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第二十一話:百鬼夜行と、一筋の光

静寂は、死と共に破られた。

俺が岩棚から身を躍らせた瞬間、俺はもはや『レイ』ではなかった。俺は、音もなく死を運ぶ、ただの一陣の黒い風――『亡霊』だった。


数百人の狂信者たちが何事かと空を見上げた、その刹那。

俺は、祭壇に立つリーダーの男の背後に、音もなく着地していた。熱に浮かされた演説は、俺のナイフがその喉元に突きつけられたことで、間抜けな喘ぎ声へと変わる。

「……動くな。動けば、お前の神は、新しい代弁者を探すことになる」

俺の低い声が、静まり返った巨大な地下空洞に響いた。


だが、リーダーはただの狂信者ではなかった。

「……《闇の加護》よ!」

男は呪文を唱え、その体から禍々しいオーラを放つ。強化された身体能力で、男は俺の刃を紙一重でかわし、後方へと飛び退いた。

そして、ヒステリックな声で叫んだ。

「異分子だ! 偽りの聖女が我らを滅ぼすために放った刺客だ! 恐れるな、同胞たちよ! 神の鉄槌を! あの男を八つ裂きにせよ!」


その言葉が、津波を引き起こす号砲となった。

うおおおおぉぉぉっ!

数百の狂信者たちが、憎悪と狂信に満ちた目で、一斉に祭壇へと殺到する。人の波。人の濁流。まともに受ければ、一瞬で飲み込まれ、骨も残らないだろう。


俺はリーダーにとどめを刺すことを諦め、祭壇の巨大な燭台を蹴り倒した。燃え盛る炎が床に広がり、人々の混乱を誘う。その隙に、俺は群衆の中へと飛び込み、乱戦の中へと身を投じた。

一対数百。常識で考えれば、自殺行為だ。

だが、暗殺者とは、常識の外側で生きる生物だ。


俺は鋼鉄のワイヤーを柱の間に張り巡らせ、突進してくる敵の足を払い、体勢を崩す。煙玉を投げつけ、視界と方向感覚を奪う。人の密集地帯では、力任せの攻撃は味方を巻き込むだけだ。俺はその心理を利用し、敵の連携を断ち切り、同士討ちさえ誘発させた。

俺は戦っているのではない。ただ、効率的に敵の戦闘能力を奪う『作業』をしているだけだ。

ナイフが閃くたび、人の体が崩れ落ちる。ワイヤーが唸るたび、悲鳴が上がる。

そこは、俺という名の死神が舞い踊る、百鬼夜行の舞台と化した。


その頃、地上の邸宅では、セレスティーナが自室の祭壇の前で、固く目を閉じて祈りを捧げていた。

胸騒ぎが、止まらない。

まるで、自分の魂の半分が、どこか遠い暗闇で、悲鳴を上げているような感覚。彼女は、レイが今まさに、命を賭して戦っていることを、理屈ではなく魂で感じ取っていた。


「神様……どうか、あの方を……レイさんをお守りください……」

彼女の白い頬を、一筋の涙が伝う。

「私の光を、どうかあの人に……! あの人の進むべき道を照らす、温かい光を……!」

その涙の雫が、祈りを捧げるために組まれた彼女の手の甲に落ちた瞬間、ぽぅ、と淡く、しかし温かい光を放って消えた。


地下の地獄。

どれだけ敵を倒しても、その数は一向に減らないように思えた。俺の呼吸は荒くなり、全身には無数の切り傷が刻まれている。体力の消耗が、激しい。

ついに、俺は数人の連携の前に体勢を崩し、背後からの一撃を許してしまった。

「ぐっ……!」

脇腹を、刃が深く抉る。激痛に、一瞬だけ意識が遠のいた。まずい。このままでは……。

四方から、とどめを刺そうと、狂信者たちの刃が迫る。


その、絶体絶命の瞬間だった。

首に巻かれた、セレスティーナの手編みのマフラーが、ふわりと温かい光を放った。

その光は、まるで太陽の陽だまりのように優しく、俺を包み込んだ。

「なっ!?」

あまりに場違いな神聖な光に、狂信者たちが一瞬だけ、確かに怯んだ。

その、コンマ数秒の隙。俺にとっては、永遠にも等しい時間だった。

俺は光の中で体勢を立て直し、包囲網を切り裂いて脱出する。脇腹の傷の痛みも、不思議と和らいでいた。

(……セレスティーナか)

この土壇場で、またお前に救われたらしい。笑みが、自然とこぼれた。


だが、本当の絶望は、ここからだった。

俺に手下をあらかた片付けられ、自らも深手を負ったリーダーが、祭壇の上で狂ったように笑い始めた。

「もはやこれまで……! だが、貴様も道連れだ、刺客よ! 我が命と、我が魂を捧げ、古よりこの地を守りし『浄化の守護者』を召喚する! さあ、目覚めよ! そして、この世の不浄を、全て喰らい尽くせ!」

リーダーの体が、どす黒い炎に包まれ、塵となって消えていく。

それと同時に、ゴゴゴゴゴ……!と、地下空洞全体が、まるで地震のように激しく揺れ動いた。


祭壇が、巨大な生物のように脈動し、その中央から、黒い何かがせり上がってくる。

それは、無数の骸骨を寄り集めて作られた、腕が六本もある、巨大な巨人だった。その眼窩には、地獄の業火のような赤い光が宿っている。

古代のゴーレム、あるいはアンデッドの一種か。

人の手に負える相手ではない。


『浄化の守護者』は、咆哮と共にその巨腕を振り回し、もはや敵味方の区別なく、近くにいた狂信者たちを叩き潰していく。地下空洞の天井が崩落し始め、まさにこの世の終わりのような光景が広がっていた。

「……上等だ」

俺は、脇腹の傷を押さえながら、二振りのナイフを構え直した。

セレスティーナの顔が、彼女との約束が、脳裏をよぎる。

(必ず、生きて帰る)

その誓いを、こんなガラクタ人形に食い破られて、たまるか。


「お前ごと、この腐った闇を、全部断ち切ってやる」


崩れゆく地下世界で、元・最強暗殺者は、古代の絶望の化身へと、最後の戦いを挑むべく、その身を躍らせた。

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