063話:女神リレアスさまはどんな人なんだろう?
――私が夜中に目を覚ましたのは、家出から帰ってきてから何度目だろう。
ベッドの上で身体を起こすと、両脇では姉様たちがぐっすり眠っていた。
すう、すう、と小さな寝息が、天蓋の中にやさしく響いていた。
一緒に寝るようになったのは、たぶん見張りだよね?
今までの私なら、姉さまたちと同じように、
朝までぐっすりなので問題なかっただろうけど……
今は何かが胸の奥で、そっと囁くみたいに、私を起こしてしまう。
でも、集中して見回しても、部屋に変わったところはなかった。
はぁー、とあくびと共に眠気が襲ってきたから、
すぐに眠気に負けてしまった──まあ、問題ないかな……
――あ、もう朝?
いつもの朝食の支度をしてくれる姉さまたちの気配がする。
天蓋ごしに照らされる日光はとてもやさしい香りもした。
こんな毎日でいいのかしら。自由を求める私も、束縛を求める私も、
中途半端な気がする。なせだろう?
そう、本当ならもっと牢獄に入れられたり……体罰を受けたり……
そんな状況になっていたかもしれなかった。
いや、そうよね、私が知りたい事は、
ヴェルシーの言った通りこの世界じゃ意味がないのかな?……
ヴェルシーは今どうなっているんだろう?長く会えなくなるみたいだし、
私の方が、先に自由を手に入れることになる――たぶん。
早く、彼女がどうなっているのか知りたいなー。
ぱっちり目を覚まし、一回転転がりながら立ち上がってベッドから飛び降りた。
「碧り佳姉さま、おはようございます」
テーブルに朝食を並べてくれている碧り佳姉さまは、
振り向くと、朝の笑顔をくれた。
「深る雪姉さまは、どこにいるのかしら?」
そう聞いてみると、今日は私の予定を確認しに行っているらしい。
謹慎が解けるのかと碧り佳姉さまに尋ねると、
「こんな早くにですか?」と軽く返された。
……反省はしてますよ、一応。
「今日は長い『蝕界』が夜から朝方まで続くので、その確認ですよ」
姉さまの声は落ち着いていたけれど、やっぱり『蝕界』は怖そうだった。
そうか、他世界では気にしたことがなかったけれど――
『蝕界』とは、なんだろう?もしかしたら他世界にもあったのかもしれない。
いままで当たりまえの現象としか思っていなかったけれど、
今はとても不思議に思えた。
早く謹慎が解けて、昔からある書物を読み解けば、きっと役に立つはずだった。
世界はどんな形をしているのか、全部知りたいくらい。
――そうか、もしも魔法生物のキューちゃんに乗って旅ができたら、
すごいことになりそう。
そんなことを考えていると、碧り佳姉さまが
「今日はなにか楽しいことがあるのですか?」と聞いてきた。
そのとき気づいた。私は、にこにこしていた。
――どうやら、私は一日中陽気だったみたい。
朝食後に帰ってきた深る雪姉さまにも
「なにがあったの?」と聞かれたくらい。
私自身、何がそんなに楽しいのか、考えて見たけど分からなかったけど、
そう言う日もあるよね。
今日は、みんなで図書館の話をした。
もちろん、私が知りたいことがあったからだけれど、
姉さまたちも興味があるのか聞いてみた。
碧り佳姉さまは、植物種の木材をどう加工し、
建築に活かすかを学ぶつもりらしい。
主に植物種への防衛学の一環で、植物種から身を守りつつ、
利用できるものは最大限活用するのだとか。
深る雪姉さまの話には、思わずびっくりした。
深る雪姉さまは、古代神魔法学を学ぶために、帝都へ習いに行くつもりらしい。
「私のお世話は?」と聞いてみると、深る雪姉さまは怒りながら笑って言った。
「それは若冠の儀まででしょ?」
そう言いながら、私の肩を揺する。
「もう家出するくらいなんだから、平気でしょ?」とも言われてしまった。
私が生命の女神リレアスについて知りたいと二人に話すと、
深る雪姉さまは驚いていた。
女神信仰は広く信じられているものの、学問として学ぶ人は少ない。
特にトール国民にとっては、植物種からの防衛が最優先だ。
私の国は戦系が六割を占め、商系が三割、
残りの一割が精霊魔法や古代神魔法を扱う魔系に分類されていた。
生命の女神リレアスは、新神魔法の魔系とされている。
しかし、この世界にはその体系がなく、新神魔法を使える者もいなかった。
「ううん、個人的に知りたいの。女神リレアス様をね」
……姉さまたちは、私を見つめたまま、しばらく動かなかった。
どうやら、私の言葉の意図が伝わっていなかったらしい。
そこで、もっと詳しく説明すると――
姉さまたちは、冗談ではないと理解し、真剣に考えてくれた。
生命の女神リレアスは、この世界に唯一、名を残した神。
しかも、その強大な力で私たちを守っている存在だ。
古代神魔法が使えるようになってからは、
「記録」が正確に残せるようになった。
しかし、それ以前の記録は曖昧で、正確性に欠けるものが多い。
神の名前に関しても、確かなものなどはなく、
「たぶん」「おそらく」といった推測の域を出ないものばかり。
それでも、古い記録の中には、確かに神々の存在を示すものがあった。
それは、我々の祖先と重なる――まるで伝説のようなものでもあった。
二人の姉さまたちほど、女神についての知識を持つ者は、
トール国にはいないらしい。それは、女王としての基本的な学びであり、
王家だからこそ知り得るものだった。
深く知るには、やはり帝都に行けば何か手がかりがあるかもしれない。
そう教えてもらった。
「妹姫ながら、変わった子だね」と、姉さまたちは苦笑する。
――でも、これがヴェルシーの役に立つなら、何年でも調べ続ける。
そのうち私、帝都で研究して、“先生”と呼ばれたりして……
やっぱり、いろんなことを考えるのが楽しいのかもしれない。




