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彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第六章:遷進世界

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090話:勇者って言う人?を探すよ

目を覚ました。


どこも痛くないし、意識もはっきりしていた。

私はベッドで寝ていたらしい。


起き上がって周りを見渡すと――

湯船の中で、トキノちゃんが泳いでいた。


……だけど、下半身が……えっ、なに?


まだ夢かと思いながら、思わず声をかけた。


「トキノちゃん、その……なに?」


下半身を指さしながら、言葉にならない声を手で口に押し込んだ。


「魚はいないよね、この世界には。

でも“水の中に住む動物種”だと思っておけばいいよ。

勇者を見つけたら、もっと見たことのない生物も見に行くことになるしね」


えー、そうなんだ?


私は四つん這いになって近づいて、改めてトキノちゃんをじっと見つめる。


「……綺麗な尻尾だね。

そんな形の動物種は見たことない。……でも、これから見られるの、楽しみ」


勇者探しが、ぐっと楽しみになった。

――夜も、もう明けるようだ。


そうだ、ヴェルシーはどこ?


花そう聞くと、トキノちゃんは湯船の奥へ泳いでいって――

花びらの下から、うつ伏せでぷかっと浮かんでるヴェルシーを見せてくれた。


「あっ、え? 大丈夫なの?」


トキノちゃんが、私のほうへ彼を運んできてくれる。


そして何かの魔法を唱えると――

ヴェルシーは即座に立ち上がって、何も言わずに湯船から上がってきた。


そのまま、ぶつぶつと何かをつぶやきながら、

私の背中へ――びちゃびちゃのまま、強く、抱きしめてきた。


私、怒ろうと思ってたのに……。


きっと、負けたのかな?

そっちのほうが気になって、怒るのをすっかり忘れてしまった。


いつもヴェルシーは、私の背中にぎゅっと抱きついてくる。

だから、撫でたりはできないけど――気が済むまで、好きにさせておいた。


――少し時間が経ったころ。


「あたし、部屋に戻るね。宿題は書いておいたよ。頑張ってね」


そう言って、トキノちゃんは一度湯船から跳ね上がって――

勢いよく、じゃぶーん!と潜った。


そんなに深くないはずのお風呂なのに、彼女の姿はどこにも見当たらなくなった。


「……どんなに鍵を閉めても、僕が気づかない領域から入ってくるんだ……」


ヴェルシーが私に向かってそう言った。

でも、その声はどこか泣きそうだった。


顔をあげ、私から少し離れると――ぽつりとこぼした。


「でも、そうなんだよね。

防壁って、そこから決壊するんだって……

教えてくれたのかな、トキノ先生……」


「私もあるよ。兄様は、直接は教えずに、

気づくまで何度でも同じことをやらせてきた。

……先生って、そういうものだよね。ふふっ」


「そうなんだ? 僕には、ほとんど先生っていなかったからな……

じゃあ、それが普通ってことなんだね」


私は笑顔で「たぶんね」と答えると、ふたりで“勇者探し”の準備を始めた。


私はまず、宿題の本を開いてみた。


そこには、「早急に勇者を探すこと」

「あぶないので接近禁止」とだけ書かれていた。


――それだけ?

でも、昨日トキノ先生に言われたことと同じだし、きっとこれでいいんだろう。


服も、庶民街に合わせて選んでみた。

たぶん、何を着ても“盗系”にはなじめない気がしてたら――


ヴェルシーが「最近作った」と言って、指輪をひとつくれた。


装着者の“雰囲気”を変える魔法が封じてあるらしい。


幻影系の魔法とは違って、これは“気軽さ”がウリなんだとか。


いずれ帝都でも売り出す予定で、今回はその試作品とのこと。


それから家を出るまでの準備は、あっという間だった。

それだけ私は、楽しみでしかたがなかったみたい。


適当なメロディーを口ずさみながら、南門国へと向かっていく。


昔、何度か訪れたことがあるけれど――

北の庶民街よりは、“まだまし”だと思ったから。


ヴェルシーも「どこでもついていくよ」と言ってくれていて、

彼女のローブはすでに変化していた。

見た目は、もう“ただの庶民”にしか見えなかった。


南門国に続く道は、大通りと、

それ以外に舗装されていない細い道が二本あった。


私はそのうちの一つ――大通りの隣の道を選んでみた。


舗装はされていないけど、そこまで歩きづらくはないし、

大通りほどの活気はないけれど、人の行き来はむしろ多いくらいだった。


それだけ――きっと、“勇者”も見つけられる気がする。


「ヴェルシー、ぱぱっと勇者を見つけて、トキノ先生をおどかせよう!」


私が思うに――

こんなにも何かにここまで“やる気”を出した、私は生まれて初めてかも。

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