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証の短剣

 彷徨い人の村を出て今日で何日目だったか。

 暇を持て余したジアードが空を眺め、タイと会話するフアナの声が独り言のように聞こえてくるのもすっかり日常だ。

 しかし、ダウィだけは――あれからずっと、何かを考えているようだった。

 

 行く先に巨大な人工物が見えてきて、あれが次の村かと思い始めた頃だった。

 手元ばかりを見ていたダウィがおもむろに顔を上げ、後ろを振り返った。

「ジアード」

 名前を呼ぶ声は硬かった。

 フアナまでが口を閉じ、タイは自分と同じ色をした主の目をじっと見つめた。 

「短剣持ってるよね」

 一瞬何を言っているのかわからなかった。

 ジアードは慌てて記憶を探り、鞄の中に入れっぱなしになっていたそれを思い出す。

 この旅に出る前に地人と呼ばれる種族の小さな男から渡された短剣だ。

 辺境騎士団の紋章入りで身分証明にも使えるとかなんとか言っていたが、人に会う機会も無いから使う用途もなく、ずっと荷物の一番下に入っていた。

 それをダウィに渡すと、鞘を払って中身を確認している。

 柄に紋章が入っている事を除けば何の変哲もない短剣だ。

「これで戦える?」

 首を横に振った。間合いが違いすぎる。ジアードが使えるのは片手剣だけだ。

「身分証明みたいなもんって言ってなかったっけか」

「いや――これは素材が違うんだ」

 ダウィは短剣を鞘に戻す事なくジアードに返した。

 素材と言われたのでそっと刀身に触れてみる。


 金属の感触じゃ、無い。


 いや、指を滑らせた感触は完全に金属だ。

 あの体温を奪うようなひやりとした感覚もある。

 なのになぜか――動物に触れたときのような温かさが指先から伝わってくる。


 冷たいのに、温かい。


「……なんだこれ」

 ジアードは思わず呟いた。

 後から覗き込んだフアナが小声でタイに話しかける。

「魔力の匂いがするよね。あれってハマイシ?」

 相変わらず犬の言葉は聞こえないが、どうやらフアナとタイはこの妙な短剣について小難しい会話を始めたようだ。

 魔術の話はどうせ理解できないのでそちらは無視してダウィに視線で問う。

「どこから話そうか」

 金色の目を中空に巡らせてから、ダウィは傍らに置いてあった自分の剣を手に取った。

「俺は両手剣しか持ってないんだよね」

 長い指先で柄に刻まれた辺境騎士団の紋章を撫で、ジアードにそれを渡した。

「ジアードはこれ使える?」

「おっと」

 何気なく受け取って、あやうく取り落としそうになった。

 両手剣なので多少重い事もあるかと思ったが、これはジアードの普段使う片手剣の二倍以上の重量がある。長い分バランスも取りづらいのでとてもじゃないが片手で扱えるものではなかった。


 ――それを今ダウィは左手でひょいと渡したような気がするが、さすがに気のせいだろう。


「ああ、こりゃ無理だ。片手じゃ振れねえ」

「両手剣は使えない?」

「使った事がねえな。

 盾を使わねえ戦い方は知らねえからよ。これと比べりゃ短剣のほうがマシだな」

 そうか、と言ってダウィは空を仰いだ。

「こんな事なら無理言ってでも片手剣を用意するべきだったな」

「?」

「この剣の素材はね、物凄く丈夫でしなやかな剣が作れるんだ」

「刃こぼれがしないとか切れ味がいいとかそういう意味か」

「そういうのもあるけどね。

 鉄の剣じゃ切れない相手も切れる――ってところかな」

 その言葉に嫌な予感を覚えつつ、どういう意味かと問う。

「魔族なんかだと、表面が異常に固いやつがいてね。普通の剣で切りつけると剣が折れちゃうんだ。

 この間、彷徨い人の村に現れたのも多分そうだね。異形な奴ほど固い傾向にあると思っていい」


 ――ああ。やっぱり。

 

 この間のアレと戦う事になりそうなんだなとジアードは理解した。

 最初にフアナが襲われたのが偶然だったとしても、あんな妙な奴が二回も現れるのはつけられてるって事だ。目的を達成していない以上、また現れる事もあるだろう。


 だが、ダウィの話はここで終わらなかった。

「タチが悪いのは人型に近い魔族だ。そういうのは高位の奴でね。

 頭が良くて魔術を使う。それだけでも鬱陶しいのに、たいていの奴が異常な再生能力を持ってる。切った端から傷を修復してくんだ。切りが無い。

 その再生能力を無効化できる唯一つの鉱石で作られた剣が、その辺境騎士団の剣なんだ」

 ジアードは短剣の鞘を握り締めた。

「その剣でなら、魔王以外のどんな魔族でも修復できない傷を与える事ができるし、鎧のような皮膚をもった奴でも切りつけることができる」

 少し考えてから頷いた。

「――すげえ金属なんだな」


 そんな話をしている間も背後からはフアナの『独り言』が聞こえてくる。

 なんとかかんとか理論とか専門用語らしい単語が聞こえるが、どうやらタイとこの剣に使われている鉱石について論じているらしい。もしかしたらタイも気を利かせてフアナの喜びそうな会話を選んでいるのかもしれない。

 ジアードは唇の片端だけを歪めて笑った。

 同じ表情を作って見せてから、ダウィは視線を外に向けた。

「その金属の原料はそこで採れるんだ」

「さっきからうっすら見えるあの集落か?」

「一応この砂漠最大の街なんだけどね」

 ダウィは苦笑した。

 規模は大きくないが、こんな何も無い場所にある町と考えれば確かに相当な大きさかもしれない。

「そろそろジアードにも見えないかな」

 目を凝らすと、高い砂色の市壁が見えてきた。

 あれは……街というより……


「――要塞」


 その単語が一番合う。

「まさにそれだね。あそこはアスリア=ソメイク国の軍人が守ってるし、辺境騎士団や魔術師連盟も常駐してるんだ」

 国境からも遠い砂漠のど真ん中にそこまでして守らなければならないものがあるというのか――と思ってようやく気がついた。


「その鉱石ってのは、そんなに価値があるものなのか」

「うん。ここでしか取れないし、輸出入も厳しく制限されてる」

 ダウィはジアードの持つ短剣を指差した。 

「それが辺境騎士団の証のように言われてるのは、その鉱石で作った剣を使っているのが辺境騎士団だけだからなんだ」

「そういや、騎士団の証はこの指輪って言われたもんな」

 身元を証明するために指輪を見せろとは言われたけれど、剣を出せと教わった事は無い。

 そう言うとダウィは何故か面倒くさそうな口調で言った。

「辺境騎士団は一度もこの剣を騎士団の証だなんて言った事ないはずなんだけどね」

「それで、そんな凄え剣をどうして独り占めできてるんだ?」

「独り占めはしてないよ。輸出入や売買も制限はされているけど禁止されていないし、使用されていないってだけで、大陸東岸の国では各国の軍に必ず配備されてる。

 それに剣以外の形でなら、魔術師たちが杖にもしてるかな」

「軍じゃ持ってるのに使わないのか」

「その理由は二つ。まず素材が高い上あまり手に入らない。もう一つの理由は鉱石の加工が難しい。

 魔族の力を無効化できるだけあって、この鉱石は魔力を内包しているんだよ。だから取り扱いに物凄い技術と能力が必要になるんだ。

 ほら、その短剣をくれた地人の親方を覚えてる? 今、その鉱石を剣にまで加工できるのは彼くらいしか居ない」

 ジアードの事を熊だ熊だと連呼していた小さな男の姿が脳裏をよぎる。

「あいつ凄いんだな」

「彼は天才だよ」

 ダウィはいつもの笑顔を見せた。

「まあ、そんな訳でこの剣が一般に普及してないのは、人や獣を切るためにはコストがかかりすぎだって事だね。

 素材の値段と加工料なんかを考えたら鉄の剣を使い捨てた方がはるかに安いから」

「なるほど」

「でも辺境騎士団も魔術師たちも、魔族と戦う事がそれなりにあるからね。身を守るためにはコスト云々言ってられないんだ」

 さらりとそんな事を言うので、ジアードは身を硬くした。

「そんなにあるのか」


 ――魔族と戦う事が。


 まだ一度遠目に見ただけだけれど、戦ってみたいとは思えない。

 ダウィはちらりとダウィに目をやり、道の先に見える市壁を見ながら言った。 

「勤務地次第」

「お前は戦ったことが――あるんだろうな」

 確信を籠めていうと、自嘲するように笑った。

「両手両足じゃ数え切れないくらいかな」


 ガラゴロと車輪の転がる音がしばらく続いた。

 後ではまだフアナとタイが話をしている気配がある。

 けれどもう、魔術論議ではないようだ。

 何を話しているのかはわからないが、この数日、一人と一匹の会話は時々冗談を交えた友人同士のそれのようになってきている。


 じっと手綱を見つめていたダウィが再び口を開いたのは、随分経ってからだった。  

「……この間みたいなことがまたあったら、ジアードも戦う事になるだろうから、覚えておいて」

 振り返ったのは、いつもの笑顔では無かった。

「魔族が目の前に居たら、例え使いづらくても、普通の剣じゃなくてその短剣で戦うんだ」

 この男にしては珍しい真剣な目を受け止めて、ジアードは短剣をベルトに挟んだ。

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