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彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第三章:魔法王ジ

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043話:ぬるぬるって…絶対会いたくないよ!

ルクミィさんと一緒に、洞窟を歩く。


響くのは、二人の足音と自分の呼吸音。それに、この服がこすれる音だけ。

――それ以外は、何も聞こえない。


最初は、この服のせいで歩きづらかったけど、

それもすぐに気にならなくなった。

腰に付けたランタンの橙色の優しい光が、周囲をぼんやりと照らす。


あれ? いつの間にか手に何かついていた。ぬるぬるするし、べたべたする。


「それは、専門の器具を使わないと見えないほど小さな生物です」


ルクミィさんが、あまり知りたくないことを淡々と教えてくれた。

私の世界では、そんな小さな生物なんていないはず。

……それとも、知らないだけ?


なんとなく意識を集中させ、ぬるべたした感触をじっと見つめる。


――本当に、何かいる!


思わず息をのむ。自分の手を凝視したまま、固まる私。

そんな私を見て、ルクミィさんは何も言わず、そっと手を拭ってくれた。


もう一度、あの生物がいるか確かめようか――そう思ったが、やっぱりやめた。


少しでも濡れている壁にはいるものだとも教えてくれた。


もう壁に触れないかも……


しばらく、ルクミィさんの後ろに付いて行きながら、まわりを見る。

私たち二人が持つランタンが照らす空間の向こう。

なにか気になる。――もっと遠くを見てみた。


何か、見られている気がする。どこからだろう……?

なんだか最近、見られることに敏感になっている気もするけど……


ゴツゴツした岩肌の隙間や、出っ張った岩の裏側とか……

はっきりとは見えない。


私……何を見ているんだろう?


ルクミィさんを追いかけながらでは、うまく集中できない。

そこで、私は彼女に声をかけ、立ち止まることにした。


気になる辺りを見てみると――

ぁ、誰かいる?徐々に、その姿が明瞭になってきた。


うっすらと、人のようなものが。


……"人"なのかな?


私の世界では、“死んでいないのに、そこにいない人”をたまに見ることがあった。それを、『非物質界-アストラルプレーン』の存在って呼ぶらしい。


何度か見たことがある。それはかなりの老人だけど……同じ様に見えた。


……ルクミィさんに、聞いてみようか?


でも、暗闇でも見えるということを――自分の"秘密"を、

今ここで打ち明けるのは、まだ踏ん切りがつかなかった。


そんな事を考えていたら、”人”は、どこかに消えていた。

まわりを探そうとしたら、すぐ隣に、ルクミィさんが静かに立っていた。


私の集中を妨げないように――ただ、そっと、待っていてくれていた。


「ごめんなさい。なにかがいる様な感じがして……」


私は、適当にごまかした。


「ここにいるのは、魔法人くらいかしら?

……ぬるぬるな、あいつら以外はね」


ぬるぬる……


魔法人も不気味だけど、それよりも"ぬるぬる"とはもう、

絶対に会いたくない気がした。想像するだけで寒気がする。


魔法人とは関係ないみたいだけど……いったいどこから来るのか、謎だ。


「瑠る璃さん、聞こえるかしら? "あれ"」


何が聞こえる? 私には、何も聞こえていない。


プチッ……プィ、プチッ。


「……あ、聞こえます。とても小さな音」


「これは微生物が出している音。

私は勝手に『微生物のお食事』って呼んでいます」


えっ、あれが……そばにいるんだ……。


ルクミィさんは、ランタンの火を少し下げて、音に耳を澄ませていた。

その時間だけ、洞窟の闇が優しくなった気がした。


「器具を使わないと見えない生物ですけど、

寂しい時には、この子たちの音を聞いて気を紛らわせたりするんです。

――意外と可愛いですよ?」


――そうなんだ、ちゃんと見ていなかった。


――考えてみれば、ルクミィさんはここで一人きりなんだ?

それはとても大変なことなのかもしれない。


……ん?あの魔法みたいな家に住んでいるから、 もしかして、

こういう洞窟の中で暮らすのが趣味だったりする? そんな事ないよね?


ちょっと聞いてみようかな……。聞いてみた。


「そうですねー……」


ルクミィさんは少し考えてから、微笑んだ。


「迷子でしょうかね? でも、

瑠る璃さんのおかげで、もう迷子ではありませんよ」


それだけ言うと、ルクミィさんは「行きましょう」と言って、また歩き出す。


私の考える"迷子"とは、なんだか違う気がしたけど、

もう迷子じゃないみたいで、よかった。

どこに実家があるのかは知らないけど、

ルクミィさんは"帰れる"ってことだよね。


そういえば、ルクミィさんは、

あの湖でどのくらい保管されちゃってたんだろう。

もし家に戻ったら、碧り佳姉様と深る雪姉様が"おばあ様"になっていたら……。


それは、大変だ……。


早く私も、ヴェルシーに会いたい。


――洞窟の景色が、次第に鍾乳洞へと変わっていった。


最初は、天井や地面から突き出る鋭い岩に驚き、ルクミィさんに尋ねてみた。


「これ、なんですか?」


すると、彼女は「洞窟の中では、よく見られる一般的な地形ですよ」と、

さらりと答えた。


――まわりは全体的に濡れていて、水の滴る音が響いている。


進むにつれ、道はゆるやかに下り坂になって、

水の流れる音が次第に大きくなっていった。


ルクミィさんが歩みを止めた。


私もつられて足を止め、どうしたのかと近づこうとした瞬間――


「そこで待っていてください」


低い声で、そう制される。


私はルクミィさんの背越しに、その先を覗いた。


――魔法人?


角は一対。しかし、体は異様に大きく、四つん這いの姿勢をとっている。


……どう見ても"牛"なのだけど、

魔法人特有の"人間のような頭"がそこにあった。


ルクミィさんが、その魔法人に近づいていく。


二人は何か話しているようだった。


――この服のおかげで、まるで隣で聞いているかのように声は届く。

けれど……


何を言っているのかは、まったくわからなかった。

だけど、あの魔廃人カードゥが放っていた敵意と同じものを感じた。

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