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彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第五章:生命の女神リレアス

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081話:リュオン君探しに魔法生物キューちゃんと

何もない空間なのに、ゆらいでいる。


……空間そのもの、かな?いや。


「ねぇ、あれ……間違いないよ。魔法生物キューちゃんだよ」


遠くから見ても、それとわかる独特な闇が、ぽつんと浮かんでいた。

私が目を離さずにいると、それはまっすぐ、私を目指してやって来た。

そして、目の前で静かに香箱座りをして、ごろごろと喉を鳴らした。


「来てくれて、ありがとう」


私がそう言うと、魔法生物キューちゃんはさらに喉を鳴らした気がした。

あたたかい音が、胸の奥に広がる。

私は立ち上がって、ヴェルシーのあとを追った。


すると彼女は、迷いなくキューちゃんの影毛の中へと入っていった。

少し驚いたけれど、私もすぐに後を追った。


ふっと視界が変わって、長細い部屋に出た。

見たことのない部屋だったけれど、そこにはカウンターがあって、

間隔をあけて細長い椅子が並んでいた。

前方はすべて窓ガラスになっていて、大きく外が見渡せた。


「どうも瑠る璃さま、ヴェルシーさま。お手伝いができることが嬉しいですよ」


そんな声とともに、魔掌ルドさんが横の扉から姿を現した。


「椅子に座ると、自動的に快適な形に変わるので、試してください」


ヴェルシーはためらいなく座っていた。

だから私も、その勢いで腰を下ろしてみた。


トトトッと、椅子が音を立てるように振動した。

そのまま、連続音を響かせながら形が変わっていく。


手元にはいくつかのスイッチやダイヤルがあって、

座っているときはもちろん、立った状態や寝そべる姿勢でも、

柔らかく身体を支えてくれるようだった。


……どう考えても、私たちの世界じゃ作れないよね?

そう思いながら、隣で寝そべっているヴェルシーに話しかけてみた。


「ねぇ、これ……すごくない?」


「うん」


それだけ言って、ヴェルシーはそのまま眠ってしまったようだった。


「『物質界―マテリアル・プレーン』への浮上予定時刻は未定です」


唐突な言葉に、頭の中がはてなマークでいっぱいになる。


けれど、魔掌ルドさんは落ち着いた声で続けた。


「ご安心ください。ヴェルシーさまが、

ほとんどの地図を書いてくださいました。

真夜中ごろには浮上できる予定です。

もしお休みになれなければ、お飲み物でもお持ちしますよ」


私は温かいお茶を頼んだ。魔掌ルドさんは、静かに頷くと部屋を出ていった。


目の前の大きな窓から外を見ようとしたけれど、

今はブラインドが下りているようで、何も見えなかった。

『非物質界―アストラル・プレーン』は、特に何かがある場所ではないし、

変なものを引き寄せても困るから、このままでいいかもしれなかった。


私はぼんやりと空中を見ながら考えていた。

私の視線は集中すると相手に気づかせることができる──

それは、なんとなく分かってきた。


でも、逆に。相手に気づかれずに見るには、どうすればいいんだろう?

まだ、その方法はつかめていなかった。


私が見た人たち、みんな──もしも、こう思ってたらどうしよう。


「あなた、私のこと見てますよね? ……私も、あなたのこと見てますよ」


……なんてことになったら、もう。

ずっと目をつむってないとダメかもしれない。


「はぁん……」


そんなため息をついたちょうどその時。

魔掌ルドさんがお茶を持ってきてくれた。


「これでリラックスしてくださいね」


私は静かにうなずき、お茶をひとくち。

でもちょっと恥ずかしくて、お礼は言えなかった。


その時だった。


リリリリン――と、どこかで小さなベルが鳴りはじめた。


「どうしたの?」


そう魔掌ルドさんに聞くと。


「どうやら精霊がいるみたいです」


そう言って、魔掌ルドさんは窓のブラインドの操作を始めた。


少しずつ外が見えるようになると──そこには、

無数の精霊たちが舞っているようにいた。


しかも、よく見ると私たちから見て下の方から、

連なって浮かび上がってきているみたいだ。

私は、こんなにたくさんの精霊を見たことがなかった。


「すごい……」


思わず、声が漏れる。わたあめがふわふわと浮かぶように、

まだ形になっていない精霊たちが漂っている。

それを見ていると、思い出した。


──あれは、世界のすべての生命が死んだ後に残る魂。

それが粒子となった素魂でできた生命……それが精霊。


いくつもの気配が絡まりながら、空中をただよっていた。

見ているだけで、心がざわめくようだった。


……そう見とれていると──


「魔掌ルドさん、浮上しましょう。ここよりは闇に紛れた方が見つからない」


いつの間にか目を覚ましたヴェルシーが、冷静にそう言った。


魔掌ルドさんはすぐに頷いて「わかりました、行きますよ」と返した。


『非物質界―アストラルプレーン』は、私には上下も方向もない空間。

だから“浮上”と言われても、どこに?って感じだったけど、

ヴェルシーたちには、ちゃんと目印があるのだろう。


私は窓の外を見つめ続ける。すると、世界が少しずつ変わっていった。

全体が、植物種森へと染まり始める。


ふたつの世界が重なっていくみたいに──


そして、ある境を超えたその瞬間。


“私たちの世界”に浮上したのだとわかった。

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