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御薬袋(みない)の系譜、止まった風の残響

深夜。

キャンパスの一角、誰も来ない自習室。

蛍光灯は半分だけが点灯し、

静音性の低い古いデスクトップPCのファンが、

深夜特有の冷たい空気の中でうなるように回っている。

杠葉かれんは、美術の実習準備という建前で机に座っていた。

だが、彼女の前に広げられているスケッチブックには、

デッサンではなく――記憶の断片と、封印されていた事実の切れ端が貼られていた。


戸籍謄本のコピー

山崎総合病院と養護老人施設の資料

風見鶏の設計図の写し


どれも、彼女が数週間かけて集めた“証拠”だった。

スケッチブックの中央。

そこに貼られた戸籍の欄には――


「御薬袋」


それが、かれんの出生時の本当の苗字だった。


(……転籍の理由は、“事故死”のはずだった)

(でも――何か、ずっと引っかかってた)


山崎総合病院の資料には、医療法人の理事長の名前。

草薙 明。登夢くんのおじいさん。

さらに、祖母がいる養護老人施設にも、同じ医療法人の名があった。

そして。

風見鶏の設計図の施工業者の欄にも、

草薙建設の関連企業のロゴが印字されていた。


(……さすがに、偶然とは言えない)

(私と燃、登夢くん……全部が草薙家につながってる)


しかし彼女は、もう一つだけ確かめるべきことがあった。

避けてきた“最後の扉”。

かれんは、デスクトップPCで大学のローカル新聞アーカイブにアクセスする。

検索窓にキーワードを打ち込む。

「御薬袋 交通事故死」

……該当記事なし。


(やっぱり……“事故”は建前だったの?)


今度は、指が震えていた。

「御薬袋 死亡事故 殺人事件」


Enter。


数秒後、画面に古い新聞の見出しが浮かび上がった。


『山崎総合病院の医師夫婦、自宅で不審死』


画面に映る二つの名前を、かれんは凝視した。


――御薬袋 秀人

――御薬袋 芹華


(……お父さん……お母さん)


そこには「火災」ではなく、

死因は不審な外傷。事件性あり。

という文字が残されていた。


(火事じゃなかった……殺されたんだ)


かれんの心臓が、音を立てて跳ねる。


山崎総合病院――草薙家の医療法人。

両親はその病院の医師。

そして、不審死。


(燃も、登夢くんも……優しい)

(でも……その“優しさ”の背景に、気づいてなかっただけ…?)


彼女は深く息を吸い込む。

冷え切った空気が、胸の奥まで突き刺さった。


(私の周りにある“温かさ”は……守られていたんじゃなくて)

(“監視”だったら?)

(……“利用”だったら?)


祖母が草薙家の病院系列の施設に入ったのも。

マスターが風見鶏をあの場所に開いたのも。

そして――


(兄さんが……あの場所にいた理由も……?)


全てを失っていた彼女にとって、

燃も、登夢も、兄も――かけがえのない存在だ。


だからこそ。


(真実を知らないまま……生きることなんて、できない)


かれんは端末から静かにログアウトした。

椅子を引く音だけが、自習室の薄闇に吸い込まれていく。

彼女は決めた。

もう後戻りはしない。

その選択がどれほど危険でも。

――真実は、必ず掴む。

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