根回し
太陽大陸海興国長港郡長港宮宰相室 呂伏龍
太陽暦一三〇四年十月初旬
昨夜、突如として宰相室から人が寄越された。非常に重要かつ表沙汰に出来ない報告があるとのことである。
しかし面会の時間は翌日の朝一番との指定。つまり今である。
私はいったい何を言われるのかと怯えながらも、かつて政を学んだ宰相室へと足を運んでいた。
「それでこれだけ人払いをしてまで話さねばならぬこととはいったい」
「数日前、物産省内部から不正に関する密告があったの」
「…それはまことの話で?」
物産省は内政を担う主要六省の中でも一際大きな発言力を持つ組織であり、我が君ですら下手な介入を避けるほどの存在である。
そんな物産省での不正。それも師である陸宰相が動くほどの事態ともなれば一大事どころの話では無い。思わず私は聞き返してしまったが、露骨に機嫌が悪くなる師の表情にしまったと、今さらながらに発言を後悔する。
「多忙の身であるこの私が、わざわざ尚書台を絡めてまで冗談を言うとでも?」
「まさかそのようなはずが。ですが私を呼び出したということは、証拠が揃ったということでしょうか?」
「物産省内部で不正が行われていた証拠は掴んだわ。不正に関与した役人もすでにこちらの手の内の中よ。それに外堀から埋めたから、未だ証人以外は内部でも私が動いていることを知らない」
相変わらずの手際である。過去、宰相絡みで不正が暴かれた数度の事例も隙を一切与えずに事態解決にまで持っていかれたその手腕は、物産省相手でもやはり健在である。どうしてこの御方に対して我が君が何度も仕官してくれるよう領地に赴いたのか分かる気がした。ただしこの性格である。不敬を重ねるその態度に一部の臣下から不満の声が上がっていることも事実。一歩対応を誤れば、それを発端として一気に叩かれるであろうに。それでも海興国のために尽くしてくださっているのだ。
この誤解がどうにか解けてくれれば、間を取り持つ私も多少は安心できるというのに。
「ただ黒幕が未だ分かっていないわ」
「…大物が絡んでいると考えておられるのですか?」
その口ぶり。さすがの陸宰相でもその名を口にすることは憚られるのか、あるいはまだ迷っておられるのか。
いずれにせよ、これはすぐにでも我が君に報告すべき案件であることだけは確かである。
「絡んでいるかどうか。憶測で物事を語ることは好きでは無いの。だからこそ私はこれから始まる主要六省の評議の内に言及するつもりよ」
「それは評議の場で。それも他の五省の前で罪を吐かせるということでございましょうか」
「そんなはず。すでに駒を動かしているの。五日間の内に成果を出すでしょうから、その成果を証拠として突きつけるわ。今、物産省の不正を白日の下に晒さないとしばらく機会を逃し続けることになる。それにじきに今年の徴収分が王都に運び込まれるわ」
話を聞いている限り、不正が行われたのはここ数年間に及ぶ。つまり今年も行われる恐れがあるということ。
陸宰相はそれを回避するためにも、五日間と期間を設けられたのか。主要六省の評議が終われば陸家の面々は対外省とともに東方諸国の外遊に向かわれるゆえに、決着をつけるのであれば今しか無いと。
「それで私を呼び出したわけをお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「尚書台がこの件に絡むとしたら事後処理だけよ。すでに不正を暴くための手は打ってあるの」
「つまり軍部への根回しを求めておられるわけでございますね」
「やはりあなたは話が早くて助かるわ。物産省内の不正が明るみになっただけであればそこまで大した騒ぎにもならないでしょう。でももし仮にこれに長官が堂々と関与しているようであれは、間違いなく軍部でこれに反発する動きが出るわ。もし仮に大将軍ですら押さえられないような事態にでもなれば、それは国家にとって大きな隙を生み出すことになる。そう、たとえば恵楽の防衛に支障が出来ればそれは一大事よ」
恵楽とは現在戦の渦中にある海興国西部の穀倉地帯である。広大な平野が広がっており、北の山脈から流れ出る豊富な水資源もあり非常に豊かな地なのだ。
これを狙うのが西の国家、燕である。燕国は北に山脈、東と南に未開の樹林地帯を抱えているため非常に貧しい。そんな国内事情であるため、恵楽の奪取を国是としており過去何度も侵攻を繰り返しているのだ。国内では燕国の行いに対して不満の声も出始めており、いっそのこと滅ぼすべきだという声も上がっているのだが、こちらが燕国に攻め込んだところで旨味が無いと、我が君を含めて多くの臣下が否定的な姿勢を示している。
そしてそんな燕国強硬論を訴えている人物こそが物産省長官である張義京殿であるのだ。張長官の告発は派閥の解体を目指す動きだと勘繰られても困るものである。いや実際に困る。これで恵楽の守りが手薄となれば、陥落すらもあり得てしまう。
兵力差、補給関連はこちらに分があるが、あちらには絶対に恵楽を奪うという執念があり、これは決して馬鹿に出来ない要素であるゆえに。
「定期的に恵楽から贈られてくる戦況報告によりますと、今年の侵攻もどうにか凌げそうだとのことでございます。可能であれば戦が終わった後の方が良いのですが」
「それは軍部に言いなさい。私が同行できる問題ではないわ」
「…そうですね。かしこまりました。その辺り諸々も含めて尚書令として対応いたします。して我が君への報告は如何いたしましょうか」
「臣下よりも遅くに事態を知る君主は無能だと思うでしょう?」
「では私の方から我が君にはお伝えいたします。ただし真相の報告については陸宰相からあるはずだと付け加えておきます。期限は五日間であるとも」
「それでいいわ。あぁ、それと言っておくべきことがあったわ」
随分とわざとらしく言葉を発される。いったい次は何を言われるのかと身構えたのだが、あまりに不敬極まりない発言に私は思わず眉間にしわを寄せてしまったことであろう。なんせ我が君の後宮絡みのことである。通常お世継ぎに関して、臣下が口を出すことではない。それは王の身内であっても同様である。
「伝えておきなさい。二ノ妃の元にはしばらく通わないようにとね。もし仮に子でも宿してしまったらあとが面倒よ」
太陽大陸海興国恵楽郡恵楽御城 李雲玉
太陽暦一三〇四年十月初旬
「今回も見事な用兵術であった。雲玉将軍」
「白轟様が援軍を早急に出してくださったおかげでございます。じきに穀物の収穫が始まる状況下で我らがすべきは城を出ての迎撃でございました。しかし恵楽の領主らを総動員しても、燕国の動員する兵には押し負けてしまいますゆえ」
「謙遜をするでない。我らが到着するまで持ちこたえてくれたではないか。我ら王都の軍が燕国に負けることは無いが、それは雲玉将軍や皆がこの地で耐えてくれていたからだ。領民の熱烈な支援があってこそ我らは戦える。戦える環境を整えてくれている雲玉将軍の手柄以外の何者でもない。そうは思わぬか、由林」
「まことにその通りでございます。また李将軍の発案で行われた、王都を中心として交通網の整備が迅速な行軍の一助となっておりますことも大きいかと」
大将軍高白轟様、その相談役である紅由林殿の言葉についつい機嫌よく酒が進む。
私が大西将軍としてこの地に置かれて早数年。こうして面と向かって賛辞の言葉をかけられるといくらでも守ってやろうと思えるものである。
また王も儂の働きぶりを正当に評価してくださっている。良き場所を与えてもらったと感謝する一方で、やはり毎年のように攻め寄せてくる燕国によって多少なりとも被害が出ることだけはどうにも思うところがあるわけで。
しかし恵楽郡を出ればそこは不毛の大地である。王国民を犠牲に出しながら得たとしても、我らに得が無いというのがどうにも。ゆえに儂はとにかくこの地を守ろうと決めているのだ。
「街道整備はいずれせねばならぬことでございました。王国は大きくなり、物資の搬送はその分大きな負担となっておりましたゆえに。それにじきに穀物の刈り取りも始まりましょう。王都への搬入も街道があるのと無いのとではかかる時間も労力も大きく変わりますゆえ」
「さすがは雲玉将軍。戦いだけではないその姿勢、海興国の重臣として見習うべき点が多いな。どちらにしても燕国の侵攻はこれが最後であろう。あちらも穀物の刈り入れや冬支度などもあり、これ以上は軍役に人を回す余裕も無いであろうからな。つまりはこの地の穀物は守られたということ。義京もしばらくは内政に努めねばならぬな」
「まこと喜ばしいことでございます。私は本来宮に籠って穀物の勘定をしていた方が性に合っておりますので」
ずっと静かにしていた張殿に声をかけられる白轟様。張殿の言葉が嘘であることは明白なものであるが、白轟様も各方面に気を遣われたのであろう。
正直に申せば恵楽の領主で張殿を歓迎している者はそう多くない。この男が長らく訴えている燕国への強硬論で真っ先に被害を被るのは我ら恵楽の領主であるからだ。
しかし圧倒的な後押しを受けている。それは恵楽とは関係ない、しかしこうした戦で動員されている領主らが多数いるゆえのこと。彼らは燕国が侵攻してくるたびにはるばる恵楽の地に動員されることに辟易しているのだ。だからこそ燕国を滅ぼし、西の憂いを断つべきだと主張している張殿を支持している。
「ならば早く王都に戻らねばならぬな。皆も此度はご苦労であった。しばらくは領内に目を向けるようにな」
表面上は終始和やかに終わった祝勝の宴。しかし長らく政争の渦中にいた儂であるからなんとなく臭うものがある。予感とも言えるであろうか。
何か大きなことが起きそうな、そんな予感がする。
今投稿も最後までお付き合いしていただきありがとうございます。
次回投稿は明日の予定ですので、更新をお待ちくださいm(_ _"m)




