06
”私はあなたがいいのですよ、エリシア”
その言葉を、あの視線を思い出す度に顔が赤くなり、心臓がきゅっと締め付けられるように痛くなる。
ジュリアン様は私の師のような人であり、今は上司だ。私を心配して、心を砕いてくださっている。それを分かっているのに、どうしてあの言葉にそれ以外の何かを感じてしまったのか……。
仕事中以外はその時の事ばかりを考えてしまい、頭から離れない。
今日だってせっかくエークフェルト伯爵令息であるエドヴィン様にお誘いいただいた食事なのに、ちっとも集中できず大変失礼な事をしてしまっている。
「すまない、俺の話はつまらなかったな」
「いいえ!そのような事は!」
「けれど、心ここにあらずだろう?流石にそれぐらいは分かる」
「……申し訳ありません」
「何か思い悩むようなことがあれば話をしてくれないか?力になれるかは分からないが、あなたの助けになりたいと思っている」
「ですが、その……」
言いたいけれど、こんなことを言ってはいけない事ぐらい分かっている。
男性が女性を食事に誘うのはそれなりに特別な行為だ。お礼というだけであれば、食事に誘う必要はなく、金銭なり贈り物なりをすればいい。
だが、彼は私を食事に誘って下さった。それは、私に少なからず好意があり知りたいと思っているということだ。それが男女の仲に発展するかは分からないが、そのような場で話すことではない。
とはいえ、失礼な態度を取っている自覚がある状態で話さないという選択肢も取るに取れなかった。
「ヴァルベルグ近衛隊長と何かあったのか?」
「え?」
「その様子だと当たりだな。妹があなたを誘った茶会での行動は聞いていたからもしかしたら、と思って口にしてみたんだが……。彼があなたを思い悩ませ、俺たちの時間を邪魔しているというわけか」
「それは、その……」
「話してくれないか?何があったか。そうだな、この時間を楽しめていない謝罪だと思ってくれれば話しやすいか?」
「さらに失礼を重ねてしまうことになります」
「俺はあなたの話が聞きたい。どんな事でもあなたが思っている事、感じている事を知りたいんだ。エリシア嬢、話してくれないか?」
そう促されて、私はぽつぽつとジュリアン様との先日のやり取りを話した。
けれど、それだけでは足りなかったのかエドヴィン様はジュリアン様との出会いから今までを聞きたがったので、それもお話した。
「国では私は姫様という後ろ盾や、家名に守られており、近衛騎士としての指導はまともに受けて来ませんでした。そんな至らない私をジュリアン様は近衛騎士として育ててくださった。今の私があるのはジュリアン様の指導があるおかげなのです。けれど……」
食事に誘うという事は、彼は私の事を好意を持って知りたいと思っているという事なのだ。その好意が弟子に対する物であれば、休憩時に気軽にランチに誘って下さるだろう、事実同僚たちにはそうしているし、込み入った相談をプライベートで聞くときは相談したい人間がジュリアン様を誘っている。
ジュリアン様から誘うのはランチのみで、プライベートな誘いは一切しないと私は知っている。
それなのに……。
「あぁ、それは驚くな。師と思っていた人間から、異性としての好意を匂わせ誘われれば」
「やはり異性として私を見ているということですよね……」
「俺やあの方は貴族だからな、気のない令嬢を誘うような事はできない。家の問題に発展しかねない。それを分かっているからあなたも困っているのではないか?」
「はい」
「……そうだな、今から言う言葉に他意はない。ただ、あなたの気持ちがどういったものかを測る為のものだ」
「なんでしょう?」
「俺とあの方でキスをしてもいいと思うのはどちらだ?」
瞬間、カッと頬に熱が集まるのが分かり慌てて、頬を手で抑える。
「な、なにを、仰って……!?」
「今、どちらで想像した?」
「え、え……っ!?」
想像したのはジュリアン様でさらに顔が赤くなる。
「ははは!その反応を見れば俺で無いことはすぐ分かるな。残念だが、こればかりはしょうがない」
「あの、どうして、このような質問を?」
「あなたが何に困っているのか、明確になっただろう?」
「好意を寄せられて困っていると自分では思っていました」
「ああ、でも違った」
「はい……。けれど、このような気持ちでは業務に支障が出てしまいます……」
最初は小さな憧れだった。
優しい彼に見守られながら近衛騎士としての道を歩み、そして憧れ以上の気持ちになっていた。
けれど、私はジュリアン様の部下であり、姫様を守る近衛騎士だ。彼のことを考えるだけで沸騰してしまうような頭では業務に支障が出てしまう。
「そこは安心するといい、数日以内にあなたは第二王子妃の元に戻れる」
「そうなのですか?」
「俺としては複雑な気持ちだが、詳しいことは正式に命令があるまでは言えない。申し訳ないな」
「いえ、逃げ道があることに安心できました」
「いつでも、俺のもとに逃げてきてくれ。俺はあなたなら大歓迎だ、エリシア嬢」
手を取られ、手の甲にキスをされる。そのことに驚きはしたものの、大きく心が乱されることはなくてさらに自分の気持ちを自覚してしまった。




