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乗り合いの馬車

「空……青いな……」


 ガタンゴトンと揺れる座席に背を預け、ジアードは全力で現実逃避中である。


 「依頼品」が内包していた魔力を放出し、ただの絵本となった事から、もう魔族に襲われる事はないだろうと、一行は乗合馬車を使う事になった。

 依頼人の待つロトガスという街までは一週間以上の道程だが、国境を越えてしまえば大きな街道を南下するだけ。行きの砂漠越えを思えば天国と地獄というほどの違いがある。

 なにせ街道だ。道沿いには宿場町が点々としているので、宿にも馬車の乗り継ぎにも不便が無い。飲料水も食料も気にしないで良い。夜はベッドで眠れる。温泉こそ無いが湯船のある宿も多い。


 そして、乗合馬車の旅というのも悪くない。

 値段が安いのは勿論だが、乗り合わせた他の乗客との会話は異国文化と触れ合う機会でもあり、意外と面白いのだ。

 大抵はフアナが話しかけられる。「おばあちゃんっ子だから年配の人には好かれるの」とは彼女の弁だ。

 先程も都会に住む孫に会いに行くという老夫婦から焼き菓子を貰って嬉しそうに頬張っていた。

 ダウィに話しかけてくるのは動物好きが多い。通路を塞ぐように丸くなったタイを撫でても良いかと尋ねてくる人達だ。元々犬らしからぬ犬ではあるけれど、子供にひっぱられてものしかかられても吼えないのは大したものだ。しかしそれもダウィ曰く「うちの子達で慣れてるからね」。随分やんちゃな子供がいるようだ。


 そしてジアードは――


「アニキ! アニキは傭兵なんスか!?」

 何故かやんちゃな雰囲気の青年にひっきりなしに話しかけられている。

「どうしてこうなった……」

 空を仰いだ。

 真っ黒な瞳に澄んだ青を映すのは、この半刻あまりの間で三度目だ。

 雪国を出発して八日。だいぶ南に来たからか、雪雲など一つも見当たらない青い空が続いている。

 頬に当る風が湿気ているのは海が近いからなのだそうだ。近いと言っても馬車で一日はかかるらしいが、大陸中央部にある故郷を思えばすぐそこと言っていい。

 などとまた現実から意識を遠ざけていたら、再び脇から声がする。

「ねえ、アニキぃ」

 前の町から同じ馬車に乗るこの青年は、ジアードの何が気に入ったのか先程からずっとこの調子なのだ。

 愛想の良いほうでは無いが無視のできるタイプでも無いジアードは仕方なしに返事をする。

「……お前弟じゃねえだろ」

「じゃあなんて呼べば良いんスか」

「あー……」

 馴れ馴れしいが悪い奴ではなさそうだ。名前くらいは良いかと口を開いた。

「俺の名前は――」

「ジアードだよ」

 思わぬ方から割り込む声があった。

「なんでお前が答えるんだよ!」

 そう言って睨みつけてもにこにこと笑っていられるのがダウィだ。

「だって、放っておけば苗字名乗ろうとするでしょ」

「いいじゃねえか」

「駄目。こっちでは『ジアード』」

「その呼び方、慣れねえんだよ」

「慣らす為に言ってるんだよ」

 そんな会話を聞いていた青年が目を輝かせる。

「なんか訳アリなんスね! かっこいい!」

「……かっこいい?」

 まったくもって意味がわからない。そもそも団長がそう呼ぶのを聞いて他の連中が真似しているだけなのだから訳アリってわけでもない。

 その説明をすべきか迷っているうちに、やたらと元気な青年が勢い込んで名乗った。

「俺の事はマヌって呼んでください!」

「マヌ」

 この地方の名前なのだろう。ジアードにはあまり聞きなれない響きだ。

「なんスか、アニキ!」

「だからそのアニキっていうのやめてくれ」

「じゃあ、ジアードさん!」

 その呼び方もむずがゆいが「アニキ」よりはだいぶマシだ。

 渋々そちらに目をやった。

 短く刈り込んだ焦げ茶色の髪に黒目がちな双眸。ぱっと見では十代の後半に見える。だが、沿岸部に住む民族はジアード達よりもだいぶ若く見えるから実際には二十代半ばだろうと読んだ。

「で、ジアードさんは傭兵なんスか!?」

「いや……違う」

 騎士だと答えられれば良いのだが、今の所首の皮一枚で繋がっている見習いだ。半年後に使えないと判断されればすぐにクビになる。

「じゃあ、その剣は?」

 確かに平和そのもののこの国で腰に剣を下げた者は少ない。訝しく思っても仕方が無いか。

「……元軍人だ」

「ああっ 確かにそんな感じっス! アスリア軍に居たんスか?」

「イーカル王国軍」

「イーカルって、あの!?」

 マヌは目を大きく見開いた。

 戦ばかりの国で評判が良くない事は知っているが、「あの」とはなんだ。

 言葉の先を促すとやはり想像通りの言葉が返って来た。

「ウォーゼル王国やサザニア帝国とやりあってる国っスよね!」

 ただ、その先が少しだけ違った。

「おかげで助かってるんス!」

「は?」


 ――助かってる?


 残虐な国と恐れられ、野蛮な民族と貶される事は珍しくない。

 だが「助かっている」とはなんだ。

 感謝しているという意味か。

 困惑を隠しきれずジアードはマヌの目をじっと見た。

 年若い彼はそれを睨まれたと感じたのだろう。

 しどろもどろになりながらその言葉の意味を説明しだした。

「いや、だから、イーカル王国がサザニア帝国と小競り合いを続ける事でサザニアの戦力を削いでいるから、この国に攻めてこなくなったって……」

 怯えた様子のマヌに同情したのだろう。ダウィがフォローするように口を開いた。

「そう。以前はサザニア帝国の侵略の手がちょくちょくこの国まで及んでいたんだけど、この数年はイーカルとの戦争にかかりきりですっかり大人しくなったんだ。君は良く知ってるね」

「し、師匠が教えてくれたんス!」

 胸を張ってから、マヌはちらちらとジアードの様子を窺いつつ困ったように告げた。

「で、でも……イーカルの新しい国王が戦を止めるって宣言したから、またこっちに侵攻してくるかもしれないって……」

「それも師匠さんが言っていたの?」

「はいっス! 師匠はロトガスの三国学問所で教鞭を取ってるすっげー人なんス!」

「じゃあ、マヌ君も三国学問所の学生さん?」

「いやー……それが、まだ。

 実は、故郷で師匠に『見所がある』って声を掛けてもらえたんで、来年の試験を受けるためにロトガスに向かう途中なんス」

 そこから滔々と師匠の素晴らしさを語るマヌを眺めながら、ジアードは先程の言葉を思い返していた。

「……イーカルが戦をしているから、助かったなんていう奴もいるんだな」

 戦なんて悪い印象しかなかったが、国境を三つも越えれば見方も変わるものだ。

 その国々を行き来していたダウィにはジアードの心中がわかったのだろう。

「マヌ君の言っている事は本当だよ。イーカルの戦争にはそういう側面もある」

「じゃあ、イーカルが戦争をやめたらこの国が危ないってのも?」

「まあ……そうだね。ジアードはサザニア帝国があちらこちらに手を伸ばす理由はわかる?」

「土地が痩せてて穀物が取れないからだろ?」

「うん。だから豊かな土地が欲しいんだ。

 長年狙われてきた場所はイーカル王国なら西部から北西部、それに北東部。他にヨシュア王国、ウォーゼル王国、アスリア=ソメイク国との国境地帯だね。

 でも、去年イーカル国王がヨシュア王女を王妃に迎えた事でイーカルとヨシュアは軍事的にも手を組んだ」

「手を出しにくくなったんだな。だから次からはウォーゼルやこの国に仕掛けてくるってことか」

「さあ……」

「違うのか?」

「イーカル国王はウォーゼルとも手を結ぼうとしてるみたいだよ」

 ダウィの言葉にマヌが顔色を変える。

「そ、それじゃあ、狙いはこの国だけってことになるじゃないっスか!」

 しかしダウィは首を横に振った。

「イーカルはこの国とも関わりがある。こちらから援軍を求めればイーカル国王はサザニアに兵を差し向けると思うよ。

 だから今、サザニア帝国はどこにも手を出せない状態だね。だけどそれじゃあ食料が足りなくなる」

「……どうするんだ?」

「追い詰められた飢えた狼は何をしでかすかわからないから怖いんだよねー」

 重苦しい空気を掻き壊すように、ダウィの足元でタイが大きな欠伸をした。


「ところで、ジアードさんたちはどこへ行くんスか?」

「魔術師の森」

「魔術師連盟の本部っスね! 魔術が使えるんスか?」

「いや、あいつが魔術師なんだ」

 指差してみれば、お菓子を頬張っていたはずのフアナは……長椅子に横たわって寝ていた。



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