077話:イースさんが起きるまで……
女官イースさんは、いつ寝ているのだろう?
私が内室に来たとき、彼女はいつもはそこにいたけど。
――偶然なのかな?
内室からロビーに出て、二階へと階段を上る。
イースさんの部屋は、この並びのどこかにあると知っていたけど……
どの部屋だったかしら?
階段から二番目に近い部屋の扉が、音もなく開いた。
中から出てきたのは、見たことのない女官――
イースさんと同じ年ごろに見えた。
彼女は、はっ、と私を見るなり、少し慌てた様子で言った。
「あっ、あ、イースはまだ寝てます。……お起こしましょうか?」
頷くと、彼女は私がちょうど立っていた、目の前の扉に手をかけた。
ほんの少しだけ開いたところで、私はそっと手を伸ばして制した。
小さな声で「ありがとう」と伝えると、女官さんは静かに階段を降りていった。
こっそりと足を運び、静かに扉をくぐると――
女官イースさんは、ベッドの中で私のいる方とは、
反対側を向いて横たわっていた。
部屋は簡素で、タンスと机以外に大きな家具は見当たらない。
だけど、床に敷かれている絨毯は柔らかく、
普通に歩くだけでは音も立たなかった。
私はそっと近づいて、声を掛けようとしたけれど……
イースさんの寝息が聞こえてきた。ぐっすり眠っているのかな。
横に置かれていた椅子の向きを少しだけ変えて、借りていた服を静かに置く。
そして、彼女の顔をもう一度だけ、よく見つめてから――
入ってきたとき以上に気をつけて、
音を立てないように部屋を出た。
扉を閉めるときも、静かに、そっと。
朝食、どうしようかな?お腹が特別空いているわけじゃないから、
朝に何を食べようか決めていなかった。
女官イースさんが起きていれば、彼女の好みの朝食を届けてもらって、
一緒に食べればよかったのにね……
ここは人の少ない居住区だから、
さっき見た女官さん以外には誰の姿も見かけていなかった。
だからなのか――私が扉の前でどれだけ長く立っていたのかわからない。
そのとき、背面の扉が音を立てて開き――
「きゃっ!」
悲鳴と共に、身体が私の背中にぶつかった。
振り返るまでもなく、それが女官イースさんだとわかった。
彼女は後ろに倒れてしまったけど、鼻をぶつけたのか、
顔を押さえながら急いで立ち上がった。
「あ、あぅ、すいませんっ、瑠る璃さま……」
そのあと、かすれた声で――ほとんどつぶやくように「……まさか」と続けた。
「大丈夫かな?」
そう言いながら私は彼女の手を握ったけど――
「だっ、だいじょうぶです、すいません……すいません……」
私の手から逃げていった。
いつまでも謝り続けているので、話題を変えるために言ってみた。
「朝食を一緒に食べましょうよ」
女官イースさんに笑顔でそう言うと、彼女はうつむいたまま動きを止めた。
そして、小さく「はい」と答えると――ようやく落ち着いたようだった。
「あのぅ、私がすぐ料理士の所から持ってきますので……
あ、どちらで食べましょうか?」
「ん? あなたの部屋でいいのよ?――そうだ、服も貸してくれてありがとう」
女官イースさんは、大きく深呼吸をすると、
「はい!!」
元気に答えてから、折り畳み型の小さなテーブルを出した。
今、部屋にある二脚の椅子のうち、
どちらを私に差し出そうか少し迷っていたが――
普段は使っていないと思われる方の椅子を選び、私の前に置いてくれた。
そこには、イースさんが普段使っているクッションを丁寧に乗せてくれた。
「すぐ持ってきます!」
そう言って、ぽんぽんと料理を取りに部屋を出て行った。




