084話:なにもできないよ……だから帰るね
私は、リュオン君を直接見たかった。
近くで見たいと魔掌ルドさんに頼むと、
魔法生物キューちゃんは、特殊植物種《仮称ろ》のところに行ってくれた。
横腹あたりに現れた扉から降りようと、椅子から降りて、外に出た。
すぐにわかった。これは、リュオン君の体が、
バラバラになっているわけじゃなくて、あるのは、肘から先の“手”だけだった。
どういうことなのか、私にはまったくわからなくて、思わず、首を横に振った。
気づくとヴェルシーが、隣に立っていた。
「どうなってるの……? 私の目で見る限り、全部リュオン君の手だよ?」
「知ってるだろ。植物種は人間に寄生して操れない……
でも、リュオン君には寄生できているのかも?」
特殊植物種《仮称ろ》地面に広がっている部分が、本体なのかもしれない。
触手同士が手を取り合ってペアーになると、そのまま地面へと沈んでいく。
そして、そこからまたドロドロとした液体が滲み出て、広がって来た。
そのときだった。何本もの“手”になった触手が、突然こちらへ向かってきた。
「あっ!」
ヴェルシーが短く声を上げた時には、すでにそれらが目の前にまで迫っていた。
まるで、握手を求めているみたいに。
私は思わず手を振って払いのけようとした。
けれど、“手”はそのまま私の手を包みこむように握ってきて――
そして、すっと元の方へと戻っていった。
……なに、今の?
握手した瞬間、ほんの小さな棘が刺さったような感覚があった。
でも、それだけだった。
「もう戻るよ!」
ヴェルシーが、強い口調で言ったので、私は頷いて駆け足で中に戻った。
私も、植物種の怖さは知っている……はず。
「ごめんね」
そう言うと、ヴェルシーは「僕にもどうにもならないよ」と、
少し苛立ったように独り言のように呟いた。
二人で椅子に座り直した時には、もう魔法生物キューちゃんは走り出していた。
「ん、んー」と咳ばらいをした魔掌ルドさんが、こちらへ寄って来た。
「さっきの他世界人は、どこかへ行ってしまいました。
あと、特殊植物種《仮称ろ》は今のところ追ってきていません」
「そっかー……」
私は魔掌ルドさんに尋ねた。
「これから……どうなるんだろう?」
「どうなりますか……?
私は、いままで世界と点でしか繋がっていなかったので、
あなたの世界が、少し気になります」
魔掌ルドさんは「ふふふ」と笑い、
それから急に真剣な顔になって、考え込んでしまった。
そのとき、ヴェルシーがぽつりと残念そうに言った。
「もうすぐ……先発隊の精霊が、あれを見つけるよね。
僕たちだけじゃ、リュオン君を助けることはできないよ。
……だから、もう帰ろう」
「……そうだね。早く帰れるって、よかったことかもしれない……」
私も小さく頷いて、ヴェルシーと同じように椅子の背を倒した。
そして、そのまま目を閉じた。
――疲れちゃったな……でも、あれ? 私、もう夢を見てるのかな。
どこかで、子供の声が聞こえる……気がする。
……リュオン君? ……助けられなくて、ごめんね。
(もう死ねるよ、ありがとう)
「……どういう意味?リュオン君」
私は目を覚ました。まだ椅子の上で横になったまま。
あっという間に寝てしまったのかもしれない。
……でもリュオン君が言ってた事、忘れないでおこうと思った。
隣のヴェルシーは、ぼんやりと外を見ていた。
「この辺りからなら、影響はないだろうから……
少しだけ、見ていたんだ……今は、先発隊だけで抑え込んでいるよ。
でも、リュオン君の“手”しかないのが……気になる……。
………………でも、どうすることもできなかったんだ」
音はまったく届いてこないほど遠くの場所。
けれど、あの場所で戦いが起きているのだとわかる。
……私は、ただ見ている事しかできなかった。
それでも、届く光だけが、その壮烈さを物語っていた。




