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第十二話:裏路地の情報と、仕掛けられた罠

聖都の情報屋、『百目のアル』は、その名の通り、まるで百の目を持つかのように街のあらゆる情報に精通していた。

俺が差し出した銀貨を、彼は指で弾きながら吟味する。

「教団内部、それも大神殿の派閥争いの情報、ねぇ。あんた、ずいぶんと物騒なものを欲しがるじゃねえか。そんなもんは、命がいくつあっても足りねえぜ?」

「金が足りなければ、足す。情報がないなら、別の店を当たるだけだ」

俺が淡々と告げると、アルはニヤリと笑った。

「気に入った。その度胸、嫌いじゃねえ。……いいだろう、教えてやる。ただし、こいつはサービスだ」


アルが語った情報は、俺の予測を裏付けるものだった。

ニコラスが所属しているのは、教団内で最も保守的で排他的な『純血派』と呼ばれる派閥。彼らは、辺境の出自で、しかもヨハネス司教という対立派閥の後ろ盾を持つセレスティーナの台頭を、快く思っていなかった。

「純血派の狙いは、謁見式での醜態を演出して、セレスティーナの聖女としての権威を失墜させること。あわよくば、ヨハネス司教の顔にも泥を塗ろうって魂胆だ」

「醜態、か」

「ああ。連中がよく使う手だ。謁見式の直前に、神聖な聖女にあるまじき『スキャンダル』をでっち上げる。例えば……素性の知れない男と、よろしくやっていた、とかな」


アルの言葉と同時に、その視線が俺に突き刺さる。

(……なるほどな。俺の存在そのものが、奴らにとっては格好の『弾丸』というわけか)


「ご丁寧な忠告、感謝する」

俺は追加の銀貨をカウンターに置くと、礼を言って立ち上がった。

「おいおい、もう行くのかよ。せっかくだ、もう一杯どうだ?」

「いや、急ぐんでね」


背後からかかるアルの声に答えず、俺は闇へと再び溶け込む。

セレスティーナの貞淑を疑わせる罠。ご丁寧にも、その相手役は俺というわけだ。ならば、奴らが仕掛けてくるタイミングは、謁見式の前夜。証拠となる『何か』を押さえるために、必ず動いてくる。


翌日、ニコラスの「教育」はさらに苛烈さを増していた。彼はセレスティーナの受け答えの些細な間違いをあげつらい、執拗に詰問した。

「そのような俗世にまみれた考えでは、大神殿の方々の前では通用しませんぞ!」

その言葉は、まるで彼女の内面が汚れているとでも言いたげな響きを持っていた。セレスティーナは必死に耐えていたが、その顔には隠せない疲労の色が浮かんでいる。


そして、運命の謁見式前夜。

ニコラスは「明日に備え、今夜はゆっくりお休みください」と、いつになく穏やかな表情で言い残し、部屋を去っていった。嵐の前の静けさだ。


「レイさん……私、明日、ちゃんとできるでしょうか……」

ベッドに腰掛けたセレスティーナが、不安そうな声で呟いた。彼女の手は、緊張で小さく震えている。

俺は彼女の隣に座ると、その冷たい手を、自分の大きな手で包み込んだ。

「お前ならできる」

「……!」

「何も考えるな。ただ、お前が信じる祈りを捧げればいい。お前の光は、本物だ。誰にも汚させはしない」


俺の言葉に、セレスティー-ナの瞳が潤む。彼女はこくりと頷くと、少しだけ安心したように、ベッドへと横になった。

彼女が穏やかな寝息を立て始めたのを確認し、俺は静かに立ち上がる。


部屋の灯りを消し、窓の外に広がる聖都の夜景を背に、俺は闇の中で息を潜める。

(来るぞ)

五感の全てを研ぎ澄まし、外の気配を探る。


午前二時。街が深い眠りについた頃。

カチャリ、と。

俺たちの部屋の扉の鍵が、外から特殊な工具で開けられる、ごく微かな金属音が響いた。


扉が、音もなくゆっくりと開かれる。

そこから滑り込んできたのは、黒装束に身を包んだ複数の影。その手には、麻袋と薬瓶のようなものが握られている。俺を眠らせて袋に詰め、セレスティーナのベッドに放り込む、といったところだろう。陳腐だが、効果的な罠だ。


だが、侵入者たちが俺の不在に気づき、戸惑った瞬間。

俺は、彼らの真上――天井の梁から、音もなくその背後へと舞い降りた。


「なっ――!?」

驚愕に目を見開く男の首筋に、俺の手刀が深々と突き刺さる。声も出させずに昏倒させると、続けざまに二人目、三人目の急所を的確に打撃し、無力化していく。

それは、もはや戦闘ではなかった。一方的な『処理』だった。


数秒後。部屋には、床に転がる五つの黒い影だけが残されていた。

俺はリーダー格の男の懐から、純血派の紋章が刻まれた短剣を見つけ出すと、それを静かに自分の懐へとしまった。


――これで『証拠』は揃った。

明日の謁見式、ただ大人しく見ているつもりはない。

お前たちが仕掛けた盤上で、踊らされるのは俺たちじゃない。お前たちの方だ。

俺は闇の中で、冷たく笑った。

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