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彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第四章:触燃リン界

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051話:やっちゃえばいいのかな?

不思議なことに巻き込まれたけれど――

なんだか、これが一番いい結果だった気がする。


ヴェルシーには、聞きたいことがたくさんあるけど……

でも、こうして見つけられて一緒に帰れるんだから、それだけで十分だと思う。


ルクミィさんも故郷に帰れることになったし、

また会いに来るって笑顔で言ってくれた。


私は、大したことはできなかったかもしれない。

それでも――今、とても幸せ。


帰ったら何をしようかな?――そう思った、その時ふと気づいた。


あれ……? もしかして、私は家を出たことを誰にも言っていなかった?

だとしたら、誰にも気づかれていなかったりして……?

まあ、帰ればわかるよね?


そう呑気なことを考えながら、

ヴェルシーとルクミィさんの後ろを歩くと私は心から晴れやかな気持ちだった。


大きな扉をこえて、太陽の日差しを浴び、新鮮な空気をたっぷりと深呼吸する。


――さあ、帰ろうっと。


その時――楽器の音が響き渡った。低く、重い響きが、

まるでこの岩場の谷全体を揺るがすようだった。


まわりを見回すと、谷の壁が音を反響させ、

不気味な余韻が空気を満たしていった。


私は思わず両手で耳をふさぎながら、周囲を見回した。

そこには、同じ衣装を身につけている、十人ほどの人影。

皆、軽装の戦闘着だろうか?私の世界では見た事がなかった。


その武系の人たちが腰に下げた細身の剣が、鈍い光を帯びながら抜き放たれた。

彼らは駆け足で、何かを叫びながらこちらへと押し寄せてくる――


……まただ。


私が初めて会う人たちの言葉だ。まるで理解できなかった。


怒鳴っているような者もいれば、何かに祈るような者もいる。

慌てている私の前に、ルクミィさんがすっと数歩踏み出した。

――私を守るように。頼りになる、ルクミィさんだ。


私の横で、ヴェルシーが小声で囁く。


「大丈夫だよ、話がわかるようにするからね」


私に魔法を掛けてくれるようだ。そう思った時にはもう、

まわりの人々の言葉が理解できるようになっていた。

そして、すぐに気づく。彼らは、私たちを恐れている。でも、なぜ?


彼らの多くが口にしている言葉。「悪魔」と。


私には悪魔が何なのかわからない。

けれど、彼らの慄きを見るだけで危険なもの、忌まわしいものかなと想像した。


ルクミィさんは、悪魔のことを知っているのかな?

人々に向かって、私たちは悪魔ではない事を、何度も言葉を投げかける。

けれど――誰もその話を聞き入れようとはしていなかった。


ルクミィさんは、前に立ち並ぶ人たちを一人ずつ見渡す。

そして、ため息をつくと――


「やっちゃいますか?」


えっ……もしかして、私に言ってるの?やっちゃいますって、なにを!?

ルクミィさんが強いのは知ってるけど……


曲がりくねっている谷底の視界の先から、新たな足音が響いてきた。

まだ、多くの人たちがやってくるみたいだ。

その中には、笛を吹きながら近づいてくるグループがあった。

笛が鳴るたびに、まわりの怒声が静まってゆく。


そして――彼らの中には、一目でそれと分かる、高い階級の人たちが五人いた。

彼らも軽装ではあるが紋章や階級を表すであろう印、飾りなどが際立っていた。


そして、私たちの前に近づいて来た。

あたりは静まり、谷に風が吹き抜ける音が響いた。


最も装飾の多い軍服をまとった男性。

蓄えたひげを撫でながら、隣に立つ若者へ小声で何かを伝える。


すると、その若者は一歩前へ出て――

「あなたたちは……その封魔の門から出てきたのかな?」

緊張した面持ちで、そう問いかけてきた。


ルクミィさんは不機嫌な顔をしたまま、振り返って、

私を見てどうしたものかと考えているようだった。


私は、ここにいる人たちが発する緊張感に耐えられなくなって、

誰にともなく、思ったことをそのまま口にした。


「あのう……封魔の門って、なんですか? それと、悪魔も……」


少しは場の空気が和らぐかと思った。

だけど――まわりを見ても、誰ひとりとして緊張を解いていなかった。


まだヴェルシーは、どうなっても大丈夫だと思っているのか、

ただ静かに私を見つめている。

ルクミィさんは、まだどうすべきか迷っているようだった。


そして、私は――


この張り詰めた空気の中で、ふと考えてしまう。

この世界の人々にも、女神リレアスの加護は与えられているのだろうか?


それは私の世界では強力な武力行使になるけど、

もし”そのあと”がない世界ではどうなるのかな?


せっかく、たくさんの人と出会えたのに。

――なのに、私は悪い方向にばかり考えてしまう。

……違う。皆さん、ごめんなさい。

私は、考えてるんじゃない。

心のどこかで、それを望んでしまっている。


だって――また、自由が奪われそうだから……


「パン、パン」と谷全体に響く、乾いた拍手の音。


私はその音で深い思考から戻って来た。


手を打ったのは、一人の男だった。

この男だけは飾りのない、柔らかな服をまとっている。

背が高く、落ち着いた雰囲気を持つ壮年の男性――


「待ってください、トルント伯」


男性は、そう言うとゆっくりと私たちを見ながらそばへ歩み寄ってきた。

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