080話:すごい大変な事になってきた
リレアスさまに「帰りなさい」と言われてから、
ヴェルシーと二人、次のことを考えようと部屋に戻ってきた。
私はベッドに、ぱふんと倒れ込んだ。
意識していなかった緊張が、すぅっと溶けていった。
そのままうつぶせでいると一気に頭の中は思考の色に染まった。
――この世界って、リレアスさまが作った世界なのかな?
寿命が二百歳を超える人なんて今はもういないし、
リレアスさまを知らない人もきっといないだろう。
私たちから見れば、リレアスさまは“母さま”のような存在。
そして、リレアスさまから見れば、
この世界に住む人みんなが“子ども”なのかもしれない。
だからリュオン君がどこかに“迷子”になっているのが、すごく気になるのかな。
……私が家出したときも……思い返せば。
秋り守お母様は、強く心配している様子は見せなかった。
でもきっと、それは私が“お守り”をいくつも持っていたからだろうし……。
だからこそ、あまり心配をかけないようにしよう。
うん、ちゃんとすぐ帰ろう。早く行って、早く帰る。
「だから――ヴェルシー、行こうか?」
……でも、返事はまったくなかった。
不思議に思ってベッドから立ち上がり、部屋を見渡すと――
ヴェルシーは、いつも散らかっている机のあたりで、装飾品をいじっていた。
それを見たとき、ふと、思い出した。
リレアスさまに会いに行ったとき、
ヴェルシーはたくさんの装身具を身につけていた気がする……。
「どうしたの?」
私がそう聞くと、ヴェルシーはふぅっとため息をついてから言った。
「”止められ”ちゃったよ……全部ね。
こういう半永久的な持続魔法って、時間魔法を多く内包してるから」
「えっ、じゃあ私のリングウォレットも壊れてたりして……?」
心配になって確かめてみたけれど、
私のリングにはもともと時計機能がついていなかった。
それに、見たところ壊れている様子もないみたい。
「それに、出かけるのは太陽が欠けてからだよ。
魔法生物キューちゃんは、闇にならないと、精霊たちに見つかっちゃうからね」
「そうなんだ……うーん? そうなの?」
いつもだったら全部ヴェルシーに任せていたけど、今回はちゃんと聞いてみた。
すると彼女は少し考えてから、ぼそっと言った。
「“世界を動かす力”は、個別で使うより、
まとめて使った方が反応しやすいと思うんだ。
だから、なるべく目立たず動きたいの」
私もやっと、少しだけ彼女の言っていることがわかってきた。
つまり、どこにいるのかわからない精霊使いたちに、
魔法生物キューちゃんの存在を見せるのはダメ。
この世界にひとつしかない、特別なものを持っているなんて知られたら、
きっと面倒なことになるに決まってる。
「魔法生物キューちゃんが、世界を動かす力……その一つ、かな?」
ヴェルシーは小さくうなずいた。
それから「夜までに直さないと」とだけ言って、
大きな椅子に腰を下ろし、机に向かって作業に集中し始めた。
私はもう一度ベッドに転がって――寝てようかな?どうしよっかな?
そんなことをぼんやり考えていた。
今日は、朝の起き方が少し変だったからか、だんだん眠気が増してきた。
まあ、休んでおいた方がいいかもね……と思いながら、顔を枕にうずめた。
作業を続けるヴェルシーの音が、かすかに耳に心地よく響いていたけれど――
それもすぐに、遠くなっていった。
寝ている時って、みんな感覚がなくなるけど――なぜか、
考えることだけはできる。
でも本当は、私が考えてるわけじゃないのかも?
思い通りになることもあれば、ならないこともある。
夢だってわかっているのに、もしかして他世界には、
こんな感じの“現実”があるのかもしれない。
黄昏色に照らされた長椅子に寝そべっている私は――これ、夢なのかな?
「夢じゃないよ」
反対側に並んでいたもう一脚の長椅子に、ヴェルシーが静かに座っていた。
「どこにいるの?」
私は体を起こし、長椅子に座り直して尋ねた。
『非物質界 ― アストラルプレーン』で、魔法生物キューちゃんを待っている。
というか、瑠る璃にキューちゃんを探してもらおうと思ってね。
探すのは、私の得意なこと――そう気づいてきたし、
いつでも任せてほしいくらいなんだけど……
でもなんで、“こっち”の世界で探さなきゃいけないの?
そう聞いてみたら――
「リュオン君の捜索は、秘密裏に行われる予定だったんだけど……
もう今は、世界規模での探索になってるよ」
「それって……」
私が状況をうまく理解できずにいると――
「大昔にあった帝都の結界が、張られているみたい。
二百年前の戦争以来?一大事だね……
僕にも帝国全土の動きは分からないから――
だから……僕が見つけようと思うリュオン君を」
私はヴェルシーを、後ろからそっと抱きしめて言った。
「私たちで……見つけるんだよね?」
そう言いながら、私はヴェルシーの背中にそっと額を寄せた。
「うん……、……。」
ヴェルシーがどこか歯切れが悪かったので、
あれ、どうしたの?と聞いてみた。
すると、私への“国への一時帰国”の話が、
母さまと凛々エルお姉さまから来ているそうだ。
「え、それって今?大丈夫だよね?」
そう尋ねると、ヴェルシーは首を少し傾げて――
代わりに僕が手紙を送っておいた、と言ってくれた。
それは、きっと意味があるよね?
「帰ってきてから考えよ。」
そう言って、私の腕をほどくと、ヴェルシーは話題を切り替えた。
「だから、向こう側からでは魔法生物キューちゃんを呼べなくなったよ。
こっちから見つけてあげて」
ベンチにもたれていた私は、深く息を吸い込んで立ち上がった。
ゆっくりと「私は大丈夫」と思いながら、魔法生物キューちゃんを探し始めた。




