087話:トキノ先生の昔話は相当昔
ヴェルシーが帰ってきたとき、
私とトキノちゃんが仲良くしてるのを見て、ちょっと困惑してた。
「お帰りヴェルシー」
私は、初めて“妹ができた”ような気がしていた。
トキノちゃんはというと、
見た目どおりの年齢のまま、遊び盛りの子どもみたいだった。
トキノちゃんのベッドには、大小さまざまな人形がたくさん積まれていた。
別の壁面には――リレアスさまの遺産?なのか、本棚がずらっと並んでいた。
そして、私たちの様子を見ていたヴェルシーが、ぽつりとつぶやいた。
「……僕の家に住まなくても……
ほかの家でも、いいんじゃないかな?」
その一言で、空気が止まった。
私とトキノちゃんは同時にヴェルシーを見つめた。
……耐えきれなくなったのか、彼はそっぽを向いて、
「この階から、上がらないでよね」
と言い残して、階段を上っていってしまった。
それは、ちょっといじけた子の捨て台詞みたいだったけど――
まったくの的外れってわけでもなかったかも。
だって、トキノちゃんは姿こそ子どもになってしまったけど、
きっと中身も強さも、前と変わらない気がした。
「ヴェルシー、すねてるよね? 私、やっぱり見てこようかな?」
そう言ってみたけど、トキノちゃんは首を横に振って言った。
「それはあとでいいよ。
それより、あたしも少しずつだけど、思い出してきたんだ。
昔に……すっごく昔にね。
名前はもう忘れちゃったんだけど、勇者くんって呼ばれてた子がいてね。
歯車をきれいにするのが上手だったの」
トキノちゃんは、本当に懐かしそうな顔で、
細かいところまで思い出そうとしていた。
私は、いくつかの世界を体験したことはあったけど、
ちゃんと“知る”ことはなかったから――思い出の途中でつい聞いてしまった。
「勇者くんって……友達なの? 歯車って、“時”のこと?」
ん? と首をかしげたあと、ふふっと笑って私を見て、
「勇者くんは名前じゃないけど、みんなからそう言われてたんだ。愛称だね。
歯車はもちろん、この世界を動かす“歯車”。
小さな歯車でも、たくさん回せば……いつかは……ね」
そこまで言ったあと、トキノちゃんはふっと言葉を止めて、考え込んだ。
「ふむふむ……歯車……、……。」
そしてまた、にっこり微笑みながら話し出した。
「――あたしはね、勇者くんたちと一緒に、いろんな世界を旅してたんだ。
もう、全部の――って言っていいくらいの世界でね」
歯車を壊そうとするやつを倒したり、たくさんの人を助けたり。
……この姿じゃなかったけどね。
でも、今思うと――最後に“歯車”を止めてしまった、あたしだった。
だから、それを再び動かした瑠る璃おねちゃんが、今の勇者だね」
「えっ? 私が勇者?
歯車を回すのが上手い職業ってことかな?
この世界では聞いたことないけど……私が国で登録して始めようかな?」
なんだか楽しそうな職業。
“若冠の儀”を終えれば、正式に作れるかも。
その準成人式まで、もう少しあるけど――
トキノちゃんに、いろいろ教わってみようかな?……でも。
「瑠る璃おねちゃん……うそだよ、ごめんね。
実はね、勇者になれる者は決まってるんだ。
それに、瑠る璃おねちゃんはもっと“大きな歯車”を回す力を持ってるよ。
……勇者くんたちなんて、大したことないから」
私は、ちょっと衝撃を受けた。
「でも……“もっと大きい歯車”って、なあに?」
「そうだね……今は、そこまで考えるより――
まずは“小さな歯車”を回すのを、あたしも手伝うよ」
そう話すトキノちゃんを見ながら、ふと疑問が浮かんだ。
「あれ? リレアス様は、“時は動いた”って言ってましたけど、
それと、“歯車を動かす”ってことは……違うんですか?」
トキノちゃんは、少し間を置いて――静かに言った。
「……瑠る璃おねちゃん。“時が動いた”って言ったのは……あれも、嘘だよ」
ん?
なんだか、私……わからなくなってきた……。
でも、じゃあ――リレアスさまを殺してしまった“あの意味”は……?
そのとき、上の階から――
「えええええぇぇぇーーーっ!?!?嘘ってどういうこと……」
思いっきり大声が聞こえた。
ヴェルシーの声だ。
どうやら、めちゃくちゃ慌ててるみたいだった。




