ピンク髪のヒロインは世の理不尽さに涙を流す
テンプレピンク髪。
「冤罪である、と申し上げたく存じます」
無作法だということ承知の上で正面の令嬢に視線を合わせてきっぱり言い切ると、水を打ったような沈黙が場に満ちる。
それに多少の気まずさが含まれているっぽいのは、希望的観測でないと良いのだけれど。
ぱさり、と扇が振られる。
途端、心得たように八割程度の令嬢方がしずしずと席を離れ、サロンから去って行った。
統率の取れた動きにこくり、と喉が鳴る。
目一杯きりりとした顔を装ってはいるが、内心は戦々恐々だ。
ばくばくと打つ心臓に胸元を押さえそうになったが我慢だ、我慢。
自分の取った行動は正しいと信じていたが、もし間違っていたら。
(とうちゃん、ごめんかも)
じっとりと手汗を感じ、そっとドレスに手のひらを押しつけた。
「ピンク髪かよ」
秋深くなり多少ひんやりとした空気を感じながら泉をのぞき込んで呟く。
その日、森の恵みを先住の生きものたちから強奪すべく、ご機嫌で収穫に勤しんでいたのだが、喉の乾きを感じて水を飲もうと小さな泉に足を運んだ。
真っ赤な木の実に深い紫色をしたベリー、確実に無害だと知っているキノコなんかで盛々になった篭を傍らに置いて、澄んだ水に水筒を突っ込み、喉を鳴らして飲む。
存分に乾きを癒やしたあと、波紋が切れた後に映った自分の顔を見て、口をついたのがさっきの言葉。
へたりと座り込み、きつい目眩をやり過ごすために目を閉じる。
ぐらぐらと頭が揺れる。
脳裏には様々な、見たことも聞いたこともないような灰色の建物や、光を弾く、大きな金属らしい塊が走り回る映像がよぎっては消える。
なんとかやり過ごし、大きく息を吐く。なんてことだ。
「『私』が出てくる二次元作品に心当たりなんて無いぞ?」
自分が転生をしていること、ひょっとすると何らかの物語やゲームの登場人物である可能性があること。
まして「ヒロイン」である可能性があることを呑み込むのは、大変な労力を要することだった。
そのあと這々の体で自宅に帰り着いた私は、知恵熱を出して三日ほど寝込んだ。
うんうんと魘されながらようやっと記憶の整理を行って出した答えは一つ。
「さっぱりわからん」
ピンク髪を引っ掴み、病気をしたときくらいしか口に入らない、甘いパン粥をもぐもぐしながらごちる。
推定前世、日本人であった頃に掃いて捨てるほど読んだり見たりした『乙女ゲーム設定とした転生物語』。
自分の名前も国の名前も街の名前にも、記憶はひっかからない。
ただの転生、というのもおかしな話だが、二次元に関係無い転生であると思いたい。しかし二次元が元になってる、という可能性も零ではない。
何故なら去年あたりに巡業でやってきた怪しい芝居を見たのだ。
どこの国かは知らないが、『遠い国の実話が元になっている』と嘯かれた物語が原作で、平民の乙女がお妃様になる、前世で言うところのシンデレラストーリー。
『婚約破棄だ!おまえの罪は云々』と、悪役である婚約者に罪を突きつけて放逐する勧善懲悪の物で、平民に夢とカタルシスを与える物だった。
母におねだりをして見た時は、最初は薄汚れ、すり切れた服を着ていた少女が最後には煌びやかなドレスを纏い、王子様と見つめ合う様子に胸を躍らせたものだ。
今なら思う。
「この世界、なんかの原作ありき?」
思い付いてしまったら、後はむくむくと不安が沸いてくるばかり。
前世ではよく見た乙女ゲーや小説で使い古されたピンク髪。意識して観察すると、周りのお母さん方より格段に上品な母の所作。父が居ないという事実。周りの女の子より見栄えのする自分の顔面偏差値と、色合い。
思い返すとご近所の女の子は基本的に茶目茶髪、ごく希にくすんだ金髪や灰がかった青や緑の瞳。
あのとき水面に映っていた自分のような、ピンク髪で鮮やかで澄んだスカイブルーの瞳は終ぞ見たことがない。
おまけに噂に聞くところによると、王都には王立学園なるものがあって、貴族は皆通うことになっているらしい。数年前、ご領主様の娘さんがその学園に行くのだと、情報通のお隣のジェシカがうっとりとした様子で教えてくれた。
前世の二次元関連が、芝居で見た「遠い国の物語」で打ち止めだったら良いけど、そうでなかった場合はこの後どうなる?
よくあるパターンなら母が死んで男爵や子爵の娘になる?
本当に『ただの転生』なら問題は無いが、このまま流れに任せていて母が儚くなるなんてことは許容できるものではない。
いやいや、二次元関連でなかった場合でもこの容姿だ。数年後のほどよいお年頃になったとき、お貴族様に目を付けられる可能性もある。
どうするか。
うんうんと知恵熱が出そうな程考えた私は、まずは知識である、と結論づけて教会と市場に入り浸った。
教会は簡単な読み書き計算を無料で教えてくれるし、国境にほど近いこの町の市場は外国語に溢れていたので生の外国語レッスンになると踏んだのだ。
その時の年齢は10歳になったばかり。
以降、死に物狂いで勉強をすることになった。
予想通り、学園に入園する年齢である15歳になる少し前、14歳になったすぐに母が体調を崩してしまい、すわ一大事とちまちま貯め込んだ蓄財を元に薬を買いあさったものだ。
柔らか頭の子どもの頃から必死こいたせいか、その頃には数カ国語を日常会話ならこなせるようになっていて、計算は前世のアドバンテージがあったため得意であったため、大店のちょっとした御用聞きくらいはこなせるようになっていて、多少の貯蓄ができていたのだ。
不安と焦燥にかられ、涙目になりながら薬師のところに駆け込んで、その場にいた自称医者に泣きついた。
そしたら釣れたのだ。
何に?母に。
何が?自称医者が。
たまたま薬を見に来ていた自称医者の手を引いて自宅に帰って母を見てもらったところ、なんということでしょう。自称医者が母に一目惚れ。
処置が早かったせいか、ほんの数日で快癒した母に自称医者が猛アプローチ。
ちなみに自称医者はお隣の国の男爵子息だった。
医者になりたい一心で、この国に留学して学位を納めたところだったそう。
念願叶って『医者になれるぞー』というタイミングで都合の良い?悪い?ことに嫡男である長男が儚くなり、跡継ぎになれと呼び戻されているところだと。
医者自身は庶子の立場だったそうで、男爵位にもその家族にも執着はなく、未練たらしく帰国を引き延ばすために途中途中の町でふらふらしていたそうで。
そこで運命の出会い。対象者は私、でなくて母。
「ついてきてくれないかい?」
気弱なプロポーズに、こちらをちらちらと窺う母親。
こっち見んな。と思いながら徐に頷く私。
なんでも爵位を継ぐのは仕方ないとしても、結婚相手くらい自由にさせろ、呑まないなら帰らんと、怒濤の手紙攻勢を現当主である父上に仕掛けたんだと。
そして元より平民寄りの低位貴族ってこともあり、渋々許可が下りたそうな。
そんなこんなで手順は違うが、男爵の養女ルートに乗った。
しかしながら、生国を脱出したことから下位貴族庶子からのヒロインフラグは折れたはずなので、安心したのも事実。
これで心配はなくなっただろうと、これからの人生に希望を見いだしていた。
その後移住してすぐ、母を溺愛する養父様(カッコ次期男爵当主)により中途編入で放り込まれた学園で、喜び勇んで登校したところ、なんと一週間前にも編入生があったと言う。
お仲間か、とよく似た境遇に友人になれるかもとの希望を持って隣のクラスを覗いたところ、居たのだ。
もう一人、ピンク髪が。
ピンク髪になる遺伝的確率は、とか折れたフラグのリバウンドか!?などと戦々恐々、真っ青になりながらも笑顔をキープ。かろうじて倒れ込む事を防ぐことはできた。
同じくらいの時期に編入してきた男爵令嬢。クラスが違うため直接会話する機会は無いが、探りを入れてみたところこちらは着々と『乙女ゲーム(?)』を攻略している様子だった。
この国の王子殿下、宰相子息、軍部の長である将軍の子息、大店の息子などなど。
あらやだすごくテンプレだわ、とこれまた恐怖に戦きながら、こそこそと接触を避けること半年あまり。
編入当時、その男爵庶子であるピンク髪少女にそれはそれは警戒をされていたようで、物陰からこっそり覗かれているのに気づいたときは恐怖しかなかった。
避けきれずに廊下ですれ違うときなんかに「コイハナ」なんてぼそっと囁かれ、訳もわからず首を捻ること数回。多分あれだね。原作名称。心当たり無いけど。多分。
反応しては負けだと精一杯のきょとん顔を披露したら、ふんすと鼻で笑われた。
同じくらいの時期に編入したこと、同じ家格、同じような髪色のせいか「ご親族?」なんて級友に探りを入れられて必死に首を横に振りながら一生懸命説明したよ。
生家はお隣の国で、紛うこと無き平民であることとか、男爵家とは全く血の繋がらない養女であるため爵位承継には小指の先程もひっかからない。なので卒業時の目標は官吏試験の合格と独り立ちであることとか。
そうそう。こう見えても私、外務官を目指しているのだ。日常会話程度とは言え、数カ国語を操れるっていうのを活かすことができるかと思って。
なので色恋に現を抜かす暇なんて、これっぽっちも無いのだよ。
幸い周りの皆は理解を示してくれてやれやれ一安心、と油断していたある日。
寮母さんを通じて正式なお茶会の招待状を受け取って、またしても愕然とした。なんなら血の気が引いて倒れ込みそうになった。
何故なら封蝋にある紋章は、公爵家を示していたからだ。
なんてこった。王子殿下のご婚約者様だよ。
そして冒頭に戻る。
招き入れられたサロンは、盛大に金のかかっていそうな大きなガラス窓から燦々と日の光が入り、眩しいくらいだった。
10名ほどのお嬢様方は高位貴族であられることがひと目でわかるほど、素晴らしく煌びやかなドレスを纏い、長い髪はこれまたきらきらと光を弾いて手入れの良さを知らしめる。
こうして見ると、平民一歩手前の低位貴族なんかとは、生きものとしての「格」が違うなと感心すること頻りである。
生まれた瞬間から、宝石の如く磨かれ、飾り立てられる。また、それが不自然でない程の生き方を強いられるのだろう。
指先まで優美な所作を見て、私的には無理筋だということが有り有りと判るし、万が一、億が一にも目指そうと思わないしその域に到達できるとは思えない。やだやだ。
その時の自分に出来るカーテシーを必死になって披露していると、鈴の鳴る声とはこう言うことか、と思える美しい声が下げた頭に掛けられた。
「ようこそ」
にこやかだが、目が笑っていない恐怖に震え上がったよ。
その後味のしないお茶を頂きながら、髪色や爵位、編入時期の重なりから、『天真爛漫な男爵庶子のハーレム女子』との関係を探られた。
直接的な問いは無いけど、「あの方と殿下の距離感は」とか「どういったご教育を?」とか。関係ありきな話題の振られ方で、あーこりゃ疑われてるな、なんなら止めろよ、くらい思われてる?てことが察せられた。
冗談じゃない。
『あれ』と一緒くたにされるなんて。百害あって一利なし。
精一杯、目力を込めて。叫ぶわけにはいかないから、できるだけ胸を張って声を腹から出すように意識して。
「冤罪である、と申し上げたく存じます」
その後、級友にしたような、官吏を目指していること、なので色恋に現を抜かしているひまなんてこれっぽっちも無く、ましてや元は他国出身で、この国の貴族に血縁は皆無であることを必死で説明し、なんとか誤解は解けたようだ。
「そういえば、ご成績はとても良くていらっしゃる」
取り巻きA(?)のブルネット美女がころころと笑いながらお菓子を勧めてくれた。
ありがたい。貧乏男爵家の養い子には、年に一回も手が出ないような高級菓子だった。上品な砂糖の甘さとしつこくないクリームに、うっとりと目が輝いていたようで、あらあらうふふ、と小さい子を見守るような目で見られてしまった。恥ずかしい。
なんとなく穏やかになった雰囲気に助けられてお菓子をぱくぱく食べていたら、手土産にと余った物をたんまりといただけた。ありがたい!!うれしい!!
その後、お嬢様方に気に入られたのか、何くれとなく気を遣っていただけるようになった。
やれお茶会だランチだと連れ回され、この髪飾りが似合うから着けてみろ、いやこのリボンだと飾り立てられているうち、学内が変な熱気に包まれていることに気づく。
あれれ?へんんだぞ??と首を傾げていると級友の子爵令嬢に気の毒そうな目で見られていた。
「何?何かあったの?妙に視線を感じるんだけど」
「気付いていらっしゃらないの?」
「いや、怖いんだけど。私何かした?」
怖々訪ねると、彼女がため息交じりに教えてくれた。
「いま、学内は二つの派閥に分かれているの」
「うん?」
「『真実の愛推進派』と『麗しい少女達を見守る派』で。勿論、私は後者よ」
「はぁ???」
よくよく聞いてみると、学内での注目度は二つに割れているそうだ。
王子様と男爵令嬢の「真実の愛」を応援する生徒と、麗しい女性たちがカワイイ少女を可愛がる様子を見守る生徒と。
前者は「私だって俺だって、上位身分の異性に見初められたい」と夢見る、主に低位貴族子弟であり、後者はきゃっきゃうふふと楽しげに戯れる女性を陰ながら見守り、ほんわか雰囲気を愛でる主に中・高位貴族の子弟であり。
特に公爵令嬢はその色白で儚げな容姿と銀髪から『白薔薇様』、彼女の親友でありブルネットとナイスな姿態の迫力美女は『黒薔薇様』と呼ばれているそうな。
がつんと頭を殴られたような衝撃を受けた。
つまり。
王子様と側近達の高貴男子にひっつくピンク髪 VS その婚約者の高貴女子にひっつくピンク髪。
同じピンク髪を愛でる高位貴族。
その両方をほわほわと見守る生徒達。
ピンク髪の少女達は同じ貧乏男爵令嬢で、これまで「カワイイね」くらいだったのが高位貴族達の手入れ(主に食事や装飾品)でみるみる「美少女」になっている様を見守られ、どちらがより魅力的に「育成」されるかで注目の的だと言う。
「なに、それ」
「あら。だって貴女もあちらの男爵令嬢も、小さくてふわふわで庇護欲をそそるウサギさんのようでしょ?」
「えぇぇ?なによぅ。それぇ」
「あちらのご令嬢は「いじめられているんです」なんて第二王子殿下や公爵子息様に震えながら訴えるそうよ。その様がかわいそ可愛い?とか不憫可愛い?で守ってあげたくなるそうよ?対して貴女はちまちまと図書館に通う姿やお姉様方に弄られる様がまるで花園のようだと」
「なにそれーーー!」
つまり何か。
ドアマット不憫美少女萌えと小動物百合萌え、ついでに美少女育成としてエンタメ化していると??
(乙女ゲーだったのが育成シミュレーションの様相を呈しているとか。ゲームカテゴリ変更かよ)
白目を剥きつつ貰ったクッキーをぱくついた。
「ちょっとあんた!」
授業が終わり、寮への近道として裏庭を小走りに駆けていると、刺々しい声が聞こえた。
自分への声がけとは思わず、無視していると「ちょっと待ちなさいよ!!」と更に怒鳴られる。
私か?と振り返ると、そこにはもう一人のピンク髪の美少女が仁王立ちしていた。
「何か用?」
「あんたのせいよ!あんたがいるせいで攻略進まないじゃないの!バグなの?」
「はぁ?何のこと」
「あんた転生者でしょ!だから私の邪魔してるのね。おあいにく様、ジェフェリーもクライスもフィリップも、みんな私の事が好きなのよ」
(第二王子殿下他のお名前を、初めて知った件について)
ふふんと鼻を鳴らしながら言い放たれた言いがかりに頭がくらくらする。
やっぱり乙女ゲーだったのか。聞かされた男性の名前が出てくる乙女ゲーなんて記憶にないし。知らんがな、と言いたい。
「あー。テンセイシャとか。訳のわからない言いがかり止めてくれないかな」
「はぁ!?あんたのせいで悪役令嬢や取り巻きからの嫌がらせとか、ぜんっぜんイベント起きないんだけど!!」
「だから。何のことかわかんない。アクヤクレイジョー?なによそれ」
「とぼけるんじゃないわよ!」
掴みかかってきたピンク髪を慌てて避ける。なんって暴力的な!ヒロインらしからぬ彼女に恐怖を感じる。
「避けんじゃないわよ!」
「まって!訳わかんない!!」
「うるさい!!」
危うくキャットファイトになりそうなところを這々の体で逃げ出した。
くわばらくわばら。君子危うきに近寄らず。
これ以降、徹底的に「もう一人のピンク髪」を避けることにした。
ゲームの終わりは多分卒業式の後にあるパーティだろう。あと3か月ほど先だ。それまでお姉様方に腰巾着して守ってもらおうと決意する。
しかしヒロイン(仮)よ。
そんな性格はヒロインじゃないと思うよ?
「クリスティーヌ・オブリ嬢!前へ!!」
あれから公爵令嬢達の腰巾着と化した私は、このときもこそこそと「お姉様方」の陰に隠れていた。
卒業式は無事終わり、今は学園主催の卒業パーティだ。謝恩会、というかプロムだな。
本日の私の出で立ちは、薄い水色のふんわりしたドレスである。
コルセットをギリギリ締め付けられそうになって泣いて勘弁してもらった。ちなみに黒薔薇様プロデュースである。プレゼントだって。ありがたい。
壇上にはジェフェリー第二王子殿下(覚えた)以下、側近達。
王子殿下の傍らにはそう、ピンク髪がぴるぴると震えながら控えている。
震えながらも目の奥の愉悦が見て取れて苦い思いが湧き出した。
おかしいな、と首を捻る。お姉様方、悪役令嬢的な事何もしてないんだけどと、不思議に思いながら傍らの白薔薇様をそっと見上げる。
ふふ、と笑いながら頬をちょんとつつかれ、その可憐さ、笑顔の美しさに同性ながら赤くなってしまった。
(はわわ、なんてしないんだからね!)
ぐっと拳をつくって耐えていると、白薔薇様がしずしずと王子殿下の元に進み出る。
「クリスティーヌ嬢、今日こそ決着の時である」
「まぁ殿下。随分と自信のあるご様子で」
「無論。私は負けない」
ばちりと火花を散らすような様子に焦って前に飛び出しそうになるのを黒薔薇様にやんわりと止められた。
なんで、と焦って見回すと、皆にこやかな様子。いやなんで!
「見たまえ!この可憐さを!」
ぐいとあちらのピンク髪が王子殿下の前に押し出される。
「あら、この清楚さを前面に出したコーディネイト、彼女の楚々とした内面を醸し出しているようではございませんか?」
ぐいと私も黒薔薇様に押し出される。いやなんでよ!!
ぐぬぬ、とにらみ合う二人と目を白黒させるピンク髪×2。
うおお!という野太い声やきゃぁ!という黄色い声。
突然熱気に包まれる会場に、訳もわからずおろおろと辺りを見回してしまった。
「レモンイエローの膝丈ドレスで彼女の稚さを前面に押し出し、髪を彩るリボンとダイヤの髪飾りは顔色を明るく、また薄紅色を基調としたメイクで儚さを表現し………」
「この水色は1枚で表しているのではなくてよ!濃いめの青の絹地の上に純白のチュールを重ね、ボリュームを出すと共に………」
いやどこのファッション雑誌よ。
「ジョゼット様。これなに?」
「私に聞かないでよ。わけわかんない」
思わず顔を寄せ、ひそひそと会話を交わすピンク髪(×2)。
再び大きな歓声が飛び、同時にびくりとして咄嗟に手を取り合いつつぴたりと身を寄せる。
「おお!二人並べるのもまた良し!」
「あらいやだ。お揃いをオーダーしたくなったわ」
「真に。どうだ。二人とも侍女にしては」
「駄目ですよ。フラン(私の愛称だ)は外務官を目指して一生懸命勉強しているのよ。邪魔をしてはいけないわ」
「うむ。惜しい。どうだ、我々の結婚式では二人に揃いを着せて其方の側付きとして登場させては」
「嬉しいですわ。今から楽しみでなりません」
仲良しか(白目)。
隣を見るともう一人のピンク髪改めジョゼット嬢も魂が抜けた様子でぱかりと口を開けていた。
「あの」
状況がまったく読めず、近くにいた黒薔薇様に恐る恐る声をかける。
「何かしら?子ウサギちゃん」
「子ウサギて。オブリ公爵令嬢様とジェフェリー殿下のアレは一体」
「仲良しよねぇ。二人とも幼いころから両思いでね、でも仲良しだから趣味も似ていて張り合うことも多かったのだけど、今回は勝負付かずねぇ」
「はぁ」
つまり何か。
二人はそれぞれのピンク髪少女派閥(笑)の元締めなんだな。
それでもって、どっちのピンク髪が魅力的かの集大成がこのパーティだったと。
仲良しか(二度目)。
「では、どちらを推すか、ご判断を!」
黒薔薇様が声を上げると王子殿下の側近達とその婚約者達が会場の端と端に進み出る。
途端、ささっと会場にいた生徒達はそれぞれの元に歩みよってきれいな二等分になる。
「同数か」
「概ねそのように見えますわね」
ぽっかりと空いた中心に、にこにこと笑い合う婚約者達とピンク髪。
そろりと隣を見ると「知らない。こんな展開知らない」と呟きながらほとほと涙を流している。
(ううん。かわいそう、とも言えないなぁ)
はは、と薄笑いを浮かべて途方に暮れる私を責める者はいなかった。