アクセス不可、風の中のパンドラの箱
県警本部・深夜の資料室。
蛍光灯の白い光が、凪いだ水面のように静かに書棚を照らしている。
汐見 円は、自分のIDカードを読み込ませながら、
無人の室内を一度だけ振り返った。
(……よし。監視カメラの死角、今日も生きてる)
ほぼルール違反。だが、彼女は迷わない。
敏腕刑事の勘が、胸の奥をざわつかせていた。
検索対象を入力する。
「某月某日/港湾地区/保護児童」
拉致未遂事件の報告書に、
なぜか“保護児童”という曖昧な言葉が使われていた。
――Enter。
数秒の沈黙の後、モニターに赤い警告が点滅する。
『Access Denied(アクセス拒否)』
『Level:TOP SECRET』
「……はぁ? 現場叩き上げのエース(私)が見れないって、どういう冗談よ」
苛立ちを隠さず、円はキーボードを軽く叩いた。
(大も知らない? 上層部だけ……?
――はい、ますます怪しくなってきました)
この壁の“厚さ”が、逆に彼女の直感を刺激する。
「単なる誘拐未遂じゃない。絶対に裏があるわね」
視点を変える。
そう――あの現場で、子供を助けた“協力者”。
検索窓に名前を打ち込む。
草薙 登夢
「大の弟くん。……あんた、何に巻き込まれたの?」
彼女は軽い気持ちで、登夢の名前を検索にかける。
補導歴やトラブルの有無を見るつもりだった。
だが、表示された行が、円の血の気を奪う。
『Level:TOP SECRET』
『未解決事件ファイル』
『草薙家・放火殺人事件』
『生存者:草薙 登夢(当時3歳)』
『備考:実父・実母死亡。叔父(正)の養子となる』
「……ッ!?」
円の指が止まる。
画面の青白い光が、彼女の驚愕の表情を照らし出す。
「……嘘でしょ。あの子……」
いつも無愛想で、大柄で、でもどこか寂しげで不器用な高校生。
彼が背負っていたのは、単なる「思春期」ではなく、
**「家族を皆殺しにされた過去」**だった。
「そっか……大があの子に肩入れする理由……これだったわけ」
キャリアを蹴ってまで地方にこだわった理由。
登夢への過保護じみた距離感。
そして、いま再び、危険な事件の中心にいる事実。
「……放っておけるわけ、ないでしょ」
円はログを消し、もう温度の抜けた缶コーヒーを口に運ぶ。
この瞬間、彼女は
“警察官として”ではなく、
登夢と大の共犯者として、闇に足を踏み入れた。
だが、円はまだ知らない。
大は**すべて**を知っていること。
そして。
…彼女が箱をあけてしまったことを。
もう後戻りはできない。




