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市壁の街

 遠目に小さな村だと思った町も、近くに来てみれば大きかった。

 いや、そう広くはないのだ。ただ、町を守る壁の高さがやたらと高い。

 これは母国でも国境沿いの町に時折見られる、戦に備えた城郭都市だ。壁のつくりも高さも今まで見てきたのと実はそう変わりはない。

 それなのにわざわざ「やたら」とつけるのには訳がある。

 この国ではもう数百年戦が起きていないと聞いているからだ。

 戦がないなら高い市壁は必要ないだろう。

 まあそう簡単に壊れるものでもないし、形だけ残ったという事もあるかと思っていたら――

「しっかり検問まであるんだな」

 辺境騎士であるジアードとダウィは指輪を見せるだけで通してもらえたが、フアナは旅券まで出さなければならなかったらしい。

「うーん……普段は普通に通れるんだけどね。これはひょっとしたら」

 ダウィは口ごもり、今入ってきたばかりの門を振り返った。

 門から連なる市壁の上には弓を持った兵士の姿がちらちらと見える。

 黒に近い濃紺の詰襟に白い刺繍。腕には黄色い腕章。初めて見る制服だが、色彩からアスリア=ソメイク国軍の物だと理解した。

 周囲に注意を払うその姿には、王都を守る兵よりも敵国との国境を守る兵に近い緊張感を感じる。


 ただ、気になるのは外ばかりを見ていないこと。


 ジアードの知る限り、前線を守る兵は空を仰いだり背後の町を眺めたりはしない。そういう事は戦の心配の無い時にするものだ。

 彼らの孕む張り詰めた空気と行動とが一致していない事が不思議でしょうがなかった。

 

「とりあえず宿を確保して荷物を置いてこよう」

 そうは言うが、ダウィの足が向かうのは町の中ではなく、町を守るべく作られた高い壁。

 市壁の途中にある望楼の入り口に向かっているようだ。

 こちらも発言と行動が一致していない。

「……宿ってあっちじゃないの?」

 ダウィの袖を引き、町の方を指したのはフアナだった。

 だが、ダウィはふんわりと笑って向けられた疑問を軽くいなす。

「中に騎士団支部があるんだ。支部っていっても常駐してるのは一人だけだけどね。

 ほら、この間も変なのに襲われたし、今日は安全第一でそこの空き部屋を借りようと思って」



 

 辺境騎士団の紋章が掲げられた部屋へ入ると、ヤローという名の騎士が出迎えた。年はジアードとそう変わらない、ぎりぎり青年の括りに入るくらいの男だった。

 目をひいたのはその髪型。肩より長い黒髪を細かく編みこみ後ろで一つにまとめている。男は短髪が当たり前と思っていたジアードにとっては珍しいものだった。

 ヤローはダウィと軽い挨拶を交わし、初対面の二人にも親しみやすい笑顔を向ける。

 

「お前が警護なんて珍しいな」

 ダウィがざっと状況を説明して男が最初に口にしたのはそんな言葉。

 二人は旧知の間らしく、ダウィも気軽な調子で言葉を返す。

「今回は気が向いたからね。ヤローは今一人? 誰も来てないんだ?」

「先週まで長老が来てたが、今は俺だけだな。誰か寄越してくれよ。退屈だ」

「こんな辺境、誰も来たがらないよ」

「やたらよく当たる弓使い居ただろ。あいつが欲しい」

「エンシオ? 無理だよ。根性無しだから絶対嫌がるって」

「まあ俺もここが故郷じゃなきゃさっさと異動願い出すとこだ」

 ヤローが肩を竦めると、突然現れた小さな手がヤローの後頭部を叩いた。

「あたしが毎日来てあげてるのにそういうこといわないー!」

「いってえな。お前じゃ仕事代わって休暇をとることもできねえだろ」

 ヤローの背後から顔を出したのは、小さな――背が低いという意味だけではなく、本当に小さな女の子。

 おそらく七、八歳。ぷっくりと膨らんだ頬は十歳にはなっていない。サイドだけ編みこんだ赤毛に赤みがかった茶色の瞳をもつ可愛らしい少女だった。

「運び屋が来てるっていうから見に来たの」

 睨み付けるヤローを無視して少女はフアナに飛びついた。

 そして、フアナが成すがままになっているのをいいことに頬を擦り付けていた。

「ほっぺつるつる~っ! 可愛い~っ!」

 頬ばかりか髪や耳などもぺたぺたと触っては歓声を上げている。

 ジアードが「何だあれは」という顔で目をやると、ようやくヤローが少女に注意を促した。

「ヘナ」

 名前を呼ばれてはっと我に返った少女はフアナから身をはがした。

「あたし、この町に派遣されてる魔術師連盟のヘナ。よろしくね」

「運び屋のフアナです」

 二人は極普通に挨拶を交わす。

 だが、これはなんだかおかしいだろう。

 ジアードは疑問をそのまま口にした。

「子供が?」

「一人前よ」

 むっとした顔でヘナがジアードを睨む。

「魔術師の価値は実力で決まるの! 年齢とか見た目は関係ないわ!」

 後ろで「そうだそうだ」とフアナが言うので、おとなしく頭を下げた。

「……すまん」

 だが、その年で一人前だと言われても釈然としない。

 魔術師の常識はそうなのかもしれないが、他の職業だったら、どんな仕事でも半人前どころか見習いにもなれないだろう。


 ――それ以前に、今この子は「派遣されてる」って言ってなかったか?


 まだ親元を離れる年じゃない。

 この国の法律に両親が未成年を保護する義務とかそういうのは無いのだろうか。

 疑問ばかりが浮かぶ。


 睨みながら表情をうかがっていたらしいヘナは、不意に視線を外すと溜息交じりにつぶやいた。

「ジアードっていう名前は鬼門ね」

「俺の名前――」

 魔術で察知したのかと一瞬思ったが、違うらしい。

「あたしずっと裏で聞いていたの。さっき名乗ってたじゃない。あなたの名前ジアードっていうんでしょ? お陰で、ここに来るジアードって名前の人には必ず子供扱いされるっていうジンクスができたわ。

 ――でもあんまりジアードっぽい顔じゃないわね」

 ヘナはちょこんと首を傾げた。

「あなた、イーカル人?」

「あ、ああ」

 何が言いたいのかと困惑するジアードを見て、助け舟を出したのはヤローだった。

「ヘナ」

 また名前だけで少女が大人しくなる。この騎士は余程この子を手懐けているらしい。

「ああ、ごめんね。

 ここに来たイーカル人は皆ジアードって名前だったの。でも、他の人とはちょっと顔が違うみたいだから」

「生まれはヨシュアだ」

「ヨシュア王国? へー。あっちにもジアードって名前いるのね」

「英雄の名前だから、イーカルでもヨシュアでもサザニアでも、あのあたりじゃよくいる」

「その英雄って、リ・ホーネが連れてきたジアードの事でしょ?」

「リ・ホーネ?」

 少女は年の割りに弁が立つが、言いたい事はさっぱりわからない。

 いや、こちらの反応を無視して自分の話を進める所がある意味子供らしいといえなくも無いが……

 返事に困っていると、今度の助け舟はダウィだった。

「四百年前に、リ・ホーネというアスリア人がジアードというイーカル人をこの街に連れてきたんだ。魔族を切れる剣を作りたいっていってね。ヘナの言ってるのはそのことだよ。

 ジアードは望みどおりの剣を手に故郷に帰り、リ・ホーネと共に魔族と戦って大陸中央部を守った。

 それから大陸中央部では男の子にジアードっていう名前をつける事が多くなったっていう話」

 その説明でようやくジアードにも理解ができた。

 ようは彼の名前の由来になった英雄の話だ。

 そして魔族を切れる剣というのは、ここで取れるという特殊な鉱石を使った剣の事で――

「あの昔話に出てくるジアードの剣もこの短剣と同じ素材で出来てたんだな」

「リ・ホーネの槍もね」

 ヘナが注釈をいれた。

 だが、英雄ジアードは知っていてもそちらの名前には聞き覚えが無い。

 こういう時頼りになるのはやはり博識なダウィだろう。目で助けを求めると、彼はくすくすと笑いながら言った。

「リ・ホーネをイーカル語風に発音してごらんよ」

「ええと――レ・オーナ?」

「それが訛ったんだろうね。ジアードも知ってるはずだよ。レオナ・バルディッヒ候爵」

「ああ! ジアードの片腕だったっていう」

 そちらの名なら聞いたことがあった。

 ジアードほどの人気は無いが、やはり英雄として慕われていて、候爵領のあったイーカル西部から北部に掛けてちらほら見かける名前だ。

 だがその英雄の名を小さな少女魔術師は忌々しそうに口にする。

「そうそう。バルディッヒとかいう家。リ・ホーネったら、あんだけこっちで持ち上げられてたのにあっさり中央部に引っ越してって婿養子になんてなったのよね」

 ヘナの意味不明な言葉を通訳するのはすっかりダウィの役目になっていた。

「リ・ホーネっていうのは『聖槍』って意味のあだ名でね。聖戦の時には海の民の急先鋒として期待されてたんだ。

 だけど、ジアードに紹介された向こうの公爵の娘に惚れて婿養子になっちゃったものだから、肝心の戦いの時にこっちに居なかった。それでヘナは彼のことが嫌いなんだよ。

 まあ、そのお陰で彼は大陸中央部の英雄になったわけなんだけどね」

「義理に欠ける男」

「彼は留守にしてる間に家族が殺されるかもしれない事の方が納得できなかったんだろうと思うよ」

「ダウィだったらそうしない」

「さあ、どうだろう。俺は当事者じゃないから『結果よければ全てよし』って思っちゃうんだよね」

 ダウィは話を切り上げると、隣に居たジアードの肩を叩き、ヤローを見た。 

「そんなわけで、英雄のジアードも使っていた剣の材料を掘っている所をこっちのジアードにも見せてあげたいんだ」

 特殊な剣の材料となる鉱石と、自分の名前にもなっている英雄の関わる場所。ジアードも興味をそそられた。

 だが……

「それがなあ」

 ヤローは難しい顔をして黙り込む。その横でヘナが手で大きくバツ印を作ってみせた。

「今坑道は公開できないのー」

「なんで?」

「魔力放出中でーす。中毒になるから近寄っちゃだめー」

「――で、採掘も中断してんだ。坑道もなきゃこんな街食って寝るくらいしかできねえんだよな」

 首を振るヤローを見て、ダウィが得心したように頷いた。

「それで厳戒態勢なんだ」

「魔族が沸くからな」

 いきなり魔族ときた。

 フアナもそれで納得しているようだが、ジアードにはさっぱり展開が読めない。 

「魔族ってどういう事だ?」

 聞いてみると、ヘナが三つ編みにしたサイドの髪をくるくる弄びながら話し出した。

「うんとねー。ここで破魔石が採れるのは知ってるでしょ?」

「ハマイシ……ああ。この短剣の材料になるっていう石だな」

「そうそう。その石が採れる鉱脈の周囲には魔力が充満しててね。時々噴出してくるの」

 その話を聞いて、以前読んだ本を思い出した。

「有毒ガスみたいなもんか」

 地誌の本に、特産のイーカルグリーンという鉱石を掘り出す時に極稀に有毒ガスが発生して大事故になると書いてあった。

「そうね。魔力も有毒ガスと一緒で目には見えないけど中毒を起こすの。

 特異体質なダウィなら平気だろうけど、普通の人だったらまず魔力酔いをするわね。濃密な魔力を一気に吸うと魔力の暴走が原因で死んじゃう事もあるわ。

 そうならないように、魔術師連盟から派遣されたあたしが結界を使って少しづつ大気に流していくんだけどね。無毒になるまで一ヶ月くらいかかるわ」

「あー……毒になりうるものが出てくるから立ち入り禁止、という事はわかった。でもなんでそこで魔族が沸くって話になるんだ?」

 そこがいまひとつわからない。

 そういうと、ヤローが椅子から立ち上がり上着をひっかけながら答えた。

「魔力に吸い寄せられて飛んで来る奴がいるんだ。砂糖水につられてくるアリみたいな奴だな。ザコばかりだから兵士や俺がこうして見回ってんだけど。

 もう放出される魔力もだいぶ薄くなったから上からなら坑道を見学できるぜ。いくか?」

「上?」

「市壁の上だ」

 ヤローが矢筒を背負い、左手に弓を持つと、ヘナは当然のような顔をしてその首に抱きついた。

 



「門があるでしょ。あれがさっき入ってきた所」

 市壁に登るとすぐヘナが町の案内を始めた。


 ――ヤローに抱きかかえられながら。


 顔はまったく似ていないが、まるで親子のような雰囲気だった。

 おそらく普段からそうしているのだろう。ヤローは何一つ文句を言わない。

 子供と言ってもその年じゃそれなりに重いだろうに。

「入ってすぐのところが旅人相手の宿とか商店で、奥に行くにつれてこの町の住人向けのお店が増えていくかんじね」

 五階建てほどの高さのある市壁から見下ろす平屋ばかりの町は作り物のようだった。

 密度は高いが広くは無いこの町には、坑道以外特に観光名所も無いらしい。ざっくりとした説明だけで町の説明が終わってしまう。

 建物と建物の間の狭い路地を行き交う人々を眺めながら五人はぞろぞろと市壁の上を奥へと進んだ。


 一本だけ大通りがあるように思われた。

 町を横断するようにまっすぐ建物の途切れる場所があるのだ。

 あれが目抜き通りだろうと踏んでいたのだが、近づくにつれどうやら違うらしい事がわかってきた。

「あれはなんだ? 堀?」

 知っているものに準えて言ってみたものの、違うだろうとは思っていた。

 なぜなら、堀は町の外にあるもので中にあるものではないからだ。しかし人の背より深い溝はそれ以外の何物にも見えない。

 首を傾げているとダウィが何でも無い事のように頷いた。

「うん。堀の奥は鉱夫やその家族が住んでいる所で、そこに入るにはあの橋を渡る以外の道はない」

「兵士が立ってるな」

「興味本位で坑道に近づかれると危ないからああして立ってるんだ。

 よっぽど不審じゃなきゃ声を掛けられる事もないけど、面白半分で見に行こうって人は兵士がいるだけで引き返して行くからね。

 ほら、奥にももう一つ堀がある」

「あっちは今通行止めだ」

 ヤローが言った。指差す先には橋があり、二人の兵が立っている。二つ目の堀の向こうに有毒ガス――いや、魔力の充満する坑道があるから人々が立ち入らないようにしているのだそうだ。

 そして堀と橋の向こうにはぽっかりと空いた巨大な縦穴。

「坑道の入り口が見えてきたよ」

「縦に掘ってんだな」

 ジアードの知る坑道は崖のような所に開いた横穴を入っていく形だった。

「あれを下まで降りたら横穴もあるよ」

「全然見えねえ」

 横から見ているという角度のせいもあるが、それ以上に深すぎて底がわからない穴だった。

 

 

 ――ピィィィィィ!


 突然笛の音が響いた。

 元軍人のジアードは無意識に手を腰の剣に延ばし、フアナは抱えた荷物を守るように手を添えた。

 周囲を見回したダウィが空を指差す。

「上!」

 ヘナを下ろしたヤローが黙って矢を番える。

 鳥が飛んでいるのかと思った。

 だが、それにしては羽ばたき方がおかしい。それに随分大きいような気がする。

 よく見るとその羽は鳥というより蝙蝠だ。

 もしやと思ってフアナを見ると、彼女も気がついたらしい。

「あ、あれ! 私のバック持ってった奴!」

 フアナの声とヤローが引き絞った矢を離すのは同時だった。

 こちらへ向かってくる異形の生き物に吸い込まれるように矢が命中した。

「拾ってくる。鏃も回収しねえと」

 ヤローは近くに設置された縄梯子を下ろして市壁の外へ――ぴくりとも動かなくなったソレを拾いに行った。


「変な奴」

 胸に矢を受けたソレを引きずりながらヤローは戻ってきた。

 尻尾を握ってぶらぶらとゆするのをダウィが止め、小さなヘナではなくフアナの目から遠ざけるように体を割り込ませた。

「女の子に無闇に死体を見せるんじゃない」

「トカゲみたいなもんだろ」

 確かにだらりと力を失ったそれは一見すると羽の生えた巨大なトカゲだった。

 爬虫類特有のがさがさした皮膚の割に羽の皮膜がつやつやしているのが不思議な感じがする。

 ジアードにとって未知の生物である事は確かだが、それが魔族なのかというと――ちょっとよくわからなかった。

 話に聞いていたほどおどろおどろしい物ではなく、そういう動物なのだと言われれば納得できそうな外見だった。

 興味に駆られて触れてみると、まだ温かい。


 ――温かい?


 トカゲは冷たい血を持つ動物だと聞いた事がある気がするが……そうか、それが魔族であり普通の動物でないという事なのだろう。

 今度は羽を広げてみようとしたところで、ダウィの影からおそるおそるフアナが顔を出した。

「それ……魔族なの? 竜種なの?」

 フアナの問いに答えたのは匂いが嫌だと鼻をつまんだヘナだった。

「魔族よ。竜はもっと美しいわ」

 その違いがよくわからないので聞いてみると、竜というのは犬や猫または人のように「竜」という種類の生き物があるのだそうだ。

 人以上に賢く、また強力な魔術を扱うので畏怖の対象となる事もあるが、あくまで人や犬猫と同じ、大神の創造した生き物の一つなのだという。そして魔族というのは大神ではなく魔神の創り出した魔神の眷属で、大神の創り出した他の動物たちとは一線を画すものであるらしい。

「それにしてもなんか変な魔族だね」

 ダウィが羽をひっぱった。

 汚らわしいものでも見るような目で見ていたヘナも、反対側の羽を爪の先で引っ張りながら観察をはじめた。

「そうね。こういうのは見たことない。一応セガルに連絡しておくわ」

 真面目な顔で考え込む横顔は、年齢よりずっと落ち着いて見えた。




 次の日の朝。

 別れ際にヤローから予備の剣を貰った。正確には短剣と交換してもらった。

 ヤロー自身は普段弓矢を使っているので、長剣は持っていてもまず使わないのだそうだ。

 軽く振ってみると、普段使う剣より随分軽いがバランスが良いので取り回しが楽だ。礼を言っていつもの剣の代わりに腰に下げた。


 馬車を止めている所まで送ってくれるというヤローと共に望楼を下る。

 今日ヤローはヘナを抱いていない。その代わり彼女はダウィにしっかりとひっついていた。

「ねー、髪の毛伸ばさないのー?」

 ダウィの背中におぶわれたヘナが金の髪をひっぱりながら聞いた。 

「長いと何かと面倒だからね」

「せっかく綺麗なのにもったいなーい」

「切るのが面倒になったら伸ばすよ」

「ヤローみたいに編み編みしようよ」

「それこそ面倒臭いよ」

 先を歩くヤローは今日も細かな編みこみを施した髪を首の後で括っていた。

 あれはこの地域の伝統的な髪型らしく、この町に居住する人々は皆そのような頭をしている。

 さすがに毎朝編みなおすとも思えないが、確かにダウィの言うように面倒くさそうな髪型だ。

 ジアードが短く刈り込んだ自分の頭を撫でていると、ヘナの不満そうな声が聞こえてきた。

「似合ってたのにー」

「そういう古い話を持ち出さないで」

 ダウィが心底嫌そうな顔をした。

 珍しい表情だったので、ジアードもからかうように口を挟んだ。

「なんだ、お前もああいうのやってたのか」

「初めてここに来た時無理矢理やられたんだよ」

「お前もヤローみたいに長かったのか」

「あー……」

 ダウィが口ごもるとヘナが意外な事を口にした。

「ヤローよりずっと長かったよね。これくらい?」

 手で示したのは背中の真ん中より下……ほぼ腰に近いあたりだった。

「随分前のことだよ」

 当時住んでいた所ではそれが普通だったのだと言い訳のように口にした。

 

 馬車に辿り着いたとき、一晩中荷物番を押し付けられていたタイが不機嫌な声で唸り、フアナがそれを必死に宥めるという光景が繰り広げられたのはまた別の話。





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