閑話 よるのおしゃべり
* 以前のweb拍手お礼小噺です。
* フアナ一人称です。
また、フアナ視点の為、タイがべらべらしゃべくります。
「ぷっは~っ! おいしい!」
《おっさん臭い》
「もう、五月蝿いよ! タイにはあげないんだから!」
《子供みたいな事を》
「うっるさーい!」
この「魔術師の森」で採れるものは何でもトクベツ。
野菜でも果物でも、魔力がたっぷり篭っているのだ。
勿論、水も。
魔力の篭ったものはなんでも美味しい。
感じ方には個人差があるようだけど、一般人より魔力に敏感な魔術師の方がそう強く感じるのだそうだ。
あまりに美味しいものだから、コップいっぱいに注いだ水だってあっという間になくなってしまう。
ただ、飲みすぎて夜中にお手洗いに行きたくなっても困るので、フアナはそこで我慢して、ベッドに腰を下ろした。
「水を汲みに行ったらジアードに会ってね。色々話をしたんだよ」
《へー》
興味がなさそうな返事をしながらも、一応は聞いてくれるつもりらしい。
そう遠くないラグの上に座って視線を送ってくるから、フアナは先程の出来事を語って聞かせた。
ほぼ、ジアードの想い人について――つまり恋バナというやつである。
「上司――あ、上官さんっていうんだっけ。
その人の家だか官舎だかで催された飲み会? パーティ? で知り合った女の子なんだって」
半ば強引に聞き出した結果、ぽつりぽつりと語られる単語を繋ぎ合わせたのはそんな馴れ初めだった。
「タイは前からジアードと知り合いなんでしょ。どんな子か知ってる?」
《知るか》
「えー」
《元々大して付き合いがあるわけじゃないし、言葉も通じねえんだから、プライベートなんて知るわけない》
「なーんだ。残念」
タイから情報を聞き出せなかった事に少しがっかりしながら、フアナは毛布を手繰り寄せた。
「なんかね、意外だったんだ」
《何が》
「うーん……こういうと失礼かもしれないけど、ジアードも恋愛するんだなとか」
《本当に失礼だな、おい》
「そーなんだけどさ。私知らなかったの。ジアードも……恋したり悩んだりする普通の人だって。
なんかね、同じ『初仕事』のはずなのに、すっごいしっかりしてるでしょ。
どこに行っても動じないし、魔族相手でも怯まないし。だから勝手に、物凄い人だって思ってたみたい。
それで、私、何か壁を作ってた」
《そりゃ経験の違いだろ。ここに来る前に十年以上は軍人をやっていたって話だからな。肩書きや対象が違うだけで、あいつはプロだ》
「うん。だから、こんなに長い間一緒に旅してたのに――なんか損してたなーって」
《損?》
「もっと仲良くなっておけば、もっともっと、この旅が楽しかったかもしれない!」
《……まだ旅が終わった訳じゃないだろう》
「おー! タイ良いこと言うね! そうだよね! 明日からもっと仲良くなる!
それで『好きな子』の事を聞きだす!」
《結局それかよ》
「えー。タイだって興味ない?」
《無い》
呆れたような声に、だって気になるんだもん、と返した。
「ジアードって仕事の事を抜いても『大人』じゃない? 年だけじゃなくて、落ち着いてるっていうか」
《お前と比べればな》
「だからオトナの女ってタイプが好きなのかと思ったの。でも、相手年下なんだって!」
《年下だって人間の出来たヤツもいるだろ。
だいたい、いくら年下っつったってお前よりは上だろうし》
「それはそうね」
フアナは軽く目を閉じて「ジアードの好きな人」を想像してみた。
その人はジアードより年下で、でもフアナよりは年上で、多分可愛いというより綺麗というタイプ。
口数の少ないジアードと一緒に居ても苦にならないような物静かな人かな。
それとも逆にジアードの分まで会話を埋めてくれるような明るい人?
でも一つだけ確実なのは……
――私と同じ髪の色の人。
お風呂に入ってから下ろしたままの髪を手櫛で梳いた。
時々、ジアードがポニーテールが揺れるのを目で追っているのを感じる。
だからその人が、前にダウィとジアードが話していた「髪の色の似ている人」だとすぐにピンと来た。
「ねえ、タイ。ジアードの知り合いでそんな人知らない?」
《知らないし興味が無いって言ってるだろ》
「枯れてるなー」
《余計なお世話》
四足のままなのに器用に肩を竦めるようなポーズをとって、タイは背を向けた。
部屋の隅には毛布を畳んでつくられたタイの寝床があるから、もう寝るつもりらしい。
それならとフアナも毛布を鼻まで引き上げた。
「ねー……タイ」
《なんだよ》
「大した事じゃないんだけどさー」
《なら、さっさと寝ろ》
「タイも……ご飯食べなくても平気なの?」
歩いていたはずのタイの気配が止まった。
顔をあげると、シーツの擦れる音で気づいたのか何事も無かったかのようにまた歩き出した。
そして背を向けたまま毛布の上で丸くなり、深く息を吐いた。
《……まあな……》
力の抜けた肩の向こうで、尖った耳がへたりと下を向いていた。




