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一年の計

 窓から入る日が眩しくて目を覚ました。昼にはまだ時間があるが、普段からすればだいぶ寝過ごした方だ。

 新年最初の日は休日。指導員代理のユトが休みを取っているから見習いは休む他ない。そんな休みだった。

 その指導員代理はというと、半月休みを取らずに儀式の準備をしていたというから、今頃自室で泥の様に眠っている事だろう。

 燦燦と差し込む光の帯を見つめ、重たい瞼を二度三度開け閉めする。


 静かだ。


 本来は四人部屋であるところをダウィと二人で使っているので、彼が留守の今は余計に広く感じる。

「何すっかな――」

 大あくびをしながら身を起こし、私服に袖を通した。

 まずは朝食。あとは市場を見に行くのも良い。もう一度神殿街を歩いてみるのも良い。どちらも「今日この日」にしか見れない景色があるだろう。もしくは――

 枕元に置きっぱなしの本と日誌を机に戻す。フアナを家まで送って戻ったのが明け方近かったため、本を読みながら寝てしまったのだ。 

 寝乱れた布団を整えたら、軽く体をほぐして上着を羽織る。靴紐を締め、財布と騎士団の指輪を身に着けた。それから、少し迷って短剣も。この国では武器の類はいらないと聞くが、やはり少し落ち着かない。


 半端な時間なこともあって、食堂にも廊下にもエントランスにも誰もいなかった。

 街もいつもより閑散としている気がする。見回せば、大半の店が休んでいるのか。いつも露店が並ぶ通りにも店がない。商業都市としては珍しい光景だ。多くの市民が深夜に神殿に行っていたようだから彼らも疲れて寝ているのだろう。

 ジアードはその貴重な景色を目に焼き付けるようにゆっくり見まわした後、王都の中心地へ足を向けた。



  * * *



 広場の向こうに見える石造りの城がウォーゼル王城。五百年程前に造られたという。多くの国が建国四百年程である事を考えれば、この大陸では古い城の部類に入る。

「思ったより小せえな」

 ジアードの基準は以前過ごしたイーカル王国の王宮だ。そちらは歴代の王が何度も建て増したものだと聞いたが、あれも大昔はこれくらいの大きさだったのだろうか。目の前のウォーゼル王城の規模は、イーカル王国でいう所の大貴族の屋敷程度しかなかった。

 城自体は外から見る限り特別な事はない。だが気になるのはその周囲を守る城壁だ。堅固なそれは過去の戦の凄まじさを感じさせる。

 この城壁だけでも一見の価値があるなとジアードは一人頷いた。

「……街の外周に壁がない分、こっちに防御を集中させているのか……」

 その辺はこの国の歴史などと関係があるのだろう。しかし今日は解説役のダウィがいないので、少し離れたところからぼんやりと眺めるだけだ。

 城壁は真四角に切り出した石を規則的に並べてある。美しいものだが、それだけに一度破損して修復した箇所はわかりやすい。

 特に気になるのは城門の脇だ。抉れた所を直したような跡がいくつもある。あれはどんな攻城兵器を使ったのか。修繕の跡から考えると相当な大岩がぶつかったと考える他ないが、その大きさを飛ばす投石器となるとどんなに巨大な物なのか。それとも造りが違うのか。ジアードの知る限りあれだけの破壊力を持つ兵器はない。

 更にだ。そんなに凄い投石器でもどうしようもない壁ならば、なんとかして乗り越える他ない。城壁を構成する石は表面も継ぎ目も綺麗に削られているので、梯子なしによじ登る事は不可能だ。あれだけの高さを上るための梯子は作れるだろうか。よしんば壁に取り付けたとしても、あのせり出した部分から攻撃されるのだろうから対策が必要だ。

 よく見れば、奥に滑車が見えるようだが、あれは何をするための物だろう。そしてあの櫓にある黒い――


「……何をやっているんだ、お前は」


 不意に、上方から声がした。

 隣に停車した馬車から呆れたような顔をした男が顔を出す。

「団長!」

 それは入団試験の日以来の騎士団長だった。慌てて背筋を正し、気を付けの姿勢をとる。

 それを見て男はかすかに眦を緩めた。

「不審な異国人が今にも攻めこんでやらんという顔をして王城を睨んでいると思ったら、騎士団の見習いとは」

「……睨んでいたつもりは」

「凶悪な人相は生まれつきなんだろう。もう覚えた。他人に誤解されん程度にな」

「はい」

 団長は満足げに頷き、窓を閉めた。

 前回会った時よりも髪をぴっしり整え、勲章で胸元を飾っていた。

 そういえば騎士団の偉い人達は新年に国王への挨拶があるとか言っていたか。

 城から延びる橋へ向かう馬車を見送りながら、そんな話を思い出した。



 王城は見たし、次は――と、ジアードは閑散とした大通りをまっすぐに進む。

 この国の豊かさを象徴するような噴水公園の脇を過ぎた辺りで、極端に窓の少ない建物を見つけた。

 歴史を感じさせる重厚な扉に金属製のプレートが張り付けられている。


 『魔術師連盟ウォーゼル支部』


 大陸中の魔術師が所属している団体の支部。改めて聞いたことはないが、フアナもここに籍を置いているはずだ。

 周囲と少し造りの違う建物を眺めていたら、不意に扉が開いた。

 中から出てきたのは小柄な老婆と若い赤毛の女。それに後に控える申し訳なさそうな顔をした女たち。

「だからあんなに言っただろう!」

 老婆が声を張り上げる。

「持ち物は三度確認する! イネスには触らせない!」

 女たちはペコペコして謝った。

「イネス! あんたもだよ! 紺色は陛下がお召しなんだから、あんたは臙脂! 去年も同じ会話をしたろう!?」

「臙脂嫌いなんだよ。師匠の色じゃないか」

「師匠の色だからでしょうが!」

 赤毛の女は口を尖らせて不満げだ。

「……胸飾りが重い」

「それは妃殿下から賜ったものだから外さない」

「あと、これ邪魔」

「錫杖がなけりゃどうやって支部長の証を立てるんだい。今日は忘れて帰ってくるんじゃないよ!」

 やいのやいの急き立てる老婆の方には見覚えがある。

「ありゃ、フアナの婆さんじゃねえか」

 昨晩フアナを送っていった時にも会った。目を合わせた途端、不本意と言いたげな顔で年初の挨拶をされた。まあ、不機嫌なのはいつものことだ。


 で、あの若い女が魔術師連盟の支部長か。魔術師は見た目と実年齢が違うらしいから実はそう若くもないのかもしれないが。

 その支部長が、半ば諦めたような顔をして肩にかかった髪を払い「行ってくる」と口にした。

 下っ端らしき女たちの深い礼を背中に受けて王城の方へ向かって一歩踏み出し……


「どこへ行く気だい」


 フアナの祖母がローブのフードを掴んでそれを阻止した。

「王城だろ?」

「正式な時は馬車で行く!」

「すぐ近くじゃないか!」

「ほら、早くお乗り!」

 愚図る支部長を馬車に押し込めると老魔術師はさっさと出立するよう御者に指示を出した。その剣幕に怯え切った御者が少し可哀想だ。

 老婆は遠ざかる馬車を見送り、背後の女たちに一言二言文句を言ってからこっちに歩いてきた。

「なんだ。イーカル人。見てたのかい」

「……大変そうだな」

「大変なんてもんじゃないよ。あれが毎年さ。今年こそ手を引いてやると思ってたんだけどね。『支部長が話をきかないから助けてくれ』って家まで迎えが来るざまだ。

 私も先が短いんだからいい加減自分たちでなんとかして欲しいもんだよ」

 肩を竦め、老婆は自宅の方へゆっくりと歩み去っていった。


「王城だろ。魔術師連盟だろ。――あとはなんだっけか」

 指折り数えつつ、大通りを東へ進む。その方向に凱旋門だかなんだかっていうのがあると本に書いてあったからだ。



  * * *



 夕飯時、なぜか疲れきった様子のエンシオが向かいの席にトレーを置いた。

「……新年は、飯が豪華な事だけが救いだよなー……」

 あまりにげっそりした顔に、ジアードは思わずナイフを操る手を止めた。

「何かあったのか?」

「今日は一日中団長に挨拶に来るお偉いさんたちの接待。俺向いてねえのに」

「生まれは貴族と聞いたが、貴族ってのは社交だなんだと年中接待しているようなもんじゃないのか?」

「確かに親は貴族だけどなー。俺は上に兄姉がいる三番目だし。そもそもアスリア貴族なんて庶民とそんな変わらねえのよ」

 ひらひらと振るその左手に、ジアードとは違う白金の指輪が輝いていた。

「一昨年やっと兄貴が結婚したから、そろそろお役御免だろうな。最悪姉貴の所に二人目でも生まれれば養子に……って、俺の事は良いんだよ。

 お前、今日は休みだったろ。何してたんだ?」

「王城を見て、魔術師連盟見て、あとは凱旋門と東の砦とかいう所に行ってきた」

「新年らしくない所ばかりじゃねえか。東の砦なんて言ったら廃墟通り過ぎてもう遺跡だろ。なんでまた」

 完全に呆れた目だ。確かにそこは観光地とは言い難い場所ではあった。王都から少し離れた丘の上で、屋根は完全に落ち、石の壁がわずかに残るだけの廃墟。内部も歩き回ってみたが、無宿者の生活痕が少しある程度で過去の遺物は何もなく、地下への入り口も丁寧に塞いであったので一周するのに大して時間はかからなかった。

「ダウィが置いてった歴史の本に出てくるんだが、そういえばまだ見たことがなかったと思ってな」

「成程。すっかりダウィの弟子だな」

「あ?」

「あいつよく『実物を見ておけ。その方がイメージが掴める』とか言わねえ?」

「ああ。言われた」

 フアナの旅に付き合って、大陸東岸地方へ行った時の事だ。だまし討ちをくらったような形だったが、おかげで話でしか知らなかった異国の地理や文化を肌で感じ、知ることができたのだから文句も言えない。

 今回だって、足を運んだからこそ本だけでは知り得ない事を感じ取れた。休日を丸々潰す価値はあったと思う。

「見に行ったおかげで距離感や規模が分かった。

 だが、そのせいで分からない事も出てきたんだが、聞いてもいいか?」

「俺に分かることならな」

 エンシオは鶏肉のソテーを頬張りながら頷いた。

「歴史の本には『ウォーゼル奪還作戦の際、ウォーゼル国軍は東の砦で蜂起した』と書いてあったが、標的である王城までたいして距離がないな」

「んぁー。そうだなあ」

「だとすると動きは筒抜けだったろう。そもそも砦の規模が小さい。勝てる戦には思えないんだが」

「それはあれだ。魔剣。確か【萌花】って銘の魔剣をぶん回したんだ」

「名前は聞いたことがあるな。昔のウォーゼル国王が持っていたって剣だ。船着き場の所の銅像の」

「よく知ってんな」

「ダウィから聞いた。で、その剣がどうした」

「その剣は――あ。破魔石って知ってるか?」

「騎士団の剣に使われている石だろう。採掘場のある町に行ってきた」

「またダウィか。

 ああ――魔剣ってのは、その破魔石と神の創った聖剣の欠片を材料にして造った剣で、魔力を宿しているから風圧だけでも敵を斬り殺す事が出来たと言われてる。そんな剣があったから不利な戦でも勝つことができたんだな」

「すげえな。今、その剣は」

「ウォーゼル王城で封印されてるって話だ」

 エンシオも詳しい事は知らないという。その剣の持つ力があまりに強大なために王族くらいしかその場所を知らないのだそうだ。

「もう一つ気になったことがある。王城の城壁の事だ。大きく抉れた跡が何か所もあった」

「知らねえ。壊れたって話は聞かねえな」

「最近の話じゃない。修復した形跡があった。どんな攻城兵器を使えばああなるのか聞きたかったんだが」

「修復跡まで見てんのかよ。何十年とか何百年も前の事なんじゃねえか? 少なくとも俺が物心ついてからはこの国でそんな大きな戦はない」

「そうか……じゃあ、城壁の上の櫓の黒い大きな物は。多分素材は鉄だと思――」

「いや、知らねえよ。本当にまったく知らねえ。城壁なんて観察しねえもん」

 エンシオはパンをちぎりながら愉快げに笑った。

「お前って戦争の事になると饒舌なのな」

「……そうか?」

「いつもそんなに喋らねえだろ」

 そうかもしれない、とジアードは思い直した。軍人だった時の習いでいざという時のために知っておこうと考えたのだが、騎士になるのならばもう必要無いのか。

「俺も昔アスリア=ソメイク王国軍で戦術だなんだってのは教えられたけどよ。城攻めとかした事ねえし。そういう視点は身につかなかったなあ」

 お前、すごいよ。とエンシオは言う。

 冗談のように言ってくれればまだ言い返しようもあったのに、ひどく真面目な顔をして言うのだから困る。

 ジアードは黙ってスプーンを操る。

 アスリア=ソメイク王国軍の練度なら勝てそうだ、という言葉はシチューと一緒に飲み込んだ。





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