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01

「ねぇ、エリシア。私が嫁ぐ時に一緒に来て欲しいのだけどダメかしら?一時的にではなく、ずっと一緒にいてくれたらということよ?強制はしないけれど、私を選んでくれたら嬉しいわ」



それは姫様の騎士として最高の言葉だろう。

嫁ぎ先でも騎士として仕えてくれという事に他ならないのだから。

けれど、どうしても踏ん切りがつかなかった。

姫様の事は大事だ。これからもお守りできるのであれば、そうしたい。


でも、大切な姫様をお守りすることにいつも不安が付きまとっているのだ。

いくつもの修羅場を潜り抜けてきた、この命と引き換えに姫様をお守りする覚悟もある。でも、もし失敗したら?もし目の前で姫様の命が奪われるような事があったら?

それを考えると、足がすくんでしまうのだ。どれだけ努力しても鍛錬を重ねてもこの気持ちだけは無くなってはくれなかった。


不安から逃げるために、姫様の誘いを断る口実があるかを確認しに兄の所に赴くと、姫様の過保護な一面を知ることになった。



「お兄様、私に縁談はありますか?」

「縁談?まぁ、無くはないが、セレナ様が許可を出さないだろうなぁ」

「姫様が?なぜですか?」

「どんなに家柄がよくても、セレナ様のお眼鏡にかからなければ却下。セレナ様の一等大事な宝物を預ける先だ、どんな試練にも耐えて当然よね?と言わんばかりに難題を吹っ掛けるんだ。玉砕した男が多数で、お前に話しかける事すらできていない」

「それでは、私は……」

「セレナ様に同行した方が幸せかもしれないが、好いた男がいるならきちんとお話した方がいいぞ」

「いえ、そのような方はいないので……」

「何か迷っているなら相談にのるぞ?」

「いいえ、大丈夫です」

「そうか。とにかく、なにかあれば相談してくれ。それがセレナ様の意に沿わない事でもなんとかしてやるからな!」

「ありがとうございます」



縁談の線が無いとなると益々断る口実が見つからない。

ぐるぐると考えてしまう思考を止めたくて、とりあえず鍛錬場に向かう。

こういう時は剣を振るうより、魔法を細く長く出力し続ける方が集中できるので鍛錬上の隅でしゃがみ指先に炎の魔法を灯し、最小出力を長く保つ鍛錬をする。

最大火力を出すより、最小出力で長く持たせるほうが難しいので悩んだ時はこうしていることが多く、それを知っている同僚はそっとしておいてくれる。


ぼんやりと炎を見つめながらまとまらない思考を整理していく。


私は姫様が大事だ。大事だからこそ守りたいし、死なせたくない。けれどそれ以上にもしもという不安が大きい。

国内にいれば多くのツテを頼り、姫様を守る事に全力を尽くせる。けれど、姫様の嫁ぎ先は隣国だ。そこでは私を知る人はおらず、全てを一から作らなければならない。

私は器用ではないから、姫様の護衛と人脈作りを同時並行で行うのはかなり無理をしなければならないだろう。その間に姫様に何かあったらと思うと怖くてたまらないのだ。


「冷えますよ」


どれほどそうしていたのか分からないが、ふわりと肩に上着がかけられ顔を上げる。

美しい若草色の瞳と視線が絡み、安堵感に思わず体の力が抜ける。


「ジュリアン様……」

「浮かない顔ですね。どうかされましたか?」


柔和な笑顔で私にそう問うのは、ジュリアン・ヴァルベルグという隣国の近衛隊長だ。

なぜ隣国の近衛隊長がこの国にいるのかというと、姫様の輿入れ先が隣国の第二王子殿下であり、姫様を迎えに来た第二王子に随伴している部隊を率いているのがこの方だからだ。

第二王子殿下が留学している頃に知り合い、彼の滞在中に近衛騎士としてどうあるべきかの指導をしてもらっていた、困っている時も今のように優しく声をかけてくださり何かと面倒を見てもらっていた。


「私には姫様をお守りする自信がありません」


その言葉に一瞬目を見開いた彼は「少し話をしましょうか」と私に手を差し出した。

その手を取った私を案内した先は、鍛錬場近くの庭園だった。


「私の元にはセレナ様が害されたという情報は入ってきていませんが、何かありましたか?」

「いいえ。そんなことがあったら私はこの世にいません」

「それは安心しました。では、なぜそのように?」

「私は、私一人の力で姫様を守ってきたわけではありません。一番お近くにはいましたが、姫様をお守りする大勢のうちの一人です。そんな私を姫様は信頼してくださり、己の騎士として同行を望まれています」

「場所は変われど、やることは同じではありませんか?」

「いいえ。私はこの国では有力貴族の娘です。望んでも望まなくても力は簡単に手に入る立場でした。けれど、国を出てしまえばただの女。私には私という力しか残らない。新たに人脈や地位を築くには膨大な時間と労力がかかります。その間にもし何かあったら?それが不安でたまらないのです」

「私の憶測ですが、セレナ様は物理的な事を望んでおられるわけではないと思いますよ」

「え?」

「セレナ様のお心をお守りする為にあなたがいる、そう考えることはできませんか?」

「こころ……」

「エリシア様が仰る通り、近衛騎士は一人で主人を守るものではない。国が変わっても多少の違いはあれどお守りするという事に関しては同じようにできるでしょう。けれど、セレナ様のお心に触れられるのはあなた一人なのではありませんか?」

「そうでしょうか……」

「はたから見ていれば分かりますよ。我が主が嫉妬するほど、あなたたちの仲は睦まじい」

「もし、姫様が私に望まれているのが心を守ることだとしても、不安は拭えません」

「今までにもそういった不安はあったのですか?」

「いつもありました。だから鍛錬を重ねてきました。それでも不安はついて回る」

「危機感を持つことは悪いことではありません、鍛錬を重ねることも。今回はなぜ、建設的な対応ができないのでしょうか?」


その問いに私は考え込んでしまった。

夕日が沈みはじめ、庭園の外灯にぽつぽつ灯りがともりだし、私とジュリアン様を淡く照らす。

そうして周りの風景が徐々に変わりだす頃にようやく私の中で答えがまとまった。


「……未知、だからでしょうか」

「知らない事は知ればいい。目の前にいるでしょう?隣国の有力貴族であり、近衛騎士を束ねる者が。人脈も力もありますよ、私」

「ご迷惑ではありませんか?」

「迷惑なんて思いませんよ。あなたが心を決めれば、いずれは私の部下ですからね」


いたずらっぽく綺麗なウィンクをしたジュリアン様にふっと心が軽くなり、「ありがとうございます。よろしくお願いします」と頭を下げた。

そしてジュリアン様と別れ、帰宅した私は家族に姫様についていくことを伝え、翌日姫様にも同行を願い出た。



「ありがとう、エリシア!大好きよ!!」


嬉しそうに私に飛びついてきた姫様を受け止めて、この命に代えても姫様をお守りしようと決意を新たにする。

けれど、それでも私の不安は消えてはくれなかった。


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