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第二章 鼠と『鴉』 2


   2


「うわあぁ、すげえ!」

 薫子は曙学園高校の正門前でその姿を見ると、思わず感嘆の声を漏らした。

 鳳凰院の里にも学校はとうぜんあったが、生徒数はすくなく、小さな学校だった。しかも同世代の子供は女子しかいなかったため、実質女子校と同じだった。

 だが目の前にあるのは、まるでテレビの学園ドラマに出てきそうなマンモス学校。歴史を感じさせる古びた煉瓦張りの外壁を持つ校舎が正面にど~んとそびえたち、巨大な体育館や五十メートルプールがその脇に建っている。なにより異常な数の生徒たちがつぎつぎと校門を通り、中に入っていくことが薫子を圧倒した。中でもネクタイを締めたブレザー姿の男子生徒たちが目を引く。なにしろ免疫がない。

 さらに自分自身の格好にも少し興奮していた。チェックのミニスカートはおしゃれだし、これだけ男がたくさんいる場所で履くのは、ちょっとスリリングだ。ライトブルーのブレザーと真っ赤なリボンも都会的で気に入っている。

 なんか通り過ぎる男子が、少しにやけ顔で薫子にちらちら視線を送っている気がする。『千年桜』を持っていないので、霊体の動きはわからないが、どうせいやらしい目で見ているにちがいない。

 ただなぜか嫌悪感はなかった。むしろ恥ずかしさと、ちょっとだけ嬉しさを感じてしまう。

 ひょっとしてあたしってイケてるのかも?

 なにしろ今まで育った環境の特殊さで、女にはめっぽうもてたが、男にもてた経験はない。

 女の子でもときおり薫子の視線を送る者がいる。もっとも、たんに見慣れない女が突っ立っていると思っているだけかもしれない。女生徒たちは必ずしも鳳凰院の里の子より可愛いとはいいきれないが、どこかあか抜けている。さらに見かけとは裏腹に日々の鍛錬で逞しく育った鳳凰院の女たちと違って、みるからに華奢だ。まあ、そっちの方が普通なのだろう。

 とにかくいつまでも馬鹿みたいに校門前でつっ立っているわけにはいかなかった。薫子は流れに身を任せ、自分も学校の敷地に足を踏み入れるとそのまま職員室に向かう。場所は学校案内書に書いてあるから知っていた。

 階段を上るとき、スカートが短いのが気になってしょうがない。男の視線に免疫がないからよけいそう思うのかもしれない。手元に木刀がないのが、なおさら薫子を不安にさせる。さすがに学校に木刀を持ってくるわけにはいかず、自室に厳重に保管してある。

 もっとも『千年桜』は呼べばどこからでも空間を超えてくる。あのとき、千年桜の精がいったことは、比喩でもなんでもなかった。実験した結果、ほんとうに空間を飛び越えて薫子の手元に一瞬で現れる。

 薫子はノックをすると、職員室に入った。一番近くにいた女の先生に、三月からいわれていた担任の石岡先生の所在を聞いた。

「あそこの席よ」

 髪をアップにしたその三十歳ほどの女教師は、薫子をろくに見ず、冷たく指さした。プロレスラーのような体格をした角刈りの中年教師がでんと座っている。

「わっはっはっは、そうか、君が転校生の鳥島とりしま君か。よく来たな。わっはっは」

 鳥島というのはもちろん偽名だ。闇の世界に知られている鳳凰院を名乗るわけにはいかない。

「君は二年A組だ。よっしゃ、これからホームルームだ。一緒に教室まで行くぞ」

 石岡は下駄のような厳つい顔に目一杯笑顔を浮かべると、豪快に立ち上がる。大股でどかどかと教室を出て行くので、薫子は唖然としながら付いていった。

「さっき、君にツンとすました顔で俺の席を教えた、いけ好かない女がいただろう?」

 廊下を歩きながら、石岡はいう。

「あの行けず後家は、隣のクラスの担任、篠原しのはら先生だ。内心俺のことを見下してやがる。いいか、勉強でもスポーツでも絶対に隣のクラスには負けるんじゃないぞ。ぐわ~っはっはっは」

 なかなか退屈しなさそうな学校ね。

 薫子は呆れながらも、そう思った。

 任務のために通っている学校とはいえ、こんな大きな都会の学校に通うのは子供のころからの夢だった。なにしろ何年もの間、見知った顔とだけで送った学園生活だ。新しい刺激が欲しくなってとうぜんだろう。

 そんなことを考えているうちに教室に着いた。石岡に続いて教室に入る。

「転校生を紹介する」

 石岡が教壇に立ち、そういうと、教室中からざわざわと声が上がった。

 特に男子生徒たちは顔に喜びの表情をめいっぱいに浮かべていた。

「自己紹介してくれ」

 そういわれて薫子は名乗った。

「鳥島薫子です」

 とたんに歓声が炸裂する。

「ひゃああ、かっわいい」

「名前もいい」

「どっから来たのぉ?」

「趣味はぁ?」

 う~む。ひょっとしたらあたしは人気者かもしれない。

「みんなよろしくねっ!」

 薫子はとびっきりの笑顔を向け、元気よく叫んだ。

 それによりさらに男たちの歓迎の声が加熱した。

 男にもてるのは気持ちがいい。情けないが、思わず口元がゆるんだ。



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