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はじまりの絵本

 (前略)


 ぼくはもうかえらなくちゃ


 まっしろがくる


 ともだちはいいました


 まっしろがきたらどうなるの?


 せかいがまっしろになるんだ


 ぼくはまっしろのことはしりません

 だけどともだちがかなしそうにするから

 それがすごくいやなものだということはわかりました


 きみはどこへいくの?


 まっくろのせかいにかえるよ


 またあえる?


 まっしろがかえったらね でもきみはもういないかもしれない


 なんで?


 きみにはりっぱなあしがある りっぱなつのがある

 どこへでもいけるし どこでもいきていけるじゃないか




 なかないで


 ともだちのしるしにこれをあげるよ――




 (後略)





「変わった絵本……でございますね」

 執事は私と同じ感想を抱いた。

「これがあの有名な画家の遺作でございますか……確かに絵は薄ら寒さを感じるほど美しいと存じます」

「しかしオチがない」


 最初は一頭の小鹿が森の中で「ともだち」と出会う。

 細かな筆致で描かれた森は美しいとしか言いようがない。

 広葉樹が枝を交わす様も、落ち葉で満たされた鹿の隠れ家も、苔生した倒木も――匂いや音まで錯覚できるほど写実的だった。


 しかし、二枚目の絵で「ともだち」が別れを告げると三枚目から一気に画風が変わる。


 いや、そこに描かれた鹿の姿だけは変わらず写実的だ。

 しかし背景は白で塗りつぶされていた。

 「真っ白な世界」の中、さ迷う小鹿は四枚目、五枚目と成長していき、立派な角を持った牡鹿となる。

 そして変わらず白く塗りつぶされた紙の中を狂ったように走り回る……


 何かを探しているようだった。


 それはおそらく「ともだちのしるし」。

 添えられた文章の中で失くしたとされる宝物だ。


 しかしそれは明言されていない。 

 ただ牡鹿が白い世界の中で立ちすくみ、飲み込まれるように消えていく……そんな絵で終わっている。


 その宝物もしくは「ともだちのしるし」がなんだったのか、そして見つかったのか見つからなかったのかそれすら描かれていない。


 これは百年は昔の画家の「直筆絵本」だ。

 大作ばかりを遺したこの画家の作品の中で、絵本はこの一冊だけ。

 それだけで価値は計り知れない。


 なのにこの本を私ごとき若輩者が手に入れられたのは、これが「呪いの絵本」と言われているからに他ならない。


 せっかく手に入れた者もその呪いのせいですぐに手放してしまうのだそうだ。

「今晩私は悪夢を見るのだそうだよ」

「は――?」

「この本を手に入れた者は必ず悪夢を見るのだそうだ。この鹿のように地面も空も無い真っ白な場所をさ迷うのだと。

 そして眼が覚めると部屋中がめちゃくちゃになっている――この本を除いてな」

 

 精神にも干渉できる魔物が取り付いていて夜な夜な這い出てくるのだろうか。


 そう判断してこの本が手元に届くのにあわせて魔術師を呼んである。

 老婆ではあるが、封印の腕はこの国一だと紹介を頼んだ魔術師連盟の者が言っていた。そろそろこのホテルに到着するはずだ。

「そのソユーという名の魔術師が着いたらこの本を処理してもらう」

 長年付き従ってくれている執事はそれだけ聞いて全てを了解したように礼をした。

「畏まりました」

 これで魔術師は到着したら私の元へ速やかに案内され、執事の淹れた茶を飲みながら、仕事の依頼と契約を滞りなく行う事ができるだろう。

 魔術師の都合さえ合えば今日中にも封印はなされると踏んでいる。


「今日中にそれが終わるなら、明日の朝にはここを発って国へ戻るぞ。さすがに仕事を溜めすぎた」

「三ヶ月の休暇などこの十年は無かった事でございますから」

「おいおい。休んでばかりではなかったぞ? ちゃんと国際会議やら学会やら出席したじゃないか。それに――」

 反論したその時、遠慮がちに扉がノックされた。

 ホテルマンが待ち侘びた魔術師の到着を告げる。

 私は執事に目で合図をし、案内するよう申し付ける。

 

 そして現れた老婆が告げたのは、この本はこのまま持ち帰らない方が良いという、私の意思にそぐわぬ言葉だった――





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