第十三話:謁見式と、断罪の刃
謁見式の朝。聖都の空は、まるで作り物のように青く澄み渡っていた。
昨夜の出来事など、まるで存在しなかったかのように、部屋には静かな朝日が差し込んでいる。セレスティーナは、俺があらかじめ床に転がしておいた侵入者たちの体を片付けたことなど、知る由もない。
「おはようございます、レイさん……」
緊張で顔をこわばらせた彼女に、俺はただ一言だけ告げた。
「お前らしくしていればいい」
やがて、ニコラスがいつも通りの完璧な笑みを浮かべて迎えに来た。だが、その瞳の奥には隠しきれない自信と、俺が無傷でここにいることへのわずかな困惑が浮かんでいた。俺はその些細な動揺を見逃さなかった。
「聖女様、準備はよろしいですかな? さあ、大神殿へと参りましょう」
その声は、これから始まる断罪劇への期待に弾んでいた。憐れな男だ。自分がこれから立つのが、断頭台の上だとも知らずに。
大神殿は、圧巻という言葉すら陳腐に聞こえるほど、荘厳で巨大な建築物だった。天を突くような高い天井、壁一面を彩る壮麗なステンドグラス、そして磨き上げられた大理石の床。辺境の小さな教会とは、何もかもが違っていた。
祭壇の前には、教皇猊下を筆頭に、枢機卿や司教といった教団の最高幹部たちがずらりと並んでいる。その中には、厳しい表情でこちらを見つめる、ヨハネス司教の姿もあった。
張り詰めた空気の中、ニコラスに促され、セレスティーナがゆっくりと祭壇の前へと進み出る。俺は付き添いとして、少し離れた柱の陰からその様子を見守っていた。
セレスティーナは深く息を吸うと、俺のアドバイス通り、心を落ち着けて静かに祈りを捧げ始めた。最初はか細かったその祈りの声は、次第に力を増し、清らかな響きとなって大神殿の隅々にまで満ちていく。
その純粋な祈りに、何人かの聖職者が感銘を受けたように目を細めた。ニコラスの計画がなければ、この謁見式は、彼女の輝かしい聖都デビューとなっていたことだろう。
だが、ショーの幕は上がる。
セレスティーティーナの祈りが終わろうとした、その瞬間だった。
「お待ちくださいッ!!」
ニコラスが、芝居がかった大声で叫んだ。大神殿にいた全員の視線が、彼に集中する。
彼は勝ち誇ったような表情で、セレスティーナを指さし、糾弾の言葉を放った。
「皆様、お聞きください! この聖女セレスティーナを名乗る女は、あろうことか素性の知れぬ男を教会に引き入れ、不貞なる関係にあります! そのような不浄な者が、この神聖なる大神殿に立つこと、断じて許されるべきではありません!」
大神殿は、水を打ったように静まり返り、次の瞬間、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
「なんと……」「辺境の出と聞いたが、やはりはしたない」「ヨハネス司教の推薦と聞いたが、あの御方も見る目がないな」
ニコラスと同じ『純血派』の者たちが、ここぞとばかりにセレスティーナを非難する。突然の告発に、セレスティーナは顔面蒼白になり、ただ震えることしかできなかった。
ニコラスは、してやったりという表情で続ける。
「証拠として、昨夜、二人が同衾している現場を押さえる手はずでしたが……賊に邪魔をされ、惜しくも失敗に終わりました。しかし、彼女が不浄であることは間違いありません!」
その、あまりにも都合のいい言い訳。
俺は、その瞬間を待っていた。
柱の陰から、俺はゆっくりと歩みを進め、騒然とする大神殿の中央、ニコラスの前に立った。
「その『手はず』とやらは、これのことか?」
俺が静かに差し出したのは、一本の短剣。その柄には、まぎれもなく『純血派』の紋章が刻まれている。
「昨夜、我々の部屋に押し入った賊が、慌てて落としていったものです。これは、あなたが所属する派閥の紋章。聖女様を陥れるために、証拠を捏造しようと、自ら賊を差し向けたのですね? ニコラス様」
俺の冷静な、しかし核心を突く言葉に、ニコラスの顔から血の気が引いた。完全に不意を突かれ、その口は言い訳の言葉すら紡げずに、ただパクパクと動いている。
その時、これまで沈黙を守っていたヨハネス司教が、雷鳴のような声で叫んだ。
「ニコラァァァスッ!!」
その声は、大神殿全体を震わせた。
「聖なる謁見の場で偽証を弄し、あまつさえ賊を差し向け、無垢なる聖女を貶めようとは! その罪、万死に値するぞッ!」
ヨハネスは、この機を逃さなかった。彼は教皇の前に進み出ると、深々と頭を下げた。
「教皇猊下! この度の不祥事、全ては我々教団にはびこる腐敗が原因! このニコラス、および彼が所属する純血派の悪行、これを機に徹底的に調査し、膿を出し切るべきと愚考いたします!」
ヨハネスの断罪の言葉は、ニコラスだけでなく、純血派の聖職者たち全員の顔を青くさせた。すぐさま聖堂騎士たちが現れ、もはや抵抗する気力もないニコラスとその仲間たちを取り押さえていく。
汚い陰謀劇は、あっけないほど静かに幕を閉じた。
静寂を取り戻した大神殿で、セレスティーナはまだ呆然と立ち尽くしていた。だが、彼女は自分のやるべきことを思い出したように、ゆっくりと祭壇に向き直る。
そして、彼女は再び祈り始めた。
全ての人の前で、これまでで最も清らかで、力強い祈りを。
その姿から放たれる聖なるオーラは、先ほどの騒動で澱んだ空気を浄化するように大神殿全体を満たしていく。誰もが、彼女こそが真の聖女であることを、その魂で理解した。
俺は、その光景を静かに見つめる。
――仕掛けられた盤上で、踊るのはお前たちの方だ。
俺の、完全な勝利だった。




