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魔族の魔術

 国境の町に着いたのは夕方だった。

 一行が入国した直後に国境の門が閉められたのだから本当にギリギリだ。

「間に合ってよかったね。とりあえず宿探しかな。馬車も返しちゃったから急がないと野宿だ」

「えー。久しぶりのお風呂ー」

「この時期は混んでないから大丈夫だよ」

 フアナの不満の声を微笑みで包み、ダウィは大通りをまっすぐに進んだ。

 この街にも何度か来た事があるらしく、旅慣れないジアードとフアナはここでも道案内を彼に任せる事にしていた。


 灰色のレンガで建てられた家々を物珍しげに眺めるフアナを他所に、ジアードは後を振り返りながら気になっていた事を口にした。

「馬車は借りたとこで返すって訳じゃないんだな」

 すでに閉ざされた国境の向こうにはやはり旅人相手の町があり、そこで保証金と交換という形で貸し馬車を返却してきたのだ。

 それが不思議だった。

 軍の遠征以外で旅などした事が無いジアードには馬車を借りるという経験がなく、なんとなく借りた場所に返すのかと思っていたのだが――


「あの馬車の会社のある所ならどこでも返却できるよ。手数料が変わるから、借りた所で返すのが一番安くなるっていうくらい。

 このまま目的地まであの馬車で行っても良かったんだけど、あの馬達も疲れきってたからここから先をつれまわすのは酷過ぎると思ったんだ」

 確かに、水を満足に摂取できない砂漠を幌馬車を牽いて越えるのは相当な負担だったろう。

 明日改めて馬車を借りるという案には賛成だ。

「ところで、砂漠はここで終わりなのか?」

 ダウィは難しい顔で頷いた。

「砂漠は無いけど、砂漠より過酷かもしれないね」

「……砂漠より過酷?」

 そんな場所があるのかと問うと、温度を失った声がぽそりと告げる。

「この先は極寒の雪国だよ」

「雪? あの絵本の?」

「ああ……ジアードはまだ見た事ないのか」

 普段温和な表情を浮かべているだけに表情をなくしたダウィはそら恐ろしいものがあった。


「――寒いよ。凄く寒い。イーカルの砂漠の夜なんて比じゃないくらい」


 言葉を失った。

 絵本でみた暗い世界。圧倒的な白。

 それが現実に存在するのだろうか。

 魔族の話を聞いた時と同じ未知への恐怖がジアードを襲った。 

 だがその瞬間、フアナのあっけらかんとした声が緊張を打ち破った。

「『お前が寒がりなだけだ』ってタイが言ってる」

「タイは毛皮があるからだろ」

「『毛皮なんて無くたって北にも人間はいっぱい住んでる』だって」

「そりゃ、そこで生まれた人達は平気だろうけどさ。――北国生まれのタイだってそれでしょ。ほら、砂漠に居る時より生き生きしてる」

「そういえば、ダウィは南の方だっけ」

「うん。だから寒いのは苦手」

 ダウィは旅用のマントの前をかき合せた。

 ジアードの感覚では日が暮れて少し肌寒くなったかというくらいだったが、隣でフアナも首元にスカーフを巻きつけているので気温はだいぶ下がってきているのかもしれない。

「あたしもあんまり得意じゃないなあ」

「厚着していかないといけないね。上着とかは持ってる?」

「一応。だけどアレが売ってたらここで買って行こうと思ってて」

「アレ?」

「……毛糸のぱんつ」

 消え入るような声で答え、フアナは顔を赤くした。


「ジアードは上着も買っていった方がいいね。靴下とかも。まだ雪が積もっている時期じゃないとは思うけど、ブーツも滑り止めがついている防水のものに替えた方がいいかな」

「マントだけじゃ駄目なのか?」

「イーカルのは薄いからぜんぜん足りないと思うよ。

 この街は旅人相手に防寒着を売ってるお店が多いから探すならここだね」

「雪ってのはそんなに――」


「ジアード」


 緊張をはらんだ声でダウィが名を呼んだ。

 フアナもジアードの影に隠れるように移動しながら言った。

「タイが『結界だ』って言ってる」

 それは何かと問う前に、肌がぞわりと撫でられた。手の届く範囲にはフアナ以外誰も居ないのに確実に何かが触れていった。それも不快な触り方で。

「何か、いる」

 ダウィは目を細めてすぐ脇の路地の奥を睨んだ。

「……魔族」

 マントに身を包んではいるが、明らかにいびつなそれ。

 太い尻尾と首が不自然に長い所は船で見かけたトカゲ男に似ていなくも無いが、あいつよりも肩がいかり肩……か、両肩に巨大な瘤があるように見える。

「ジアード、ヤローからもらった剣でフアナを守れ。一匹じゃないかもしれないから油断するな」

「ああ」

「タイもフアナを」

 犬は黙ってフアナの足元に寄り添った。



 ダウィが一歩づつゆっくりと近づいて行くと、それは背を丸め、威嚇するように「フーッ」と息を吐いた。

 それを落ち着かせるように静かな声でダウィが語りかける。

「お前が何もしないなら危害を加えるつもりはない。俺達に何か用か?」

 それは、大きな口からどす黒い色の舌をだし、舌なめずりするとダウィに向かって走った。

 人ではありえないような速度。

 ダウィは突き出された右手をぎりぎりの所でかわした。

「早っ」

 退くと同時にダウィは剣を抜いた。

「……その剣……嫌なにおいがするぞ……」

 尻尾をびたんびたんと地面に撃ちつけながら、ソレが言った。意外にも明瞭な発音だった。

「人の言葉はわかるのか」

「オレは…人間……」

 鱗の生えた手が、ローブの袖からのぞく。指は五本あるようだが、かぎ爪のような爪は人間のそれではない。

 その爪が、ダウィの肩先へ振り下ろされる。

「――っぶね」

 距離を詰めるスピードは、獣のようだった。

 だが、ダウィの身のこなしも速かった。

 魔族の身体能力をすぐに把握し、同等のスピードで反撃に出た。

 爪と刃が数合打ち合わされた。

 ダウィの剣は長さのある両手剣。敵の間合いの外から攻撃する事が可能で、てこの原理と遠心力で強力な破壊力を発揮するという利点があるが、小回りが利かないという大きな難点を抱えているはずだ。

 だが、それを感じさせない程の切り返しの速さ。

 並みの筋力で出来る事ではない。

 危なげない剣捌きに魔族は次第に押されていった。


 最初にそれに気付いたのはフアナだった。

 小さな悲鳴でジアードもようやく気がついた。

「なんだ、あれ」

 追い詰められた魔族の右腕が青く燐光を放っていた。

 やがて光は右の掌に集まり――


「避けろ!」


 ジアードではない男の声が叫んだ。

 と、同時に光が爆ぜ、ダウィに向かって飛んでいく。

 ダウィは横に飛んでそれをかわした。


《凍てつけ!》


 再び先ほどの声が響き、それと同時にトカゲのような魔族は、メキメキと音を立てながら氷に覆われた。

 体勢を立て直したダウィが剣を構えなおし、それにつきたてる。

 剣を中心に無数のひびが入り、魔族は氷と共に砕け散った。



「悪い。助かったよ――ギル」

 ダウィが声を掛けたのは、ジアードたちの背後だった。

 路地の入り口に、マントで全身を覆った男が立っていた。

 男は片手をあげて応じ、ジアードの脇を早足で通り過ぎる。

 その時、右手が先程の魔族のように燐光を放っているのが見えた。

 すたすたとダウィに歩み寄ると、特に構える様子でもなく、男は右手をダウィのみぞおちへ添え――

 

 ――ドンッ!


 爆発音と共に、ダウィが吹き飛んだ。

「がっ――!」

 ダウィは壁に強く背中を打ちつけ地面に崩れ落ちる。

「ゲホッ、ゴホッ!」

「助かったよ、じゃない」

 怒りを隠さない口調で男が言った。

「いい加減にしろ! アレが直撃したらいくら頑丈なお前だってただじゃ済まない。連れが居る時はそれくらいの事、気を使え!」

「……そうだな」

 男は振り返り、タイを睨みつけた。

 宝石を埋め込んだかのように鮮やかな冷たい青い瞳だった。

「タイ、お前もだ。

 この馬鹿は魔力が見えないんだからお前がサポートしてやらなきゃならないのはわかってるだろ」

 タイは耳を下げ、尻尾を丸めた。

「俺が通りかからなかったらどうするつもりだったんだ、お前らは」


「――そういや、なんでここにいるんだ?」

 ようやく立ち上がったダウィが聞く。

「魔術師連盟に頼まれてサザニア帝国に向かう途中だ」

「あいつらお前を担ぎ出したのか」

「サザニアは普通の魔術師には危険すぎるって言われてな――で、コレもソレなのか?」

「たぶんね。本人は『俺は人間だ』って言ってたよ」

「ふうん……」

 男は魔族だった物の破片を足で蹴飛ばした。 

「すぐそこの店で飯を食ってたら結界の展開を感じたんで来たんだが、こいつに結界を作るような能力はなさそうだな」

「ってことは、他にもまだいる?」

 ダウィが周囲を見回した。

「いや……今はいない」

「そうか」

 安堵した顔で剣を仕舞い、ダウィは身支度を整えた。

 二人は旧知の間柄らしいので声をかけようとしたが、何故かフアナが袖を引いて止めた。

 尻尾を巻いて及び腰になったタイも距離を取ろうとしているようだ。

 いったい何者なんだとジアードは首をひねりながら二人の様子を窺った。


「お前ら、今日はどこへ泊まるんだ?」

 男は涼やかな声でダウィに問う。

「まだ決めてない」

「ウクバの森へ行くんだろ? そして俺はサザニアに向かう途中だ」

「途中までは一緒だな」

「俺の知ってる宿を紹介してやってもいい」

「助かる」

 信頼しきった笑みを浮かべ、ダウィは男の肩を叩いた。

「あ、でもその前に――」

「どこへ行く気だ?」

「国境の町だから軍の施設ぐらいあるんだろ」

「コレをわざわざ通報するのか?」

「本人が人間だと言っていた以上、彼が大陸法で保護される可能性がある。辺境騎士として無視するわけにはいかないよ。

 それに、自警団あたりが来て面倒な事になるよりは、さっさと軍と話しつけて来たほうが楽だしね」

「――そこの通りを越えて二つ目の角を右だ」

「さすが」

 親しげな距離で先に立って歩く二人の後を、ジアード達二人と一匹は少し遅れてついて行った。



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