自分に興味ない義姉が何故かそこにいた
たまにはこんな経験もあるさ
冷たい風が自分の体温を奪っていく、いや、冷たい風が吹かなくても流血が酷くてどんどん体温が奪わていっただろう。
ああ、死ぬのか。
「それも……いいか……」
愛人の子供として冷遇されて、見かねた別の家では遠巻きにされていたのに自分が成長期を迎えるとべたべた触ってきた養子先の長女と三女によって女嫌いをこじらせて、そんな自分の心を解してくれた初恋の女性は自分の敬愛する上司を一途に想い続けているのをつぶさに見せられ続けて、上司も不器用だが、一途な彼女にほだされていった。
それをずっと見せられ続けて、嫉妬とか悲しいとか思う前によかったなと思えた自分に驚かされて、
『誰かの幸せを嫉むんじゃなくてよかったと思えるのなら心は正常だから安心していいよ』
以前誰かに言われた言葉が脳裏に浮かんだ。
誰に言われたのか全く思い出せないのが不思議に思ったけど、もしかしたらあの初恋の女性の言葉だったかもしれない。
そんな言葉に背中を押されて、敬愛する上司を助けて戦場で死ぬ事態になっても上司と初恋の女性が幸せになるのならいいかと思える時点で自分の心は正常なのだろう。
目を開けているのもやっとなので閉じようとした瞬間。人影が見えた気がした。
ぼろい猟師の使っているような小屋が天国のようだ。
「天国ってあまりいいものではないのだな」
思わず呟く。天国というと煌びやかで天使とかがいるイメージだった。
「残念だけど、天国じゃないわね」
一人だと思っていたらいきなり声が聞こえて驚かされる。
「ユーフィリア…………義姉さん?」
貴族令嬢でありながら猟師のような動き易い格好。化粧気もないが日焼け止めと虫除けの薬の臭いを辿誉わせてそこにいるのは養子先の次女だ。
「そう。運がよかったわね。あんたの倒れていた場所にあった野草は血止めに効果的な薬草だったからすぐに治療できたわよ」
だから助かったと言われて、自分が無事だった理由を悟る。
「ユーフィリア義姉さんがここまで運んだのですか……」
鎧を着ている自分を。
「運んだと言っても大したことしてないわね。シーツを使ってそこにあるそりに転がせば、今の時期なら運びやすいしね。どっちかと言えば振動で傷口が開かないかが心配だったわね」
確認するように覗き込まれる。
血を連想させる赤い髪に、冷酷さを感じるようなきつい眼差しの青い目を分厚いガラスで作られたレンズで隠している。
「食事は出来る? 取り合えず、血が不足しているから鉄分を多めに取れる料理を作ったから」
鉄分多めと言われてレバーを今多めに取るのは遠慮したいなと思っていたら差し出されたのはほうれん草を使った料理。
「美味しい……」
「茹でたほうれん草で作った料理だけど舌に合ってよかったわ」
舌に合ってという言い方が独特だなと思う。
「………しばらく休んでいなさい」
「うん。ありがとうユーフィリア義姉さん」
近くの机にはほうれん草以外の料理も置かれている。見たことない料理でお肉は少量だけど、どれも美味しかった。
しばらく休んでいなさいと言われて本当にしっかり眠っていたようだ。目が覚めるとユーフィリア義姉さんが近くの机に向き合って一心不乱に何かを書き綴っている。
「何を書いているんですか……」
「薬草の調合。それと今までの食生活で健康を崩すものが多かったからまず食生活から健康を維持して、それをしていけば身体を壊す恐れが減る可能性があるからと……あとは、暑さや寒さに強い植物を育てる研究をして……土地の状況によって向き不向きの食料があるのでそれを調べる方法を……」
机に向き合いながら早口で言われる。
「そうなんですね。すごいです」
そう言えば、ユーフィリア義姉さんは遠巻きにされていた自分が体調を崩している時にやってきて野菜ジュースとか大豆を使った料理を渡して様子を診に来てくれていた。
「……………アコーディオンは貴族らしくないと言わないわね」
「えっ?」
意味が分からないと首を傾げる。
「まあ、言われてもあたし一人しかいないから文句は聞かないけど」
首を傾げた自分の疑問に答えずにユーフィリア義姉さんは野菜がたくさん入ったスープを渡してくる。
野菜がいっぱいだが、味は優しくて野菜の影に隠れていたがベーコンも入っている。眠る前に食べたものよりもしっかり味付けも量もあるのはこちらの健康状態を確認して作られたからだろうか。
もしかしてと思っていたことがどんどん日数を重ねていくうちにそれが事実だと判明して来ると貴族令嬢であるユーフィリア義姉さんが何でここまで知識が豊富なのか料理が出来るのか疑問が湧いてくる。いや、そもそも、
「なんでユーフィリア義姉さんが戦場に?」
疑問を抱いても無理ないだろう。ここは激戦区だ。貴族令嬢だと言うことを除いても非戦闘員がいるような場所ではない。
「また、全てを諦めたような目をしているかと思ったけど、大丈夫そうね」
「義姉さん?」
どういう意味かと首を傾げていると、
「なんでもない」
とあっさりその話を終わらせる。
「薬草集めよ」
「そんなの部下にさせれば……というかここは危ないって」
何を考えているんだと注意をすると、
「貴族令嬢らしくないのは理解しているわよ!!. だけどね。ここにしかない貴重な薬草があるという知識があるのにそれを生かさないで苦しむ民を見捨てるのが貴族のありようじゃないでしょう!! あたしは危険だと言われても好きなことをする」
だから貴族令嬢らしくないと言われても自分はしたい事をする。そんな宣言をする義姉を見て今まで自分は何を見ていたんだろうと思わされる。
成長期で自分に対する扱いが変わった女性を見て女嫌いになった……変わっていなかった女性もそこにいたのに。
それに気づかずに女嫌いを解してくれた女性を好きになった……その相手が上司の想い人だったのに。
それで死んでもいいと思った?
それこそ愚かな行いだろう。
だって、ずっともっと素晴らしい女性が居たのに…………。
『ここまでの境遇でも人を恨まないのね』
声が聞こえた気がした。
ふととある光景が浮かぶ。何かの用件で外に出て、家族仲の良さそうな人たちを見かけたのだ。
『…………』
『まあ、誰かの幸せを嫉むんじゃなくてよかったと思えるのなら心は正常だよ』
人形のようになされるがままにされていた自分に向けられたのだ。
『だからさ。我慢しないで好きなことをしてもいいと思うよ。生きているのなら』
だから生きろと言われたのだ。ずっと背中を押されていたのだ。
「貴方だったんだ……」
そんな記憶を皮切りに思い出がどんどん鮮明になっていく。
彼女はいつも長女と三女から守ってくれていた。栄養が足りないのを案じて味はともかく野菜などの食事を提供してくれた。
そうだ。生きる力を与えてくれていた。
好きなことをしていると言いながら誰よりも誰かのために動く人だったんだ。
そう思えると今まで想っていた彼女への気持ちが消えていき、義姉を意識しだす。この想いを伝えようと口を開くと、
「あっ、来たわね」
数人のおそらく部隊らしきものたちの近付いてくる気配。
「敵……?」
「大丈夫よ。連絡したから迎えだと思うわ」
部隊間の連絡する笛の音が確かに自軍のそれ。
「失恋したからって、死に逃げるような安直なことをしちゃ駄目よ」
あっさりドアを開けて、迎えに来た部隊に引き渡される。
まさか、恋心を自覚した途端にそんな対応されて戸惑うと、
「吊り橋効果とかで勘違いしないでさっさと次の恋をしなさいね」
また意味の分からないことを言って手を振る義姉の姿が遠ざかる。
迎えの部隊に余計なことをと思いつつも敬愛する上司の元に戻れることを安堵して、取り合えずさっさと戦争を終わらせて義姉に会いに行こうと決意したのだった。
義姉。実は転生者。義弟に関しては同情はしていたが特に接触するつもりはない。自分が恋愛対象になってもだから吊り橋効果は駄目だといったでしょうと信じない。
ガンバレ義弟