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連盟の本部

 琥珀色の視線の先に彼とそう変わらない年の男が立っていた。

 ゆったりした長い藍色の上衣の腰を細いベルトで締めている。その服装に長い黒髪と闇色の瞳とが相俟って、夜を纏っているような印象を与える男だ。

 切れ長の目がまっすぐにダウィを映し、不機嫌そうに眇められる。

「――ザルの方がマシな虫けら以下が森に何のようだ」

 その言葉を聞いて、ダウィも鏡のようにその男と同じ表情を浮かべた。

「お前か、虫けら以下とかいうのを広めたのは」

「事実だろう」

 季節のせいばかりでない冷え切った空気が静かな森の中を流れていく。

 しばしの睨み合いの後、先に口を開いたのはダウィだった。

「運び屋の護衛で来た」

 短い言葉で事実を告げた。

 男は眉一つ動かす事なく温度の無い声で応じる。

「そんな事、使いから聞いている」

 骨ばった指で挟んだ紙切れをちらつかせて見せた。門番の飛ばした伝書鳩にくくりつけられていたものだろうか。

「伝わっているならそこを通って良いんだよね?」

 挑戦的な目で見つめるダウィに「ちっ」と舌打ちをして、男はようやくダウィ以外の存在に気づいたようだ。

 いや、視界には入っていたのだろうが、まったく意識をしていなかったという様子がありありと態度に表れていた。

 ダウィのすぐ脇で尻尾をピンと立てたタイと、いつでも動けるようにと片足を引いた状態のジアードを、黒水晶のように硬質な瞳が順に映す。

 好意を含まない視線は最後にフアナにも向けられた。不躾な視線に怯むフアナをそっと背に隠し、ダウィが男に正対する。

「早く通してくれないかな」

「それが運び屋か?」

「ソユーの孫」

「似てない事はないな」

 あからさまにこちらの要求を交わし、噛み合わない会話を続けようとする男を面倒だと思ったのだろう。ダウィは別の人間を出せと要求した。

「セガルかリサはいる?」

「午前中に見かけたな」

「連れてきて。それとも強行突破すればいい?」

 拳を掌に叩きつけ、好戦的な眼差しを向けられればさすがの魔術師も譲歩せざるをえなかったらしい。

「――仕方ないから呼んできてやる。ただし、ここから一歩も入るな」

 それだけ告げると男は踵を返し元の道を戻って行った。

 その背が緩やかなカーブの向こうに消えた所でダウィは深く溜息をついた。

「あー……気分悪」

 ジアードは少し驚いた。普段穏やかなダウィが敵意を含んだ視線を人に向ける事は少ない。まして悪態をつくなど初めての事だ。

 まだ付き合いの浅いフアナすら戸惑った表情を浮かべている。

「えーと、あの人は魔術師の血統を守るべきっていう考え方の人?」

「いや、全然。あれでも本来は改革派で、基本的には外に対して非常に友好的な立場の人だよ」

「じゃあ何で」

「ウチの奥さんが大きくなるまでの後見人だった人でね。父親代わりってやつ?

 溺愛しすぎて俺を目の敵にしてるんだ」

「…………」

「ロリコンなんだと思うね、あれは」

 視線以上に冷え切った声でダウィが吐き捨てる。


 まあ確かにウルス=フィリアで見たダウィの嫁は大きな目の可愛らしいタイプの女性で――


 ジアードはそこまで思い出してはたと気がついた。

「ん? 父親代わりにしては若くないか?」

「いくつに見えた?」

「二十……五、六?」

 東部の民族が若く見える事を踏まえ、最大限に上に見積もっても三十は越えない。ダウィの嫁と並んでも精精が兄妹だ。

 だがダウィは意地の悪い笑みを浮かべてぽつりと告げた。

「五十三」

「嘘だろ!?」

「力のある魔術師は実年齢より若く見えるから、見た目は信じない方がいいよ。ほら、ヘナとか」

 ヘナは破魔石の取れる町に居た赤毛の幼女だ。

 彼女は確かに魔術師連盟から派遣されている魔術師だと名乗っていた。

 その事には疑問を持ったが、あの時は本人とフアナが年齢じゃなく実力で判断しろとかそんな事を言い出したせいでそれ以上年齢についてつっこめなかった。だが、見た目と年齢が違うというなら合点がいく。


 それに……ヘナはダウィが昔長髪だったとか言っていたよな?


 しかし、付き合いの長いジアードですらダウィのそんな姿を見たことがない。

 もしヘナが見た目通りの年齢なら、それは物心つく前――いや、下手したら生まれる前の話という事になる。だからやはり実年齢はもっと上か。

「あいつは何歳なんだ?」

「レディに年を聞くものじゃないって怒られたから正確な年は知らないけど、英雄のジアードとやりあったって言ってたから四百歳は越えてるはず」

「は――?」

「ちなみに、ヤローは彼女の子孫だよ」

 幼女にしか見えない体でどうやって子供を産み落としたのかなど人体の神秘に首を傾げつつも、妙に納得する。


 だからあの騎士にあんなに懐いていたのか……


 移動の時には常にごく自然な仕草で抱きかかえられていたし、非常にマイペースながらヤローのいう事だけは良く聞いていた。それも家族の絆や何かという物だったのだろう。


 ――だが、まてよ?


 魔術師が見た目通りの年齢でないとするなら……


「あ、あたしは見た目どおりよっ?!」

 ジアードの視線に気づいたフアナが慌てた様子で振り向いた。青いリボンで結ばれた髪が勢い良く揺れる。

「何歳なんだ?」

「レディに年を聞くのは失礼なんでしょ? ――十七だけど!」

「……ほっとした」


 予想とそう変わらないフアナの年齢に安心した時、道の向こうからかさかさと落ち葉を踏む音が聞こえてきた。

 現れたのは漆黒のローブを纏った女魔術師だ。見た目年齢は二十歳を超えたくらいだろうか。実年齢とかけ離れている場合もあると学習したばかりなのであくまで見た目の話であるが。

 そんなジアードの考察を補強するように、深い闇色の瞳は年不相応な憂いを帯びていて、ジアードの数倍は生きているのではないかと思わせる雰囲気をかもし出している。

 だが見た目と実年齢が同じというフアナの例をとってみれば、ただ疑心暗鬼に陥っているだけという可能性も――と堂々巡りな考えに陥った頃、女はすぐ近くで足を止めた。 

「お客さんってダウィだったのね。こんな所で何してるの? 入ってくればいいのに」

「評議会の誰かさんがわざわざ出迎えに来てくださって、ここから一歩も入るなっておっしゃったんだ」

「またあの子は――いいわよ、いらっしゃい」

 女はすっと背を向け、もと来た道を戻っていく。

 荷物を抱えなおしたダウィとタイがそれに続いた。ジアードも慌ててその後を追いかけた。


 魔術師の集落は、全体に茶色い印象でどれも木と土で出来ていた。これまで見てきた町や村に比べて建物が大きめなつくりなのは、師弟関係にある者が共同生活を営むためだという。二十人以上が一つの建物で寝起きする事もあるそうだ。

 普通の村と大きく違うのはすれ違う人の殆どがローブ姿な事だろう。

 集落のど真ん中で魔術を使う者はいないようだが、気のせいかどことなく空気が違うように感じられる。

 そんな集落を、好奇の視線を受けながら進むと正面に神殿のような建物が見えてきた。神殿と感じたのは完全に素材のせいだ。


 その建物は石造りなのだ。


 他の建物が周囲に豊富にある木材などを利用して作られているのに対し、明らかに手間や費用を掛けて造られたこの建物が特別な存在であることは一目で知れた。

 看板も旗も門柱も何も無いようなので、すぐ前を行くダウィに問う。

「あれはなんだ?」

「魔術師連盟本部だよ。

 中には魔術師連盟の意思決定機関である『評議会』の議場や中心人物の住居があるんだ」

「そこに行くのか?」

 何気ない言葉だったつもりだが、隣を歩くフアナがびくっと不自然に肩を揺らした。そして半泣きの表情でダウィを見上げる。

「い、行く……の?」

「行くんじゃないかなー?」

「えええっ!?」

 半泣きを通り越して目尻にうっすらと涙を浮かべながら訴えた。

「い、いきなりなんでそんな! 心の準備とかしてないよっ!?」

 縋りつくような目線にダウィも苦笑している。「大丈夫大丈夫」とおざなりな宥め方をしていたら、目線だけでなく実際に腕に縋りつかれたようだ。

 だが、ジアードからしたらフアナが取り乱す理由の方がさっぱりわからない。

「そんな大層な所なのか?」

「なんでジアードわかってないの!? 本部だよ!?」

「えーと……つまり?」

「魔術師の一番偉い人がいる所! 国で言うと女王様!」

「あー……王宮に行くようなもんだって言いたいのか」

 必死に首を縦に振るフアナを見て、ようやく理解が追いついた。

 ただの団体代表の居る場所だろうと思っていたが、魔術師の中では認識が違うらしい。以前からフアナの態度に感じていた事ではあるが、魔術師は「偉い人」に対して随分特別な意識を持っているようだ。

 だが魔術師でないダウィはいつも通り飄々としている。

 ジアードもフアナのように平伏すべきなのだろうか。それともダウィのように普通に振舞っていて良いのだろうか。


 そんな事を考えているうちに、案内の魔術師はその神殿のような建物へ続く階段の中ほどに立っていた。

 往生際の悪いフアナは今度はジアードの袖を引いて、なおも何か言い募っていたが、こんな所で置いていかれても困るのでジアードもフアナを引きずるように階段を登った。

 案内の魔術師は長い廊下を抜け、回廊を巡って建物の奥へと進む。

 最初のうちは大勢の集まる事のできるホールだとか会議室だとかが並んでいたが、回廊を抜けた辺りから様相が変わる。

 廊下に絨毯が敷き詰められていたり、窓にカーテンがつけられていたりと、どこか温かみがあるのだ。

 外観は神殿のようであったが、ここまで来ると貴族の屋敷のようだ。


「風……?」

 廊下の向こうを見てフアナがつぶやいた。

「ん? 吹いたか?」

 長年命のやり取りをする現場に居たため空気の流れには敏感なはずのジアードだが気がつかなかった。

「ううん。風そのものじゃなくて、あっちから風属性の魔力の匂いがする」

 突き当たりに一際大きな扉が見えた。

 それなりに距離があってよく見えないが、彫刻の凝らされた両開きの扉だ。

 かつてジアードが見たことのある物と比較するなら、それは神殿の入り口の扉か、貴族の屋敷の広間の扉か――王宮の深部へ続く扉。


 ごくりと喉を鳴らしたのはフアナだけではなかった。


2013.03.20 サブタイトル変更しました。

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