070話:探しています女神さまを
幽界図書室の注意点をヴェルシーに教わってから、だいぶ経っていた。
私の理想を思い描く世界を作る――それには、すごい精神力が必要らしい。
「精神力って何?」そう聞いてみたけれど、
「君のいつもの妄想じゃ、精神は鍛えられないと思うけどね」と返された。
妄想じゃありませんけど? ……そう思ったけど、
日々の鍛錬とはこういうものだよ、と少し教えてもらっただけで、
私には到底無理だとわかった。
その代わりなのか、ただの図書室ではなく、
私の好きなお風呂に入りながら、本を読めるようにすることは、
なんとかできた。
ここではヴェルシーみたいに湯船にずっと潜っていても苦しくないし、
本も本物ではないので、濡れてぼろぼろに、なることもないのがいいところ。
しかも、この世界には明確な方向を示すものがないせいか、
いつの間にか私の図書室は球状に変わって、
まるでこの空間に浮かぶ泡のようになっていた。
もう何冊も女神さまが書かれている本をみたけど、
女神様がこの世界の本に書かれているのは、二百年前あたり――
つまり、アメノシラバ帝国ができたてからのことらしい。
それより前の、千年以上も続くユキノキ国には、
もっと女神さまのことを知る記録があるのかしら?
私は調べを進めるうちに、次々と疑問が浮かんできた。
今では女神さまは古代神と同じく、
私たちのいる『物質界-マテリアル・プレーン』には存在せず、
それどころか『非物質界-アストラルプレーン』や
『精霊界-エレメンタルプレーン』にもいないし、
ではどこにいるかと言えば、さっき言った三つの世界すら超えた、
『神界-ゴッドプレーン』とか言う場所にいるみたいだった。
――けれど、一番古い本には「降臨」の文字があったので、
私たちの世界にいたのかもしれないと思ったけど。
それなのに、具体的な記述は何もない。
名前も、どんな姿だったのかも書かれていなかった。
うーん……これは、本当に女神さまが降臨した話なのかな?
この本にはあやふやなことしか書かれていないし、それに――
本自体、なんだかおかしい。所々のページは何枚も空白のままになっていて……
ここに、備忘録でも書くつもりなのかな?そう思うような変わった本だった。
今度は別の本を読んでみようかな? そう思って湯船から出ると、
いつの間にかヴェルシーがいた。
私にしては珍しく勉強熱心にしていたからか、にこにこと彼女を見つめると――
「変わった部屋だね。」
そう言って、笑顔を向けてきた。
それはどうでもいいでしょ……
ヴェルシーは私とは別に、ユキノキ国の精霊について調べていたらしいけど、
やっぱり最近の帝都での騒動の原因は私たちだったみたい。
それは、”あのとき”巨大な目玉の精霊を持っていた子供が、
まだ《復活》していないらしい。
完璧な復活のタイミングや場所には決まりがないとはいえ、
今までこんなに遅かった例はないし、
遠く離れた場所での復活もこれほど時間がかかることはなかった。
「もしかして、あの爆発の中で生きていたのかな?」
そう言ってみたけど――
私自身、あの子がバラバラになって飛んでいくのを見ていた。
だから、それはありえないと思った。
私が子供の頃(今も子供かもしれないけど)
父様たちと植物種の森で訓練していたとき、
突発的に動植物種の群れと遭遇したことがある。
そこで、何人もの人が命を落とした。
腕や脚ならまだしも、
首がなくなったり、内臓が飛び出したり、酸で溶けたり、
毒でみるみるうちに変色していったり――
それは即時に《復活》する為の消失が行われた。
けれど、その「消失」から「復活」までの間、彼らがどこにいるのか――
誰も、まだわかっていなかった。
「どうやら、あの子はユキノキ国にとって、
それほど重要な精霊を使役していたんだろうね。
しかも、フロラ王の領域で……
僕たち魔法国ですら知らなかった植物種だから……
このあと、どうなる事やら?」
ヴェルシーは独り言のように考えながら、私に教えてくれた。
でも、なんだか楽しそうにも見えた。
どちらの国も、もちろん人々が暮らす為の国家の存続が第一だけど、
植物種に対して――魔法国のアメノシラバ国は攻勢型で、
精霊国のユキノキ国は防衛型の国だった。
女神様がいなかった時代には、植物種に滅ぼされる前に、
お互いの争いで滅びてしまうほうが早かっただろうと言われるほどだった。
当時新興国であった帝国も、下地となる国はもともと存在していたけど、
その国に魔法があったわけではなかった。
最初に一人の魔法使いが突然現れて……
しかもそれは元からの国民でまさに変身しての誕生だった。
それから数年のうちに次々と増えいって、
やがて「魔法使いの国」と呼ばれるまでになった。
そして魔法国とほぼ同時に女神様が降臨したので、
争いでの減っていく人口が止まって、急激に人々は増える一方になっていった。
この知識も最近この図書室で得たものだったけど、
姉さまたちは多分、少なからず知っていると思う。
若冠の儀を迎えると教えられる基本的な話なのかもしれない……
だからもっと誰も知らない知識がほしかった。
次に見たい本を探そうと、図書棚を一台ずつ目の前に移動させていった。
まずは女神様に関係ありそうな表紙を探して、
なるべく古そうな本をいくつか手元に置いておく。
あとでまとめて中身を覗いていくつもりだった。
そして、何度か図書棚を移動させている時――
なにか空間に、光るものを見つけた。
焦点が合わなくて、それが何なのか分からない。
私がこうやって見つけるものって、いつも嫌な感じがする。
怖くなった私は、自然とヴェルシーを呼んでいた。
「ねえ、ヴェルシー、なんなのあれは?」
「なんだろうね? 僕の防壁にもかからないくらい、ずっと遠くにいるでしょ?」
ヴェルシーはいつも、
「僕が見えるようになってから話しかけたらいいよ」と言うけど、
その前に私が見つけてしまうんだから、どうしようもなかった。
「精霊かな?『精霊界―エレメンタルプレーン』から“登って”来る、
はぐれた精霊かもね。それか“幽霊”とか?」
私が詳しは知らない幽霊とは何なのかを聞くと、ヴェルシーはこう答えた。
生命の魂が“落ちて”行って素魂にならないで、
『物質界―マテリアル・プレーン』に舞い戻ろうとしている魂のことらしい。
実際には見たことがないから楽しみだと、彼女は少し嬉しそうに言っていた。
最近は本ばかり読んでいた私にとって、
この世界で起きる現象はどれも興味を惹かれるものだった。
そう、あの光も、そのひとつだった。
【五界構造についての覚え書き】
──とある調査者の手記より抜粋
世界は、たった一つではない。
私たちが「ふつう」だと思っているこの世界も、
実はたくさんある層の一部にすぎない。
「物質界」「非物質界」「精霊界」「新神界」「魔法界」
この五つの世界は、実際の我々の世界を構成しているとされている。
▍五界の構造──いわゆる「ミルフィーユ型」について
「五界はすべて重なっている」――そう言っても差し支えないが、
観るベクトルを変えると、それぞれが“層”のように見えてくる。
それを「ミルフィーユ型」と呼ぶ者もいる。
各界は、我々が知覚できるようになった順にしか現れず、
いまのところそれを、抜け道のように飛ばすことはできなかった。
”ところどころ混じり合っている”のが実際の感覚に近いが、
以下に記する、現代で知られている五つの界と、
それらの関係についての私なりの整理である。
▸ 物質界
私たちが日常を生きている場所。大地があり、空があり、眠り、食べ、話す。
最上階層になっているが、私たちがいる階層を主軸にしただけである。
▸ 非物質界
夢、記憶、精神、魂。目に見えないけれど確かに存在する“内面”が集まる場所。
物体を持っていけるが、精神作用で別の物に見えたりもする。
一部の魔法使いは、この界の表層を便利に使っている。
▸ 精霊界
火、水、風、土……あらゆる自然の力の根源がここにある。
精霊たちが生まれる世界。物質界に“異常気象”として現れることもある。
精霊と契約する術は、古代から存在する。
▸ 新神界
神々がいるとされる場所。
ほとんどの者にとっては伝聞と記録しかない未知の界層。
※一部の記録では「神界へ登った者」がいるというが、信憑性は不明。
▸ 魔法界
五界の中でも最も不安定かつ特異な界。
マナという“理を超えた理”が流れる通路であり、
自然法則も因果律も通用しない、五界の中でも特異な存在である。
***
このような「ドーナッツ型」の構造でも説明されるが、
ここでは簡単に図示するにとどめる。
● 物質界
/ \
● 魔法界 ● 非物質界
\ /
● 神界 - ● 精霊界
▍さいごに
五界の存在は、いまや魔法使いだけでなく、
多くの学者や研究者たちにも認められている。
けれど、すべてを見通す手段はまだない。
私もこの覚え書きが誰かの役に立てばと願い、記しておく。
記録者:――(名は消されている)




