050話:多次元パズルを解くのは時間の鍵で…
何も動かない世界。
――それがわかるのは、私たち"だけ"がいるから。
この世界で、私は"ただ探す"だけ。
辺りを見渡す必要はない。だから、私は動かない。
ほかの人は、"私を待っている"。
――動かず、ただ待っている。
***
――調停者ジーンが、ルクミィさんに話しかけている。
「――魔賢人フェプス老様が、
ルクミィ様に対し"無期限の戦い"をお申し込みになられました。
いかがなさいますでしょうか?」
ルクミィさんは、微笑みながら老人を見る。
「魔賢人フェプス老さま……」
「私に、これほどの知識をくださったのは、これを予期されていたのですか?」
「……わしも、ここまでは考えておらんでな」
老人は、フッと息をついた。
「まぁ、いい」
「――こんな気持ちになったのも初めてじゃ」
「魔法王ジ様のおかげで、そして――お前のおかげじゃ」
「……あー、どんどんお前に勝てなくなるでな。いくぞ」
「はい! 魔賢人フェプス老さま!」
ルクミィさんは、迷いなく答えた。
――動くものは何もなかった。
……なんだろう?
この世界に、光の線が三つ――何かの"ひっかき傷"のような痕が残っている。
ルクミィさんの方から、幾度か響く「キィーン」という音。
そのたびに、辺りに生い茂っていた植物種が"音もなく"消えていく。
そして、また何もない。
まるで、水面のようにゆらぐ世界が戻ってきた――
私は、魔賢人フェプス老を見た。
――彼の"小柄な体"は、頭を含め、"三分の一ほど"失われていた。
けれど――。
魔法人の体の中も、私たちと同じなんだね……
不思議と、それ以上の関心は湧かなかった。
また、ルクミィさんへと視線を移す。
――彼女の肩から先が、"なくなっていた"
ルクミィさんは「人ではない」と言っていた。
でも、今見る限り、私と彼女の違いは"ない"ように思えた。
――それなのに。
彼女は、痛がっている様子すらなかった。
再び、辺りに植物種が生え始めた。
好きな場所に、好きな向きで、どんどん生える。
――この世界で"動いている"のは、植物種だけ?
……いや。
"人"が動いている。
魔法人? でも、角はない。
――どんどん"人"が増える。
十人……百人……千人……。
遠くにも、たくさんの"人"がいる。
彼らは、まるで植物種と"共生"しているかのようだった。
――数人の子供が、こちらへと近づいてきた。
そして、隣にいたルクミィさんの"なくなった腕"を触る。
えっ……?
私も、思わず触れてみた――
そこには、"ルクミィさんの腕があった"
今は、もう見えている。
子供たちは、微笑んでいる。
ルクミィさんも。
「強いですよ、私」
そう言うと、彼女はただ静かに――動かず、私を待っていた。
私も、微笑む。
そして、もう一度、魔賢人フェプス老を見る――
だが、そこに"彼の姿はなかった"。ローブだけを残し、消えていた。
調停者ジーンは、ここに来た時と"同じように"、そこにいる。
私は、再びヴェルシーを探した。
この"人"たちは……放っておこうかな。
「……探さないで」
……ん?
"この人たち"が、言っている?いや――違う。私は"そう"思った。
この声は――"魔法王ジ"だ。
……そう感じる。
どこなんだろう?
「探すよ、見つけるまで……ずっとね」
――私は、魔法王ジに、そう言ってみた。
すると――。
まわりの"人"たちが、小さな光へと変わった。
そして、さらに小さくなって……私でも、もう"見えなく"なった。
"人"たちが、どんどん消えていく――
「お願い……探さないで……――だから」
――また、動きのない世界に戻った。
しかし――またしても、植物種が"動き出す"
"崩壊"に向かって。
植物種は枯れて、そして――消えていった。
再び、"何もない世界"へと戻る。
……だけど、今はなぜか落ち着いて、一息ついた。
ちょっとだけ休もうかな……
私は、その場に座り込んで、足を組み、腕を抱えながら目を閉じる。
「――瑠る璃」
ヴェルシー……?
私は、目を大きく開け、見る。
そばにいるはず……!
けれど――見えない。
いない。
突然――。
頭を両手で掴まれ、ガクガクと揺さぶられる。
「そっちじゃないでしょ」
えっ!?
その声の方へ、慌てて振り向く。
――ヴェルシーが、目の前にいた。
「ヴェルシー……!」
私は、思わず彼女の顔を触りまくる。
こんなに触ったこと、あったっけ?
――いや、ない。
でも、ずっと撫でてもいい気がする。
しかし――。
「もう、触りすぎだから」
ヴェルシーは、少し照れたように顔をそらしながら、私の手を振り払う。
けれど、次の瞬間にはそっと私の手を取り、立ち上がるのを助けてくれた。
私はヴェルシーの手を借りて立ち上がる。
まわりを見渡す。
――ここは……どこかの洞窟?
そして、目の前には――巨大な扉。
……なんだろう、この扉?
ふと、視線を横へ移す。
あっ……!
――岩陰に、ルクミィさんが倒れていた。
ルクミィさん!?
すぐに駆け寄って。大きな声で呼びかけた――。けれど、返事はない。
脈を調べようとするが――"ない"ようだった。
でも……ルクミィさんは"人"ではないはず……大丈夫だよね?
そんな不安がよぎった瞬間――。
「もー、瑠る璃、僕がいるでしょ?」
ヴェルシーの声に、私はハッとする。
そうだ、今はヴェルシーがいるんだった……
ヴェルシーがルクミィさんの額に触れる――。
その時――。
私は小さく呟いた、
ルクミィさんは、服をパタパタと払いながら、起き上がった。
「ぁぁ……」
声を確かめるように、小さく息を吐いた。そして、ルクミィさんは――。
「ふぅ、起きましたよー」
いつもと変わらない調子で、にこっと微笑んだ。
「瑠る璃さま、おめでとうございます」
「初めまして、ヴェルシーさま。そして、おめでとうございます。」
「――元の世界へ戻りました」
ルクミィさんが数歩前へ進み、ゆっくりと両腕を広げる。
それだけで――触れることなく、巨大な扉が開き始めた。
岩がぶつかり合う音が響く。
そして、その隙間から――まばゆい光が射し込んでくる。
やがて、ルクミィさんが両腕を下ろすと、扉の動きも止まった。
完全には開いていないが――私たちが通るには、十分な幅だった。
……どうしよう?
ヴェルシーに、ルクミィさんのことをどう話せばいいか迷っていると――
「大丈夫だよ、瑠る璃」
ヴェルシーは、私の心を見透かすように微笑む。
「今の君は、何も隠せないほどだよ。僕にはね」
……そっか。
不思議と、ヴェルシーの言葉に安心する。
「じゃあ、僕たちと一緒に行こう」
ヴェルシーがルクミィさんへ手を差し出す。
すると――
「はい。ヴェルシーさま。嬉しいです。」
ルクミィさんは、一度深く頷く。
そして、私の方を見つめて――
「……瑠る璃さま」
優しく名前を呼ぶ。
二人を交互に見つめながら――
ルクミィさんは、胸がいっぱいになったような顔をする。
けれど、続けて、しっかりと言った。
「私は、一生かけて、お二人について行きます!!」
――しかし、そのあと、少しだけ表情を和らげると。
「……ですが」
静かに、一歩下がる。
「今から、お暇をいただきます」
私は、驚いてルクミィさんを見つめた。
「一度、国に帰ります」
そう告げたルクミィさんの瞳は――まっすぐだった。
「えーっ……」と声を漏らしたけど、一度呼吸を整えて、
まっすぐにルクミィさんを見つめた。
「また。……また絶対会えるよね?」
「余裕ですよ! 心配しないでください!」
ルクミィさんは満面の笑顔で答える。
「瑠る璃」
ヴェルシーの真剣な声が、私を呼び止めた。
「僕も、家に帰るよ」
「……えー?」
「帰り道で話すから。とりあえず行こう」
そう言って、ヴェルシーは光が差し込む先へと歩き出す。
ルクミィさんを見つめる、一度頷くと、私はその背中を追った。
帰るみたい――わが家へ。




