076話:たくさん考えたから朝食をたべるよ
彼女と私は、色とりどりの花びらと一緒に、
湯船にぷかぷかと浮かんでいた。
――互いに仰向けで、手と手を握り合っていた。
「僕は……何もできなかったよ……」
ヴェルシーは落ち込みながら悔しそうにつぶやいた。
私も、どう励ませばいいのか考えていたけど――
でも、よく考えてみれば、目的だった女神様には会えたし、
まさかの本人から“殺害許可”まで頂けたのだから。
落ち込むようなこと……あるのかな?
「だから僕……何にもしてないってばぁ……」
そう言いながら、手を離し、湯船にぽちゃんと潜っていってしまった。
私は――まだ、どきどきしているのかな?
女神さまに出会えるなんて、すごいことだよね?
はぁー
……そうだ!
「ヴェルシー、あの男の子、生きてるんだってね。迷子なのかな……?」
反応はない?まあ、ヴェルシーは浮かび上がって来てくれないかな?
まぁ、あとで話せばいいかな。私たちは急いでいる訳じゃないのだから。
――私も、穏やかなひとときを過ごそう。
ほんの少し気を緩めただけで、深い眠りに誘われていった。
水面でゆっくりと、湯気が連れて来てくれる、花びらの香りを嗅いで……
もしかして――
私は、もう眠りから目覚めていて、夢と現実の狭間にいるのかな?
どれだけ寝ていたのかもわからない。
時間の感覚も、もうなくなってしまったのかも。
すべてが曖昧で……ここは、いったいどこなんだろう?
あれ?シュオン君も、知らない世界にいるの?でも、どこにいるの?
見知らない植物種がある。そこにいるの?見えないのになぜわかるの……?
――そうなのね。精霊を介しているからなんだ。
教えてくれて、ありがとう……ヴェルシー。
はっとして目が覚めると、ヴェルシーが私の頭を大事そうに抱えていた。
「ふふ、またたくさん教えてくれたんだね。
でも、こんなふうに私を抱えていないとダメなの?」
「まぁ、僕の深いところにある情報を渡すには必要なんだよ」
そう言って、私から腕を解くと、「次のことを考えるよ」
とだけ言い残して、湯船から出て奥の部屋へと歩いていった。
たぶん、もう落ち込んではいないけど――今度は、恥ずかしくなったのかな?
気にしなくていいのにね。
でも、彼女から教えてもらったことを、私なりに理解したいから――
一人になってよかったかもしれない。
湯船から出てベッドに寝そべりながら考えてみた。
ユキノキ国精霊原処の中、
リュオン君を救出するかで、軍部が分かれているみたいとか。
フロラ王の存在を、アメノシラバ帝国が嗅ぎつけてしまったとか。
フロラ王の地下都市の一部を、破壊したので植物種が暴走しているとか。
もらった知識は、普通の人には知る事が出来ない情報だと思う。
ユキノキ国内部からの情報なのかな?細かいことはわからないけど、
最近の帝都が慌ただしかったのは、そういうことだったのね。
それ以外は、リレアスさまのこと……だけど、まとまった情報はなかったね。
私もいろいろ探したけど、たくさんありすぎて正誤がわからないのよね。
――でも、もうリレアスさまの情報はいらないかな?
直接聞きに行ったりできないかな?――どうしたらいいのかしらね?
自分の中で整理しようと思いながらベッドでごろごろ転がった……
必要ない記憶は頭の中からどこかへ飛んでいってくれたようで――
私が一番引っかかっているのは、リュオン君のことだとわかった。
……探してもいいかな?
魔法生物キューちゃんがいれば、すぐ見つかるよね。
あとでヴェルシーに聞いてみよう。
私の中の整理がついて、一つ大きく全身の伸びをすると――
気がつけば、いつもの花冠から反射する柔らかな光を浴びていた。
もう、朝だったのね……
一時的にでも考え事がなくなった頭には、
いままでだったら美味しい食事が浮かび上がったはず。
だけどこの部屋にいると、自発的に「食べたい」と思わない限り、
お腹も空かないし、
実際、二日くらいなら全く食べたり飲んだりしなくても平気だった。
……たぶん、ずっと食べなかったとしても、平気なのかな?
でも私は、美味しい物が食べたいな。
ヴェルシーは、無理やり付き合わせたとしてもほとんど食べないので――
借りていた服を女官イースさんに返しながら、朝食に誘おうと思った。
眠り衣の上から、適当に選んだ部屋着を着て。
借りていた服を持つと、私の宮殿内室へと続く扉の前に立った。
「ヴェルシー、いってくるね」
――小さな声をかけて、私はそっと扉を開けた。




