言ってた通りだ。

 あたしはエッダ。ここの工房の主さ」

 よろしくと差し出された手は、マメやらタコやらで随分と固かった。


「ええとね。ウチは受注生産ってやつでね。まず客の要望を聞くことになってんだけど……武器は剣だったよね。いつも使っているのは、どんな物だい? プレートアーマーとか?」

「いや。金属はここからここまでで……ハーフアーマーってのか? 兜も金属製で、籠手も金属の板がついたヤツだが、それ以外は革だな」

「ハーフアーマーに金属の兜……うん――こんなかんじかい?」

 さらさらと筆を滑らせ、描かれた手帳をのぞき込む。

「もうちょっとここが長いな。それにこの辺からこの辺までがこう――いや、もっと短くて、腰の骨に沿った形だ。

 兜はバイザーを上げ下げできる。首回りは革にチェーンを縫い付けたもんだ」

「ふんふん……変わった形だねえ。ヨシュア人って聞いてたけど、どこの出身だい?」

「西のイーカル国境付近だ。長い事イーカル国軍に居た」

「ああ。だから腰のところが曲がってるんだね。たしかイーカル国軍っていうと、籠手の裏ンところがさ……」

 籠手の絵に書き足されたのは、固定するための金具の部分だ。

「それだそれ。後は、脛当ての形も――ここが二重になってるんだ」

「二重……っていうと、こうやって動きやすくしたものだね」

 あまり一般的でない構造も、指示をすればすぐに絵に反映される。随分広い知識を持っているようだ。

「慣れた形の方が良いと思うから、この絵をベースに作っていこうとおもうんだが……何か希望は?」

「頑丈なのが第一だ」

「兜は? これじゃ視野が狭くないかい?」

「確かに脇が見えづらいが、命には変えられないしな」

「あたしなら強度をそのままにもっと視野を広くとれるけど」

 疑いの目をむけると、エッダはカウンターの裏でごそごそと何かを探し出した。

 コトンと軽い音を立てておかれたそれは、半透明な黄色い何か。大きさは顔とほぼ同じくらいだ。

「ドラゴンの鱗だよ」

「ドラゴン⁉」

「これを磨いてね、兜の前面に使う。ガラスみたいに透けて見えるから視野はだいぶ広くなるよ」

 それに軽い、と言われてそれを手に取ってみた。紙のようにとは言わないが、木の板くらいの重さか。金属より断然軽い。そして、窓に向けて光にかざせば向こうが見える。

「特殊装備ってのはそういう事か」

「ああ。ウチのは鉄や牛革だけじゃなくて、ドラゴンの鱗やガーゴイルの翼、スパイダーシルク、最近手に入りにくくなったブロンズトードの革や破魔石なんかも使うからね。値は張るが質は段違いだよ。頑丈さも保証する」

 じゃあ採寸しようか、と巻き尺を手にエッダはニヤリと笑った。



  * * *



「……触られた……なんかすっげー触られた……」

「殴って止めれば良いんですよ」

「女殴れるかよ」

「女性といっても、ガーゴイル自力で狩って来るような方です。人間の腕力なんて全力でぶつかった所で大した事ないですよ」

「……まじかよ……」

 思わず足を止めて空を仰ぐ。

 砂漠の国とは違う少しくすんだ空に白い雲が一つ流れていた。

 

「ところで、行きに話していた話ですけど」

 ユトの声に視線を戻す。こちらを見上げるその目に空の色が映り込んで複雑な色に煌めいていた。

「サザニア訛りってどんな感じですか?」

「んー……あー……」

 感覚的な事なので説明が難しい。こんな時ダウィがいればそれっぽい事を言えるのだろうが……

「そうだな……俺からすると、この辺で喋られてる大陸共通語ってのは、なんつーか、母音?が強調されて聞こえる。特に海岸地方に行った時にそう思った」

 フアナとの最初の旅で、依頼人のいたロトガスや魔術師の森で出会った人々の言葉が特に。中には子音が擦り切れてなくなってしまったかのような訛りもあった。

「だからよ。多分大陸の東の方ほど母音が強くて、西の方ほど子音が強い」

「そう言われてみると、君は子音を一つ一つはっきりと発音しますね」

「イーカル語とサザニア語は似てるって知り合いの学者が言ってたから、俺の訛りとサザニア訛りは似てるはずだ。

 細かく言えば、サザニア語は『k』とか『t』って音が耳に残るような気がするんだよな。イーカル訛りよりそういう音をもっと強く言ってるんだと思う」

「破裂音を強く発音する――と。なるほど」

「『sh』って音もなんか違うな。うまく言えないけど、なんとなく」

「……あんな感じ、ですか?」

 ユトが視線だけで示した先に、金髪に赤いワンピースの女が居た。帽子から垂れたベールで顔立ちまではわからないが、おそらく年はジアードよりも少し若いくらい。外見的特徴だけなら探している『金髪の若い女』に該当する。

 何気なさを装って距離を詰め、耳を澄ませた。


「――そう。それを五袋欲しいの。取り置きをお願いする事はできる? 明日使用人に受け取りに来させるから」

「かなり重たいですよ。ウチは配達もやっとりますが」

「構わないわ。明日荷馬車を出す予定があるの」

「んじゃ、ここに名前と数量を……」


 商談の会話が漏れ聞こえてくる。

 店主と女の間にあるのは薄茶色の粉。食材店のようだから小麦粉のような穀物の粉を纏めて購入する話だろう。

 こちらを窺うユトに小さく頷く。


「……サザニア訛り、なんとなく理解しました。確かに君の発音と少し似ています」

 小声で話しながら彼らの背後を通り過ぎ、少し離れた物陰に立つ。

 ジアードにはもう女の声は聞こえないが、耳の良いユトには聞き取れているのだろう。

「念のため、彼女が出す硬貨が本物か確かめたいところですが……金銭のやり取りは明日のようですね」

 視線の先で女が店主に挨拶をして雑踏の向こうへ立ち去って行った。

「尾行するか?」

「国籍だけで犯人と決めつけるのはやりすぎでしょう。この国には、あまりに多くの民族が居すぎます。偏見や差別を少しでも減らすというのもまた、必要な事です」

 それに、とユトは言った。

「エンシオさんがもう僕らのスケジュールまで抑えていますからね。終着点への道筋はある程度見えているのでしょう」

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