陸宗家の後継者
太陽大陸海興国長港郡長港宮執務堂 陸柳泉
太陽暦一三〇四年十月初旬
「それで伯母上に命じられたと」
「はい。調査部の指揮権は譲渡されましたが、役割分担はした方が良いと思いまして。俺は事務仕事が得意ですが調査部の面々が同じというわけではありませんので」
「私とて暇ではないのだがな。今もこうして龍岳から届く報せに目を通し、伯母上に代わって領内の決定に関する承認を行っているというのに」
相談相手は俺と違って正真正銘陸宗家の血を引いておられる陸尚賢様である。桂葉様の甥にあたり、将来的に子のおられぬ桂葉様の元に養子入りし、陸宗家を継ぐと言われている御方たちの筆頭的立ち位置を有しておられる。
もちろんそのように期待されているのは、任せられるだけの力量を持っておられるからだ。
「私に何を求める?」
「下につけられている幾人かの官僚をお借りしたいのです。すでに私の手の者だけでは手一杯でして。それに禁書庫に入り浸る都合上、一般官僚は動かせませんので」
「あの空気の澱んだ場所に私の下で働いてくれている者たちを送り込むことはなかなかに気が引けるものではあるが。しかし珍しく柳泉が弱音を吐いたのだ。手を貸してやるのは兄として当然のことであろう。何人欲しい」
血の繫がりの無い、縁すらも本来は無かった兄弟関係である。それでも尚賢様は俺を弟だと言ってくださる。
昔はよく桂葉様から庇ってもくださっていた。本当に尚賢様には頭が上がらない。桂葉様に恩のあるこの身ではあるが、間違いなく当主が交代した後も陸宗家に仕え続けるだろうと思うのはこの御方のおかげでもある。
「出来れば送り出していただける限界で。あ、ただし口が軽い者は必要ありません。まぁ尚賢様の下につけられる者の中で口が軽い者なんていないでしょうが」
「それはもちろんそうではあるがな。まぁ伯母上の命ともなれば迅速に仕事がこなせないと大変であろう。こちらの役目に支障が出ない程度に貸し出してやろう。私の方はとりあえずひと段落付きそうであるからな」
「東方諸国外遊の件でございますね。陸宗家の錚々たる面々を引き連れてとは、対外省も胃が痛い思いでございましょう」
「当初は私が行く必要も無いと思っていたのだがな。しかし陸宗家の後継者として、と言われたら行くしかあるまい。我らが故郷、西璋郡の龍岳は東方諸国とも近く、また国家は別であっても関係は非常に太く、強い交流のある間柄であるからな。この目で直接見ておいて損は無いということであろう」
先日、押し付けられた仕事というのが東方諸国の最新の情勢をまとめた資料作りであったのだ。政治形態・国内情勢・外交関係・風土など。
東方諸国には大小さまざまな、国家としての体を成していない地域なども含めると百にも迫る程の小国集合地域なのである。それゆえに安定している地域もあれば、常に戦いに身を投じている地域もあり、海興国は平野続きで隣接する唯一の大国としてこれらの仲介によく乗り出しているのだ。
もちろん完全な善意というわけではない。そうして少しずつ影響力を高めて、徐々に勢力下に置く。似たような手法ですでにいくつかの国は滅び、海興国に併呑されている。近く行われる外遊も将来的にこうなることを期待したものだ。だからこそ宰相である桂葉様が直接出向くのである。
「それに対外省としても不満はあるだろう。今はあの一件で帝都と王都を行ったり来たり。人員は間違いなく割かれているというのに。今度は東方諸国への外遊でさらに人を割くことになる。人員不足はどこでも起きているというのに」
「そもそも帝都と王都の行ったり来たりは、本来必要のないものでございました。それもこれも派閥争いに身を粉にする方々が悪うございます」
俺の言葉に、苦々しい表情で頷く尚賢様。
この問題の発端は例の張家である。
そもそも太陽大陸と帝家という存在について説明をする必要があるのだが、この世界にはいくつもの大陸が存在し、守護一族というものが各大陸を守ってきたという伝承がある。その守護一族というのが帝家だ。
帝家は大陸に根付き、帝都にて大陸の守護を担い、繁栄を祈る。太陽大陸においては陽帝家が根付いて一三〇四年かそれ以上であるということ。
この帝家というのは絶対的な権力を有しているものの、武力は所持していない。あくまで権威で大陸を守護しているのだ。だからこそ権威の恩恵を得ようと多くの国々は帝家に接近する。帝家も自身の力を維持するために大国や将来有望な国家に接近する。
手っ取り早く関係を築くための手段として、婚姻関係がある。帝家の当主である帝か東宮に娘や姉妹を嫁がせる。逆に帝家の娘を降嫁させることで関係を構築する。国家としての権威を高める場合、後者の方が良いとされているのだが海興国はまさにそれである。
王、白麗様の妃は朱陽様といい、現帝の孫にあたる御方だ。
ここで話を戻す。なぜ張家が問題を起こしているのかと言うと、この降嫁に関してとある暗黙の了解が存在しており、それを張家が蔑ろにしているゆえのこと。これを平然と破るよう迫る張家と、状況的に仕方が無かったとはいえ頷いてしまったのが白麗様。
帝家から妻を迎えた者は生涯妻だけを愛し、側室を娶ることが許されていない。特殊な場合を除いて、妃は一人であるべきというものだ。これは帝家の血とそれ以外の血が混同しないようにすることが目的なのだが、張家は自身の娘を白麗様に嫁がせた。しかも特殊な事情にあたらない、ただ自身の派閥の結束を高めるために。
このせいで帝家の怒りを買い、対外省が事態を収束させるために奔走していると。
「可哀想なのは張姫様もである。後宮では随分と肩身の狭い思いをしているとか。政争の道具として利用され、敵地の真ん中に放り込まれたようなものであるからな」
「後宮内は男子禁制。入ることが認められているのは王家の方々のみですからね。張家の方々は入れませんし、そりゃ張姫様も孤立されましょう」
張姫様と言うのがその無理やり嫁ぐことになった張家の娘である。元の名を希京様と言うのだが、王もほとんど通っておられぬという。それはやはり帝家の顔色を気にしてのことだろう。
朱陽様のお傍には帝家時代からの侍女らも多くいるため、配慮するべきことがあまりにも多すぎるのだ。桂葉様は当初から反対の立場を表明しておられたため、今の王の苦労を自業自得だと切り捨てているとの噂もある。しかし桂葉様自身、あまりこの話題には触れたがらない。痴情のもつれだと興味ももはや持っておられないのかもしれないが。
「…しかしもし仮に物産省の不正が明るみになり、これの黒幕が張義京であった場合は非常に厄介なことになるな。張家の影響力は広く浸透しており、反発も混乱も予想される。ただでさえ最近は軍部と物産省の繫がりが強くなっているというのに」
「ここしばらく特に西の国家、燕の恵楽郡侵攻がひどいものでございますからね。そりゃ軍部と物産省の関わりが強くなるわけです。あちらは山々に三方を囲まれており、沿岸部もなく港も有しておらず、また穀物を育てる土壌なども無いはずなのですが。どうしてここまで戦い続けることが出来るのか」
「だからこそ張義京の訴える燕国侵攻が軍部の支持を受けているのであろう。燕国に対する強硬派閥はこの海興国において最大派閥と言っても良いほどの規模である。仮に物産省の不正に反発して軍部が蜂起すれば、それこそ国を割りかねない。最悪の場合、また高家は割れることになる。そしてその神輿として担ぎ上げられるのが大将軍、白轟様であろうな。あの地にまみれた御家騒動を乗り越えられたお二人が、今度は敵同士となって国を奪い合う。なんとも笑えぬ話である」
「まことに」
かつて白麗様には他に三人の兄弟がおられた。同母弟が一人、異母兄弟が二人である。その異母兄弟の一人が白轟様なのだ。
他の兄弟二人は白麗様のご母堂とともに御家騒動によって命を落としておられる。これはまだ海興国が建国される前の話。まだ高家が小さな土地の領主であったころの話。ただし高家の領地であった龍尾の郷もまた鉱山資源が豊富であり、周辺勢力との関わりも強かった。
そんな中で起きた御家騒動であったため、これに関わりのあった周辺の領主らも巻き込んでしまったのだ。そして大事になり過ぎた。領地の近い陸宗家は傍観であったようだがな。
「まぁそれを回避するために、柳泉が動くのであろう。伯母上も二度と同じことを起こさぬつもりだ。私も出来る限りは手伝おうぞ」
「頼りにさせていただきます」
「あぁ。とりあえず人員については昼までに選出してそちらの部屋に行くよう命じておく」
尚賢様はそう言って早速部屋付きの下男に声をかけておられた。ならば俺もさっさと仕事をこなしに戻ろう。今頃禁書庫はかつてないほどに人が集まっているはず。誰か綺麗好きの官僚でもいてくれるとありがたいのだがな。人が多い分、さらに埃が舞いそうな、そんな気がするのは気のせいだろうか。
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