061話:兄様と一緒に帰ったよ。怒られなかったよ?
意外と他世界は近所なのかもしれない――
そんなことを思っていると、ヴェルシーが言った。
「どんな地形でも関係なく移動できるのは、キューちゃんのおかげだよ。
本当なら、歩けば数年かかる距離だったかもよ」
私は「なるほど近いわけだ……」と、ひとりごとのように呟いた。
今になって、ようやく納得した。そういえば最初、
ヴェルシーは歩いて帰ろうとしていたような……いや、まぁいいか。
ここには土の匂いがあって、風に揺れる木々の音がする。
そして、いつもの場所に輝く太陽。
どれも、とても気持ちいい。私は大きく伸びをした。
そのとき――視界の端で何かが動いた気がして、思わず足を止めた。
目を向けると、そこには人影が見えた。
後ろにいたヴェルシーも、同じように立ち止まって、その影を見ていた。
木の陰から、迷彩柄の服を着た男が姿を現した。
細身で長身、立派な髭を蓄えている。
「もう帰ってきたのかな?」
優しい笑顔が、まっすぐこちらを向いていた。
私はちょっと照れながら、その人に向かって駆け寄った。
「明リディ水兄さま、ただいまです。
……あの、やっぱり知ってましたの?」
「それはそうだろ。一週間もいなくなれば、全国民が心配するさ」
「えっ……」
たったの一週間!?
思わず口を開けたまま固まってしまった私を見て、兄さまは楽しそうに笑った。
「あちらにいるのが、お友達だね。挨拶させてもらうよ」
そう言って、兄さまは私の頭を撫でてから、
ヴェルシーの方へ歩いて、目の前でお辞儀をした。
「トール軍副将、明リディ水と申します。
あなたは――枢密顧問官、ヴェルシー閣下でいらっしゃいますか?」
ヴェルシーは、こくりと頷いた。
「ヴェルシー閣下。突然のご連絡、大変恐縮ではございますが……
我が妹姫・瑠る璃誘拐の容疑で、逮捕状が執行されております」
「……うん。わかっているよ」
……え?私はわかっていないよ?
……なにそれ、全然聞いてないんだけど……?
私は突然のことに、ただ立ち尽くしていた。
だけど、兄さまが腰から手枷を取り出すのを見た瞬間、
なにかがはじけたように声が出た。
「だめーっ!」
それだけだった。
でも兄さまは、私の方を振り返りもせず――静かに手枷を腰に戻してくれた。
私は急いでヴェルシーを抱きしめた。
ヴェルシーが私の耳元でそっと囁いた。
「しばらく会えないって言ったでしょ。だから、待っててね」
泣きそうになる私を、ヴェルシーはそっと押しのけた。
気づけばヴェルシーは兄さまの護衛たちに囲まれていた。
私が最後に見たのは、私に向けてくれた笑顔。
連れられていくヴェルシーを見送ると、残ったのは兄様だけだった。
私は少し落ち着いたものの、どうしても納得がいかなかった。
「ヴェルシーは、私を誘拐なんかしてないよ!」
兄さまはしっかりと私を見つめて言った。
「わかっているよ」
その優しい言葉に、私はもう何も言えなくなった。
「久しぶりだな、会うのは。半年ぶりくらいか?」
そう言いながら、兄さまは私の顔を撫でてくる。
「会わないうちに、ずいぶん大人になったな。
……泣かなくても大丈夫。これはただの形式だ」
「別に泣いてませんけど?」
そう返しながら、私は少し安心していた。
「じゃあ、母上に会いに行こうか」
「えっ、お母さま、今いらっしゃるの?――どうしたらいいかな?」
「ん……?あきらめろ」
はぁん、と深めのため息をついた。どうやら助けは見込めないらしい。
でも、肩を抱きながら一緒に歩いてくれるその温かみが、
十分すぎるほど私を助けてくれていると思った。
そしてずっと歩きながら、どこに行っていたのか、
動植物種などに襲われなかったかと聞かれるだけでなく、
もしもの時の対処法や実戦向きの知識まで教えてくれた。
……これって、今後も家出すると思われてる?
それに、どんな話をすればいいのかわからなかったので、
無難な話しかしなかったけど、
いつかは私が体験したすごいことを、父さまと兄さまたちとで話したいな。
――久しぶりに長く話しているうちに、
周囲には私に声をかけてくれるトール国民の姿が増えていた。
手を挙げ兄さまと一緒に応えた。
最近は城の外へ出ることも少なかった私は、
出会う一人ひとりが「自分はこの国の姫なのだ」と思い出させてくれる。
……だけど、若冠の儀(準成人式)すら迎えていない私に、
特別な立場なんてないから、
結局いつも最後には「どうしたらいいのか」わからなくなってしまう。
――いつも、同じだ……




