039話:この大人の女性をどうしよう?
この女性は、どこの世界の人なんだろう?
顔立ちも、服の雰囲気も、私の世界の人とは違う。
年齢は……成人は越えてて。凛々エルお姉様くらいに見える。
でも、背は低めで、可愛らしい顔立ちをしていた。
そっと手を伸ばし、脈を確かめる。
……ない?
私のやり方が正しくないのかもしれない。見た目だって生きているようだし。
とりあえず、この女性を背負って行くことにした。
今の私なら、なんとかなるだろうと思ったけど……
うん、大丈夫そう、苦にならなかった。
今度は低い山を目指して歩く。
しばらく進むが――やっぱり両腕だけで背負って支えるのは無理がある。
バランスがとりづらい。紐のようなものが必要だな……
そう思いながら、辺りを見回してみた。
あれ使えるかな?
足元のガラクタに、ほとんど埋もれているけど――リュック?
ふぁー……やった。
思わず、自分の運の良さに感謝する。
彼女をそっと降ろし、リュックを掘り起こした。少し小さめだけど大丈夫そう。
どうやってこの女性を入れるか考えながら、
試行錯誤してなんとか――収めることができた。
くの字になってもらい、手足はリュックからはみ出している。
でも、これでなんとか持っていける形になって、
さっきよりとっても楽になった。
一歩一歩を確かめて歩く。
――小さい山の上で休憩したところで、上を見てみる。
水面までの距離はまだ高く、さらにその上の天井もはっきりとは見えない。
まわりを見ても岩壁が広がっているだけだった。
私の世界には、ヴェルシーと入ったお風呂でさえ、
たくさんの水の量に驚いたのに。
ここの水の量はいったいなんだろ?
――なんだか怖くなってくるほどの水の量だ。
――次にどの山を目指そうかと考えていると、
水面の微細な揺れが光を反射していた。
ん?あの辺り何かあるのかも……
そう思って、ガラクタ丘陵地を目指して歩き出す。
ガシャ、ガシャと踏むたびに伝わってくる。
山を登るよりも平地を進む方が楽で、足取りも自然と軽くなった。
試しに手で水を後ろへ押してみると、思った以上に進みやすい。
押す力加減や角度を少し変えるだけで、どんどん歩きやすくなって、
速度も上がっていった。
あれ? さっきまで、この水の多さが怖かったのに……
なんだか、楽しくなってきたかも。
水をかきわけ、目的にした辺りに来ると、光が見えてたと思うところよく見た。
なにかある、それは垂れ下がるツタのようなものだったけど、
よく見れば植物種ではない。何かを撚り合わせたロープだった。
これだったら登って行けるかな。
そう思い、軽く跳び上がってロープを掴む――が、ぐらりと大きく揺れた。
はぅっ、びっくりした!
しっかりとしたものに結ばれていないらしい。
でも、慎重に登れば問題なさそうだ。ゆっくりとロープを手繰りながら登る。
体重をあまり感じないおかげで速かった。
水面から顔を出して、周囲を見渡した。
ロープの先には、水に浮かぶ何かがある。
何で出来ているかもわからないし、複雑な構造をしている。
でもこの長細い箱に入れば、一息付けそうだ。
どうすれば入れるかな?
試しに体重をかけると――ぐらりと大きく揺れた。
うぅ……これは慎重にやらないと、箱の中に水が入り込んでしまいそう。
ひとまず、この女性だけでも入れようと、
リュックを降ろして持ち上げようとしたけど――
足場がないせいでうまくいかない。
次は、できるだけ勢いをつけて持ち上げてみる。
すると、長細い箱も大きく傾き、驚いた。
この女性を水面から出すのは無理そう……
今度は自分で乗るために、
女性が沈んでいかないようロープでリュックを固定した。
よし、やるぞ!
気合を入れ、勢いをつけて水を蹴る様に上がると、
今度は上手く箱の中に入ることができた。
げほげほ、と大量の水を吐き出した。
ふーっと落ち着いていると、箱の縁辺りに置いてあったランタンが、
今までは微細に光っていたのに、周囲を照らすほど明るくなった。
そして、箱がゆっくりと動き出した。
えっ、勝手に動いてるよね? どこに行くんだろう?
きゃっ――なにこれ?
ずぶ濡れた私から水が生き物のように動いて離れていく。
この箱の縁を乗り越えて水たまりに戻っていった。
何だったのかな?生物とか?もうすっかり全身が乾いている。
どう思い返しても不思議な水だった。
生物だったら……私……食べてたのかな?大丈夫かなー
――箱はまだ自動的に動いている。
女性はそのままにして、箱の行き先を確かめる。
向きを変えながら岩をかわし、やがて、砂が大量に積もった場所へと向かった。
箱は、その砂の上に乗り上げるようにして、静かに止まった。
――どこへ続いているのかわからない洞窟があったけど、
先に陸に上がって水の中から女性を引っぱり出した。
すると――女性の体から、水があっという間に離れていった。
やっぱり、水が"動いて"水たまりに帰っていく……
やっぱり生物……じゃないよね?
気持ち悪いなーと思いながらも、女性の様子を確かめる。
近寄って、女性の髪をそっとかき分けて、顔を覗き込む。
――そのとき。
女性の目が、ふっと開いた。
ドキッ。
高鳴る心臓。
見つめ合ったまま、女性がゆっくりと口を開いた。




