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第一章:着ぐるみの教室

目覚めると小学生にされ、ケモノの着ぐるみを着せられた少年。

そこは「ケモノの国」――年も名前も忘れ、ずっと着ぐるみで生きていく世界だった。

着るたびに、自分が誰だったのか、だんだんと思い出せなくなっていく。

目が覚めた瞬間、彼はまず、世界の色が変わっていることに気づいた。


教室の中なのに、窓の外は薄桃色の霧が立ちこめ、木々が揺れていた。机や椅子はどれも低く、子ども向けのサイズ。床の木目さえ、見たことのないやさしい光を湛えている。


「……ここは、どこ?」


声が幼い。いや、声だけじゃない。自分の手を見て、息をのんだ。


小さい――手が、自分のものじゃないみたいに、小さくてふっくらしている。袖の先には、見慣れぬ小学校の制服。紺の半ズボンに白いシャツ。首には赤いネクタイ。そして、床には黄色い帽子が転がっていた。


鏡に映る自分の姿を、彼はゆっくりと確認した。


「……小学生になってる……?」


違和感はそれだけではない。背中に手をまわすと、ふわりとした毛の感触。

「尻尾……?」


急にドアが開いた。


「やっと起きた?」


入ってきたのは、一匹のウサギ――のような着ぐるみ姿の少年だった。ふわふわの耳が揺れ、笑顔がまぶしい。でもその目だけが、どこか遠くを見ているようだった。


「着替え、まだでしょ? ほら、机の上にあるでしょ。君の着ぐるみ」


机には、茶色の動物――狸かアライグマのような着ぐるみが畳まれていた。ボタンもチャックもない。不思議と「着られる」と思った。


「着ないと、外に出られないよ。ここは“ケモノの国”だから」


少年は軽やかに言った。


「僕も最初はびっくりしたけど、すぐ慣れたよ。気持ちいいし、あったかいし、それに――」


彼は目を細めた。


「着てるうちに、どっちが“本当”の自分なのかわからなくなるんだ」


ぞくりとした。


「そんなの、嫌だ……」


心の奥から反射的にこぼれた言葉。だけど、そのときにはもう、手が勝手に着ぐるみを持ち上げていた。ぬくもりが指を包む。まるで、それは彼を歓迎しているように。


着ぐるみを広げると、内側はふかふかの綿と、奇妙にあたたかい布地。

思わず、腕を通した。


その瞬間、世界が変わった。


肌にふれる布が、皮膚の内側に染み込んでくるような感覚。

呼吸が、浅く、そして深くなる。体温が上がり、心がゆるむ。


「気持ち……いい……」


最後に頭をすっぽりと被ると、視界が変わった。自分の目線が、ほんの少しだけ低くなる。そして、耳の奥で何かがカチッと噛み合う音がした。


「ようこそ、“こちら側”へ」


ウサギの少年が微笑む。


「もう、大丈夫だよ。ここでは、名前も年齢も、忘れていいから」


彼の中で、何かが少しずつ剥がれていく。記憶の輪郭が、着ぐるみの温かさに溶けていく。


「……ぼくは……だれ……?」


尻尾が揺れる。耳がピクリと反応する。自分の鼓動が、まるで動物のそれのように変化していくのを感じる。


「それは、着ぐるみが決めてくれるさ」


そう言って、ウサギの少年が手を引いた。


教室の扉が開く。

その先には、色とりどりの着ぐるみたちが歩く、柔らかな森のような街が広がっていた。


「さあ、新しい毎日を始めよう。ここは、ずっと子どものまま、ケモノのまま、過ごせる楽しい国なんだから」


彼はゆっくりと頷いた。もう、逃げようという気持ちはなかった。


いや、それすらも――忘れかけていたのかもしれない。

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