第一章 霊剣『千年桜』 2
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薫子たちは首領に続き、神社の境内に入った。他には誰もいないようだ。
首領は草の茂ったわき道を歩いていく。しばらくすると、今にも朽ち果てそうなほど古い木造の社に辿り着いた。
神の祠だ。
「結界を外す」
首領は両手で印を結ぶと、そのまま呪文を唱え、それに合わせて印の形を何度も変える。そして最後に叫んだ。
「千年桜と伯爵の牙を守るわれらが神よ、結界を解いてくだされ」
神の祠のまわりが一瞬金色に光った。祠のまわりを覆っていた目に見えない壁が、光とともに消え去ったのが感じられる。
次の瞬間、閉ざされていた観音開きの扉が手を触れもしないのに開いた。
祠の奥の壁には、何年も使い込まれたような風格を備えた木刀『千年桜』と、封印のための御札を貼り付けた布袋にくるまれた『伯爵の牙』が並んで掛けられている。
「薫子、中に入って一本ずつ手に取るがいい。どちらかがおまえを選べば、鳳凰院家はこの事件の依頼を正式に受諾し、おまえをその責任者として送り込む」
「木刀が選ぶってどういうことよ? 選ばれればどうなるわけ?」
薫子はとうぜんの疑問を口にした。
「選ばれた場合は、すぐにわかる」
薫子は中に足を踏み入れた。中は薄暗いが、ふたつの剣ははっきりと見える。
まず、どちらを手に取ろうか?
霊剣と魔剣。一瞬迷ったが、やはり吸血鬼の魂が封じ込められた魔剣は少し恐ろしい。
千年桜を掴んだ。
体に電撃が走ったような感覚がした。次の瞬間、薫子の目の前から祠が消えた。
*
「ここは?」
薫子は思わず口走る。一瞬で自分の体が見知らぬところに飛んだからだ。
一緒にいたはずの首領や桜子たちの姿はどこにもない。ただ目の前に、十数メートルはあると思われる胴回りをした幹の、桜の大樹があるだけだった。
その高さはかるく三十メートルは超えそうだ。枝が四方八方に向かって、広がり、その枝には満開の花が狂い咲いていた。だがちっとも春の匂いがしない。なぜならあたり一面には真っ白な雪が降り積もり、そればかりか今もなお天からしんしんと降り注いでくるからだ。さらに風が吹くと、雪に交じって桜の花びらが舞う。それは枝から散る白い花びら、あるいは空から降る桜色の雪を連想させる。もちろんいまだかつて見たこともない光景だった。
雪と桜の花。
あり得ない組み合わせ。現実のものとは思えない。
だがそれは見た者の心をふるわせ、打ち砕くほどの衝撃を与える。
これは霊剣が見せる、幻なのだろうか? それとも霊剣が現実ではないどこかに、薫子を連れてきたのだろうか?
いや、おそらく目の前にある大木こそ、霊剣『千年桜』の元となった樹齢千年を越す桜に違いない。仮に幻だったとしても、現実にどこかにあるはず、あるいはかつてあったはずの光景なのだ。
薫子が桜に触ろうと近づいたとき、目の前に突然人影が現れた。まるで幽霊のようになにもないところからいきなり。
薫子は反射的に、後ずさり、剣を構えた。
「誰?」
現れたのは、薫子と同じくらいの年ごろの少女。桜色の振り袖を着、長い髪は桜の花びらそのものの色をしていた。体つきは薫子同様、背も低く、一見華奢な感じすらする。顔立ちは日本的で美しいが青白く、か弱くはかなげだった。
「誰なの?」
少女は無表情のまま噛みしめるように答える。
「千年桜の精」
その顔は必ずしも薫子を歓迎してはいないようだ。かといって、敵意をむき出しにしているわけでもない。唇をきっと噛みしめたまま、湖のように澄んだ目で、薫子の心を覗き込むかのように見つめた。
「あなたが『千年桜』を持つにふさわしいかどうか、試させてもらいます」
彼女は静かにいった。
いつの間に握られたのか、彼女の右手には、薫子と同じ霊剣があった。
剣先はだらりと下げられ、右足下を向いている。無防備といってもいい構えだ。
一切の殺気が放たれていない。
薫子はとまどった。相手に戦う意志も、身を守る意志も感じられなかったからだ。
剣を中段に構えながら思う。
どこをどう打っても当たる。
「あのさ、ひょっとして打ってもいいわけ?」
薫子はそう聞いた。よく考えたら、千年桜の精は、剣で戦って勝ったら認めるなどとは一言もいっていないからだ。
「どうぞ」
だが精の答えは、薫子の考えていたことが誤解でないことを告げた。
つまり、いつでも打ち込め。勝ったら認める、と暗にいっている。
薫子は少し手加減をして面を打ち込んだ。千年桜の精は、目にもとまらない速さで下段から剣を振り上げ、薫子の打ち込みをはじく。
「それでは一生わたしに打ち込むことは不可能です」
その一言に、薫子はすこし冷静さを失った。今は一刀だが、べつに二刀ないと戦えないわけではない。手加減する必要がないこともわかった。切っ先で相手の喉を狙い、渾身の力を込めて突く。
千年桜の精は、今度は木刀で受けることもせず、足裁きで薫子の外側に回り込むと面を打ち下ろした。
まったく殺気のない剣。
だがその打ち込みは異常なまでに速かった。薫子は反応できない。
剣は薫子の面からほんの一ミリほど離れた場所でぴたりと止まる。
「一度死にました」
千年桜の精は顔色ひとつ変えずにいう。
「くっ」
薫子は剣を巻き込むようにはじき上げ、その勢いで胴をねらう。
だが薫子の剣は空を切った。打ち込んだ場所に千年桜の精はいない。延髄に部分に剣の切っ先を触れられ、はじめて後ろに回られたことを知った。
「二度目」
薫子はその場で跳躍しながら前方回転した。そして回転に合わせ、足で相手の両手をはじき上げると同時に、後ろの千年桜の精の下から切り上げる。鳳凰院流の秘技、風車。
必殺の剣が千年桜の精の体をとらえることはなかった。ほんのわずかな足裁きで体をかわしたらしい。かわりに薫子の顔面に千年桜の精の手のひらが被せられ、そのまま地面に投げ捨てられる。
気づくと、目の前に彼女の剣先が制止したまま向けられている。
「三度目」
屈辱だった。剣技では誰にも負けない自信があったのに、まったくかなわない。
「あなたはわたしの動きをぜんぜん読めていません」
千年桜の精は、冷たくいう。
「だってあなたはぜんぜん殺気を放たないじゃない。いったいぜんたいどうしたらそんなことができんのよ?」
薫子は仰向けに寝たまま、いった。一切の殺気を放たず攻撃するなど、人間にはできない。
「わたしだって殺気は放っています。ただ見破られないように形を変えているだけ。感じられないのはあなたの霊力が足りないため」
「霊力?」
「視覚、聴覚、臭覚、触覚、味覚の五感に頼らず、生物のもつ霊の変化を感じ取る力です。相手を倒そうと思うと、自然と霊体が形を攻撃に適したように変えます。それを武道家は殺気と感じ取りますが、あなたの霊力は殺気を垂れ流す相手にしか通用しない」
そんなことをいわれても、強い殺気を放ちながら、その形を変えているために見破られないなどという話など聞いたことがない。
「霊力を極めれば、相手の霊の形の変化で、殺気を感じるどころか、いつどこをどういう風に攻撃するかまでまるわかりです。相手はいちいち、『今からこう攻撃するぞ』と宣言してから攻撃するに等しいのです」
もしほんとうにそんなことができるなら、何度戦っても薫子が勝てるはずもない。
「あたしにはそんなことはできない」
悔しいが認めるしかない。
「あなたにはアンテナがあるじゃないですか?」
アンテナ?
「あなたが持っている『千年桜』です。あなたはそれで取り込んだ情報を脳に伝達していない」
そうか? この桜は千年の間に生物の霊の変化を読み取る力を身につけた。ならばその枝で作ったといわれるこの『千年桜』が同じ力を持っていても不思議はない。
問題はその力をあたしが使いこなせないことだ。
「あたしは失格ってこと?」
「あなたはそのことを知らなかった。だから意識もしてない。今度は意識してみてください。目ではなく、『千年桜』で見るのです。意識してそれができなければ失格です」
目でなく、木刀で見る? そんなことがほんとうにできるのか?
「さあ立ちなさい。そしてわたしのいったことを信じるのです。あなたならきっとできるはずです」
いわれるがままに、薫子は立ち上がり剣先を相手に向けた。
千年桜の精はまたしても剣をだらりと下げ、一切の殺気を放っていないように見える。 目で見ちゃだめだ。
だがどうしても『千年桜』で見るという感覚がつかめない。目に頼ってしまう。意識すればするほどそうなった。
どうしても彼女の霊の形は見えない。
「はじめにいっておきますが、今度は止めません」
「嘘?」
「真剣にやらないと死にますよ」
千年桜の精は冷徹にいった。
冗談じゃない。こんなところで死んでたまるか。感じろ。『千年桜』に意識を集中しろ。
薫子は必死で霊剣と自分を一体化しようとする。
千年桜の精の剣が動いた。無造作に、なんの予備動作もなく、ただし異様に速いスピードで。もちろんなんの殺気もなかった。薫子は彼女の霊の形をとらえることはできない。だから攻撃を読めない。
だが剣が勝手に動いた。
薫子が精の攻撃する位置を読む前に、薫子は剣をそちらの方向に向けていた。
ものすごい衝撃を木刀越しに感じる。彼女の攻撃は速いだけではなく、非常にパワフルだ。これほどの剣圧を感じたのは生まれてはじめてだった。
攻撃は単発では終わらない。二波、三波。いずれも初太刀に劣らぬ速さ。だが薫子は知らぬ間に、それに劣らぬスピードで剣撃をはじき返していた。
「まだ霊の形が見えてはいませんね。でも、第一段階はクリアしたようです。剣が勝手に動いたように感じるのは、霊剣の感じた情報により、反射的に体が動いたのです。ただあなたはそれを自覚できていません」
千年桜の精は、いったん攻撃の手を休めていった。その顔にはかすかに笑みが浮かんでいる。
第一段階? たしかに彼女の攻撃をすべてかわせた。だがこれは指摘されたとおり、まさに無意識に、霊剣の指示通りに動いただけだ。これでは霊剣に使われているような気がする。
「そうです。剣に使われてはだめ。使いこなさなくては」
顔に出たのだろうか? 彼女は薫子の心を読んだかのようにいう。
「あなたが霊剣から得た情報を知覚できないのは、慣れていないせいもありますが、五感が邪魔をしているせいでもあります。使い慣れた他の感覚に、無意識にしがみついているのです」
「目をつぶれとでもいう気?」
だが千年桜の精の言葉は、薫子の想像を超えていた。
「今からあなたの五感を絶ちます」
次の瞬間、千年桜の精の姿は消えた。いや、真っ白な雪景色も、満開の桜もすべて消え失せた。自分の体すら見ることができず、ただ目の前には無限の暗黒が広がるのみ。
風の音も、桜の匂いも、雪の冷たさも、大地を踏みしめる感触すらも消失した。
重力自体が消え失せたとしか思えない。そのことにより、上下の概念が消えた。それどころか肉体を知覚できないことは、前後左右すら意味のないものになる。
今、薫子に残っているのは精神のみ。それはまるで宇宙空間をさまよう魂としかいいようがない。
千年桜の精がどこにいるのか、まるでわからない。それどころか、感覚が消え失せてからどれくらいの時間が経ったのか、見当が付かなかった。
薫子は、時間の感覚とは、時計を見る以外にも、視覚による人間や自然物の動きの速さ、あるいは風の音、鼓動の速さ、呼吸の間隔といった聴覚や触覚の変化により、推測していることを実感した。それらのすべてを失ったとき、薫子は空間と同時に時間を把握する力を完全に消失した。
あれから十分の一秒? 十秒? それとも一時間?
そのいずれに近いかすら、わからない。
闇の一角が光った。それが前なのか、後ろなのか、はたまた上なのか、下なのかすらわからない。
次に衝撃を感じた。不思議な感覚だ。体が存在しないのに、なにかがぶつかる感覚がある。
これは『千年桜』の感覚。
薫子はそう理解した。つまり、『千年桜』が相手の攻撃を光としてとらえ、相手の剣を受けた。それが薫子に衝撃として感じられる。そういうことなのだろう。
それが繰り返される。
光、衝撃。光、衝撃。
だがそれが繰り返されるにつれ、最初弱かった光は徐々に強くなり、それらの位置を知覚することにより、薫子に方向感覚がよみがえる。
それどころか、相手の放つ光はもはや形をなしていた。木刀を持った少女が桜の木をバックに立っている。ついさっき薫子が見た千年桜の精であるのは間違いないが、身になにも纏っていない。魅惑的な体を晒している。
同時に自分の肉体の感覚が戻った。今薫子には霊剣をもった自分自身の姿が見える。なぜかやはり裸だ。
「五感が戻った?」
薫子は自分が発した言葉を聞いた。
「いいえ、それはあなた自身が感じているものではありません。あくまでも『千年桜』を通しての感覚。今、あなたに見えている自分の体は、肉体ではなく霊体」
つまりこの声も、『千年桜』が霊体の声を聞き、それを脳に伝えている?
どうやらそういうことらしい。薫子は千年桜で受信した情報を、脳内で処理する力を得たのだ。簡単にいえば、薫子は『千年桜』と一体化したっていうことだろう。だから霊体を持つ、生きている物しか見えないし、感じられないってことか?
千年桜の精が剣を構えた。上段の構え。顔つきまで違う。本気になったらしい。
その全身からは地獄の底から吹き上がったかのような業火が放たれる。
これが彼女の殺気?
五感に頼っていたときには、微塵も感じられなかった殺気が、霊剣を通すことで見える。
炎がまるで龍のように細長く形取り、薫子の右首筋に向かってきた。反射的に剣で身を守る。
次の瞬間、激しい衝撃を受けた。気づくと、薫子は千年桜の精の剣を受け止めていた。
さらに彼女の体から、無数の火の玉が弾丸のように飛んでくる。時間差を置いて、体全体くまなく射抜くように。
薫子はそれをすべてたたき落とした。ほんの一瞬遅れて、木刀に実際の衝撃を感じる。つまり、炎は視覚化された攻撃の意志。実体は少し遅れてくる。
それはまるで、あらかじめここを攻撃するとわかっている約束組み手のようだった。
相手の霊の形を正確に見極めることがこれほどまでにすさまじい力を発揮するとは。
これでは、相手の方がスピードにおいて格段に勝っていない限り、負けようがない。
だが相手の霊の形を見ることができるのは向こうも同じ。つまりこっちの攻撃も当たらない。
どうすれば勝てる?
薫子がそう思ったとき、千年桜の精のはにっこりと笑った。
「合格です」
「え? でも勝ってないよ、あたし。こんなんでいいわけ?」
「あなたがわたしに勝つためには、あと十年は少なくとも必要です。そこまでのことは要求しません。わたしが望んだレベルをクリアできるかどうかが重要なのです」
望んだレベル。霊剣と一体になること。それによって相手の霊体の形を見極め、攻撃に順応すること。おそらくそういうことだ。
だけど十年って。あんたそりゃうぬぼれすぎだろうが。
「いいえ。それくらいの開きはありますよ」
千年桜の精は薫子の心の不満に笑って答えた。
「でもそれで十分です。たった今から、あなたがわたしの持ち主であることを認めます。わたしが必要なときはいつでも呼んでください。時空を超え、あなたの元に参ります」
彼女はそういうと、霊剣の中に溶けるように消えた。
同時に、薫子を包んでいた暗黒の闇が砕ける。
*
「薫子」
桜子が間近で叫ぶ。どうやら倒れて意識を失っていたらしい。
「か、薫子ぉ~お」
桜子が眼をうるうるさせながら抱きつくと、いきなり薫子の唇を奪った。
わっ、わっ、わっ。
薫子は慌てて引き離す。まったく桜子はこれがなければいい友達なのに。つい、そう思う。
なにしろ鳳凰院の里は若い男がいないために、同年代は女の子ばかり。桜子のような趣味に走りがちだ。あいにく薫子にはその趣味はない。
「ず、ずる~い、桜子さん」
「わぁっ、だ、だめぇ」
そういって騒ぐのが、ふたつ年下の葉子と晴美。こっちからは薫子はお姉様と慕われている。月代がそれを見て、ぷいと顔を背けた。この子も密かに自分に気があるのを知っている。
まったくどいつもこいつも。さっきはあたしのことを半ば本気で殺そうとしたくせに。
「いい加減にせい。まったくおまえたちときたら……」
首領はあきれ顔で叫ぶ。
「あたし、どうしてた?」
「その霊剣を手に取ったとたん、倒れた」
桜子が心配してんのになによ、といった顔で答える。
「どのくらい?」
「ほんの数秒かな?」
ほんの数秒? けっこうな時間が経っているはずなのに。
「どうやら千年桜がおまえを認めたようじゃな?」
首領が満足げな顔でいう。
「うん」
「確かめさせてもらうぞ、薫子。祠の外に出ろ」
薫子はいわれるがままに、千年桜を手に、祠の外に出た。
「もう一度、桜子たち四人と戦ってもらう。桜子たちには本気でやってもらうが、薫子は木刀をはじくだけじゃ。体に当ててはいかん」
「え? でもそれじゃ……」
桜子が驚いた顔をした。
「だいじょうぶ」
薫子は、答えた。桜子には悪いが、もはや負ける気がしない。
「いつでもいい」
千年桜をだらりと片手で持ちながらいった。
桜子、月代、葉子、晴美が薫子を囲みながら剣を構えた。
彼女たち四人の体が燃える。赤、黄、緑、青、それぞれの色を発しながら激しく燃えさかる。炎が形を変え、薫子に向かった。
四つの炎が薫子を巻き込むように襲う。
薫子はその流れに身を任せつつ、一瞬で四つの炎をはじく。
次の瞬間、四本の木刀が空高く舞った。
「そんな馬鹿な?」
桜子の驚愕の声。落ちた木刀がほぼ同時に地面に突き刺さる。
「それまで」
首領が満面の笑みを浮かべた。
「間違いなく選ばれたようじゃな。薫子、おまえを鳳凰院流の次期継承者として認める」
「え、次期継承者?」
「そうじゃ。霊剣がおまえを認めた以上、他の者には継がせられない。しっかりこの事件を解決してこい。そうすればわしは安心して跡目を譲れる」
「すごいよ、薫子」
桜子は目に涙を浮かべながら、ふたたび抱きついた。
なんだかなぁ。
それが正直な感想だった。べつにそんなものを望んでなどいない。子供のころ、両親が死んだときから、いつかはそのときを覚悟してはいたが、こんなに突然宣言されることは予期していなかった。
そう思いつつも、薫子は「ありがとう」といいながら、桜子の巻き付いた腕を外す。
「『伯爵の牙』はしばらく封印したままにしよう」
首領がいう。
「『千年桜』がおまえを選んでくれてよかった。『伯爵の牙』は『千年桜』を上回る攻撃力を持つが、その代償に使用者の寿命を縮める魔剣じゃ。無理に使う必要はない」
そういう重要なことははじめにいえよ。孫の寿命縮めてどうするんだ?
そうつっこみたいのを我慢した。
「だが正式な鳳凰院流継承者ならば、ふたつとも持て。ただし『伯爵の牙』は布袋から出すな。出さない限り封印の札は有効であり、普通の木刀と変わらない。それでいいな?」
薫子は桜子から離れ、首領を見据えた。
「わかった」
「では、あしたにでも旅立つがよい。おまえを選んだ霊剣と、封印した魔剣を持って。そして見事使命を果たせ」
「使命を果たせって、いったいあたしはどこに行ってなにをすればいいの? 具体的な話をなにも聞いてないんだけど」
「東京の学校に通ってもらう」
「へ?」
「学校じゃよ、学校。高校だ。依頼者は、その学校に恐ろしい陰謀の予兆を感じ取った。おまえは生徒として潜入し、そのことを探るのじゃ」